1428:誠意を見せれば。
問い合わせの書簡の返事は凄く早かった。てっきり『調査するから少し待って欲しい』くらいのものだと考えていたのに。食堂で家宰さまが報告してくれたため、一緒に昼食を摂っていたヴァルトルーデさまとジルケさまとヤーバン王の雰囲気がガラリと変わったのはご愛敬である。
一緒に昼食を摂っていたクレイグとサフィールは驚いて肩を揺らしていたのでご愁傷さまとしか言えないけれど。ご飯を食べ終えて、アルバトロス王国王都に向かうための準備を進め……転移陣を利用させていただき王城へと辿り着く。
転移陣の魔力光が収まれば、目の前には出迎えの近衛騎士の方が十名ほど控えていた。アストライアー侯爵家の面子だけではなくヴァルトルーデさまとジルケさまとヤーバン王国ご一行とジャドさんと雌グリフォンさん四頭も一緒にきているため、普段よりお迎えの人数が多くなったようである。
一応、城に赴く面子を伝えておいたのだが、近衛騎士の方たちは凄いメンバーに目を丸く見開いていた。装備が一番豪華な方が半歩前に進み出て、胸に手を当て礼を執る。
「ア、ア、アストライアー侯爵閣下、お待ちしておりました」
少々言い淀んでいる近衛騎士の方に私は苦笑いを浮かべた。怒りを向ける先は彼ではないため私は普通に済ますつもりであるが、ヤーバン王とジルケさまとセレスティアさまからの圧が強い。
ヤーバン王の怒りは理解できる。国獣であるグリフォンを粗末に扱った者がいたと知れば怒るのは当然だろう。ただ他国で起こったことだから、あまり干渉できないと諦めていたところにタイミング良く知らせが入った。
家宰さまの報を聞いた時のヤーバン王の顔は凄くインパクトがあったのだから。ヴァルトルーデさまが末妹さまの怒りを察知して彼女の肩を軽く叩く。私は私でヤーバン王とセレスティアさまに一瞬視線を向けて『今は抑えてください』と視線で訴える。効果があったのか、少し空気は緩くなり私は前を向き軽く頭を下げた。
「お忙しい中、手間を増やしてしまいました。本日はよろしくお願い致します」
「いえ! ではご案内致します」
気合の入った声に苦笑いを浮かべて、地下にある転移陣から一階を目指す。細い階段はジャドさんたちが通れるかと心配していたけれど、どうにか通れるようである。ただ本当に隙間なく詰まっているので、よく移動できるなあと後ろを見ているとジャドさんと目が合った。
『ギリギリですねえ……』
「地下階段ですからね。廊下に出れば普通に歩けるかと。並列は無理でしょうけれど」
『ナイさんに無理についてきたのは我々ですから。お気になさらず』
そんな会話をしつつ、ジャドさんからまた謁見場に向かうのかと問われた。今回の一件は相手の国の陛下が素早く動いてくれたため、外交問題に発展させる気はない。
そのため会議室を借りて話し合いの場、というか……断罪の場を設けることになっている。私はおばあがどういった状況で過ごしていたのか気になるだけだから、正直捕まった方に興味はない。ただ、ジルケさまとヤーバン王とセレスティアさまの溜飲を下げるには相応の罰が必要なのだろう。現にお三方は不敵な顔を浮かべて歩いている。般若の形相と言って良い……怖い。
ジャドさんたちも魔獣や幻獣を拘束できた原因を知りたいため一緒にきている。副団長さまと猫背さんが詳しく調べれば、それ以上の質の物を作れそうというのは秘密である。彼らは友好的な魔獣や幻獣と敵対する気はないし、襲ってきた魔獣や幻獣には容赦がない。拘束系の魔術具を用意する気はなさそうだし、魔術の方に思考がぶっ飛んでいるから興味がないはず。
お城の広くて長い廊下を歩いていると、すれ違う方たちはぎょっと目を見開いて端へ寄り頭を深く下げている。侯爵邸なら『お疲れさまです』と声を掛けるのだが、流石に屋敷の常識を王城に持ち込むわけにはいかない。私たちが通り過ぎれば、端に寄ってくれた方たちはほっと胸を撫でおろしている。
「視線が凄い」
チラリと後ろを見た私の口から声が勝手に漏れていた。声に気付いたジークが小さく片眉を上げる。
「近衛騎士を率いたナイが先頭を歩いて、女神さま方とヤーバン王とジャドたちが歩いていれば、否応なく注目を浴びるさ」
