1439:黄金色の妖精さん。
慌てふためいたエッダさんの報告で私は着替えて、リンとクロとヴァナル一家と一緒に裏庭に出た。途中で騒ぎを聞きつけたジークやソフィーアさまとセレスティアさまとも合流しているので、結構な大所帯となってしまっている。
少しだけ遅れてヴァルトルーデさまとジルケさまも庭にやってきた。ヴァルトルーデさまは不思議そうな顔をしているのだが、ジルケさまは状況を咀嚼できていくほど怪訝な顔になっていく。裏庭の十二畳ほどの小さな畑で黄金色の妖精さん五人が私たち姿を見たあと、てててと駆けて集まってくる。そうして彼らは短い腕を両方掲げて口を開いた。
『タネクレ!』
『シゴトクレ!』
彼らの言葉に私は嗚呼、畑の妖精さんが誕生したとはっきり理解できた。しかし時間が掛かるだろうと聞いていたのに、一晩で畑の妖精さんが生まれるとは驚きである。畑の妖精さんたちは私たちが無視を決め込んでいることに気付いて、舌打ちをしそうな顔をして畑へと戻って行く。そうしてお世話をしているのか、何処からともなく取り出したジョウロで水を撒いていた。
「えっと……畑の妖精さんで良いんですよね?」
私は後ろに控えているみんなの方へと顔を向け問いかけるのだが、聞いてくれるなという顔になっている。答えてくれないので私は仕方ないと次の質問を投げた。
「どうして彼らは黄金色なのでしょう?」
ジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまは『分からない』と左右に首を振り、肩の上のクロと雪さんと夜さんと華さんは少し呆れ、ヴァナルと毛玉ちゃんたち三頭は不思議そうに畑の端で伏せをして黄金色の畑の妖精さんを観察していた。
「魔力を多く蓄えているからだと思う」
「昨日の今日で妖精が現れるとは予想外だけどよ……ナイは本当になにやってんだ」
ヴァルトルーデさまが真面目な顔で答え、ジルケさまが呆れた顔になったあと両手を頭の後ろに回した。
「ま、美味い野菜が食えるから問題ねえだろ。マンドラゴラもどきもそのうち生えるさ。害はないんだし、魔素が薄くなりゃいなくなるだけだからな」
末妹さまは美味しいお野菜さんが頂けるのであれば問題ないようである。彼女の横で長姉さまも頷いているから、女神さま的に妖精さんが現れたことは気にしなくて良いようだ。
「ん。でも本当にナイは面白いことを起こす」
「私をトラブル製造機みたいに言わないでください。あ、でも今回は私が起こしたことか……なんでもないです」
ふふとヴァルトルーデさまが小さく笑うものの、まさか新種? の妖精さんが現れるとは。畑の妖精さんがわんさか現れるかもしれないと腹を括っていたのに、別方向の現れ方をしてくれた。
「末妹が言ったとおり害はない。放っておけば良い。あとは私たちが美味しく頂くだけ」
ヴァルトルーデさま曰く畑の妖精さんの特殊個体なのだとか。通常の妖精さんより魔力が多いため、獲れる野菜が増えるか、味が上がっているかのどちらかだろうと。
嬉しいような、目的以外の方たちが現れて驚くべきなのか。よく分からないけれど、今回は私が魔力をドパーしようと決めて起こしたことである。各方面への連絡と畑の妖精さんたちによろしくお願いしますと挨拶しなければならないだろう。
「あ、芽が出たぞ。ホントに育つのが早いんだな」
「凄いね。初めて見た」
ヴァルトルーデさまとジルケさまが少し驚いた顔になりながら畑を見ている。昨日、子供たちが植えてくれた種から芽が出ており、茶色だった地面に緑が映えていた。
