1434:再来。
アルバトロス王国を通してアストライアー侯爵閣下に謝罪の手紙を送って数日が経ち、今日無事に返事が戻ってきた。自由連合国上層部の主だった面子が首都の城にある会議室に集まり、議長席に私、フォレンティーナが座し、周りにみんなが机に置かれた手紙を凝視している。
まだ中身を開封しておらず、確認をみんなの前でしようとしているところだ。私の後ろに控えているダルと生きていた乳母がごくりと息を呑んでいる。私も息を呑んで、手紙からみんなの方へと視線を向けた。
「では、今から開封したいと思います。侯爵閣下の返事次第で国の明暗が分かれると言っても過言ではありません。どうかみなさまお気を確かに」
私が言い終えると『ごくり』という音が会議室に響く。私も息を呑んで机の上の手紙に手を伸ばす。随分と力強い字であることから男性の代筆だろうか。
直筆を頂けなかったことに悔やんでしまいそうになるが、前代表がやってしまったことを考えれば当然だと私の心に言い聞かせる。持ってきて貰ったペーパーナイフで封を開き、中の手紙に目を通す。
定型の挨拶が一枚の用紙に半分ほど書き込まれ、そこから半分は本題だ。
定型の挨拶部分は言葉の選び方が豪快なので、やはり男性の代筆のようである。そして本題を記している言葉の内容も同じように強い言葉が多く使われていた。しかし内容は自由連合国が悲観すべきようなことは全く記されていない。私は隣に座していた大陸会議でリバティーに殴られた男性に手紙を渡す。読んでも問題ないのかと目線で問うたので、私は首を縦に振る。
「良かった。本当に良かった。フォレンティーナさまを失わずに済む」
手に取った手紙を見た男性はポロポロと涙を零しながら次の人へ手紙を回す。彼の言葉は凄く大袈裟だ。私でなくとも国は回るし、私より優れている方や能力が上の方を探せばどこかにいるはず。
ただタイミングが良かっただけというか、聖王国の大聖女フィーネさまと知り合えたことが大きな起点だったのだろう。彼の言葉にほっと息を撫で下ろす方が大勢いて、私も自由連合国がこれから先、生きていけると安堵せずにはいられない。
城の一番豪華な部屋に安置した創星神さまの石は、騎士団の精鋭が守りを固めている。ダルがバラバラになっていた騎士団の生き残りを探し当て再雇用した形だから、腕は保証されている。前よりお給金が安くなっているものの、ほとんどの方が途方に暮れていたから助かると言っていた。貴族の嫡男になれない方たちが辿り着く道なので、前王が倒れてから食うに困っていたそうな。
それ故、ダルは騎士団長として新たな任を得ている。しかも人望があるのか騎士団の方はダルを慕っているのだ。
訓練を行っている場所へ赴いて物陰から観察していれば、みんな楽しそうな顔をして稽古に励んでいた。ダルも悪戯っ子のような顔になりながら、みんなと木剣を振っていた。
ダルの以外な一面を見られて嬉しかった半面、私が城から追い出されたことで彼には寂しい思いをさせていたのかもしれない。申し訳ないことをしたけれど……幼い頃から私の護衛を務めてくれていたダルのいない世界なんて考えられない。大陸会議や首都で自分の身を差し出そうとしていた私が口に出してはいけないから、伝えていないけれど。
考え込んでいた私はみんなの『良かった』という安堵の声にハッとする。どうやら回し読みは終わったようで、アストライアー侯爵閣下から届いた手紙は私の下に戻ってきていた。
「皆さま、アストライアー侯爵閣下からの返事に目を通しましたね。お預かりした石の扱いに関して、現状のままでいこうと思います。如何でしょうか?」
私がみんなに問えば『異議なし!』と声が上がる。仮に『異議あり!』と声が上がれば、どうして異議を呈したのか理由を聞き納得できるものであれば、決め事の内容を更に練るようになっていた。
