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1442:続・侯爵邸で働く人々。

 アストライアー侯爵領領主邸の裏庭に黄金色の妖精が現れて少しの時間が経っている。私は侯爵邸で庭師として働く者であり、裏庭の畑の管理をご当主さまから任されている。また妖精が朝に穫れた野菜を畑の隅に置いているのかと様子を見に行けば、黄金色の妖精が私の足下に駆け寄ってきた。両手を上げて私の足下をクルクル回りながら、なにかを訴えてくる。


 『タネクレ!』


 『シゴトクレ!』


 黄金色の畑の妖精はちょろちょろと私の足下を走って声を上げているのだが、ご当主さまから彼らに野菜の種を預けるのは禁止と命を受けている。種を渡せば味を占めてまた求めてくるそうだ。

 放置しておくのが彼らにとっても一番良いそうで、水や肥料も与えない方が良いらしい。可愛らしい見た目であるが、一晩で野菜を育て上げるのは如何なものだろう。もちろん侯爵邸の庭で過ごしている天馬さま方とグリフォンの方たちは喜んでいるものの、一晩で野菜が育ち切ると知った農家の者たちはやる気を失ってしまうのではと心配になってくる。

 

 「あ、今日も穫れているのか。本当に凄いな」


 畑の隅っこには朝穫れの野菜がこんもりと積まれ冬野菜が鎮座している。虫が食んだ形跡もなく、病気に掛かってもいない綺麗な野菜たちだ。形も綺麗に揃っており、侯爵領の店に並ぶ野菜より随分と質が良い。さて、これを一先ず片付けないとと腰に手を当てていれば、足元でまた黄金色の畑の妖精がクルクル回っている。


 『タネクレ!』


 『シゴトクレ!』


 「悪いな。君たちに種は渡せないんだ」


 種を渡してみたい気持ちはあるが、ご当主さまの命を破る分けにはいかない。私が侯爵家の庭師になれるなんて全く考えていなかったのだが、採用試験で腕前を買われて採用に至った身である。

 首を切られるなんてたまったものではないし、私の好みで庭を造らせて貰っているので今の環境を捨てるような馬鹿な真似はしない。広い庭を管理するために弟子たちも増えているから、いろいろと気張らないといけないのだ。申し訳ないと腰に当てていた手を頭の後ろにあてて髪を掻けば、ぷーと黄金色の畑の妖精が頬を膨らませた。


 『ケチ!』


 『イケズ!』


 「え?」


 まさか妖精からそんな言葉が漏れるなんてと私が驚いていると、エルさまとジョセさまが私の横にならぶ。蹄の音が聞こえていたので誰かきていると分かってはいたが、まさかエルさまとジョセさまだとは。


 『普通の畑の妖精より賢いようですねえ』


 『ナイさんの魔力のお陰なのか、育つ野菜には魔素がたくさん含まれているので有難い限りです』


 エルさまとジョセさまは首を下げて黄金色の畑の妖精たちに鼻先を向けている。彼らは天馬さまの登場に驚いたのか、一目散に畑へと戻って行った。天馬さまが妖精に手を出すなんてあり得ないのに、何故身の危険を感じるのか。よく分からないと私はエルさまとジョセさまに身体を向けた。


 「エルさま、ジョセさま。おはようございます」


 私が頭を下げれば、エルさまとジョセさまも目を伏せて挨拶をくれる。


 『おはようございます。今日もたくさん穫れたようですね』


 『優先的に我々へと回してくださっておりますので、申し訳ない限りです』


 本当に穏やかな方たちであり、こうして会話をできることが凄く不思議……いや、ご当主さまが肩に乗せている竜も喋れるし、スライムも喋るし、グリフォンも喋っているのだから、当然のことかもしれないが。

 魔獣や幻獣の方たちと穏やかな雰囲気で会話を交わせるなんて奇跡に近いのではなかろうか。あれ、奇跡といえば女神さま方とも話すことができるし、最近の侯爵家の料理にはディオさまと呼ばれる下級の神さまがお作りした料理が出されることがある。アストライアー侯爵家は本当に貴族家の屋敷なのかと問いたくなるほど、いろいろなことが起こっているが、そもそもご当主さまが規格外な方だ。


