1449:折り入ってご相談。
ヤーバン王国から戻って一週間が経ち、三月に入っている。随分と暖かくなり、庭の草木に元気が戻ってきている気がする。やはり元日本人として春と言えば桜だし、王都の学院にある桜の木から挿し木か接ぎ木で侯爵領で増やせないだろうか。
少し小高い丘に桜の木が満開に咲けば、良い観光スポットになりそうである。私もお花見がみんなで出来て嬉しいし、ヴァルトルーデさまとジルケさまが喜んでくれそうだ。ちょっと計画してみようと頭の片隅で考えつつ、私は王都の侯爵邸にやってきていた。
フィーネさまから手紙が定期的に届いているのだが、お喋りしたいからアストライアー侯爵邸に行っても良いかという問い合わせがあった。特に問題はないと返事をして、日時だけ指定して欲しいとお願いしていたのだが、今日がそのフィーネさまが王都のタウンハウスである侯爵邸にやってくる日だ。
何故かエーリヒさまとユルゲンさまも一緒にくるとのこと――デートがなかなかできないので、侯爵邸で会うそうである――らしい。フィーネさまとエーリヒさまは目的があるから良いだろうが、一緒に付いてこなければならないユルゲンさまが不憫なような。とはいえ彼はきちんと婚約者を再度迎えているそうだから、色恋に目覚めると厄介なことになるので大丈夫なはず。
私は当主としてお客人の対応をしようと地下室へと降りている。
ジークとリンに視線を向けて久しぶりに彼らに会えるねと目を細めると、そっくり兄妹もまた『そうだな』『そうだね』と答えてくれた。ジークはエーリヒさまとユルゲンさまの相手を務め、リンと私はフィーネさまのお相手を務めることになっている。
せっかくの逢瀬だというのに、一緒に過ごさなくて良いのかと私がフィーネさまに問えば『今回はナイさまとお話したいので!』と力強い文字で返事がきた。フィーネさまが私と話したいことってなんだろうと首を傾げつつ、私は背の高いそっくり兄妹をもう一度見上げる。
「少し急だけれど、南の島に行く相談とかしておきたいな」
南の島には今年もお邪魔する予定である。ヤーバン王国にお邪魔した際にディアンさまとベリルさまとダリア姉さんとアイリス姉さんから『今年もくるよね?』と問われたし、私も私で『行きたいです』と返したのだ。
どんどん島に向かう人数が多くなっているけれど、コテージの拡張やダークエルフさんの村の整備が整ってきたため、受け入れ人数を増やしても良いとのこと。島に住むダークエルフさんと竜の方たちと魚人の方たちが私たちがくるのを楽しみにしているとも聞いたので、再会を果たさなければとも考えている。
「今年も行くんだな」
「みんな誘うの?」
ジークが肩を竦めて笑い、リンがこてんと首を小さく傾げる。彼女の肩に乗っているネルもこてんと顔を一緒に傾げている姿が可愛らしい。
「うん。去年声を掛けた人には招待状を送ったし、ボルドー男爵さまも行きたいってソフィーアさまから相談があったよ」
首を傾げているネルに反応したのか、クロとアズもこてんと首を傾げた。今年はボルドー男爵さまも向かうようになるので、果たしてどうなるのやら。長期休暇のイベントだから『儂に構わなくて良い。好きに過ごさせて貰おう』とか言って、海に潜りそうな勢いが彼にはある。公爵位を担っている時より、ボルドー男爵さまは精力的に動いていそうである。まあ、公爵という重責から身を引いた――ご本人はそう捉えていなさそう――のだから、自由を楽しんでいるのだろう。
「元気だな、閣下は」
「ね。歳なのに無理しないで欲しい」
ふっと笑うジークとリンが少し心配そうな表情で眉尻を下げている。まあボルドー男爵さまは放っておいても問題ないだろう。女神さまの相手を務めていても、いつも通りのお方なのだから。他愛のないことを話していれば、地下室に施された魔術陣が淡く光り始める。
「あ、きたみたい。魔力を込めるね」
私が魔力を練って魔術陣に注ぎ込めば、光が増してフィーネさまとエーリヒさまとユルゲンさまに、護衛の方たちの姿が現れた。
