1436:修行開始。
そんなこんなでディオさんの研修が始まるわけだが、食材庫に赴けば凄く感動した様子を見せてくれている。大量の食材が一ヶ所に集められているのが、彼にとって珍しいことなのだそうだ。
神さまの島では神力を使って食材を生み出し、調理に取り掛かっているのだとか。調理した品を生み出さないのかと問えば、グイーさまが『それは味気ない』と仰ったそうである。何気にグイーさまが神さまムーブをカマしているなあと目を私が目を細めていると、ディオさんが食材の一角に興味を向けていた。ちなみにフソウの食材を多く置いてあるところである。
「ナイさん、こちらはなんという食材でしょうか?」
どうやら彼はゴボウが気になったようである。私がフソウという国で使われている食材であると伝えれば、彼は丸めていた目を補足した。
「え? 木の根っこを食べるのですか? 食べ物……?」
やはりフソウの食べ物は神さまでも珍しいようである。ラディッシュ、ビーツ、コールラビ、ルッコラ、ケールなどのヨーロッパの方で普及しているお野菜さんは普通に受け入れており、それ以外の品となると珍しく感じるようだ。
知識の差なのか創星神さまであるグイーさまの知識に影響されているのか分からないが、彼のテンションが少し上がっているので楽しいようならなによりだ。彼の質問に答えていれば、隣にいた料理長さまが苦笑いをしている。他にも気になる品があるようで、またこれはなにかという質問が飛んでくる。そして私が答えると、想像の域を超えているのかディオさんの頭の上に疑問符が浮きまくっていた。
「やまいも……? 擦るとネバネバする?」
どうやら山芋さんも珍しいようである。分からないのであれば食してみるのが一番だろうという結論になり、数日後はフソウの食材がふんだんに使われそうである。ディオさんは次にフソウの大根へ目がいったようだ。私がラディッシュの一種であると伝えれば、またも目を見開いている。
「このように大きなラディッシュがあるのですか?」
「フソウにはあるんです」
「フソウという国は人間ではない者が住んでいるのでしょうか……不思議な国です」
小さな国だからディオさんにとってフソウはどのような国なのか想像ができないようである。一度、案内してみるのもアリかなと私が考えていると、ヴァルトルーデさまとジルケさまが面白そうに口を開いた。
「ミカドもナガノブも普通の人間」
「島国だから独自進化したんだろ。身に纏う衣装も変わっているしな」
ヴァルトルーデさまもジルケさまも行ってみるまで、全く知らなかったはずなのにドヤ顔でディオさんに語っているのは面白い。
「王都の子爵邸にある畑がこっちにないのが残念」
「そうだな。妖精が野菜作ってくれて美味かったのに、こっちじゃあ穫れねえからな」
何故かヴァルトルーデさまとジルケさまが子爵邸の家庭菜園について口にした。確かにドカドカ野菜が採れる不思議な畑がないのは不便であるが、侯爵邸に妖精さんの畑が現れると領内にある商店から買い付ける量が減ることになる。
規模次第だけれど、大きな家庭菜園を作ればそれだけ魔力も必要になってくるはず。あ、でも天馬さま方とグリフォンさんたちが増えたことで野菜の購入量が上がったと聞いている。
魔獣や幻獣の方たちのために小規模の畑を作るのはアリかもしれない。おばあも喜んでくれそうだし。それなら小さな規模の畑を作って貰って、魔力をドパーしても良さそうだ。ふむ、と私が一人で頷いていると、ディオさんが首を傾げた。
「お嬢さま、そのような畑があるのですか」
「ある」
「あるぞー。ナイの屋敷だからな」
ディオさんが不思議そうにお嬢さま方に問えば、凄く軽い答えが口に出ていた。ディオさんも『確かにナイさんの魔力量があれば、妖精が居付くでしょうね』と納得している。
なんだか理不尽と言いたくなるのを抑えて、どうして妖精さんが作ったお野菜さんを女神さま方が気に入っているのだろう。特に今まで言及されていなかったため、女神さま方の気持ちに私は全く気付いていなかった。疑問に感じてお三方に聞いてみれば、ディオさんが代表して答えてくれる。
「妖精由来のものなので、神であるお嬢さま方が口にした際、体内で馴染みやすいのでしょう。おそらく私も」
なるほど。妖精さんが関わって作ってくれた物は神さま方には体内吸収効率が上がるというわけか。もしかしてコレは早急に畑を作らなければいけないのかと、私はジークとリンと料理長さまに視線を向けた。
三人は『だな』『面白畑がまたできる』『有難いですが、奇跡の産物ですから……』と微妙な反応であるものの、私の意見に反対する気はないようである。ちょっと家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまに伝えて許可を貰えたら庭師の方と相談しよう。天馬さま方とグリフォンさんたちが増える予定もあるし、他家よりエンゲル係数が高いと聞いている。
そんなこんなでディオさんを料理長さま方に引き渡しするのだった。大丈夫か心配だけれど、物腰柔らかい彼であれば特に問題はないだろうと。
◇
ご当主さまから男神である神さまを預かることになった。
