表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1415/1475

1415:脳内会議。

 ジークから私への告白が速攻で屋敷の皆さまに知れ渡っているようだ。


 視線を凄く感じるし、私の後ろに控えているジークに意味ありげな顔を浮かべている。なにを期待しているのやらと言いたいけれど、二十歳になるのに婚約者のいない当主に不安を抱えているのだろう。

 貴族は世襲で、その下に就く配下の皆さまも親の仕事を引き継いでいる。一代でアストライアー侯爵家が潰えれば、彼らもまた路頭に迷うことになる。そりゃジークが私に告白したとなれば、騒ぎたくもなるかと私は大きな息を吐くのだった。

 

 しかしイケメンのジークが私を好きになる要素ってなにかあっただろうか。


 長年、一緒にいることで女として見られていないとずっと思っていたのに。クレイグは私に対して素直に『ナイのことを女として見るのは無理』と言っているし、サフィールも私を姉妹のように感じているはず。リンは『私が男だったらナイと結婚する』と真顔で言い切っているので、双子という共感性を持つであろうジークもそう考えていたのかもしれない。でもやはり、惚れる要素ってなんだ? と首を傾げたくなる。


 「はあ」


 先程、朝ご飯を済ませて執務室にきているのだが仕事の手が進まない。家宰さまは笑顔を浮かべたまま机に視線を向けて書類を捌いている。ソフィーアさまとセレスティアさまも黙々と作業を続けている。

 ジークとリンはいつも通り壁際で護衛を務めてくれているし、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち三頭は床の上にゴロンと寝転がり、惰眠を貪ったり、ワンプロを始めたりと、こちらもまたいつも通りだ。

  

 クロは部屋から出たあとは『大丈夫かなあ』と良くぼやいている。多分、私が一人で廊下を歩いている時にズッコケそうになっていたので、心配が尽きないらしい。

 恋愛に関して相談できる相手が私にはいないし、ジークの気持ちをどう受け止めれば良いのかと悩んでしまう。ジークから好意を向けられることに対して嫌な気持ちは抱いていない。だだやはり、どうして私を選んだのかという疑問が心に渦巻いている。本人に直接聞けば一番手っ取り早いけれど聞いて良いものなのか。


 あまり回っていない頭でアルバトロス王国上層部に向けた、近々の報告書を仕上げると家宰さまが『本日のご当主さまの仕事は終わりです』と告げるのだった。


 ◇


 昼過ぎ。


 王城の執務室で仕事をしていると、叔父上が私の下にやってきた。ボルドー男爵位を名乗り始めた彼は軍の総帥を務めることもなくなったので、時間を持て余しているようである。まあ、時折私の仕事を手伝って貰っているので、執務室に顔を出すことに文句も言えぬまま日々が過ぎていっていた。


 「陛下、少々宜しいですかな?」


 ニッと笑みを浮かべた叔父上は私に声をかけるのだが、どうしても彼の顔を見ると警戒してしまう。もちろん彼が味方に付けば絶大な安心感を得られるのだが、いろいろと面白おかしい方向に事態が動き事後処理が大変になることが多い。

 アルバトロス王を務める私は彼が後ろ盾を務めるアストライアー侯爵のトラブル処理にどれだけ奔走してきたことか。アストライアー侯爵の活躍によってアルバトロス王国の名も比例して上がっていくのだが、事務処理がどどんと増えた。

 各国からの連絡や問い合わせが三年前より随分と増えているし、西大陸に留まらず東、北、南大陸からも問い合わせがきている。少々、叔父上に苦言を呈しても誰も怒らないのではなかろうか。私は執務机の前に立った叔父上と視線を合わせて片眉を少し上げる。


 「構わないが……面白そうな顔を浮かべて部屋に顔を出した卿に不安を感じずにはいられない。なあ、宰相」


 片眉を更に上げて横で作業をしていた宰相に私が視線を向けると、彼も苦笑いを浮かべている。目の前の叔父上は私の言葉に『お?』と少しおどけた顔になっている。とはいえ叔父上のことである。私や宰相がなにを言い出すのかと期待しているに違いない。


