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1455/1475

1455:王都到着。

 アストライアー侯爵領から王都に辿り着き、ミナーヴァ子爵邸での生活が始まっている。騎士訓練校には屋敷から通いで行くため、荷物は宛がわれた部屋に全部運び込んでいた。

 俺と一緒に移動してきたアンファンも既に荷解きを終えており、一緒にミナーヴァ子爵邸の皆さまに世話になりますと挨拶を済ませている。

 俺はさっそく行きたいところがあると歩いて商業区に辿り着いたところだ。高級店街を抜けて少ししたところにある服飾店と書かれた看板を見つけ扉を潜り店主の人に事情を話して、邪魔にならない場所で待たせて貰う。すると店の奥から妹が姿を現して、俺の顔を見た途端にはち切れんばかりの笑顔が溢れた。俺は彼女との再会の嬉しさで口元を緩ませて声を上げる。


 「レナ! 元気か!?」


 「テオ兄さん、久しぶり! 会わない間に背、随分伸びたんだね!」


 レナは止めていた足を動かして俺の少し手前でぴょんと跳ねて抱き着いてくる。店の商品になにかあってはいけないと、俺は場を動かず彼女を抱き留めた。

 侯爵さまに助けて貰った頃の妹とは全然違って成長している。出るところも出てきているものの妹にはなにも感じない。しかしご当主さまの方がレナより小柄ではなかろうか。変なことを考える前にレナに視線を移して、ゆっくりと彼女を床に降ろす。


 「レナも背が伸びたな。仕事は慣れたか? 店の人に迷惑を掛けてないか?」


 俺はこの半年の間に十センチ近く背が伸びているが、レナも二、三センチは背が伸びている。針子仲間がどうしたのかと、扉の向こうからこちらを覗き込んでいたので小さく礼を執っておく。

 きゃっと騒がれているのだが、何故、俺を見て騒ぐのだろうか。一張羅を纏ってはいるものの商家の丁稚くらいの格好だし、俺より顔の良いヤツなんていくらでもいる。良く分からないが、とにかく妹のレナに再会できたのは嬉しい。王都で二年間過ごすことになるから、その間は妹とちょくちょく会えるはずだ。


 「兄さん、心配し過ぎ! お店の人に仕事を全部任されることもあるんだから!」


 「そうか。なら良かった」


 へらりと笑うレナに俺は笑みを深める。どうやら随分と針子の仕事に慣れてきており、店の人の信頼を得ているようだ。俺はまだアストライアー侯爵家の正騎士になれていない。

 妹に心配を掛けないように真面目に訓練校に通い卒業資格を得なければ。ご当主さまから留年は構わないが、資格を得られなければ正騎士への道は閉ざされると告げられていた。それでも落ちた時には職の世話――侯爵家の下働きだそうだ――をしてくれるというのだから、どこまでお人好しなのだろう。


 「兄さんは来月から騎士訓練校に通うんだよね?」


 「ああ、ご当主さまが通ってみないかと仰ってくれたんだ」


 くりくりとした大きな目を俺に向けているレナは凄く楽しそうに喋る。貧民街にいた頃とは全然表情が違っていて明るい。

 悪い奴の甘言に惑わされて危うい橋を渡ることになったが、本当にご当主さまと出会えて良かった。でなければ俺たちは貧民街で孤児のまま暮らしているか、命を落としていただろう。ふっと俺が笑うと、レナも目を細めながら口元に手を宛てて笑った。


 「喋り方、お貴族さまみたい!」


 「仕方ないだろ。騎士になるなら、できて当然だ。というか俺なんてまだまだだからな。あ、仕事の邪魔しちゃ駄目だから、手紙で約束した通り次は飯食べに行こうな」


 面白可笑しくレナが笑っているが、ジークフリードさんや侯爵家の騎士の人たちにいろいろ教えて貰ったのだ。託児所の責任者であるサフィールさんには簡単な計算を理解できなかった俺に、凄く根気良く教えてくれた過去がある。本当に俺は、俺たち兄妹は恵まれていているのだろう。できれば妹のレナも侯爵邸で一緒に働ければ良かったのだが、針子の仕事をしたいという夢があった……だから、この気持ちは俺の贅沢だ。

