1443:おばあとお婆。
黄金の畑の妖精さんの効果はとても抜群らしい。
畑で獲れるお野菜さんの量は通常の倍以上だし成長も凄く早い。時折、怪しげなお野菜さんも穫れるらしいが、省いてしまえば問題なかった。エルとジョセたち天馬さま方にも有難られているし、ジャドさんたちグリフォンの皆さまも喜んでくれている。
屋敷の方たちも余ったお野菜を持って帰って家で食べている方もいれば、屋敷で提供されて美味しいと評してくださる方もいる。黄金の畑の妖精さんは生真面目に働き続けているようなので、休まなくて良いのか心配になるものの、そこは妖精さんということで魔素がある限り疲れないとヴァルトルーデさまが教えてくれた。
私は午前の執務を終わらせて、ジークとリンと一緒に裏庭の畑の様子を見にきていた。するとお婆さまがふっと登場して私の頭の上にちょこんと乗る。久しぶりに現れたお婆さまは目の前の畑でせっせと働く黄金色の畑の妖精さんを目に入れれば、私のアホ毛を握りしめた。
『こんな妖精が存在しているなんて。貴女の欲望が反映され過ぎじゃないかしら』
「お婆さま、いきなり現れたと思いきや説教から始まるなんて」
お婆さまは私の頭の上で驚いているようである。アホ毛をにぎにぎしているお婆さまは呆れた声を再度出す。
『まあ偶には良いでしょ。屋敷に施されている結界のお陰で魔素が高いから、あたしたち妖精は過ごしやすいもの』
妖精の長と言われているお婆さまにも知らないことがあるようだが、長年生きているお陰なのか驚いている時間は短かった。直ぐに平静を取り戻して黄金色の畑の妖精さんたちを受け入れている。
お婆さまは黄金色の畑の妖精さんの見解は女神さま方の考えと一緒で、魔素が薄くなれば消えてしまう存在だとか。畑で育つお野菜さんは土から養分を取るより、空気中の魔素を取り込むことに優れているらしい。だから天馬さま方やグリフォンさんたちが喜んで食べるし、人間にもある程度魔力を上げる効果があると教えてくれた。
「それだと畑の妖精さんが黄金色になった原因は私の魔素……?」
通常の畑の妖精さんとの違いは一体なんだろうと、私は頭の上のお婆さまを見ようとするものの視界には入らなかった。
『おそらくね~今、言ったけれど貴女の欲望も反映されているはずよ。庭に天馬が増えているし、グリフォンも増えているじゃない! 一体、どうしてこうなったのかしら?』
お婆さまはこてんと身体を傾けたのか、私のアホ毛が動くのが分かった。私もどうしてこうなったと心から言いたいところであるが、食費を抑えるという点からいえば黄金色の畑の妖精さんの存在は凄く助かっている。
天馬さま方もグリフォンさんたちもお野菜さんが大量に収穫できることで遠慮なく食を進めているし、種代くらいしか掛からないためお財布にも優しかった。私の欲望が反映されているとお婆さまに言わているが、確かにある意味『欲』が畑の妖精さんを黄金化させた最大の原因かもしれない。腑に落ちないけれど。
お婆さまと話ながら天馬さま方とグリフォンさんたちのことを考えていると、彼らはお婆さまの気配を察知したのか裏庭に姿を現した。ルカとジアが駆け寄ってお婆さまと挨拶をして、森にお出掛けしていない居残り組の天馬さまとも言葉を交わしている。
グリフォンさんたちとも顔を突き合わせ、おばあもお婆さまを見てテンションを上げている。ぴょんこぴょんこと跳ねているおばあにお婆さまが『歳を取っているのに、行動が幼いわねえ』とぼやけば、クロがおばあの事情を説明してくれた。おばあはお婆さまに顔を近付けてこてんと首を思いっきり傾げる。お婆さまはおばあの姿を見て苦笑いを浮かべながら、距離が近いと手でおばあの嘴を押して離れろと無言で伝えていた。