 「ですね。なにかトラブルでも起こったのかと警戒してしまいます」


 宰相が小さく肩を竦めれば、叔父上は髭を撫でながらふっと笑う。


 「ワシが公爵位を退いて、お二人は言うようになりましたなあ」


 確かに叔父上が公爵位を次代へ譲ったことで、私と宰相はこうして軽口を叩けるのかもしれないが。三人で笑っていると、他の者が執務室へ顔を出し私の前に立った。彼が持っていた手紙を私の前に差し出して宛先人を告げる。


 「陛下、アストライアー侯爵から定時連絡が届いております」


 どうやらアストライアー侯爵から報告書という名の定時連絡が届いたようである。なにもない日々であるがアストライアー侯爵領領主邸では思いがけない事件が起こる。

 先日も天馬さま方が二十頭近く飛来されたと聞き腰を抜かしそうになった。どうやらその中の数頭が腹に仔を宿しているそうで、侯爵邸で出産を試みるとのこと。あれ、また増えるのと驚きを隠せないながらも、数を減らした天馬さまが増えるのは良いことだと私は私に言い聞かせていた。

 どこか国が滅んだりしていないので構わないのだが、一つの出来事が規格外過ぎて侯爵にはいつも驚かされてしまう。次はグリフォンが仲間を連れてアストライアー侯爵邸に戻ってくるのだろうか。まさかと私は頭を振って平静を装い、定時連絡を届けてくれた者と視線を合わせる。


 「分かった。置いていってくれ」


 私の声を聞いた目の前の彼は『はい』と言って、手紙を机の上に置いて二歩、三歩と下がって身体を翻し執務室から出て行った。さて、なにが記されているのかと視線を向けるものの、叔父上の話の方が先だろう。

 

 「陛下。引退したワシのことより、あのじゃじゃ馬の連絡を優先させられよ」


 侯爵のことをじゃじゃ馬と評せるのは、あとにも先にも叔父上だけだろうと私は笑い、告げられた通りに手紙の中を確認する。いつも通りの定時連絡で特に変わったところはない。平穏無事に侯爵は女神さまと共に過ごしているようだと安堵の息を私は吐いて、定時連絡の手紙を宰相へと渡す。渡された手紙を受け取った宰相も速読で内容を把握し、ふうと深い息を吐いていた。

 

 「では陛下、宜しいですかな?」


 ふふと短く笑いながら叔父上は生やした髭を手で撫でている。アストライアー侯爵からの連絡を読み終えた私は気を抜いていたのかもしれない。


 「ああ。構わんよ、ボルドー男爵」


 「ジークフリードがナイに気持ちを打ち明けたようですぞ。孫娘の報告故、事実でございましょう」


 安堵のためか椅子の背に凭れた私は叔父上の言葉に即、身を離すことになる。ジークフリード……ジークフリード。ああ、侯爵の護衛を務める赤毛の双子の兄のことか。ナイって誰だ……ああ、アストライアー侯爵のことだな。うん? 背が高く顔の整った彼が侯爵に告白した!? あの鈍足過ぎて呆れ果てていたあの赤毛の双子の兄がようやく決意したのか!?


 「!」


 驚きで私は椅子から滑り落ちそうになる。宰相が私の肩に手を置いて難を逃れることができたが。


 「陛下、大丈夫ですか? いえ、私も驚きましたが。ようやく彼が行動に移したのですね! して男爵。侯爵は彼の気持ちを受け入れたのですか?」


 宰相が嬉しそうな顔を浮かべて叔父上に問うた。確かに二人の関係が進展したことは喜ばしいこと。あまりにも進まない関係に我々は手をこまねいており、あと数年で進展がなければ、私の権限で誰か宛がうしかないと暗澹たる思いを抱えていたのだ。叔父上は私たちに面白そうな視線を向けている。また髭を撫でながら叔父上は窓の外に視線を向け言葉を紡ぐ。


