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1457/1475

1457:お屋敷で。

 アンファンとテオが無事に王都に辿り着き、顔見世の挨拶やらもろもろを済ませ入学式を控えるだけになった。そんな三月末。


 私はジークとお出掛けしようと伝えたものの、どこに行っても騒ぎになるし誰が聞き耳を立てているか分からないと結局アストライアー侯爵領の東屋でジークと話す約束を取り付けた。

 春までに答えを出すと意気込んでいたが、答えは良く分からないまま日が過ぎている。ただずっと私の返事を待つだけなのはジークにとって辛いことだから、私の胸の内をきちんと伝えておくべきだろう。どうなるか分からないが、待たせている間にジークの気持ちが変わることがあるかもしれない。もしその時、私の気持ちが彼へと傾いていたならば、諦めなければいけないな……なんて考えてもいるけれど。

 

 午前の執務を終え昼食を摂り、約束の時間に東屋へと私は向かう。


 既に東屋にはジークが待ってくれていた。クロとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちとアズはリンと一緒に私の部屋で遊んでいるとのこと。侍女の方もお茶を淹れ終えれば、いつもの待機位置より距離を取って貰う。屋敷の中だから護衛の方はいないし、落ち着いて話せる状況が整っていた。下手に出掛けるより良かったかと私は笑みを浮かべて、ジークの下へと歩いて行く。


 「ジーク、ごめん。お待たせ」


 私の声にジークがこちらに振り返り椅子から立ち上がる。


 「いや、俺も今きたところだ。気にするな」


 声を上げたジークはすたすたと長い脚を動かして、私の前で止まり手を差し出す。ジークはいつも通りに振舞うつもりはないようで、私を席までエスコートしてくれるようだ。こういうのも良いのかと彼の大きな手に私の手を重ねれば少し気恥しい。照れる相手ではないというのに、相手の所作が少し変わるだけで照れてしまうとは。まだまだ精進が足りないのかと私はジークに導かれて椅子まで辿り着く。

 なんとなく背の高いジークの顔を見上げるのだが、彼はいつもどおりの澄ました顔をしている。私だけ照れているのはなんだか不公平だと言いたくなるものの、こんな気持ちを抱くのは子供だと笑われてしまいそうで何も言えずにいた。


 「どうした、ナイ?」


 「なんでもないよ」


 ジークが私の視線に気付いて声を掛けてくれるものの、照れているのが露見するわけにはいかないと誤魔化しておく。ジークはなにも言わず椅子を引いてくれて、私はゆっくりと腰を下ろす。

 そうしてジークが先程まで腰を掛けていた椅子に戻るのだが、本当にどうして私なんかに惚れたのか。身体はちんちくりんだし、性格は男性寄りで女っぽくはない。

 なにかが原因で追い詰められて、誰かに助けて欲しいなんて口が裂けても言わないはず。というより周りの人たちが先に音を上げていることが多いから、私は手を差し伸べる方になっている。やはり可愛くない人間だよなと改めていると、侍女の方がお茶を淹れ終えて東屋から随分と距離を取ってくれた。


 春の温かな陽射しが降り注ぐ東屋でジークと二人、さて、きちんと私の気持ちを伝えられるだろうかと彼と視線を合わせた。


 「急に付き合ってもらってごめん。話しておきたいことがあるから、どこかに行きたかったんだけれど……結局、屋敷になっちゃった」


 「いや、構わない。話なら出先よりも屋敷の方が落ち着いて話せるからな」


 私が片眉を上げながら笑えば、ジークは小さく首を左右に振る。出掛け先が変更になったことに特に異論はないようだ。ジークはティーカップを手に取って、紅茶を一口嚥下する。まだ熱いはずなのに良く飲めるなと私は感心しつつ、どう踏み込んだ話を切り出そうかと考えるため、ティーカップに両手を添えて暖を取る。


 「熱い」

 

 ティーカップに手を添えられていたのは一瞬だった。パタパタと手を振って、熱を冷ましていると視界の端で遠くの侍女の方が私の様子にあわあわしている。ただ、呼ばれないため侍女の方はぐっとこちらにくるのを堪えている。


