1445:盛り上がる。
迎えの馬車に乗り込んだ私たちはヤーバン王国王都の景色を窓から眺めている。雌のグリフォンが八頭いるということで、街のメインストリートはヤーバン王国の人たちで溢れ返っていた。
ヤーバン王が先頭を行き、その後ろにジャドさんとおばあとイルとイヴと雌グリフォンさん四頭が歩き、その後ろに私が乗る馬車が続き、亜人連合国の方たちが乗っている馬車が続いている。ジャドさんと雌グリフォンさん四頭は確り前を向いて歩いているのだが、おばあは街並が珍しいのかきょろきょろと顔を振っていた。
「転ばないよね」
私は馬車の中から心配の声を上げるものの、おばあに届くはずもなく。おばあは狭い場所で過ごしていたためか運動をしておらず、筋肉があまり発達していなかった。
侯爵邸に移り住み体力が回復してからは、毛玉ちゃんたちとイルとイヴと一緒に走り回っていたので少しはマシになっている。とはいえ野生で過ごしていたジャドさんと雌グリフォンさんの脚取りと比較すれば、危なっかしい歩き方をしているのだ。むーと前を向いて悩んでいると、いつものようにサンドイッチされているヴァルトルーデさまとジルケさまが声を上げる。
「ナイは心配し過ぎ」
「コケても怪我しねえだろ。仮に怪我したなら、ナイが治してやりゃ良いじゃねえか」
肩を竦めるヴァルトルーデさまに呆れて息を吐くジルケさま。私は前を見たまま――ジャドさんたちの姿は見えないけれど――目を細める。
「そりゃそうですけれど、怪我をしないに越したことはないので」
痛い思いはしないで済む方が良いだろうに。確かに魔獣だから怪我の一つや二つ負ったことはあるだろう。とはいえおばあは自由を知らないまま育ったのだ。なるだけ幸せな余生を送って欲しいから、怪我を負うなんてしないに限る。前の座席に腰を下ろして私たちのやり取りを聞いていたソフィーアさまとセレスティアさまが苦笑いを浮かべた。
「ユーリにも過保護なところがあるが、ナイはおばあも心配なのか」
「気持ちは分かりますが、我々にできることは見守るしかありませんわ」
ユーリにもおばあにも過保護になっているつもりはないのだが、周りにはそう見えるようである。幻獣や魔獣が大好きなセレスティアさままで呆れているので、私の心配は大袈裟なのだろうか。
「まあ、心配なものは心配です。というか、ヤーバンの男性は皆さん半裸なんですね……」
私が窓へ顔を向け、メインストリートに集まった方たちを見れば男性は半裸であった。女性も胸の位置を布で撒いているだけなのでお腹が丸見えだ。しかも皆さま鍛えているのか、街中の人であれ腹筋が割れていた。若い女性たちはシックスパックにはなっていないけれど、お腹に縦に筋が綺麗に入っているので結構鍛えているはず。私の声に二柱さまとお二方が窓へと視線を向けた。
「だね」
「だな」
ヴァルトルーデさまとジルケさまはアルバトロス王国や他国と比較しているものの、ヤーバン王国だからと特に感じていないようである。
「服を着て欲しいが」
「こればかりは文化ですものね。なにも言えませんわ」
生粋のお貴族さまであるソフィーアさまとセレスティアさまは視線のやり場にまだ慣れないようだ。ヤーバン王曰く、ヤーバン人は鍛えた筋肉を褒めてくれたら喜ぶそうだ。女性も嬉しいそうだから、ボディービルダー選手権みたいなことを企画すれば、沢山の方が参加してくれそうである。そして応援席から面白い声援が飛ぶ日がくるかもしれない。
「街の雰囲気はアルバトロス王国や西大陸の国々と変わりありませんね。少しこじんまりとしているなという印象がありますが」
私は窓から見える街並に目を向けた。王城に入ったことはあるけれど、ヤーバンの王都の街中を直接見ることはなかった。なんとなくだけれど、中世の欧州というよりは古代っぽい街並みか。少し年代が違うというべきか。
一階の軒下では売り物の野菜や果物に数々の商品が並んでいるので、経済活動は活発に行われているようだ。さらに王城に近くなれば高級店が増えるのだろう。ヤーバン王国に高級店というイメージはないが貴族階級の方がいるので、そちらの区域に入れば少し空気が違うはず。