確か以前、ヴァルトルーデさまが畑の妖精さんを生み出したと聞いた気がするのに、こうしてちゃんと育つ場面を見るのは初めてのようである。女神さまが見たことない光景を私たち人間が先に経験済みというのは如何なものか。そう言うこともあるかもしれないと私はヴァナルと毛玉ちゃんたち三頭の横にしゃがみ込む。
「畑の妖精さんたち、これからよろしくお願いします」
私が頭を下げると、妖精さんたちが持っていたジョウロを掲げる。どうやらソレが彼ら流の挨拶のようで、掲げたジョウロが元に戻って作業を再開させていた。
予想以上に誕生が早くて驚いたし、特殊個体ということにも驚いたけれど、扱いは子爵邸にいる畑の妖精さんと同じで良いだろう。基本、放置だなと私が膝に手を置いて立ち上がろうとすると、私の側に魔力陣が現れて光を放っている。ジークとリンが臨戦態勢に入って私を庇ってくれた。侯爵邸にはダリア姉さんとアイリス姉さんと副団長さまと猫背さんが考えてくれた防御術を施しているので、外からの侵入とは考え辛い。ならば、一体誰だろう。
「あ……ヘルメスさん!」
私は声を上げて腰元に手を当ててみるのだが、いつもの感触がない。そういえば着替えて早く外に行かなければと随分と急いでいた。寝ていたから私室の壁にヘルメスさんを掲げていたのだが、どうやらそのまま置いてきたようだ。
いつもであれば『私を置いていかないでください!』と声が掛かるのに、今日は無言だったのは意識が落ちていたのだろうか。錫杖なのにという気持ちが湧くものの、ヘルメスさんだし『効率化を図るため、睡眠してみました』とか言いそうである。
みんなが警戒態勢を取るものの、私は気配がヘルメスさんだとなんとなく分かるので落ち着いたものだった。二柱さまとクロたちとヴァナル一家も分かっているようで、それに気づいたジークとリンが力を抜く。少しあとにソフィーアさまとセレスティアさまも息を吐いたので、なんとなく察しがついたようだ。そうして浮かび上がった魔術陣の光が消えれば、ヘルメスさんの影が見える。
『ご当主さま、酷いです! こんな素敵な錫杖を置いていくなんてっ!! 魔石から水が流れ落ちてしまいますよ!?』
魔術陣の上に現れたヘルメスさんが凄い勢いで抗議の声を上げた。確かに置いていった私が悪いから謝るしかないと、ヘルメスさんを両手で掲げて地面から持ち上げる。
「ヘルメスさん、ごめんなさい。いつもなら声が掛かるから……」
いや、本当に。ヘルメスさんを机の上に置き忘れた時は直ぐに声が掛かるし、良く喋るヘルメスさんだから出掛ける際に置いていくことはない。今日に限ってどうしたのだろう。本当に寝ていたのかと私が首を傾げるとヘルメスさんが言葉を紡ぐ。
『ううっ、意識を亜空間へと飛ばし魔術をぶっ放して気持ち良いと戻ってみれば、いつも可愛らしい寝顔をベッドの上で浮かべているご当主さまがいらっしゃらないなんて!』
しくしくしくと魔石を点滅させながらヘルメスさんが泣いている。しかし亜空間に意識を飛ばしていたとは一体。そして私の寝顔を観察していたようである。今夜はヘルメスさんの反対を向いて寝ようと私が心に決めていると、ジルケさまとヴァルトルーデさまが呆けながら口を開いた。
「なんかすげーこと言ってんぞ、おい」
「錫杖って凄い」
確かに凄いことを言っているけれど、錫杖は凄いと済ませるのも如何なものか。二柱さまの声を聞いたソフィーアさまとセレスティアさまが口の端を引き攣らせながら言葉を紡ぐ。
「いえ、錫杖の概念を超えているかと」
「ヘルメスが標準だと思われない方が……」
確かに普通の錫杖は術者が魔術を行使する際の補助が目的であり、例えば魔石に術式を施しておけば三節の魔術を一節で施せたり、魔力の威力を上乗せするための外部装置であったりする。