「お久しぶりです。フィーネさま、エーリヒさま、ユルゲンさま」
魔術陣の上に現れたお三方に私は頭を下げる。出会った頃より背が高くなっているし、フィーネさまは胸が成長している。羨ましい、けしからんという気持ちを抑えていると、フィーネさまが礼を執る。
「ナイさま、お久しぶりです! 少し急な形となってしまって申し訳ございません」
「いえ、予定が空いていたので問題ないですよ」
急になったのは確かなことであるが、予定を空けてもらったので問題ない。急ぎの案件もなかったし、侯爵家には優秀な方がたくさんいる。仕事は少し溜まってしまうけれど私が頑張れば問題ない。お客人がくるとお茶とお菓子が豪華になるし、ご飯も気合が入ったものになるため楽しみが増えるのだ。仕事は明日からまた頑張ろうと誓っていれば、エーリヒさまとユルゲンさまも礼を執った。
「お久しぶりです、閣下。本日はよろしくお願い致します」
「閣下、お邪魔致します」
お二人に私もよろしくお願いしますと軽く頭を下げて、賓客室に行こうと上階を指差す。彼らも分かっているので静かに頷き移動を開始する。細い階段を上り一階の廊下に出れば、窓から差し込む光が少し眩しかった。私が先頭を歩いていると、後ろからふいに声が掛かる。
「ナイさまの屋敷に天馬とグリフォンが増えたと聞いていますが、王都ではないんですよね?」
フィーネさまが窓の外を見たあと私に視線を合わせて問うてきた。天馬さまたちとグリフォンさんたちが増えたことは私の手紙で彼女は知っている。興味があるのか少しウキウキしているようだ。
「侯爵領の方ですね。皆さま、のんびり過ごされておりますよ」
今回、私は直ぐ侯爵領に戻ると知っているため、彼らはこちらにきていない。興味のある方がいるそうだが、王都に赴いても騒ぎになるだけと分かっていたようだ。
ただグリフォンさんの卵四つは一緒に過ごして欲しいというお願いがあったので、私はいつも通りポシェットを下げている。時間があればお三方に紹介するのもアリだろう。フィーネさまは私の返事に少しだけ残念そうにして、すぐに気を取り直す。
「聖王国でも安易に魔獣や幻獣を捕まえたり、傷付けては駄目という法が施行されます。少しでも彼らの役に立つと良いのですが」
フィーネさまが簡単に捕まえたり傷付けることができる人は凄く少ないでしょうけれどと言葉を付け加えた。確かに簡単にできることではないが偶に特異な方が出現する世界だ。魔獣や幻獣の皆さまの安全に少しでも寄与できるなら有難い法だろう。国によりマチマチではあるが罰則があると聞いている。
「他の国でも動きがあるようなので良かったです」
「本当に。グリフォンの卵を偶然得て飼い続けた、なんて例がでてくるとは誰も予想していなかったでしょうから」
エーリヒさまとユルゲンさまも苦笑いを浮かべている。おばあの一件でとある国のとある人がやっちゃっているので、お二人は外務官としていろいろ動いてくれたようだ。
多分彼らはとある人がどうなっているのか知っているのだろう。家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまが知っている可能性もあるが私には興味がない。おばあが楽しく過ごせているならそれで良いと、賓客室の前に辿り着く。
「では、一旦別れましょうか」
「またあとで!」
私の声にフィーネさまが笑みを浮かべ男性陣に小さく手を振る。男性陣は小さく頭を下げているのだが、エーリヒさまの表情がいつもより緩いような。
「はい。また後ほど」
「失礼しますね」
「行こう、エーリヒ、ユルゲン」
男性陣が声を上げて隣の賓客室の方へと入って行く。私はリンとフィーネさまの方を見て行きましょうと声を上げ、部屋の中へと入りフィーネさまに席を勧める。リンは私の後ろで続けて護衛を務めてくれるようだ。