 

 「うん。また今度!」


 「ああ。店の人は?」


 少し名残惜しいけれど、仕事の邪魔をしてはいけない。手紙のやり取り――妹は代筆屋を利用している――で、俺が今日店を訪れることは知らせていて、妹に店の人に許可を取っておいてくれと頼んでおいた。とはいえ仕事中に会いにきたのだから長居は駄目だ。


 「え、店主さまならあそこに……」


 「挨拶して、そのまま帰るな。またな」


 不思議そうな顔をしたレナが目線で店主の人の居場所を教えてくれる。俺はレナの頭をぐしゃぐしゃと撫でて、手を挙げて歩みを進めた。そうして店主の人の下へと辿り着いて、ありきたりな言葉を交わす。

 五十代くらいの人の良さそうな顔をした男だった。随分と年下であろう俺を見下すような態度ではないし、店の人たちとも上手くやっているはずだ。問題があるならレナから聞き出せば良いだけと、邪魔をして申し訳ありませんでしたと告げて俺は店を出る。

 店先へと出れば、多くの人が行きかっていた。俺が王都の街に出たのは数えるほどしかなく、ほとんどを屋敷の中で暮らしていた。侯爵領に移ってからは世間を知るという名目で、仕入れに付き合ったり、日用品を手に入れるため使いに出されたりしたけれど。道行く人を見つめたあと、俺は商業区の外側の方へと顔を向ける。


 「少し、街を回ってみるか」


 今いる場所は金持ち相手に商売をしている店が多い区画である。もう少し敷居の低い店に行こうと俺は歩き始めるのだった。


 ◇


 ――ユーリと会えなくなって数日が過ぎていた。


 アストライアー侯爵領から王都までの移動を終えて、ミナーヴァ子爵邸に辿り着いている。荷解きを終えた私は一息つこうと、与えられた部屋の窓際に椅子を置き腰を下ろす。

 目の前は子爵邸の庭が広がっており、麦わら帽子を被った小父さんがせっせと手入れをしていた。植えられている花には蝶々が飛んできて蜜を吸っている。温かな春の日差しを浴びながら私は目を細めた。


 これから二年間私がお世話になる場所なのだが、ご当主さま不在のため働いている方を最低限に抑えているため少し寂しい気もする。

 領都にある侯爵邸の方が騒がしい。あちらは妖精がたくさんいたり、庭に天馬とグリフォンが住み着いているし女神さままでいらっしゃる。働いている人も大勢いるし、私を気に掛けてくれる方も多かった。王都の美味しいお店とか日用品を手ごろな値段で扱っているお店とか教えて貰っているので、いつか足を運んでみれたら良いのだけれど。


 あと、私を気に掛けてくれていた方たちから、アストライアー侯爵家の常識が貴族の屋敷の常識とは限らない、と口酸っぱく言い含められている。


 貴族の屋敷に魔獣や幻獣はいないし、ましてや女神さまもいない。ご当主さまは穏やかで優しいし、気さくに声を掛けてくれるけれど、普通は使用人のことは気にしないそうだ。ご当主さまは顔色や体調が悪ければ気付いて声を掛けてくれ、侍女長さまや家宰さまに仕事を休ませて欲しいとお願いしてくれる。それに休んだ人の部署にまで顔を出して事情を告げて出て行く。

 

 貴族の当主の仕事なのかと思いきや、雇用主は関わらない部分だとか。


 託児所もなければ、読み書きを教えてくれる先生なんて用意されておらず、普通は親が教えるか教師を雇うそうである。侍女養成校で提供されるお昼ご飯も不味く感じてしまうかもしれないとのことだ。

 

 侍女長さまからは『アンファンには侍女の基礎を一通り教え込んでありますが、学び直す機会ですし友人を得る良い機会でもあります。確りと励んできなさい』と私を送り出してくれた。