露天商があれば店舗を構えて商いをしている方もいるようだ。お店の看板が立っているし、目を凝らせば店の中の商品を捉えることができた。食堂や武具店に装飾品店に衣料品を取り扱うお店もあるので、本当に少しこじんまりとしているだけでアルバトロス王国の王都と変わらない。ヴァルトルーデさまとジルケさまの目線があるお店で止まる。私もそこのお店は気になっていたところである。
「あ、美味しそう」
「すげーな。肉をでけえ串に刺して焼いてるぞ。美味そうだ」
二柱さまの目に入った店前では炭火を熾して、肉の塊を大きな鉄の串に刺して豪快に焼いている。煙の匂いとお肉の良い匂いが馬車の中に入ってきていた。まだ朝の早い時間だけれど、食欲をそそる匂いだ。
お店の人が頃合いを見て、肉の塊を刺した巨大串をくるりと回している。焼き台の側には大きな瓶が置いているので、中にソースが入っているのかもしれない。塩胡椒で食べるのも美味しいけれど、やっぱりお肉はタレやソースで味わうのも良いよねえと私は目を細める。
「ヤーバンの料理でしょうね。本当に豪快だなあ」
おそらくヤーバン独自の料理だろう。アルバトロス王国では見たことがないし、他の国でも見たことがない。もしかするとお貴族さまだから豪快な料理を知らないだけかもしれないけれど。お腹が鳴りそうになるのを我慢していると、ソフィーアさまとセレスティアさまが苦笑いを浮かべる。
「ヤーバン王が歓迎の宴を催すと言っていたからな。もしかすれば食すことができるかもしれないぞ」
「どうでしょうか? ヤーバンの貴族もあのような料理を食べるのか」
馬車の中で話していれば、ヤーバン城に辿り着いたようである。城門を抜け広い庭を過ぎて馬車回りに辿り着く。ジークのエスコートを受けて馬車から降りたのだが、なんだかいつもより照れ臭い。
ジークは普段通りなので、少し狡いと愚痴を言いたくなるがぐっと堪える。ふうと息を吐いて前を向くと、後ろの馬車から降りた亜人連合国のディアンさまとベリルさまとアイリス姉さんとダリア姉さんが隣に立った。
少し先にはヤーバン王国の戦士たちが整列し、槍と盾を構えて私たちを待ち構えている。そしてヤーバン王が私たちの前に立ち、大きく息を吸った。
「改めてになるが……アストライアー侯爵、亜人連合国の皆、ようこそ、ヤーバン王国へっ!!」
耳がピリピリしそうになるくらいの大音声が周りに響く。いきなりで驚いてしまったけれど、これがヤーバン王国流の歓迎の仕方のようである。
ヤーバン王の導きで私たちは戦士たちの前を歩けば、打楽器の音が鳴り始め、ヤーバンの戦士たちが一斉に敬礼を執った。私は胸に手を当て彼らに敬意を表する。ディアンさまも亜人連合国の代表として、戦士の方を見ながら確りと目線を合わせていた。私たちの後ろを歩いている皆さまも、戦士の皆さまに敬意を表していれば、更に後ろを歩いていた雌グリフォン八頭のうち、おばあが立ち止まりこてんと首を傾げる。
『ピョエ?』
『はいはい。行きますよ、おばあ』
おばあにジャドさんが声を掛ければ、歩みを再開させてぴょんこと一度おばあが跳ねる。その姿にヤーバンの戦士の一部の方が『ぐほ!』『ぐっ!』『お可愛らしいっ!!』と口にして、お偉いさん方に怒られていた。
「うっ!?」
「っう!!」
で、もう一方、おばあの愛らしさにやられている方がいる。いや、正しくは二人か。ヤーバン王と某辺境伯家ご令嬢である。アストライアー侯爵家の面々は通常運転と認識しているため平然としているが、亜人連合国の皆さまは一部の方たちが衝撃を受けているのか分からないようである。
気にしては駄目だと伝えたいけれど、魔獣と幻獣の愛らしさに衝撃を受けてテンションが上がっただけだと知れば彼らは人間に対してどういう気持ちを抱くのか。どう伝えたものかと私が悩んでいると、クロがこてんと顔を傾げて尻尾を動かしながら口を開く。
『おばあはみんなが同じことをしているから不思議みたいだねえ。ぴょんって跳ねたことに意味はないと思うよ』
確かにおばあは侯爵家の庭で跳ねることがある。私たちを見つけてこっちにくるかと思いきや、クルクル回って跳ねてから走り始めることが多い。走れることが楽しいのか、ご飯の時間が嬉しいかくらいに考えていたのだけれど、クロ曰く意味はないようだ。