私も椅子に腰を下ろして部屋付きの侍女の方にお茶とお菓子を用意して貰う。クロは私の肩から降り、ネルと戯れ始めた。毛玉ちゃんたちもフィーネさまに挨拶をして、床の上で三頭がワンプロを始めていた。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんもよっこらしょと床に寝転がって、こちらには興味がないよというスタンスになっている。侍女の方がお茶を淹れてくれ、壁際に下がって行った。私は紅茶を一口どうにか飲んで、フィーネさまと視線を合わせる。
「フィーネさま、今回は突然どうしたのですか?」
私とフィーネさまが会う場合、一ケ月くらいは余裕を持って約束を取り付けているのだが、今回は一週間という大分早い時間で調整を行った。
お互いに役目を負っているためそうなるのはしかたないことだと、フィーネさまも私も理解している。なので今回、早くお会いして話がしたいですと願った彼女の行動が気になるのは当然で。私の声にフィーネさまが一瞬視線を逸らして、また元の位置へと戻した。
「まあ、いろいろとありまして……再度になりますが、ジークフリードさんからの告白をナイさまはどうするのかなーとか進展はあったのかなー……なんて気になったものですから」
「ぶふっ!」
あははーとフィーネさまが笑っているけれど、瞳の奥には『恋バナ!』という文字が宿っているように思えてならない。私は私で二口目の紅茶を吹き出しそうになる。私の後ろでリンが『落ち着いて、ナイ』と言いたげであるものの声には出さないらしい。
「何故、二度目の突っ込みが……」
「アルバトロスの陛下から、もしナイさまが私に恋愛相談を持ち掛けたならば乗って欲しいとお願いされたので」
私が項垂れるとフィーネさまがくすくすと笑っている。嫌な笑い方ではなく、私の驚きに何故予想していなかったと言いたいようだ。そして私は彼女の声に顔を思いっきり上げた。
「へ、陛下から!?」
「はい。アルバトロス王からです」
どうして陛下からフィーネさまにお願いされているのだろう。あ、いや、でも……転生者同士だから価値観を共有しているため、恋愛事も相談し易いと考えたのだろうか。
そう考えてしまうと陛下を責められない。おそらくソフィーアさまからボルドー男爵さまに報告されているし、家宰さまか侍女長さま辺りからも王国へ知らせを入れているはず。報告時間に差異があっただろうけれど、いずれは知れ渡ってしまったのはお貴族さまとして当然のこと。
「あ、あれ? ということは公認されてる?」
ジークがアルバトロス上層部から問題のある人物と判断されていれば、陛下から『告白を受けるな』と言われそうである。手も口も出してこないということはジークと私の関係を認めるということだろう。
「ですねえ。きっとナイさまとジークフリードさんが婚姻すれば、諸問題が丸く収まると考えられておられるのでは?」
「う……」
フィーネさまが肩を竦め、私はなんとも言えない気持ちになってしまう。ジークの件が公認というのは大人の事情というか国の事情というか……いろいろとお貴族さまのしきたりによるものだろう。
私が婚姻して子を成さなければアストライアー家の直系が途絶える。ユーリという半妹がいるけれど、彼女が侯爵位を継げば傍系だ。できることなら直系に継いで貰い代々を経て欲しいと陛下方が願うのは当然のこと。
「貴族としては問題ないでしょうけれど、ナイさまの気持ちが一番大事です。ジークフリードさんのことをどう思っているのですか? 考えを整理するために吐き出してみるのも、一つの手ですよ?」
フィーネさまがドヤという顔をして胸を張っている。私は誰かの話を聞く場合が多いけれど、偶には聞いて貰うのもアリなのだろうか。今は身内しかいないし相談できる相手もいない。リンは存在が近すぎるため『兄さんと婚姻すれば良い』としか返ってこないだろう。私が悩んでいることを吐露するのは憚れるけれど……せっかくこうして機会を作ってくれたなら。
――正直な気持ちを聞いてもらうのもアリか。
私は長く息を吐き、フィーネさまと目を合わせるのだった。