 ユーリの乳母を務めている皆さまからも『ユーリのことは私たちに任せて、アンファンは二年間勉学に励みなさい』と言われている。私と同じくして侯爵邸を出たテオさんも警備部の皆さまから激励を受け送り出されたそうだ。彼は王都にある騎士訓練校に通うことになる。私と同じくご当主さまが紹介状を書いてくれ、入学できるようになったとか。


 「テオさんは妹さんと無事に会えたかな?」


 彼は屋敷に辿り着いたばかりだというのに、王都の服飾店で針子として働いている妹さんの下に向かった。道中、彼にはいろいろとお世話になっている。

 私は外のことをあまり知らないので、宿の取り方とかお金の支払いの仕方とかほとんどをテオさんに任せていた。手間を掛けて申し訳ないと私が謝ると、気にしなくて良いと照れ臭そうに視線を逸らされてしまう。


 御者の方もいるし、侯爵領から王都に戻る方も一緒だったから二人きりになることはなかったけれど、年齢が近いため馬車の中では良く言葉を交わしていたのだ。

 妹さんの話もたくさん聞いていて、彼にとって妹さんは唯一の家族だから大事な存在だと教えてくれている。私も妹のユーリが大事なので彼の気持ちは凄く理解できた。私はユーリと離れてしまったけれど、彼は二年間、妹さんの近くにいれるから嬉しいようだ。


 「明日は顔見世に行かなきゃいけないんだよね。ちゃんと挨拶ができると良いけれど……大丈夫かなあ」


 私は不安になって窓の外を見上げた。明日は侍女養成校の偉い方との入学前の挨拶がある。他の貴族家から学びにくる子たちもくるそうだ。私は同年代の人がたくさん集まる場に慣れていないから、きちんと振舞えるか心配だ。

 怖い人や厳しい人がいなければ良いのにと不安な気持ちが溢れてくる。私は椅子から立ち上がって、ミナーヴァ子爵邸で侍女養成校に通った人がいないか聞いてみようと部屋を出る。すると通りかかった下働きの女の人がにこりと笑って私を見た。


 「おや、アンファン。どうしたんだい?」


 「あ、えっと。明日の顔見世の挨拶はどうすれば良いのかと困ってしまいまして。誰か侍女養成校に通った方はいないか聞いてみようかなと」


 「なるほどねえ。今、ご当主さま不在だから侍女の人は少ないんだよ。次にみんなが集まるのは夕飯の時間だから、その時、侍女の人に聞いてみな!」


 声を掛けてくれた下働きの人はあははと笑って私の背を叩く。痛いような、痛くないような微妙な力加減だった。でも、悪気はないのは分かるし、こうして声を掛けてくれて教えてくれたのだから文句なんてない。私はありがとうございますと頭を下げれば、荷解きは終わったのか、足りない物はないか、なにかあったら声を掛けろと気を使ってくれる。

 

 「そうかい、そうかい。ま、いろいろ大変だろうけれど、アンファンは若いんだから頑張んなっ!」


 またはははと笑う下働きの女の人は掃除用具を持っていた。仕事の邪魔をしてしまったようだと私は口を開く。


 「あ、なにか手伝うことは?」


 「移動で疲れてるんだから、今は休むことがアンタの仕事だよ! 夕飯まで大人しくしてな!」


 私が手伝いを申し出れば、やんわりと断られてしまった。でも疲れているのは本当だし有難いと、私は一度部屋の中に引き下がるのだった。

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― 新着の感想 ―
アンファンもテオも生活環境が少し変わりますし、少々心配だったんですが…… これなら大丈夫ですかね? テオのアンファンへの対応が若干気になるけど(笑) 思春期に有りがちなテレなら良いけど、もし“そうい…
更新お疲れ様です。 張り子・・・針子のまちがいでしょうか? 王都の学校に通う為に、ミナーヴァ子爵邸のタウンハウスにに移ったアンファンとテオ。テオとレナの兄妹は久々に会う事が出来て嬉しそうですね♪ …
>張り子仲間がどうしたのかと、扉の向こうからこちらを覗き込んでいた アストライアー侯爵家に合わせてフェンリルやドラゴンの首が動く張り子を・・・
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