1433:受け取っただけ。
なんだか自由連合国は新たな代表の手に依り、首都の状況は随分と改善しているようである。グイーさまの使者として自由連合国に赴いた私たち一行は街の中を見たわけではないので、前後の変化はさっぱり分からない。
ただアルバトロス王国から届くお知らせでは、首都は代表の交代により随分と雰囲気が変わっているそうだ。もちろん、良い方向に。各国から届いた支援物資は聖王国を経由して届いて――前代表が信用ならぬ方だからと、各国は聖王国を通して支援をすると決めたそうだ――滞りなく首都の皆さまに渡っている。エーリヒさまとユルゲンさまもアルバトロス王国の外務官として首都の状況調査に赴き、つい先程アルバトロス王都に戻ってきたそうな。
私が城の魔術陣に魔力を補填するタイミングに合わせ、何故か彼らからの状況報告会をアルバトロス城で開くことになっていた。魔術陣への魔力補填を終え城内の本丸――で、良いのかな?――の廊下を歩いて、とある一室に案内された。
会議室の雰囲気に近いものの調度品が豪華なので、高貴な方たちが話し合いの場で使用しているのだろう。一応、私も高貴な者に分類されるし、エーリヒさまもユルゲンさまもお貴族さまである。
妥当な部屋かなあと視線を動かして、先に待っていてくれたエーリヒさまとユルゲンさまに私は礼を執る。私の後ろに控えているジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまも軽く頭を下げているようだ。そして何故か一緒に付いてきているヴァルトルーデさまとジルケさまは目の前のお二人を身内と認めているのか、軽い雰囲気を醸し出している。知らない人であれば割と空気が硬くなるので、そういうことだろう。
「お待たせして申し訳ありません、ベナンター卿、ジータスさま。無事にお戻りになられてなによりです」
私の姿を見るなり、エーリヒさまとユルゲンさまは応接用の椅子から立ち上がって頭を下げる。
「ありがとうございます、アストライアー侯爵閣下」
「閣下、ご丁寧にありがとうございます」
友人と認めている相手に頭を丁寧に下げられるのは痒いけれど、きっとお二人も私と同じ気持ちだろう。顔を上げたエーリヒさまとユルゲンさまは出会った頃より随分と男性らしい顔となっている。
背負う雰囲気も独特なものに変わっている。社会人となっていろんな国を飛び回っているため、身に着けざるを得なかったというか。そして彼らが方々を飛び回っている原因の大半が私由来な気がする。いや、本当に申し訳ないと平身低頭に謝りたい気持ちが湧いてくるものの、侯爵位を持つ私がそれをやればお二人が困る。なのでやらないけれど、いつかきちんと恩を返せると良いなあとは考えていた。
「座りましょうか」
私は部屋付きの侍女の方にお願いして、お茶を用意して頂く。ヴァルトルーデさまとジルケさまが『お茶、いいなあ』という雰囲気を醸し出しているものの、今は侍女の立場なので我慢しているようだ。私が女神さま方に座って飲みますかと問えば、今は私の侍女だからと固辞された。凄く珍しいので、明日は大雨でも降るかもしれないと肩を竦めながら私は前を向く。
侍女の方がお茶の準備を始めれば、茶葉の良い匂いが漂ってくる。紅茶も最初は味が分からなかったけれど、飲み慣れてきたのか少しだけ銘柄や産地が判断できるようになっている。
出されたお茶の産地を私が当てると、屋敷の侍女の方は嬉しそうな顔を浮かべるのでお茶好きの方なのだろう。確かに提供したお茶やお菓子の産地や銘柄を誰かが言い当てたならば、おお凄いと感動するので侍女の方が喜ぶ気持ちは分かる。湯気が漂うティーカップが部屋付きの侍女の方から差し出されれば話し合いが始まる。
「首都の状況は随分と改善され、病気が流行る心配や飢餓に陥いる方の危険度は随分と低くなったかと」
酷かった首都の状況が改善されているとエーリヒさまが報告してくれた。
「それは良いことです。我が家も協力した甲斐がありました」
一応、フィーネさまから前代表は困った人物だったと聞いていたし、首都の状況もよろしくないと聞いていたので、アストライアー侯爵家も支援物資を自由連合国に提供している。
直接送るのは癪だったので、教皇猊下とフィーネさまとウルスラさまに相談して聖王国経由で届けていた。まあ改善の兆しがあるなら協力した甲斐があるというもの。失脚した代表が自由連合国の長を務めたままであれば、今頃自由連合国は隣国から攻め入られて分割統治されていそうである。新代表は未熟ながらも精力的に動いているそうで、首都の方から支持を集めているとか。
「そのことですが、フォレンティーナ新代表から手紙を預かっております」
ユルゲンさまが胸元の内ポケットから手紙を私に差し出した。なんだか先程新代表のことを考えていたので、記されている内容に対して少し身構えてしまう。ただ開封されているので、アルバトロス上層部を経由して私に届けるためだろう。ということは王家と上層部に内容は問題ないと判断されている。
「検閲済みということは、アルバトロス上層部にも知っておいて欲しかったということでしょうし……なにが記されているのでしょう」
私はユルゲンさまとエーリヒさまに視線を向けた。お二人は苦笑いを浮かべているので手紙の内容を知っているようだ。個人的なものではないと分かるが、今回は個人的なものであって欲しかった。