確かに凄い方たちを私が率いているのだが、こうなったのはただの偶然である。私が皆さまを尻に敷いて扱き使っているわけではない。そこのところを勘違いされたくないなあと笑えば、ジークが目を細めて笑った。なんとなく気恥しくなって私はジークから視線を外す。どうにも彼から告白を受けて以来、ジークと普通に話せるものの気恥しさが唐突に湧いてくる。
「そうなんだけれどね」
視線を外した先にはリンがいた。リンはジークと同じ顔なので変な声が漏れそうになる。リンは私の気持ちを知っているのか知らないのか。ジークと同じように笑ったあと真面目な顔になる。
「堂々としていれば良い。やましいことしてない」
「そう、なんだけれどねえ」
リンの声に私は先程と同じ台詞を吐くものの、なんだか気持ちが入らない。肩の上のクロまで小さく笑って口を開いた。
『大丈夫だよ。みんなジャドたちが珍しいだけだから』
「まあ、グリフォンを五頭引き連れていれば目立つか」
クロの言葉に私は気にしないようにしようと決める。注目を浴びるのは今更だし、リンの言った通りやましいことはしていない。侯爵家当主として胸を張って堂々と歩かなければ、仕えている方たちに『お前のところの当主はヘタレだな』と嫌味を言われるかもしれないのだ。
そう考えると、ちゃんと前を向いて歩かなければと思えるのは不思議である。私たちの会話を聞いていたヤーバン王が面白そうな顔をして、少し歩みを速めて私の近くに寄る。
「雌のグリフォンを五頭引き連れて歩けるということが奇跡なのだがなあ、侯爵」
「でも、ヤーバンにも雄グリフォンが住んでいるじゃないですか。再現できますよね?」
「彼らは森や草原で自由に暮らしているから、人前に出てくるのは珍しい。アシュとアスターは我らに懐いてくれて隻眼のグリフォン殿と城で良く過ごしているがな。そもそも珍しさで言えば雌の方たちだ」
私とヤーバン王の会話にジャドさんと雌グリフォンさん四頭が『ドヤ』と胸を張りながら歩いている。どうやら雄より雌の方が強いという声に反応したらしい。こてんこてんと顔だけ動かしているため、一列に並んだグリフォンさんの身体五つは一つに見え顔だけ増えたように見える。なんとかトレインみたいになっているので、なにをしているのやらと私は苦笑いになり前を向いて目的の部屋を目指す。
アシュとアスターはヤーバン王国で元気に過ごしているようだ。城の隻眼のグリフォンさんにも懐いているし、他の雄グリフォンさんとも馴染んでいる。
時々、荷を運ぶのを手伝ったり、誰かを乗せて目的地まで連れて行ってくれるとか。人間が喋る言葉を彼らは理解しているので意思疎通は問題ないそうである。
ヤーバン王と話していれば、目的の場所である会議室に辿り着いていた。案内役を務めてくれている近衛騎士の方が扉の前で止まり私を見下ろす。
「閣下、皆さま方、中へどうぞ。陛下もこられます故、少しお待ちください」
どうぞと目の前の彼が手で扉を開いて中へ入るように促してくれた。
「はい。よろしくお願いします」
私は頷き会議室の中へと入れば、エーリヒさまとユルゲンさまと副団長さまと猫背さんの姿があった。侯爵邸でおばあの件を聞いていた面子のため呼び出されたのだろう。部屋に居る方と挨拶を交わした私たちは、陛下と件の人物を待つため椅子に腰を下ろすのだった。
◇
――うわあ……。
グリフォンを拘束していた馬鹿な商人を捕らえた我々は、普段おっとりしている我が国の陛下を連れてアルバトロス城に赴いている。流石に陛下も自国の城の中のようにゆったりと歩くわけにはいかないと、アルバトロス城の長い廊下を足早に歩いていた。
既に今回の一件に関わっている方たちは揃っているようである。私も陛下の家臣として、それも宰相としてアルバトロスの地に足を踏み入れた。なにかあれば陛下の代わりに私の首を差し出す所存ではあるが……果たしてアストライアー侯爵とアルバトロス王はどう出るのか。
「ううっ……どうして私がっ!」
捕らえた商人は恨み節を吐いているが、森に老グリフォンを捨てる愚行さえ犯さなければ良かっただろうに。先々代が偶然に鳥の巣から黄色に光る石を見つけ、持って帰ったところグリフォンの卵であったそうだ。