まあ、楽しそうならなによりだと私は笑い、おばあの可愛さにやられた人たちに『進みませんか?』と声を掛ける。
「す、すまない。行こう」
ヤーバン王が咳払いをして歩を進める。王城の玄関ホール前にある大きな扉の前には隻眼の雄グリフォンさんとヤーバンに住む雄グリフォンさんたちとアシュとアスターが待ってくれている。アシュとアスターは私に気付いて、こちらに走ってきた。一メートルほど手前で立ち止まり、首を伸ばして顔を近付けてくる。私は手を伸ばしてアシュとアスターの嘴を撫でる。
「顔立ちが確りしたね。元気だった?」
なんとなく彼らの顔から幼さが抜けて、精悍になっている気がする。ジャドさんがいつの間にか私の後ろに回って、アシュとアスターがピョエピョエ言っている内容を教えてくれる。
『元気だそうです。偶に遊びにきて欲しいそうですよ』
ジャドさんがふふふと笑いながら私に顔を向けた。ヤーバンは他国となるので移動は難しいけれど、飛竜便を利用すれば数時間で辿り着く。移動手段のメインは馬車な世界での移動時間数時間は凄く短い時間と捉えられている。それならば、ヤーバン王国にお邪魔する回数を少し増やしても大丈夫だろう。
「そっか。あまり時間が取れないかもしれないけれど、ヤーバン王にお願いしてまたくるね」
「うむ。侯爵や亜人連合国の者ならいつでも歓迎だ!」
私の声にヤーバン王が凄く嬉しそうに許可をくれる。ヤーバン王以外の他の方たちもうんうん頷いているので問題ないようだ。アシュとアスターは嬉しそうに『ピョエ!』と一鳴きして、私が下げているポシェットに顔を寄せる。
そこには卵さんが四つ入っているので、気配を感じたのだろう。気になるのかなと私はポシェットを持ち上げて、アシュとアスターに見えるように布を捲る。
「あ、卵、気になるよね」
私がポシェットの布を捲れば、黄色く輝く卵さんが四つ見えた。ヤーバン王もぱあと顔を輝かせながら中を覗き込みたそうにしているけれど、アシュとアスターに先を越されている。ポシェットの中を覗き込むアシュとアスターはピョエピョエ鳴いてなにかを訴えていた。
『卵を初めてみたと。他の雄たちにも見せてあげて欲しいそうです』
「良いのかな?」
ジャドさんを私が見上げると彼女は目を細める。
『ナイさんが良いのであれば』
私は問題ないとヤーバン王の顔を見れば、彼女も構わないと無言で頷いてくれた。しかし雄グリフォンたちの中に私が行っても大丈夫だろうか。少し心配になっているとアシュとアスターが『こっちだよ』と言いたげに、雄グリフォンさんたちの方に顔を向けた。
そしてアスターが私の背の後ろに回って、顔を背に押し付けて移動を促す。ぐいぐいと押された私の身体が勝手に前へと進めばジークとリンも一緒にきてくれ、ジャドさんが眼光鋭くして横を歩いてくれている。
私が雄グリフォンさんたちの下へ辿り着いて、彼らにポシェットの中を見せれば『ピョエーーーーーー!』という大合唱が始まった。嬉しさのあまりに歓喜の鳴き声をみんなが揃って出しているそうなのだが、流石にグリフォンさん全開の声量で鳴けば耳がおかしくなりそうだ。卵さん、驚いていないかなと心配になってポシェットの中を見れば、なんだか黄色く輝いている卵さんの光が弱くなっているような。
『はあ……これだから雄は……仕方ありません。ピョエーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!』
ジャドさんが呆れ声を上げれば、雄グリフォンさんたちの声を上回る声量で一鳴きした。すると雄グリフォンさんたちがビクンと身体を揺らし目を丸くして驚き、一歩、二歩と下がって行く。アシュとアスターは平気なのか、特に気にする様子はないまま卵さんの入ったポシェットを愛おしそうに見ていた。そして隻眼の雄グリフォンさんが『ピョエ……』と短く声を漏らす。
『煩くしてごめんなさい、だって……』
今度はクロが通訳を担ってくれたのだが、一番煩かったのはジャドさんではと周りにいたみんなが思うのだった。






