1454:お似合いのはず。
アンファンとテオが無事に王都のタウンハウスであるミナーヴァ子爵邸に辿り着いたそうだ。一応、アンファンとテオは王都からアストライアー侯爵領に移動した経験が一度あるため、宿の取り方や過ごし方を学んでいたようである。
とはいえほとんどを屋敷の中で過ごしていた彼らである。王都の大きい街並みは物珍しいだろうし、これから訓練校に通う緊張を抱えているのだろうなと私が目を細めていたのが午前中である。
そして、お昼ご飯を済ませた私は庭の東屋でお茶を一人で嗜んでいる。ジークとリンは訓練に向かったので離れているのだが、丁度考えたいことがあるので都合が良い。
私がジークとのお出掛け先として神さまの島はどうかと家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまに相談すれば、出掛け先に選ぶなと止められてしまった。ジークとゆっくり話せそうな場所がソコしか思いつかなかっただけなのだが他に良い場所はあるだろうか。神さまの島が駄目なら、高級店の個室が一番良さそうなかと思うのだけれど、侯爵家の料理が美味しいのであまり気が進まない。
いろいろ考え込んでいると、ソフィーアさまとセレスティアさまが屋敷の方からやってきた。
「なんて顔をしているんだ、ナイ」
「そうですわ。侯爵家の当主とは思えません」
片眉を上げて仕方ないという雰囲気を醸しているソフィーアさまと肩を竦めながら鉄扇を開いて口元を隠すセレスティアさまに私は無言で席を薦める。控えていた侍女の方にお茶をお願いすれば、静々とした様子で用意をしてくれた。お二人が私が休んでいるところに姿を現すのは珍しい。一体どうしたと私は背筋を伸ばして、お二人と視線を合わせた。
「どうしてこちらに?」
私が首を傾げると、クロは青竜さんと赤竜さんと遊び始めた。
「なんとなく、な」
「出先を迷っているのでしょう? わたくしたちはナイの提案を先程難色を示したので代案を出しにきた、というわけですわ」
私の疑問にソフィーアさまとセレスティアさまが答えてくれ、辺境伯令嬢さまは続けて公爵令嬢さまが私のことを気にしていたと言葉を付け加える。ソフィーアさまは余計なことを言うなという顔になり、セレスティアさまは言いたいことは言わねば伝わりませんわよと開いていた鉄扇を閉じた。
悩んでいたので有難いとさっそく私はどこか良い場所はないかとお二人に問うてみた。一応、密偵やら外務部の方や他の国の諜報員の方の耳がないところが望ましいというのはお二人に伝えている。とはいえ、そうなると難易度が跳ね上がるためお二人は考える様子を見せつつ声を紡いだ。
「王都の王立公園はどうだ? 広い薔薇園があって、迷路みたいになっているからな。二人で話しながらゆっくり歩けば、早々聞き耳は立てられまい」
「ヴァイセンベルク辺境伯領の領都でも構いませんわよ。妙な者は王都より少ないでしょう。ナイは顔が売れているので直ぐ騒ぎになるでしょうが、人払いは可能でございましょう」
お二人が苦笑いで答えてくれる。まあ、私の動向を気になっている方たちはたくさんいるので、聞き耳を立てられない場所というのが限りなく少ないのはソフィーアさまとセレスティアさまも十分理解しているのだろう。
お願いすればハイゼンベルグ公爵領でもお出掛け先となるけれど、流石に人払いをお願いしてまで出掛け先に選ぶ気はない。ジークと落ち着いて話せる場を私は知りたかったわけだけれど、一つの結論に辿り着く。
「……となると一番落ち着いて話せる場所は屋敷になりませんか?」
変な人がいないということであれば、屋敷の中が一番良いのではないだろうか。立ち入りできる方は限られ悪意のある方は弾かれる。そう考えると副団長さまと猫背さんとダリア姉さんとアイリス姉さんが考案してくれた結界は優秀であり、スパイの人には迷惑千万だなあと晴れた春の空を見上げた。
「そうだな。密偵やら聞き耳を立てる者は限りなく少ないな」
「ですわね。出掛け先とはなりませんが、落ち着いて話すのであれば屋敷が一番無難な場所かと」
お二人に視線を戻した私は、彼女たちの声に苦笑いを浮かべる。まあ落ち着いて話すなら侯爵邸、どこかに出掛けるならば人に見られるのは覚悟しなければならないようである。アルバトロス王国に湖があればボートに乗って二人きりになれる手段があるけれど、ないのだから仕方ない。それに私にはそういうことが似合わないし、湖に落ちてしまう気がする。
ジークと話すのは屋敷として、出掛け先はどこにしようとお二人に再度問えば、私にいろいろと情報を教授してくれた。お貴族さま定番のデートコースとか一応あるらしい。王都に集中しているのは流石というべきか。避暑地で過ごす場合も多いそうだが、それは婚約者同士か婚姻している方が取る手段だとか。凄く広い庭園であれば護衛を撒く方がいて、隠れてコソコソできるそうだ。
ソフィーアさまとセレスティアさまと私はその手のことが好きではないので選ばないけれど。手段として教えてくれたのは、私を信用してくれているからだろう。
貴族が恋愛婚を選び取れる日は遠いだろうなあと私が目を細めていると、どこからともなくヴァルトルーデさまが歩いてきた。後ろには天馬さま方を控えさせており、なんとなく神々しい光景に見える。でもヴァルトルーデさまなので神々しさは普通の神さまより半減しているかもしれない。慣れたとも言うけれど。
「珍しい。ソフィーアとセレスティアがいる」