そして無事に孵った卵は先々代に懐いたそうである。そこから先代にグリフォンの管理を任され、捕らえた男へとグリフォンの世話を引き継いだのだが……老いてみすぼらしくなったグリフォンに価値を見出せなくなった。だから森に捨ててきたという。偶々、森の上空を通りかかった仲間のグリフォンが老グリフォンを見つけてアストライアー侯爵領まで運ばれたとか。
我が国の騎士に囲まれて捕縛縄に縛られた商人に陛下が冷たい視線を向けた。
「人の下で育った幻獣をいらないからと森に放つからだろうに」
おっとりしている陛下の口から出た声だと信じられない程に冷え切っていた。私も商人の男に厳しい視線を向けているし、騎士たちも同様の視線を向けている。陛下ははあと深い溜息を吐く。私は死刑宣告を受ける囚人のような気持ちで廊下を歩いて会場に辿り着く。アルバトロス王国の近衛騎士が『どうぞ、中へ。皆さま、お待ちになっておられます』と声を上げた。
陛下は『分かった』と声にして息を呑み中へと足を踏み入れ、私も陛下の直ぐ後ろを歩いて中へと入る。目の前には大きな長い机が鎮座しており、そこにはアルバトロス王とアストライアー侯爵とヤーバン王が椅子に腰を下ろしていた。
アルバトロス王は我々が部屋に姿を現したことに一つ頷き、アストライアー侯爵とヤーバン王は捕縛している商人に視線を向けている。ヤーバン王は『こいつか』という視線を向けているのだが、アストライアー侯爵は黒目のためかなにを考えているのかさっぱり分からなかった。けれど。
「うわあ……」
なにも感情を灯していないように見えることが逆に怖く、つい私の口から声が漏れてしまう。我が国の陛下もごくりと息をまた呑んで重い雰囲気を耐えているようだ。
アストライアー侯爵の後ろにいる赤毛の男女の護衛と金髪の貴族令嬢二人と底冷えしそうな美人と侯爵と同じ黒髪黒目の少女も異様な雰囲気である。にこにこ顔の銀髪の男と猫背の男は魔術師だろう。警備は近衛騎士に任せれば良いというのに同席しているのは何故なのか。そしてなにより、グリフォンが五頭並んで会議室にいて、今の状況を正しく理解できない。
「アルバトロス王、アストライアー侯爵、そしてヤーバン王、此度は我が国の者が本当に申し訳ないことをした」
我が国の陛下が開口一番、彼らに頭を下げた。するとアルバトロス王と侯爵が席から立ち上がり、少し遅れてヤーバン王もゆっくりと立ち上がった。
「いや、貴国の素早い対応に感謝している。まさか直ぐに魔術具の持ち主を特定できるとは思っていなかったからな」
「陛下。ご対応、感謝申し上げます」
アルバトロス王が声を上げ、アストライアー侯爵が頭を下げる。ヤーバン王が侯爵に『腰が低い!』と言いたげな顔になっているが、話に割って入るつもりはないらしい。
「い、いや。礼を言われるほどのことはしていない。アルバトロス王とアストライアー侯爵の願いであれば、何処の国の者でも聞き届けよう」
陛下の声に目の前の二人が微妙な顔になる。え、今の陛下の発言に気に入らないところがあったのだろうか。陛下も目の前の二人の反応が微妙だったため少し驚いている。創星神の使いを務めたアストライアー侯爵に歯向かえる者などそういまい。いるなら、自由連合国の代表を務めていたリバティーという男のような馬鹿だけだろう。
書簡を受けた私たちは凄い速さで解決すべく事に当たったのだ。下手をすれば国が滅ぶかもしれないと。飛ぶ鳥を落とす勢いの彼女と彼女を家臣にしているアルバトロス王が妙な反応を見せているのが不思議でならない。言葉が続かないことに痺れを切らしたのか、ヤーバン王が腕を組んで我が陛下を見た。
「して、グリフォンを森に捨てた男はどこかな?」
冷めた視線を向けたヤーバン王に我が国の陛下が答えて、後ろに視線を向ける。
「ここだ」
陛下の声と同時、捕らえた商人の男が騎士の手によりアルバトロス王とアストライアー侯爵とヤーバン王の前に差し出された。縄で雁字搦めにしているから逃げられはしまい。芋虫のように床を這う男は『どうして! どうして! どうしてぇ!』と自問自答を繰り返すだけだ。男の命がアルバトロス王国とヤーバン王に委ねられた瞬間だった。