神さまが調理の修行を受けるって一体どういうことだと言いたくなるが、アストライアー侯爵家ではヴァルトルーデさまとジルケさまという女神さまがいらっしゃる。
二柱さまは割と高い頻度で調理場に顔を出し、今日のメニューはなにかと問うて一喜一憂したり、小腹が空いたからなにか食べさせて欲しいと我々に訴えてくることもあった。腹が空いては大変だろうと、ちょっとした品を出せば凄く喜んだ顔で食べてくれ『美味しかった』と皿を返してくれるのだ。
そんな二柱さまを見て料理人として凄く誇らしいのだが、ご当主さまは『ご飯前に女神さま方に差し出すのは禁止です!』とぷりぷり怒りながら――といっても怖くない――調理場に赤毛の双子を連れてやってきたこともある。
ご当主さまは三時のおやつを過ぎて夕飯までの間食を女神さま方にして欲しくないようだ。思い返せば、ご当主さまはたくさん食べるというのに時間以外で食べることをほとんどしない。そりゃ、政務で遅れて食べることもあるのだが、そういう時は次の食事量を減らしたりして……はないか……おやつの時間をナシにしている。
猫又であるトリグエルさまも頻繁に『カツオブシ~くれ!』と要求してくるし、今更、修行したいと神さまから求められてもおかしくないのかもしれない。まさか他家の料理人を修行で受け入れるより前に神さまを受け入れることになるとは。本当にアストライアー侯爵邸はトンデモなことが起こりやすい。
私、料理長は男神であるディオさまを引き連れて、食材庫から調理場に戻ってきた。後ろを歩いていたディオさまは下級の神さまだとご当主さまから聞いている。
確かに二柱さまから感じる圧より柔らかければ物腰も凄く低い。丁寧な言葉使いを心掛けているようだが、私はご当主さまではなく屋敷の料理人というだけ。神さまに丁寧な態度で接せられるのは少しむず痒いが、直して欲しいとも言えない。そのうち環境に慣れてディオさまが普通の態度になってくだされば良いのだが。
「調理の基礎はご理解なさっていると思うので、最初はなにか一品作って頂きましょうか」
「なるほど。私の料理の腕前を推し量るのですね。緊張しますが、頑張ります」
私が告げればディオさまがふむと頷いた。創星神さまより『普通に人間と接する態度で構わんぞ』というお声は頂いて――侯爵家の調理人全員が夢で見た。ご当主さまが創星神さまの使者を務める際に見た夢と同じ方だから本物だろう――いるので遠慮は必要ないのだが……やはり緊張してしまう。他の者たちも私とディオさまがどう行動するのかと気になるようで、作業をしながらチラチラ横目で見ていた。
働いている者の腕を確かめるために得意な料理を作って貰い、私が評価を下すということは偶に行っている。見習いの料理人もいるし、正式な侯爵家の料理人でも腕を鍛えることに余念がない。
私もいろいろと学びを得て日々成長しているはずだ。侯爵邸では世界各国のレシピを得ることができ、食材も方々からご当主さまが取り寄せている。料理長としても有難い環境であるが……神さまに料理を教える日がこようとは。
私が考え込んでいると、ディオさまが調理台に並べられた食材を見定めて調理に取り掛かり始めていた。まだ慣れていない調理場なのでどこになにがあるか分からないだろうと、必要な道具を聞き出しておく。そして空いている火の場を伝えて、私はディオさまが野菜を切る姿や鍋に具材を落とすところを見ているのだが所作が凄く綺麗だ。
「凄い」
私以外の誰かがぽつりと声を零す。確かに雰囲気があるし、ディオさまの姿を見ていた者たちが見惚れていた。そんな見惚れている者のことなどディオさまは一切気に留めず、人参、セロリ、玉ねぎを細かく切り、ズッキーニ、インゲンを少し大きめに切ったあと鍋に入れ水を足し、最後にローリエを入れて火に掛けた。
ポトフかと私が首を傾げながら暫く観察させて頂いていると、彼は最後に塩胡椒で味を調え、オリーブオイルを垂らしている。やはりポトフを作っていたようだ。好みでベーコンを加えたり、豆や米を入れることもあるのだが、ディオさまはオーソドックスな作り方を選んだようである。ディオさまは作り終えて、スープを皿に盛り私の前に差し出した。
「お待たせしました。初めて屋敷の方以外に提供するので少し不安ですが」
「作る過程は全く問題なかったので、心配しておりませんよ」
片眉を上げるディオさまに私は味の心配はしていないと伝える。スプーンを取ってひと掬いして口に含めば味は全く問題はない。気になるところといえば、盛られた皿に色気がないところだろうか。
「どうしてこちらの皿を使われたのでしょうか?」
「特に理由はありませんね。食べられれば問題ないでしょう」
確かに食事は腹を満たすことが一番の目的である。目的ではあるが、余裕があるのであれば皿や盛り付けにも気を使って欲しい。創星神さま方に料理を提供なされている方なので腕の方の心配はないようだ。ただ、お皿の選び方や盛り付けの仕方は少し力を入れてディオさまに学んで欲しいことかと、私はもう一口ポトフを口に入れる。
「……」
ふと、いつも新人の面倒を見るようにディオさまに料理を一品作って貰ったのだが、ご当主さまより先に神さまが作ってくださった料理を食べている……と私は冷や汗を流すのだった。