 黒髪黒目の聖女さまで、たった数年で平民から侯爵位を得た方であり、創星神さまの使者を務めた偉大な人物である。


 だというのに私や屋敷の者たちと普通に喋っているし、何故か敬語で対応してくださっている。平民出身の者たちに横柄な態度を取ることもないし、厩番の者を汚いと罵ることもない。

 本当に出来たお方であり、優しいお方だ。ただご当主さまが起こす事件は驚くことばかりであった。貴族の屋敷の庭に天馬が居着くなんてあり得ない上に、グリフォンと共存している。時折、妖精――畑の妖精ではない――が現れて、庭に咲いている花を愛でていることもある。亜人連合国から竜のお方が飛来して『ナイさんはいらっしゃいますか?』と問われたこともある。


 国内の大物貴族が屋敷にくることもあれば、聖王国から大聖女さま方が遊びにくることもあるし、王族の方がやってくることもある。本当にアストライアー侯爵邸はなにが起こっても不思議ではないと、私はエルさまとジョセさまに口を開いた。


 「めでたいことですから、気になされる必要はないのかなと。こうして毎朝、妖精の皆さまが野菜をたくさん収穫してくれておりますしね」


 本当に野菜に関してはたくさん穫れている。集まった天馬さま方とグリフォンの方たちによって消費され、それでも余った場合は屋敷の者たちの口に入っている。無駄なく処理できているから問題ないし、腹に仔を宿している天馬さま方には妖精が作った野菜というのは元気で強い仔を産むために必要なのだとか。


 『ありがとうございます。ジョセのお腹の仔も喜んでいるようなので』


 『はい。良く腹を蹴っておりますし、元気な仔の誕生が楽しみです』


 エルさまとジョセさまが嬉しそうな声を上げた。ジョセさまのお腹はパンパンに膨れている。張り裂けそうな状況なのに、こうして庭をウロウロできるのは雌の凄いところだろう。


 「そろそろでしょうか?」


 私がジョセさまのお腹を見つめながら呟けば、エルさまとジョセさまは尻尾を嬉しそうに横に振っていた。


 『おそらく』


 『そろそろでしょうねえ』


 子を宿している他の天馬さま方のお腹も限界まで大きくなっている。もう少し温かくなれば、忙しくなりそうだと目を細めて畑の野菜を回収しようとエルさまと協力して荷を運ぶのだった。


 ◇


 アストライアー侯爵邸で昼飯を食ったあたしは庭に出て芝生の上に寝転がっていると、グリフォンのおばあが顔を覗き込んできた。二月末となって外は少し春めいている。少し肌寒いものの陽の光がポカポカと身体を温めてくれて気持ちが良い。


 「おーおばあ、どうした?」


 あたしが声を上げると、おばあは不思議そうな顔をして首を傾げる。言葉の意味を理解しているのか、していないのか分からないが、まあ適当に意思疎通できているので問題ない。


 『ピョエ~』


 「なんだ。おばあも昼寝してーのか。ほらあたしの横にこいよ」


 おばあのなんとも言えない鳴き声を聞いてあたしは芝生の上をポンと叩く。少し離れたところでジャドたちが心配そうにあたしらを見ているから、彼女たちもこっちにくるようにと手招きしておく。

 すると嬉しそうにジャドとイルとイヴと雌グリフォンが四頭こっちに集まって団子になる。あたしはジャドの背に乗り寝転がれば、くわっと集まったみんなが欠伸をした。おばあはみんなの真似をしたのか、遅れてくわっと嘴を開けて寝る態勢に入っている。ジャドの背中に寝転がったあたしの横におばあが顎を乗せてくる。どうやらおばあはあたしに構って欲しいようだ。仕方ねえと手を伸ばしておばあの頭を撫でていれば、寝息が直ぐに聞こえてくる。

 