 「そりゃ、淹れ立ては熱いさ」


 ジークがなにをやっているんだと言いたげに肩を竦めながら笑っている。分かっていたものの、どう話を切り出したものかと考えていたのだから仕方ない。とはいえ、まだ話せる空気ではないと私は今の話題を続けることにした。


 「なんで飲めるの?」


 「慣れだな。ナイは猫舌だ。無理して飲まなくても良いだろ」


 私がジークに問いかければ、真面目な顔で答えてくれる。確かに友人同士で飲むなら猫舌を理由にすれば咎められることはない。


 「そうだけれど、お茶会の時とか飲まないのかって急かされることもあるだろうから、なるべく飲めるようにしたい」


 私は貴族だから、これから先、親しくない方とお茶を共にすることもあるはずだ。多分、紅茶通の方には冷まして飲むのは邪道とか言われてしまいそうである。美味しく飲めれば一番良いのに制約があるのは面倒だが、慣れていかなければならないだろう。私がジークの顔を見るとまた真面目な顔で言葉を紡ぐ。


 「周りと合わせるべきことと、合わせなくて良いことがある。気にし過ぎだ、ナイ」


 ジークは私がお茶を熱いうちに飲めなくても問題ないと言いたいようだ。でも私の容姿がアレなので、子供っぽい仕草をすれば余計に揶揄われるというか。妙な人に絡まれるのも面倒だという理由もあるため克服しておきたい。


 「子供だって言われるから……」


 本当、身形のお陰で揶揄われることがある。ジルケさまが神罰を盛大に下す気持ちを私は理解できるはず。


 「放っておけば良い。ムカつくなら殴れ」


 ジークがふっと笑って、どこかの誰かさんのような言葉を紡いだ。私はアレっと首を傾げる。


 「リンみたいな台詞になってるよ、ジーク」


 まあ私が殴っても威力はないので魔術の行使となる。今はヘルメスさんがいるので手加減できるだろう……凄く不安であるが。リンはリンで私の代わりに殴ることもできるよと言ってくれている。本当にそっくり兄妹はなにを言い出すのやらと私は肩を竦めた。


 「俺の妹だからな。台詞を先に取られていただけだ」


 どうやらジークはリンと同じことを考えていたようである。最近はめっきり減ったけれど、チビと馬鹿にされたり、子供になにができると不満を口にされてきた。

 だから私は男性にとって恋愛対象になることはないと、ある種の諦めのようなものを抱えている。まあ、ジークの告白で私の考えは外れていたことが証明されたけれど。私は丁度良いかと、背を伸ばして口を開いた。


 「ジークはさ」

 

 「ん?」


 私の声にジークが右に顔を少し傾げる。


 「私の背の低さとか子供っぽいところ、気にしてないの?」


 「ナイはナイだ。気にならない。それに子供っぽいところはほとんどない」


 私が伺うようにジークの顔を覗き込めば、真剣な瞳で答えてくれていた。リンは私が小さくて可愛いと口にすることはあるが、ジークは今まで私の背の低さに言及したことはない。多分、私が気にしているからこそ彼は口にしなかったはずである。ただ子供っぽいことは全否定してくれていない。でもまあ、身内であれば騒ぐ時は騒ぐ口だから、その辺りのことをジークは示しているはず。真面目な顔で言ってのけていたので本心なのだろう。

 

 「俺はずっと一緒に過ごしてきて、ナイに惹かれた。クレイグは良くナイを異性として見れないと言っているが、俺はナイのことを……そう見ている。ただナイが俺の気持ちに戸惑っているのは分かっている。だから急ぐ必要はない。俺の気持ちはきっとずっと変わらないから」


 ジークが珍しく長く喋って、私は驚いてなにも言えずにいれば彼は続けて声を上げる。八歳の頃、貧民街で出会い一緒に過ごして、教会騎士になる頃には自分の中に芽生えた淡い気持ちに気付いていたと。

 なにが起きても落ち着いて対処する姿に、治癒院で患者さんに対する心構えとか、目上の人とも会話を交わせることとか……いろいろとジークが私の良いところを上げてくれるのだが、凄く恥ずかしい。私は単にジークより長く生きて社会での生き方を知っていただけ。私が眉間に皺を寄せていると、ジークは気付いたのかふっと笑う。


