1448:さくらんぼ。
まさかのヤーバン王の妊娠報告に驚いてしまうが、直ぐにめでたいと周りの方たちが盛り上がって王城の庭はどんちゃん騒ぎになっている。私もおめでとうございますとヤーバン王に伝えれば、凄く嬉しそうな顔に彼女がなった。ヤーバン王はそのまま周囲の方たちに報告へ赴いた。
本当に驚いてしまうし、妊娠報告を聞き過ぎではなかろうかと考えるものの、ふと思い至ったことがある。私はダリア姉さんとアイリス姉さんの方に顔を向ければ、どうしたのと声が返ってくる。
「南大陸のエルフの村の方との交流はどうなっていますか?」
私が見上げながら問えば、お姉さんズは苦笑いになる。
「ああ。ナイちゃんから見れば私たちはなにもしていないように見えるかもしれないわね」
「何度か行き来して、移住したいって手を挙げたエルフはこっちにくる予定だよ~まあ、環境に慣れることができるのか微妙なところかなあ」
肩を竦めるダリア姉さんとアイリス姉さんだけれども、やることはやっているようだ。ただ人間とエルフの時間間隔が違うから、私から見ると動いていないように感じてしまう。移住計画は割と早いペースで動いているそうで、百年後くらいには向こうのエルフの方と亜人連合国の方と結婚しているかもしれないそうである。
ダリア姉さんとアイリス姉さんは良い相手を見つからないのかと喉まで出かかったけれど、寸でのところで我慢できた。私に相手がいないのに、お姉さんズにソレを聞けばきっと返り討ちになってしまう。ディアンさまとベリルさまは単体で子を成せると聞いているため、番へのこだわりは薄いとか。
「なにを考えているのかしら?」
「ナイちゃんの顔が変になっているよ~」
ダリア姉さんとアイリス姉さんがくすくすと笑いながら私へ問うている。変な顔をしていたつもりはないけれど、私が頭の中でなにか考えていたとお二人にはバレているようだ。
「交流が上手くいっているなら良かったなと。私が紹介しましたしね」
「そんなことを気にしていたの?」
「律儀だよねえ、ナイちゃんは~まあ、ゆっくり進んでいるから安心してよ。変なことにはならないから~」
私が肩を竦めると、ダリア姉さんとアイリス姉さんが少し驚いた顔になる。まあ紹介を担っただけで、二国間のことだと私はノータッチを貫いていたから、お姉さんズ的には私が気に掛けていたことは意外だったようだ。変なことにならないならなによりだし、将来エルフの方たちが増えるのであれば嬉しいことである。
「天馬さま方も、グリフォンさんたちも増えますし、竜の方たちも増えているので良かったです」
本当に希少と言われている方たちが順調に増える予定だ。最初こそ『どうしてこうなった!』と頭を抱えていたけれど、最近の私は振り切れつつある。
仔天馬さまも卵から孵ったばかりのグリフォンさんと竜の方たちは可愛いし、成獣には成獣の魅力があるし、歳を経てもおばあのような可愛さがあるのだ。お世話が大変なこともあるけれど、その分癒しを貰っているから問題ない。彼らのお陰で侯爵家の名声が高くなっている――カンストしている気もするが――のだから。
「そうね。ナイちゃんのお陰」
「だね~ナイちゃんが受け入れてくれなきゃ、彼らは途方に暮れていたと思うよ~?」
「流石にそれは。自然に生きる方たちなので、自力でどうにかできるかと」
ダリア姉さんとアイリス姉さんが目を細めながら笑う。仮に私が受け入れなかった場合はどこか安全な場所を見つけて産み落としていたはずだ。危なくなるかもしれないが、そこは自然に生きている彼らだ。弱肉強食の理を知っているので文句はあるまい。私が苦笑いを浮かべると、お姉さんズが真面目な表情になる。
「安心できる場所があるって大事よ」
「それにナイちゃん、お産に立ち会ってくれるじゃない」
「それは無駄に命が散るよりは良いですから。自然の流れには逆らっているような気もしますが」
自然の流れに逆らっているのは明らかだろう。本来、天馬さまやグリフォンさんたちや竜のお方が人間の下で過ごすなんてあり得ないことだし。
とはいえ、出産は大変なものだと身に染みているので、私は彼らを追い出せないわけで。彼らも望んでいるのだからという言葉を免罪符にして、屋敷で受け入れているような気もする。私の取った行動が良いことか悪いことかは、後世に分かるだろう。まあ駄目ならヴァルトルーデさまが渋い顔をしそうだから、きっと大丈夫。
「ヴァルトルーデさまとジルケさま、延々と食べていますね。お腹壊さないのかな」
二柱さまは椅子に腰を下ろして、お肉を延々と食べていた。味に満足しているのか箸が止まることはない。焼き台の調理人さんも給仕の方も女神さまが嬉しそうに食べてくれているので、気合が入っているようだ。私も随分とお肉とお野菜を頂いたのだが、女神さま方は更に上をいっている。
「本当に良く食される方たちよね」
「美味しそうに食べられているから、こっちまで幸せな気分になれるよ~不思議~」
ダリア姉さんとアイリス姉さんも二柱さまの方へと視線を向けた。確かに美味しそうに食しているのでこちらまで幸せな気分になるし、お腹に隙間ができてきた。とはいえ箸を置いているのだから我慢するけれど。