東屋の中に進んできたヴァルトルーデさまはお二人がいることに少しだけ驚いていた。確かに午後の時間から東屋を占領しているのは私であることが多い。お二人は仕事をしていたり、宛がわれている自室で過ごしていたりと様々だ。堅苦しい態度をヴァルトルーデさまは嫌うため、席から立たないまま私は席を薦める。そして私より先にソフィーアさまとセレスティアさまが口を開く。
「ヴァルトルーデさま、如何なさいました?」
「珍しいのはヴァルトルーデさまの方では?」
西の女神さまがこの時間、この場所に姿を現すのはお腹が空いた時である。私は事情を知っているけれど、ソフィーアさまとセレスティアさまは知らないので疑問を呈していた。
「暇でウロウロしてたら三人の姿が見えた」
何故かヴァルトルーデさまがドヤと胸を張る。自慢するようなことではないのに、女神さまにとって私たちを見つけたことが嬉しいようだ。お茶を淹れてくれた侍女の方が礼を執れば、ヴァルトルーデさまも感謝を告げる。
女神さまが屋敷で生活するようになって、他の方たちも随分と慣れてきているようだ。最初は凄く緊張していたというのに、今では難なく言葉を交わしているのだから。ヴァルトルーデさまは淹れて貰ったお茶を一口嚥下して私たちを見る。
「なにを話していたの?」
どうやら私たちが集まる姿が珍しいので、なにを話していたのか気になるようだ。いつもであればお茶とお菓子に意識が取られいるので、ヴァルトルーデさまが会話を振るのは珍しい。
「お貴族さまのお出掛け場所についてですね」
私が答えると、ヴァルトルーデさまは意味を咀嚼しているのか少し間を置いてから次の言葉を紡ぐ。
「面白そうなところはあった?」
「どうでしょう」
面白そうなところはあっただろうか。確かにお貴族さま基準であれば普遍的で無難な紹介だっただろう。前世を知っている身としては、少々物足りないというかヴァリエーションに欠けるというか。遊園地とかカラオケとかないし、デパートでご当地フェアとかB級グルメ大会とかはない。私がソフィーアさまとセレスティアさまの方に視線を向けると、お二人は困り顔になる。
「私に聞くな」
「同じくですわ」
ソフィーアさまとセレスティアさまが片眉を上げながら微妙に笑い、ヴァルトルーデさまは特に気にしていないようだ。私は淹れて貰った紅茶が冷めてしまうと、ティーカップを手に取って口に運ぶ。
少し時間が経って喉を通りやすい温度になっており多めに紅茶を口に含んだ。少々お行儀が悪い気もするが、身内しかいないので気にしない。ふと視界の横にヴァルトルーデさまが映っていることに私が気付けば、こてんと顔を斜めに倒していた。
「ねえ、ナイ。ジークフリードとは上手くいっているの?」
「ぶふぅっ!!」
唐突なヴァルトルーデさまの疑問に私は口に含んでいた紅茶を吹き出した。ソフィーアさまとセレスティアさまの方に吹くのは失礼と一瞬で判断して、私の顔の方向を変えたものの被害者がいた。
『汚いよ、ナイ!』
クロが抗議の声を上げ、青竜さんと赤竜さんが短く鳴いてソフィーアさまとセレスティアさまの方へと逃げて行く。するとお二人はハンカチを取り出して、濡れてしまった青竜さんと赤竜さんの身体を拭いている。誠にごめんなさいと言いたいところであるが、急に宣った方が悪いとクロに目線を向ける。
「ご、ごめん。ヴァルトルーデさまが変なことを言うから」
私の声と同時に侍女の方がわたわたと布巾や布を持ってきてくれた。私はポケットからハンカチを取り出して口元を拭うと、ヴァルトルーデさまが目を細める。
「私の所為かな、今の」
ヴァルトルーデさまが言葉にしなければ被害者は出なかったのだから女神さまの所為ではなかろうかと私はジト目を向けた。するとヴァルトルーデさまは微妙な顔になるものの、特に反論はないようで私以外に謝罪を入れている。
私に告げた言葉だというのに、私に対して謝罪がないのはどうなのだろう。まあ良いかと気を取り直して、ヴァルトルーデさまの疑問について考えてみる。特にジークと変わったことはないけれど、私は手探りで彼との距離を詰めようとしている……はず。ジークと付き合うのは嫌ではないが、なにか変わってしまうことを一番恐れている。
一番被害が大きかったクロは侍女の方に身体を拭いて貰っており、ありがとうと告げて私の肩の上には戻らずヴァルトルーデさまの方へと乗っている。
『酷いよねえ。女神さまはナイに変なことを言っているとは思わないけれど』
「ね」
クロとヴァルトルーデさまはお互いに視線を合わせて意気投合していた。そしてソフィーアさまとセレスティアさまは聞き手に徹するようである。なんだこの状況と言いたいけれど、変に勘繰られるくらいなら本心を語っておいた方が良いだろうか。
「ジークには返事を待って貰っています。ずっと一緒に過ごしてきたから、見る目を変えろと言われても無理ですし……」
「?」
私が声を絞り出せばヴァルトルーデさまが首を傾げている。変なことを言ったつもりはないのだけれど、女神さまは今の私の言葉をどう解釈したのだろうか。ヴァルトルーデさまが目をぱちくりさせながら口を開いた。
「ナイとジークフリードはお似合いだよ」
女神さまの気持ちは有難いけれど、私はどうすりゃ良いのか分からない。多分、世間一般的な恋人同士になるのは無理だろう。べたべたするのは好きじゃないのだが、ジークはどう考えているのか。
「と言われましても……」
恋愛って難しいねと微妙な気持ちになりつつ、告白の返事をしていないんだから恋愛が始まってすらいないとセルフ突っ込みをするのだった。