『なるほどねえ。まあ、そういうこともあるのかしら。でもまあ、助けて貰って良かったわね。今、おばあは楽しそうだし。それにしたって本当に貴女の下には魔獣や幻獣が集まるわねえ』
手を伸ばしたままのお婆さまと意味を分かっていないおばあがまた首を傾げる。お婆さまは意味が分からないのかと『離れなさいな。顔が近すぎよ』とおばあに告げれば『ピョエ~』と凄く情けない声を出す。
『悪いことはしていないのに凄く罪悪感が湧くわね……ああ、ほら、顔が近いのよ! 離れなさいな!!』
『ピョエ』
お婆さまがプリプリしながらおばあに語り掛けるものの、首を傾げるだけで離れてくれない。私はおばあの胸元を見つめて、保護した頃より毛並みが綺麗になったなあと感動を覚えていた。
「貴女がおばあの行動を許しているから、おばあがあたしの言葉の意味を理解していないじゃない!!』
「え、私の所為ですか? というか顔が近くても問題ないですし、可愛いですよ」
私の頭の上でお婆さまが苦言を呈すものの、私的には距離が近くても問題ない。そもそもお婆さまは妖精で三十センチくらいの身長しかないため、おばあの顔面ドアップが苦手なだけではなかろうか。
おばあの顔面ドアップは迫力はあるけれど、目元の筋肉が弱くなってタレ目になっている。おやつを毛玉ちゃんたちと一緒に食べている時はゆっくりと咀嚼して食べるのが遅い。
口におやつを含んでいるおばあを見た毛玉ちゃんたちが『ちょーらい!』と言いたげにしているところに、『おいしいよ』と言いたげにおばあが顔を近付けることもある。そういうところもおばあの魅力のひとつなのだが、お婆さまには刺さらないようだ。
『……そう。貴女はそう捉えているのね。怒ったあたしが間違っていたわ』
がくんと項垂れるような気配を感じた私はお婆さまに再度声を掛ける。
「というかお婆さまは妖精だから、おばあの顔が大きく見えて圧迫感があるだけでは」
私が呆れながら伝えれば、おばあがにへりと笑って再度お婆さまに顔を近付けた。
『そうよ! だから近いってばーーー!!』
裏庭にお婆さまの悲鳴が木霊して、黄金色の畑の妖精さんがぴくりと肩を揺らす。集まった天馬さま方やグリフォンさんたちは微笑ましそうな顔をして様子を見ていた。
ジークとリンはいつものことだと静観し、毛玉ちゃんたちは暇になったのか遊ぼうと言いたげに私の周りをウロウロし始めた。肩の上に乗っているクロはお婆さまの悲鳴に目を丸くしつつも、ふうと息を吐く。
『お婆が騒ぐのは珍しいねえ』
「本当にねえ」
『ちょっと! 一頭と一人で黄昏ていないで、おばあをあたしから離してよ、もぉーー!』
私のアホ毛を握ったまま抗議の声を上げるお婆さまに苦笑いを浮かべていると、おばあと天馬さま方とグリフォンさんたちが一斉に視線を移動させた。なにごとかと私たちも視線を動かせば、そこにはジルケさまが歩いてこちらを目指している。どうしたのかと私たちは女神さまがこちらにくるのを待っていれば、立ち止まったジルケさまは口を開いた。
「ナイ。ジャーキーくれ」
ジルケさまの声に毛玉ちゃんたちとヴァナルの耳がぴくりと動く。私は一瞬、カルパスのようなものを想像するが、多分ジルケさまが望んでいるのは毛玉ちゃんたちがおやつとして食べているジャーキーのことだろう。毛玉ちゃんたちが気に入っているのでストックは十分ある。あるけれど。
「あれは毛玉ちゃんたちやジャドさんたち用で、女神さまや私たちの口に入れるなら味が薄いかと……」
人間用として作っていないから塩気が足りないはずである。それなら干し肉を食べた方が美味しい――堅いけれど――と思うのだが……いきなりどうしたのか。
「毒じゃねえからな。ジャドたちが美味いつってたから食べてみたいんだ」