「あ、ヤーバン王に先程ストールをお渡ししたのですが、構わなかったでしょうか?」
私はそうだと言わんばかりに話の内容を変えた。ヤーバン王に渡したストールはタダのストールではない。エルフの方たちが編んでくれた反物であり、妖精さんの鱗粉が付与されていたものである。定期的に頂いているため、新調してクローゼットの中に前の品が眠っている状態なのである。私の勝手な判断でヤーバン王に渡したのは不味かっただろうと、贈り主であるお二人の顔を見上げた。
「問題ないわよ。ナイちゃんに譲ったものだもの。好きにしなさいな」
「気を使わなくて良いよ~エルフの反物の販路が広がって、潤っているのはナイちゃんのお陰だしね~」
この辺りのダリア姉さんとアイリス姉さんの太っ腹さは有難い。変な人やケチな人なら『なんで渡した!』と問い詰められそうである。私はすみませんと一度断りを入れれば、話の内容がまた変わる。
取り留めのない話であったり、ちょっと他国の土地を貰っちゃったと茶目っ気たっぷりにお姉さんズが教えてくれたのだが、一体どういう経緯で手に入れたのか。気になるけれど、聞けば私も巻き込まれそうだと聞けず仕舞だ。
お姉さんズと話していれば、毛玉ちゃんたちがてててと走ってくる。後ろにはおばあもいて、お肉の塊――味付けしていない――を咥えている。毛玉ちゃんたちもお肉の塊をちゃっかり咥えており、焼き台の料理人の方から貰ったようである。私は焼き台の料理人の方へ顔を向けて礼を執れば、彼は慌てて頭を下げた。そうして私が見下ろせば毛玉ちゃんたちは顔を上げてにんまりとする。
『もらっちゃ!』
『おいちい!?』
『ちゃべる?』
尻尾をぶんぶん振りながら、口の横から涎を垂らす毛玉ちゃんたちに苦笑いを浮かべて私は『食べて良いよ』と促した。すると地面に伏せて毛玉ちゃんたちは脚を使って肉の塊を抑えて、大きく口を開けて食べ始める。
「毛玉は無邪気ねえ」
「本当にね~そういえば人の形にはならないの~?」
ダリア姉さんとアイリス姉さんが腕を組んで胸を寄せながら肩を竦める。羨ましいけれど、私にはできない技だと落ち込みそうになった。そういえば毛玉ちゃんたちは最近、人の形になっていない。狼の姿で過ごす方が楽なのか、それとも他に理由はあったかなと頭の中を探る。
「最近、フソウに赴いていないので興味がなくなったようです」
そういえば最近、フソウに赴いていないなあと懐かしくなって私は目を細めた。そのうちフソウにも行きたいなと考えていると、遅れて辿り着いたおばあが肉の塊を口に咥えたまま私に顔を寄せた。
『ピョエ!!』
「良かったね、おばあ。食べて良いよ。あとでお礼を言いに行こう」
通訳のクロとジャドさんが側にいないためなにを言っているか分からないものの、言いたいことはなんとなく理解できる。毛玉ちゃんたちと同様におばあも私に食べて良いか確認を取りにきたようだ。
私の声におばあも地面にお腹を付け、毛玉ちゃんたちと同じ格好でお肉を食べ始める。顎の力が弱いのか、食べるスピードが毛玉ちゃんたちより遅い。まあ喉を詰まらせなければ良いし、おばあは美味しそうに細い目を更に細めているから構わないだろう。エルフのお姉さんズと私が肩を竦めれば、側にいたジークとリンがヤーバンの料理人の方からなにかを受け取っている。そうしてジークとリンは私の前にお皿を差し出した。
「ナイ。ヤーバン王からだ」
「美味しそうだね。アルバトロスだと珍しい」
二人が手に持つお皿の上にはさくらんぼが大量に乗っている。チェリーと称した方が良いかもしれないが、呼び慣れている方で良いだろう。リンが言ったとおり、アルバトロス王国では珍しい品となる。エルフのお姉さんズも興味があるのか、お皿の上の大量のさくらんぼに目を惹かれている。私はジークが持っているお皿を受け取ろうとして止め、リンの方のお皿に手を伸ばした。
「ありがとう、ジーク、リン」
「?」
私の声にジークが片眉を上げ、リンが苦笑いを浮かべている。そろそろ答えを出さなきゃいけない時期に近づいているので、ふいの瞬間にジークのことを意識してしまう。多分、私が手を引いた理由なんてそっくり兄妹にはバレているだろう。
「あら?」
「おやおや~?」
ダリア姉さんとアイリス姉さんはにやにやしながら、なにも言わないでおきましょうと二人して納得していた。私は気持ちを切り替えて、受け取ったお皿をお二人の方へと向ける。
「ダリア姉さんとアイリス姉さんも食べませんか?」
「頂くわ。あまり向こうでも見ない品種ねえ」
「可愛い形してる~。どんな味がするのか楽しみ~」
ダリア姉さんとアイリス姉さんが顔を綻ばせれば、お肉の塊を食べ終えた毛玉ちゃんたちも興味を持ち、おばあも遅れて食べてみたいとアピールしていた。
ふと、私は興味がなければ相手の好意を受け取らないはずと、手を伸ばしてきたダリア姉さんとアイリス姉さんの顔をぼーっと見る。特に男性相手であればきっぱりと受け取らない。だというのにジークの告白にうんうん悩んでいるのは、彼のことを好きだからであろうか。なんだかそんな気もしてきたと思いながら、私は毛玉ちゃんたちとおばあにもさくらんぼを渡す。
あれ? あれ? と心の中でまた悩み始めるのだった。