ヘルメスさんはもちろんそれらをできるし、魔力制御や持ち主の魔力を用いて自身で判断して術を行使できる。そしてまた新たに分かった新事実。亜空間に意識だけを持っていき、魔術の練習を行っていたようである。
ロゼさんが影の中からぴょーんと飛び出て『どうしてそんなことができる! 杖の癖に!!』と叫んだ。ヘルメスさんは愉快そうにロゼさんに『最高の材料で作られた私です。そのくらいできて当然でしょう!』と言い切った。自慢するところが違うのではという突っ込みは敢えて入れずにいれば、ロゼさんがスライムボディーをべちょっとさせて私の影の中へと戻って行く。
「ロ、ロゼさん?」
『拗ねちゃったかなあ?』
私が地面にできた影を見つめていると、肩の上のクロが苦笑いになっていた。そして手元のヘルメスさんはえっへんと魔石を光らせる。
『スライムごときに負けません!』
いや、そう言うならスライムと競ってどうするのと言いたくなるが、突っ込めばヘルメスさんまで拗ねそうなので止めておく。一先ず裏庭の確認は終わったし、畑の妖精さんが畑から出ることはない。
芽が出たお野菜さんたちを美味しく育ててくれますようにと願いながら、私は集まった方に朝食を摂ろうと告げる。するとそれぞれ踵を返し、屋敷の裏口を目指して歩いて行く。私は手元のヘルメスさんに視線を向けて、どうして転移で庭に出たのかと聞いてみた。ヘルメスさんは以前『置いていかれたら飛んで行く』と言っていたのに、今回転移で現れたから少し不思議に感じたためだ。
『あ、それは……窓を割っても良かったのですが、ご当主さまにご迷惑が掛かると転移を選択させて頂いた次第です』
「そ、そっか。ありがとう」
どうやらヘルメスさんは気を使ってくれたようである。確かに部屋から庭に飛んで出るには窓を開けるか割るかという判断をしなくてはならない。ただヘルメスさんは錫杖であり、窓を開けるという行為はできなかった。割れば私に迷惑が掛かると考え、転移を選んで移動したようだ。ロゼさんと同じく私の知らないうちに魔術を覚えているなあと遠い目をしながら、私たちの一日が始まった。
最初こそ、いきなり黄金色の畑の妖精さんが現れたと驚いていたが、午前の執務に昼食、お昼のおやつを順調に終える。ユーリと遊んだり、庭に出て天馬さま方とおばあとグリフォンさんたちとも戯れていれば、直ぐに夕方となり、夕飯の時間が迫ってくる。そろそろ晩御飯かなと茜色の夕陽を自室から眺めていれば、エッダさんが顔を引き攣らせながら部屋を訪れた。
「ご、ご当主さま。昨日植えた野菜が収穫できたとのことです」
顔をヒクヒクさせながらエッダさんが報告してくれる。私は一瞬驚くけれど、黄金色の畑の妖精さんたちだし一日で収穫できてもおかしくはないのだろう。とはいえ驚かないのもアレかと口を開く。
「……芽吹いたのが朝だったのに」
「す、凄いですね。黄金色の畑の妖精たちは」
本当に芽吹いたのが朝だったというのに、陽が落ちる頃には収穫できるとは。植えたお野菜さんは全て畑の妖精さんの手によって収穫されて、畑の横にうず高く積まれているそうな。そして間引きされたお野菜さんたちもたくさんあるとか。
「本当に……あ、間引かれたほうれん草はおばあやジャドさんたちに。天馬さま方には止めておいた方が良いのかなと。他の間引かれた品も適材適所で処分をしないとですね」
私が口に出せばエッダさんが渇いた笑いを上げる。確かに凄くて驚くけれど、今回は私が決めたことだから慌てない急がないと心と頭に言い聞かせる。庭師の小父さまが、次の種を植え終わっているので明日も収穫できるかもしれないとのこと。本当に規格外だなと遠い目になりながら、晩御飯の前に裏庭の畑の様子を伺うのだった。