私一人で決断するには荷が重いし、みんなの意見を取り入れて国を運営していくのも悪くない。本来ならもっと多くの声、例えば首都の皆さまの意見も拾うべきだけれど、叶えようとすれば多大な労力が必要となる。
だから今は自由連合国の上層部の方たちと一緒に悩んで、この国の未来を決めようと自然になった。王政のように王さまが絶対の権限を持つことはないが、私の権限は他の方より大きいものとなっている。でも使い方次第だろう。こうして会議を開いてみんなと意見を持ち寄って話し合うのは楽しいし勉強にもなる。
私はみんなを見渡して一つ頷けば、しんと会議場が静まった。
「聖王国の第五陣の派遣団の皆さまは一旦母国へ戻っておられます。支援物資を残して頂いているので、我々で適切な配給を行わなければなりませんが……今少し頑張りましょう!」
私はみんなの方を見ながら、手をぐっと握り込んだ。するとみんなが良い顔になって口を開く。
「はい!」
同意の声がみんなの口から出てきていた。通常の仕事と配給の仕事が重なるため、みんなに無茶をさせていることは分かっている。でも首都の方たちをまた途方に暮れさせるわけにはいかない。
止まっていた商人の方たちも首都入りするようになり物価が以前より下がっている。首都の外縁部で亡くなっていた方は埋葬を終えていた。隣国の陛下の側近に疫病対策を専門に学んでいる方が直接指揮を執りにきてくれて、私たち自由連合国が従った形となる。
なんとなく遺体を放置するのは駄目だと知っていたけれど、彼から詳しい話を聞いて血の気が引いた。本当に疫病が広がり切る前に埋葬できて良かった。前代表のお陰で自由連合国は本当に滅びの道を歩んでいたのだなと実感した事柄でもある。
また首都を前の状態に戻らないようにするために、私たちは全力で駆け抜けないと。私の後ろでダルと乳母がアストライアー侯爵閣下からの手紙になにが記されていたのか気になるようなので、二人にも読んでもらう。
「姫、無茶をしないようにと閣下から申されているではありませんか」
「ええ。わたくしは姫が無茶をするのは知っているので、少しは休まれては? 侯爵閣下も手紙に追い込み過ぎないようにと記してくださっておりますよ?」
「うっ、確かにそうだけれど……でも、今は休んでいる時じゃないから! みんなに無茶をお願いしているのは分かっているし、私が真っ先にサボるわけにはいかないよ」
ダルと乳母が私にジトーとした視線を向けた。幼い頃から付き合いがあるためか私に対して手厳しい。私も言葉使いが軽くなっているので、二人は身内としているのだろう。私たちの会話を聞いたみんなが『二、三時間でも良いので、代表は休んでください』という声が上がる。みんなの意見を貰えたとダルと乳母が私の背に手を回して、城にある一室へと連行された。
そうしてベッドに導かれて『少し眠られては?』『仮眠を取るだけでも、少しはマシになりましょう』という二人の声が上がる。私は苦笑いを浮かべつつ、ここまできたなら諦めようとベッドに入り込んで目を閉じれば直ぐに意識が落ちるのだった。
◇
自由連合国に向けた手紙を出して数日。季節は二月となり冬の厳しさが更に増していた。アストライアー侯爵邸は通常運行……と言いたいところだが、神さまの島からやってくる料理番の神さまの受け入れ態勢が整った。
グイーさまに話を通して今日がその日となっており、調理部の皆さま全員が集まって庭の東屋に出てきている。というか、屋敷で働く方や住み込みの家族や子供たちも一緒であり、庭で過ごしている天馬さまとグリフォンさんたちも一緒だ。当然その中にはジルケさまとヴァルトルーデさまが混じっている。二柱さまは庭に集まった面々に視線を向けたあと微妙な顔になった。
「あたしらの時より人数が多いな」