「構いませんが、美味しくないかもしれませんよ?」
何故か食い下がるジルケさまに、私がジャドさんたちの方を見るとぷいっと視線を逸らした。おそらく軽い気持ちで『美味しいですよ』とジルケさまにジャーキーの感想を伝えてようである。ジャーキーと聞いた毛玉ちゃんたちとおばあが目を輝かせているし、ジルケさまが仰った通り食べられないわけではない。私は仕方ないと息を吐き、場所を変えようとサンルームを指定した。
「じゃあ、一度解散かな。ジャーキーを貰ってくるので、ジルケさまは先に行っててください」
「おう。待ってるな」
私の声にジルケさまがにししと笑う。どうやら女神さまはジャーキーを食べることを本当に楽しみにしているようである。私は裏庭から移動して調理場に寄って保管していたジャーキーを受け取り、サンルームへと足を向ける。
途中、誰とも会わなかったのはみんながトラブルの気配を察知したからだろうか。いや、まさかと苦笑いを浮かべながら廊下を移動して、私はサンルームに入る。するとジルケさまがおばあと毛玉ちゃんたちと一緒に私を待ってくれていたようだ。
「お待たせしました。不味くてもしりませんよ?」
私は持ってきた袋を掲げると、ジルケさまがぱっと顔を綻ばせる。毛玉ちゃんたちとおばあも尻尾をぶんぶん振って楽しみにしているようだ。
「そんときゃそん時だろ。毛玉たちとおばあは目え、輝かせているしなー」
ジルケさまは気軽に言うけれど、きっと美味しいものではないはずと私は袋に視線を向けて開けた口を彼女の方へと向けた。するとジルケさまの右手が伸びてきて、薄く切って乾燥させたジャーキーを一枚取った。
毛玉ちゃんたちとおばあも『ちょーだい!』と目を輝かせているので、私が袋の中に入っているジャーキーを四枚取って彼女たちの方へと差し出す。パコっと口を開けた桜ちゃんが真っ先に齧りつき、楓ちゃんと椿ちゃんは少し控えめにジャーキーを口にした。おばあは嘴を『あ』と開けて、口の中に持ってきて貰えるように待っていた。
「はい。慌てて食べないでね。喉、詰まらせるよー」
『ピョエ!』
私の声におばあが分かったと言いたげに返事をして、ジャーキーを嘴に咥えた。毛玉ちゃんたちは一瞬にして食べ終えて『おいちい』と満足気な顔になっていた。おばあは嘴でゆっくりとジャーキーを食んで味を楽しんでいる。毛玉ちゃんたちが床にペタンとお尻を付けておばあを見上げているのだが、視線を向けられているおばあは気にしていないようだ。
『凄いわね。おばあの根性は』
「多分、あんまり分かっていないのかなと」
黙って様子を見ていたお婆さまが声を上げて、私も彼女たちを見ながら肩を竦める。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんも『頂戴』と言ってきたので、彼らにもジャーキーを分ける。そしてジルケさまは微妙な顔をしてジャーキーを齧っていた。無理して食べなくてもと言いたくなるが、言い出しっぺは彼女だし無粋なことは口にしない方が賢明か。
「味、しねえのな」
「そりゃそうです」
渋い顔でジャーキーを齧っているジルケさまに私が言葉を返せば、食べ終わった毛玉ちゃんたちがジルケさまの前に並ぶ。
『おいちいのに!』
『ちゃんとちゃべる!』
『おにょこし、らめ!!』
こんなに美味しい物を微妙な顔をして食べるなんてと言いたげな毛玉ちゃんたちに叱られたジルケさまは少し引いていた。
「お、おう」
ジルケさまはジャーキーを齧りながら目を細めて最後まで食べ切り、肩を落とす。私はお茶にしましょうと笑って、侍女の方を呼び準備をお願いするのだった。もちろん口直しも用意して貰って。