 すぴすぴ寝息を立てているおばあを見たあたしにジャドが声を抑えて問うてきた。


 『ジルケさま、ヴァルトルーデさまは?』


 「んー? 西の姉御はいつも通り図書室に入り浸ってんな。妖精が本を持ち込んでくれるから面白いらしい」


 姉御はいつも通り図書室で本を読んでいる。あたしは文字だらけの本を読むのは苦手だが姉御は苦としておらず、むしろ好んでいる。良く飽きないなと感心するが、妖精たちが毎度姉御の好きそうな本を持ち込んでくれるので楽しいらしい。持ち込んだ本をそのままにすれば、ナイが頭を抱えて悩むので姉御もあたしも妖精に『元の場所に戻せ』と伝えている。


 『なるほど。ジルケさまはこうして外で過ごされることが多いですねえ』


 「そうだなーこうして陽の下にいると気持ち良いからなあ。姉御も堅苦しいことばかりしてないで、偶にゃあこうして昼寝でもすりゃ良いのによー」


 ジャドの疑問に答えていれば、だんだん眠気が襲ってくる。イルとイブも寝ているようだし、雌のグリフォンも目を閉じて気持ち良さそうに陽を浴びている。姉御は真面目なのかあたしのように昼寝をすることはない。

 そういや、ナイも昼寝をしているところを見ていない。惰眠を貪るのは気持ち良いというのに、短い人間の一生を無駄に過ごしているのではないだろうか。でもまあ、人間には人間の考えや都合があるから好きにすりゃ良いけど。


 『お誘いすれば、一緒に寝てくださるのでは?』


 「えー……あたしが姉御を誘うのかよ。似合わねえからやらねーな」


 ジャドの声にあたしが姉御と一緒に昼寝をしているところを夢想する。姉御が昼寝している姿なんて全く想像できねえし、寝たら寝たで落ち着かない気がする。ジャドたちは姉御と一緒に寝れたら嬉しいかもしれないが、あたしは別に一緒に寝た所でなんの感情も湧かない。むしろ変な感じがするし、あとで北と東の姉御に揶揄われそうだ。


 「そういや、アイツ。料理人として短い期間で随分腕を上げたなあ」


 神の島の屋敷で料理人を務めているアイツはアストライアー侯爵邸で料理を学んでいる。北と東の姉御の小食っぷりを直したいらしい。

 元々、食の細い姉御たちなので今更改善なんて求めても難しいのではという気持ちはあるが、学ぶ意志は大事だし、親父殿も認めていることだ。

 あたしが口を出すことではないが、短期間でめきめきを腕を上げているアイツの習得っぷりは目を見張るものがある。ナイの屋敷で出された品のように神の島の屋敷で提供できるなら、実家に戻る回数を増やしても良いかもしれない。実家の料理の味は何故か味気ないというか、いつもなにか足りないと感じていたのだ。ま、アイツはキチンと結果を出したのだから、あとは姉御二人が認めてくれれば良いだけだろう。

 

 『ディオさまですか? 皆さまのお話を聞くと、凄く美味しいと仰っていましたねえ。私も興味がありますが、流石に人のご飯を食べるわけにはいかないです』


 ジャドが続けてナイの作ったジャーキーが美味しいと目を細めている。そういや毛玉たちが凄く興奮しながら食べているし、ジャドたちも認める味である。本当に美味いのか、今度ナイにジャーキーを貰ってみようとあたしは目を閉じて惰眠を貪るのだった。


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― 新着の感想 ―
人が食べるようのはちょち塩辛くなるけどねえ
何時も通りの穏やかな空気を纏ってますが、他所から見ると目を疑う光景なんですよねー。 裏庭では黄金の妖精が種を欲して、庭の何処かではジルケ様が日光浴をしながら寝ていらっしゃるから(苦笑)
更新お疲れ様です。 黄金色の畑の妖精さん達は、野菜を作る能力もアップしてますが、感情も豊かになってるみたいですねw 庭師長さん、お疲れ様ですw ジルケ様、アストライアー邸の御飯だけではなく、ヴァルト…
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