 「ナイは色恋に奥手のようでしてなあ。昨日から百面相をしていると孫から聞き出しました」


 アレにも女らしいところがあるのですなあと感心している叔父上に私は呆れそうになる。面白がっている場合ではないのですがと私は叔父上に対して口を開いた。


 「……周囲への影響は?」


 侯爵の魔力量は王城の魔術陣に一瞬で補填を終えてしまえるほどに多大である。気持ちが揺れ動けば身体の中に巡る魔力も揺れるだろうと、私は叔父上に真面目な視線を向ける。


 「特にないそうです。どうやら陛下が下賜した錫杖が役に立っているようですぞ」


 叔父上も軽く済ませてはならない疑問だと受け取ってくれたようで、真面目な顔をして答えてくれた。しかし私が侯爵に贈った錫杖が役に立っているとは。

 一応、たくさんの者に協力してもらい唯一無二の錫杖になった。なったのだが侯爵の魔力の影響を受けて、意思を持ち喋るようになったと聞いた時は腰を抜かしそうになった。侯爵の下に魔石を預けておけば、国宝級の代物に変化しそうだし、質の低い魔石であれば直ぐ壊れそうだ。一先ず、周りへの影響がないと知った私は百面相をしている侯爵の姿を思い浮かべる。


 前世では日々を送ることに精一杯で仕事に明け暮れていたと聞く。アルバトロス王国に生まれ落ちてからも貧民街で幼少期を過ごし、教会の保護を得て聖女になり宿舎生活の身であった。

 叔父上の提案で侯爵が学院に通い始めてからも、波乱ばかりで色恋にときめくことはなかったようだ。叔父上も先程、侯爵のことを『恋愛は奥手』と評している。


 誰か侯爵の話を聞いてくれる身近な者はいないだろうかと私は思案する。亜人連合国の者たちは特殊過ぎるだろうし、アガレスの女帝は頼りになりそうもない。

 我が妃も一国の王女だったのだから、色恋には疎いはず。我が国の王太子妃もミズガルズの第一皇女も微妙なところだし、近隣国の女性陣も頼りになりそうにない。

 貴族や王族という縛りがあるので、侯爵の悩みに親身になれそうな者が思い浮かばなかった。いっそのこと平民に聞いて貰った方が侯爵の話を理解できるのではないだろうかと、私は窓の外に視線を向ける。ふと、アルバトロス王国の教会の屋根が目に入り、ああと私は口を開いた。

 

 「侯爵に色恋事を相談できそうな相手は……聖王国の大聖女がいるな。しかし大聖女に相談して妙な方向に状況が転がってしまわないか少々心配だな……」


 私の声に宰相が『ああ』と言い、叔父上は『まだマシな相手でございましょうな』と告げる。私は窓から視線を戻して、侯爵の近況を大聖女に伝えてみるかと紙と筆を執るのだった。


 ◇


 陽が沈む頃。私は一人で東屋に出て昨夜のことを思い出していた。どうしてジークが私に告白をと一日中考えていたのだが、ふと大事なことを思い出した気がする。


 何気にジークは私に対して気持ちをアピールしていたところがあったのではと。アガレス帝国に赴いた際にお土産だと言って貰ったネックレスとか、どこか二人で出掛けよう――堕ちた神さまの一件で途中で終わってしまったけれど――と言ってくれたこと。

 他にも学院でジークは女の子から受けた告白を断り続けていたし、勿体ないと言った私に妙な視線を向けていた。あの頃からジークの中には私のことを好きという感情を持っていたのか……それとももっと前からなのか。


 「あれ……私ってジークに最低なことをしてた?」


 思い返す限り、ジークは私に気持ちのアピールをしてくれていた。気付かなくてごめんという気持ちと、今からジークとどう接すれば良いのかと東屋に設置された机に両手を置いて頭を抱えて髪を掻き毟る。

 しかし彼にごめんと謝っても嬉しくないだろうし、それなら気持ちを聞かせてくれと言われそうだ。もう少し気持ちの整理がつけられるまで待っていて欲しいと、陽が沈むのを見ながら独りで悩むのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
悩め悩めと年長者は囃したてるかもだけど、もう少し歩調を併せてあげたい気持ちが強くて(苦笑) 野次馬ってる私が言う事じゃないけど、急速に深める関係は時々溝が生じるから気をつけてねー。野次馬ってる私が言…
身の回りで相談できる人も沢山いるでしょうけどねえ、婚約者持ちの令嬢が2人に屋敷にいる既婚者のかた達。 そういやナイが受け入れて、いつか結婚式となったら神様一家は絶対参加するんだろうな。
ナイ『気持ちの整理がつくまで独り旅に出ます』みたいな行動取りかねないんだよなぁ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