「確かに。なんだか複雑」
肩を竦めているけれど、二柱さまがやってきた時の方が屋敷の方たちの緊張が高かった気がする。今は調理部の皆さまは緊張しながら、身嗜みチェックをお互いにしているくらいだ。
他の方たちは『そろそろ神さまがやってこられるのか』『下位の神さまと聞いているが、二柱さまより圧が弱いのだろうか』とかいろいろと気になるようである。
神さま方は時間間隔が薄いため、用意が整えば誰か教えてくれというグイーさまからの指示が出ていた。今回はヴァルトルーデさまが珍しく担ってくれる。私がヴァルトルーデさまにお願いすれば小さく頷く。
「じゃあ、呼ぶ」
西の女神さまだから西大陸を通すことになるので、神さまの島へと声が安易に届くそうだ。耳に水が入るような感じを受けたのだが、きっとヴァルトルーデさまの神力が解放されて神さまの島へと向かった影響だろう。
凄いなあと感心していると腰元のヘルメスさんが『ご当主さまの方が凄いです』とぼやく。クロやロゼさんとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんが『ね』と頷いているので、ヘルメスさんのぼやきは彼らに届いていたようだ。
なんとなく神さまの島に自分の声を届けることができるので実感が薄い。誰か他の方もできるのではと考えていれば、庭の芝生の上に幾何学模様が浮かぶ。その場所は以前、料理担当の神さまが現れたところと同じである。幾何学模様から光が消えれば神さまの姿があった。柔和な顔をした男性の神さまで、以前と同じ方がやってきている。私は皆さまの前から一歩踏み出し男神さまの前に立つ。
「アストライアー侯爵家へようこそ。お待ちしておりました」
「以前は急に赴いて申し訳ありませんでした。本日からよろしくお願い致します」
真ん中分けのおかっぱ頭の男神さまが頭を下げた。いやいや、そんなに腰を低くしなくともと私が口にすれば彼は苦笑いを浮かべる。
「我が主より北と東のお嬢さまの偏食を直せるかもしれない、という期待を一身に背負っておりますので、侯爵家の皆さまに私が丁寧に接するのは当然でしょう。お気になさらず」
「え?」
私の口から疑問の声が漏れ、調理部の皆さまの顔が引き攣っている。私はナターリエさまとエーリカさまに偏食家であるとは到底思えない。確かに小食ではあるが、美味しいのかといろいろな品を食していた。
今の話は事実かとヴァルトルーデさまとジルケさまに視線を向けると『家だと野菜ばかり』『北と東の姉御は肉食べねえよな。あとは偏ってる』という声を聞くことになった。あれ、変だなと疑うもののお出掛けして気分が高揚していたのだろうか。家では食べないけれど、外では食べるという口の方が時々いたし。
調理部の皆さまはおかっぱ頭の男神さまが大きな使命を背負っているとプレッシャーを感じているようである。確かに女神さま方の偏食を直すという使命を背負っていたならば、それは大変なこと。グイーさまも凄いことを彼にお願いしたなと私は肩を竦めて、少し男神さまにお願いしたいことがあると視線を合わせた。
「どうなさいましたか、アストライアー侯爵閣下」
「あ、申し訳ありません。私のことは呼び捨てでお願いできますか?」
小さく首を傾げた彼に私は言いたいことを告げる。神さまに『アストライアー侯爵閣下』と呼ばれ続けるのは如何なものだろうと、呼び捨てでお願いしたいとお願いしてみる。すると男神さまは少し驚いた顔になりつつも、直ぐに表情を変えて言葉を紡ぐ。
「では、ナイさんと呼ばせて頂きますね」
私は男神さまにお礼を伝えて、屋敷の中へと案内する。物腰穏やかな方だし、調理部の方の緊張は最初だけだろうと笑みを浮かべ、北と東の女神さまの偏食が治りますようにと祈るのだった。