むーんと私が考え込んでいればエーリヒさまとユルゲンさまが口を開く。
「訝しむ必要はないかと」
「一先ず、目を通して頂ければ幸いです。閣下」
お二人に促されてテーブルに置かれた手紙を私は手に取り中身を取り出す。結構な枚数になっているのだが、果たしてなにが記されているのやら。一枚目は定型の挨拶がびっしりと書き込まれ、本題は二枚目からのようである。一枚目に軽く目を通した私は二枚目をゆっくりと読み進めた。支援のお礼が丁寧に綴られたあと、前代表の無礼の謝罪も記されている。
特に気にしていないので忘れて欲しいのだが、グイーさまの使者である私に矢を向けた事実は方々の国から永遠に擦られそうである。新代表となったのだから、新たな縁を結びましょうとでも返事を記すべきだろうか。そして三枚目。これが新代表の一番伝えたかったことのようだ。
「……」
私は三枚目を読み切れば、ソフィーアさまとセレスティアさまが問題なければ読ませてくれとお願いしてくる。特に問題ないと私は素直に手紙を渡した。
お二人が速読すると何故かジークとリンとヴァルトルーデさまとジルケさまにも手紙が渡る。まあ新代表が三枚目に記していたことがヤベーなら今読んだ四人と二柱さまが判断してくれるだろう。とりあえず私は前へと向き直って、エーリヒさまとユルゲンさまに視線を向けた。
「グイーさまからお預かりした石が宝物庫に放り投げられていたことを物凄く謝られているのですが、どう返事をしたものでしょう。グイーさまに内容を伝えた方が良いのか……」
新代表が綴った三枚目の手紙には『お預かりした石をずさんな管理をして申し訳ありませんでした! 今はきちんと城の一室に安置して厳重な警備を敷いておりますぅ!』という内容であった。最後には『私の首で許されるのであれば差し上げます』とも。手紙を読んだアストライアー侯爵家の面々が『要らないだろう』『貰っても困る』という顔になっている。
私も新代表の首なんて要らないので、是非とも自国のために馬車馬のように働いて欲しい。本当にどう返事をしたものか。面倒だからと無視を決め込める状況ではないし、フィーネさまとアリサさまとウルスラさまも関わっている。仲良くなっているので、友人関係に皹を入れるわけにもいかない。
新代表さまの不安を払拭するにはグイーさまに聞いてみるのが一番だろうと、エーリヒさまとユルゲンさまに問うてみれば微妙な顔になった。
「それは新代表に大きな傷を与えそうなので……」
「グイーさまであれば気になさらないでしょうし、新代表の暗鬱な気持ちを確実に解決方法のような」
エーリヒさまが片眉を上げるので私も眉が釣られて上がってしまう。グイーさまであれば『娘たちが反応できるようにしているし、なんも問題ないぞい?』とか言いそうである。なんなら教会に大量のお酒をお供えすれば凄くご機嫌になりそうだ。
「創星神さまの人となりを知っていれば問題ないと分かりますが、ほとんどの方は夢の中でしかお会いしただけですからねえ」
今度はユルゲンさまが片眉を上げている。あの夢の内容でグイーさまの人となりが分かるとは確かに思えないけれど、割と軽い調子で語っていたから創星神さまっぽくないというのが私の感想である。
「無難に手紙で返事を記すのが一番でしょうか。また首を差し出すという内容が届けば、グイーさまにお願いして説得して貰いましょう」
部屋にいる皆さまが『オーバーキルじゃないか』と言いたげな顔になっている。隅っこに控えている部屋付きの侍女の方は顔が引きつっていた。
いや、私の下に生首が届けば嫌だという気持ちは理解して欲しい。新代表は大陸会議で各国の陛下の慰み者になっても良いと啖呵を切った方である。私が新代表が生首差し出しそうと考えてしまうのは彼女の行動の末の結果だ。
「現状の処置で良いのかを新代表に伝えていただければ、流石に首は届かないかと」
「そうですね。石の扱いが分からず不安からくるものでしょうし、閣下からお言葉があれば安心できるのでは」
エーリヒさまとユルゲンさまが苦笑いを浮かべて、手紙を認めて欲しいと私にお願いしてくる。元々、返事をする予定なので問題はない。
「では、直ぐ返事を認めます。気が気ではないようですから」
とりあえず手紙で様子を見て、生首が届きそうな勢いの内容がまた届けば対処法を考えよう。状況が改善しているとはいえ、まだまだ踏ん張らなければならないのが自由連合国である。本当に前代表はなにをしてくれたのかと恨み節を吐きそうになって、ふと気付いた。
「前代表の方はどうなったのですか?」
そういえば忘れていたと私はユルゲンさまとエーリヒさまに視線を向けた。お二人もああそうだと言いたげな顔をしながら口を開く。
「まだ生きております。前代表としてどう責任を取らせようか考えあぐねているようですね」
「いろいろな意見があるでしょうから、自由連合国の皆さまが納得できるものになれば良いのですが」
どうやら前代表はまだ生きており、牢の中で『どうしてこうなった』とボヤいているらしい。プライドが高そうな人だったので獄中生活はさぞ辛いだろう。処分に関して私が口を出すと自由連合国に大きな影響を与えそうだから関与はしないと決めておく。私はアルバトロス上層部経由で自由連合国の新代表に『謝罪、受け取りました。石の管理は今のままで十分です』という内容の手紙を書いて送るのだった。