 「ナイに前世の記憶があることを俺は気にしていないからな。じゃなければエーリヒと仲良くなんてできない」


 ジークに私が考えていたことを見透かされていたと思うと同時、私のいろいろなことを受け入れてくれる人は限りなく少ないだろうと考えが過る。それに、私が上手く言えないことを汲み取ってくれて、こうして先を読んで語ってくれるのだ。


 「ナイは俺のことを子供のようだと思っているのか?」


 彼の疑問に私は首を横に振る。ジークのことを子供だと思ってはいない。そりゃ出会った頃の彼は子供だったけれど、年が経つにつれ精神的に凄く成長している。だから私は今のジークを子供と評することはない。なんだか照れ臭いと彼から視線を逸らせば、ふっとまた笑ったジークが手を伸ばしてきて私の手の上に重ねた。


 「そうか、良かった。なら……」


 そう言ったジークがもう一度と消え入るような声を呟く。


 「好きだ。俺のことを幼馴染じゃなくて、男と意識してくれたら嬉しい」


 柔らかい声色が私の耳に届く。私はジークの顔を直視できないままでいると、彼は重ねた手を放して席から立ち上がってまたあとでと告げて東屋を去って行く。私は席に腰を下ろしたままジークの声を頭の中で反芻していた。また好きだと言われてしまった。以前は困惑してばかりだったけれど、今は凄く恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちが湧いてくる。なんだこれ、と頭を抱えて東屋に置かれているテーブルに視線を向けた。

 

 もしかして、もしかしなくとも。


 私はジークのことを男性として意識しているのだろうか。そして付き合ってみても良いのかもしれないと考え始めているのだろうか。


 ◇


 ――ご当主さま、落ち着いてくださいませーー!!


 というヘルメスさまの悲鳴が庭に響く。私はどうしたものかと東屋の方を見て、独り残されたご当主さまを目に捉えた。ジークフリードさんは今し方、私の目の前を通り過ぎたところである。

 素知らぬ顔で茶淹れ係の侍女である私の前を横切っていたが、彼の耳が赤く染まっていたことを確りと見届けている。そして東屋で頭を抱えているご当主さまの姿に、どうやら二人の関係に進展があったようだとにやりとしてしまう。


 ご当主さまがジークフリードさんから告白を受けたと知って暫く。いつも通りのお二人に屋敷の者たちは進展はないのかと、やきもきしていた。


 それがまた今日、お二人で屋敷の東屋でお茶を飲むと聞き『お?』と侍女組は期待に胸を膨らませていた。どうやらヘルメスさまの声が聞こえた通り、ご当主さまは混乱の真っ最中のようである。

 恋愛経験が乏しいようなので、侍女長さまから下衆な勘繰りはするなと言われていたものの、それはそれ。やはり恋愛話は気になるものである。ただご当主さまに呼ばれてもいないので私は東屋に近寄れず、先程までお二人が話していたところを想像するのみだ。


 ただ、ジークフリードさんがご当主さまの手に触れてアピールしていたところは確りと見届けさせて頂いた。なにやら考え込んでいたご当主さまが椅子から立ち上がり、ふらふらとこちらに歩いてくる。


 「片付け、よろしくお願いします」


 ご当主さまが私の前で一瞬だけ立ち止まり命を残していく。そのご当主さまの顔は真っ赤に染まっており、初めてそんな顔を見たと私は驚くのだった。

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― 新着の感想 ―
子供っぽい(新調と見た目)←ナイ 子供っぽい(精神面)←ジーク ]_・)ジークはロリじゃないらしい、良かったなww
進みましたかね?以前よりかは ナイさんが進む為には身体的なデメリットを排除するか、それに準ずる何かが無いと無理と思ってたけど( ¯꒳¯ ) 取り敢えず侍女さんたち、少し静かに見守っていてね?(…
ナイの恋愛感情は二次性徴が未だなんで、揶揄や冗談抜きで現段階だと小学生中学年以下レベルな可能性も十分あるんですよね……
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