1458:新たな相談先。
ジークに私の気持ちをきちんと伝えるべく話の場を設けたつもりが、彼の本気具合を知る羽目となってしまった。私は東屋から足早に庭へと向かい、人気のない場所で蹲る。
まさかジークがあんなに真っ直ぐ思いを語るとは全く考えていなかった私には、意外な展開だったので困惑してしまった。ジークが席から立ち上がり、場からいなくなってくれたのは私のことを慮ってくれたのだろう。
「……のこと好きだけれど、ラブかライクか分かんない」
私は独り庭の隅っこで膝を折り頭を抱える。地面の一点を見つめる私は、傍から見れば凄く怪しいけれど誰もいないので問題ない。ジークのことは好きである。ずっと一緒に過ごしていたのだから、嫌いという感情は全くない。
でもラブかライクかと問われれば、良く分からないというのが正直な私の気持ちである。腰元のヘルメスさんが『ご当主さま~落ち着いてくださいまし!』と言っているのだが、私は至って落ち着いている。失礼だなあと言いたいけれど、先程のジークの姿と声が頭の中で反芻していた。ジークは確かに顔が良ければ、声も良い。性格も落ち着いているし、腕っぷしは強いし、頭も回るから一緒にいて楽である。
恋に恋する女の子であれば、ジークの告白を受けたならば天にも昇る気持ちになるのだろう。私は今までの関係性からお付き合いする未来が考えにくいというか。
前世のように付き合って別れても問題視されないなら、付き合ってみようと気楽に返事ができたはず。今の世界、というかお貴族さまの世界ならお付き合いを通り越して、婚約者となり、いずれ婚姻を結ぶ。簡単に返事はできないよなあと、地面から正面に視線を向ける。
「ずっと同じことを考えている気がする……」
私がはあと溜息を吐けば、なにやら馬の脚が八本視界に入った。更に顔を上げると、エルとジョセが私を伺いながらこちらに歩いてくる。少し手前でピタリと立ち止まった二頭に、私は地面から立ち上がって三歩ほど距離を詰めた。
「エル、ジョセ、どうしたの? あまり動くのは良くないんじゃ?」
エルとジョセはいつも通りの雰囲気であるが、ジョセのお腹ははち切れんばかりに膨らんでいる。次の満月の日に産まれてくるのではないかと話していた。
そんなジョセがウロウロして良いのかと私はジョセの側に寄って顔を撫でる。ジョセは大きな目を細め、エルは羨ましそうに私を見ているため苦笑いが出てしまう。ジョセの顔を撫でたあと、エルの鼻横を撫でれば満足そうな顔になった。
『あまり動かないのも問題だろうと、ジョセと一緒に庭を散歩しておりました』
『じっとしているのも大変なのです』
エルがジョセの顔を見ながら声を上げ、彼女は照れ臭そうに庭を闊歩している理由を教えてくれる。彼女は初産を経て何頭も仔を産んでいるから彼らの判断に間違いはないのだろう。
「そっか。無理しないでね」
私が声を上げ、ジョセのお腹を撫でるとぼこりと腹の部分が動く。なんだろう、大丈夫とでも胎の中の仔が訴えているのだろうか。なににせよ、無事に、そして元気に産まれてきて欲しいともう一度ジョセのお腹を撫でていれば、エルが私に顔を寄せた。
『しかし聖女さま、このような場所でどうなされたのですか? なにかあったではとジョセと心配しましたよ』
『はい。人気のない場所なので、聖女さまが泣いていらっしゃるのかと』
エルとジョセには申し訳ないが、私が泣くことなんてほとんどあり得ない。涙が枯れているわけではなく耐性値が高いというべきか。私が心配させてごめんとエルとジョセに伝えると、安心しましたと二頭は息を吐く。
『では、何故こんなところに?』
『ですね』
いつもであれば『そうですか』と引き下がるはずのエルとジョセが更に踏み込んだ。珍しいこともあるものだと私はどうしたものかと考える。エルとジョセは天馬さまなので、人間の恋愛相談をしても良いのだろうか。
そもそも番として結ばれるのが天馬さまのため、運命の出会いがあるそうである。エルもジョセもお互い初めて出会った時にびびびと身体が痺れて、目の前にいる天馬が番だと確信したらしい。
時折、人でも『出会った瞬間に身体に電撃が走った』と言って恋に落ちると聞くが私には縁がなさそうだ。私はエルとジョセを見つめて話し相手になって欲しいとお願いしてみる。彼らであれば私の話を聞いても誰彼に吹聴しないはず。心配なら黙っていて欲しいとお願いすれば良いだけ。
『構いませんよ。聖女さまとお喋りるすのは楽しいですから』
『はい。久しく時間を取れておりませんでしたから、聖女さまと語れるのは嬉しいです』
二頭が私に顔を近付けて、ぐりぐりと擦り付ける。揉みくちゃにされているような気がするけれど、おばあや小型の竜の方より加減されていた。私がジークの件をエルとジョセに伝えれば、ふむとなにやら考え込んでいる。やはり人間の恋愛について天馬さま方には難しかっただろうかと私は小さく首を傾げれば、エルとジョセが真面目な顔になる。
『我々天馬は番を得ますが、いない間に恋をすることもありますから』
『ええ。番と勘違いして称していれば、本物の番と出会って喧嘩になってしまったという話がありますよ』
エルとジョセが困り顔になって教えてくれる。そんな昼ドラみたいなことがあるのかと私は二頭の方へ顔を向けた。
「それは……凄く大変じゃ?」
あとから本当の番が現れたとなれば、いろいろ不都合が生じそうである。その時に相手が仔を成していればどうするのだろう……自然界で生きているから……いや、悲惨なことは考えないでおこうと私は頭を振る。エルとジョセは気を取り直して私の疑問に答えてくれるようだ。
『どうなったのか我々には分かりませんが、気がなければ仔を成せないですからねえ』
『おそらく最初の番とは別れたのでしょうねえ』
二頭は青く晴れた空を見上げる。今頃、その天馬さま方はどうしているのだろう。仔も無事で生きていれば良いなと願っていれば、エルとジョセが私の顔をじっと見ていた。
『聖女さまはジークフリードさんのことをどう思われているのですか?』
『我々は天馬なので人間の良し悪しはわかりませんから』
「ジークのことは今まで幼馴染で異性として見ることはなかったけれど……告白を受けて、良く分かんなくなっちゃった」
エルとジョセに私はジークに抱いている気持ちがよく分からないと告げる。すると腰元のヘルメスさんが『あ! またご当主さまの魔力が!! ヘルメス、少々黙ります!』と告げ、本当に黙り込んだ。二頭と私はまあ良いかと話を続ける。
『おや。では聖女さまはジークフリードさんのことを良く思っていらっしゃるのでは?』
『ええ。気がなければ、迷うことなどないでしょうから』
確かに今まで悩んでいるなあと私は空を見上げた。多分私はジークのことを多少なりとも男性として見ているのだろう。じゃなければクレイグのように異性には思えないと口にするはずだ。
でもやはり、お付き合いする決定打がないというべきか。貴族であれば感情が冷めれば仮面カップルになってしまうのだから。私が空を見上げたまま悩んでいると、二頭がまた口を開く。
『難しく考えすぎではないでしょうか』
『そうですね。物事を最も単純にするならば、相手の方と交尾したいか、したくないか……で良ろしいのでは?』
エルが落ち着いた声で、ジョセはなんだか凄いことを言い、私の頭が理解するのに数瞬掛かってしまった。
「ぶふっ!!」
ようやく理解した頭から口に衝撃が走ったようだ。勝手に口から息が漏れて、私の目が丸く見開いているのが分かる。エルは『聖女さまには少々過激でしたようです』とジョセの方を見て、彼女は『あら。聖女さまですからご理解なさっているかと……』と申し訳なさそうな顔を浮かべている。
確かに分かっているけれど、ストレートに口にされると驚いてしまう。私はエルとジョセに『もう少し考えてみるよ。話、聞いてくれてありがとう』と伝えて、場を足早に去るのだった。
◇
――一体、なにがあったんだ。
今日の晩飯も美味かったのだが、あり得ないことが起こってしまった。夕飯に同席しているジークはいつも通り、リンは片眉を上げながら自室へと戻って行ったナイの方に視線を向けていた。そして同じく同席しているヴァルトルーデさまがぽかんと口を開け、ジルケさまが怪訝な顔を浮かべて食事の手が止まっていた。俺は隣に座っているサフィールの方に顔を向ける。
「ナイが飯を残して部屋に戻るなんて……有り得ねえ」
俺がサフィールに声を掛けると、主のいなくなった席を見ていた。いつも小柄な身体のどこに食べたものを仕舞い込んでいるのか分からないほどの量を食べているのに、ナイの晩飯の食事量は普段の七割止まりだ。しかもアイツは食堂の扉を潜る際に半身を扉にぶつけながらも、フラフラと部屋に戻って行った。なんかヤベー気がするものの原因は分かっている。分かっているのだが、口にせずにはいられなかった。
「本当にどうしたんだろうね」
サフィールは驚きつつも食事の手を再開させながら、ジークの方を見ている。ジークはサフィールの視線に気付いて『すまん』と言いたげな顔を浮かべていた。
「ナイの奴どうしたんだ?」
「ジークフリードと話があるって言って今日は話していたよね?」
ジルケさまとヴァルトルーデさまはナイの身になにが起こったのか理解していないようだった。ジークに視線を向け視線でなにがあったと問い詰めているようにも見える。ジークは女神さまの視線を受けながらも澄ました顔のまま、持っていたスプーンを皿の上に置いて背を正す。
「はい。少し込み入った話をしていたのですが……俺の言葉がナイの食事量に影響を与える内容ではなかったと」
ジークは二柱さまに正直に答えたようである。ナイも双子も嘘を吐くようなことはしない。その辺りは長い付き合いがあるから分かっている。俺は仲間には優しい嘘以外は吐かない。サフィールももちろんそうだろう。
だからナイはなにに対して考えを巡らせているのだと、俺はアタリを付けてみるものの、全く想像が付かない。とはいえ、昼間にジークと話をして少しは進展があったのだろう。でなければ、ナイがあんな状態になるはずがない。
「じゃあなんで?」
ヴァルトルーデさまが凄く不思議そうな顔をしているが、これはもう直接ナイに聞いた方が早いのではないだろうか。どうにもナイは今まで恋愛に興味がなく、ジークの突然の告白にいろいろ戸惑っている節がある。発破をかけるにはまだ早い気もするし、俺もあの人との関係を突っ込まれればなにも言えなくなってしまうのだから。
「まあ、姉御。もう少し様子を見ようぜ。ナイの奴、自分で答えを見つけるかもしれねーんだしよ」
「大丈夫なの?」
ジルケさまが軽い調子で食事を再開させると、ヴァルトルーデさまも末妹さまに倣っている。
「死にはしねえだろ」
ジルケさまが詮無く言い放つ。確かに死にはしないなと俺は頷いて、女神さま同様に食事を再開させるのだった。人のことは言えないが……難儀しているな、ジークは。