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1414:突然の。

 ――ナイ、好きだ。


 何故かリンが私の部屋から用事があるからと出て行き、ジークが残って珍しく二人になった時だった。私の名を呼んだジークがじっとこちらを見つめながら不意に放った。ジークが告げた言葉の意味が分からずに暫く呆けていたのだが、聞き逃せなかったモノを理解できない頭を私は持っていなかった。

 どんどん顔が赤くなっているのが分かると同時に、何故滅茶苦茶に顔が良いジークに告白されるのかと目がくるくるしてくる。ジークは私が困惑していることを察知したのか『返事はゆっくりで良いから、いつか聞かせて欲しい』と告げて部屋を出て行った。


 それが昨日の夜ご飯を済ませたあとのことで、お風呂に入ってベッドへと潜り込んだのだがあまり眠れていない。身体を起こし、エッダさんを呼んで介添えを受けながら着替えをし、今から朝ご飯を食べに食堂へと向かうところである。あまり眠れていなくともお腹は減るようでぐうと腹の虫が鳴る。私はジークとどんな顔をして会えば良いのかと考えながら椅子から立ち上がった。


 「痛っ」


 椅子を引いて立ち上がりくるりと身体を翻せば、椅子の脚に自分の足を『ご!』とぶつけてしまう。小指がモロぶつかった痛みに耐えきれず、私は床にしゃがみ込んでしまった。クロが慌てた様子で肩から降り、真ん前から私の顔を覗き込んでいた。


 『だ、大丈夫、ナイ?』


 「どうにか……でも痛いものは痛い……」


 首を右側に傾げながら様子を伺うクロに私は涙目になりながら大丈夫だと告げる。痛いけれど耐えられないことはない。うーと唸りながらただひたすら耐えるのみ。こういう時は自分自身に治癒魔術を付与できる聖女さまや魔術師の方が羨ましい。

 痛みに耐えていればヴァナルも私の様子を伺いながら横にちょこんと座る。ちなみに私が痛みに耐えていることに対して一番煩そうなヘルメスさんは黙ったままである。

 腰元にちょこんといるのだが『ご当主さまの魔力制御が昨夜から大変で。ヘルメス、本気を出すために少々黙ります』と言っていた。ヘルメスさんのお陰か魔力が体内で暴れている感覚はない。だが昨日のアレから私の魔力は派手に乱れているようだった。


 『主、痛そう』


 ヴァナルと私の視線が合えば、クロと同様に『大丈夫?』と気に掛けてくれる。痛みに耐えていることが億劫になって、狼サイズのヴァナルに私は体重を預けた。

 ヴァナルはビクともせずに目を細めながら、私の肩に顎を置いてぐりぐりと擦り付けてくる。痛みが引いてきたのか、ヴァナルのぐりぐり攻撃の方に意識が向いた。雪さんと夜さんと華さんも私に気付いて、ヴァナルの反対側に腰を下ろして私を挟み込む形で床にお尻をペタンと付けている。


 『器用なことをしましたねえ』


 『他所事を考えているからではないでしょうか』


 『ジークフリードさんの告白からナイさんの様子が変です』


 雪さんたちも昨夜の一件を見ているので、私が椅子に足をぶつけてしまった理由に気付いているようだ。まあ、ベッドの上で私はずっともぞもぞ動いていたし、告白を受けたあとは頭を抱えて悩んでいた。

 面白そうな雰囲気を醸し出している雪さんたちと、痛みに耐える私を心配しているヴァナルとクロは対照的だ。毛玉ちゃんたちは私が椅子の脚に足をぶつけたことを『にゃにしちぇんの?』『いちゃい?』『にゃめてあげる!』と私の周りをウロウロしている。

 

 「食堂に行こう。お腹空いたし、ご飯を食べなきゃ一日が始まらない」


 私は床から立ち上がって部屋の外へ出れば、何故かエッダさんと扉の前で鉢合わせになる。いつも朝食に向かう際は彼女と会うことはなく、廊下の途中でそっくり兄妹とクレイグとサフィールと合流して一緒に赴くだけなのに。


 「エッダさん?」


 どうしてこの場にという声は私の口からでないけれど、鉢合せをした彼女は目を丸く見開いて驚いていた。


 「お、お時間通りに行動を起こしているご当主さまが、部屋から出てこられず心配になりまして。丁度様子を伺いに行こうとしたところに、ご当主さまが部屋からでてこられました」


 いつもより少しだけ声が高くなっているエッダさんが一気に捲し立てる。なんだか変に感じるものの、私を心配してくれていたのだから彼女の妙な行動を問い詰められない。


 「あ、すみません。クロたちと話し込んでいたら少し遅れてしまいました」


 「いえ! なにごともなければ良いのです」


 私が遅れた理由を告げれば、エッダさんはびしりと背を伸ばして回れ右をして廊下を歩いて行く。他の廊下と交わる丁字路のところでエッダさんが姿を消す。彼女が消えた先は倉庫のような部屋があるだけなのだが、朝から一体なにをしに行くのだろうと私は首を傾げて、朝食を摂るために食堂へと向かうのだった。


 ◇


 ご当主さまにようやく、ようやく、ようやくっ、春が訪れました!


 大陸各国から贈り物がご当主さまの下に届いて、アストライアー侯爵邸の宝物庫に入りきらなくなった品を一時保管している仮倉庫となっている部屋の前。ご当主さまの侍女を務めている不肖エッダは握り拳を作って喜びます。

 なにせ、アストライアー侯爵邸で働く女性陣によって発足している『ご当主さまとジークフリードさんを推し隊』の一人なのだから。ご当主さまの朝の介添えの時間、嬉しくてにやけそうになるのを必死に我慢していたのだ。


 ご当主さまはいつも通りの様子を見せておられたけれど、いつもよりほんの少し動きが鈍く、他のことを考えているご様子だった。昨夜の就寝前もご様子がおかしかったので、なにかあったか体調が優れないのかと私は心配をし、注意を払おうとしていた矢先のことである。

 物憂げなご当主さまの今朝の姿が気になって、介添えを終えたあと再度当主部屋を目指した私は驚くべき言葉を聞く。ユキさまとヨルさまとハナさまがご当主さまと交わしていた言葉から、ジークフリードさまがご当主さまに告白されたことを先程知ったのだ。

 

 「み、みんなに知らせなきゃ……いや、でも……ご当主さまのことだから、告白に応じていない可能性も……先ずは侍女長に報告ですね……!」


 誰もいない部屋の前の廊下で私は唸る。告白されたことは確定しているけれど、ご当主さまが応じたとは聞いていない。間違った情報を吹聴するわけにはいかないので侍女長さまに限定しておくのが一番良い策だろう。偶然、話を聞いた内容を報告しないのも問題があるのだから。私はご当主さまが食堂へ向かったことを確認して、丁字路の廊下を歩いて侍女たちが集まる部屋に向かう。

 

 「慌ててどうしたのです、エッダ。貴女にしては珍しい」


 侍女長さまがぴっちりと纏めた髪から出ている後れ毛を直しながら、自席から私へ視線を向ける。相変わらずお堅そうな方であるが、有能な人であり侍女たちからの信頼も厚い。女性を纏め上げるのは非常に面倒くさいのだが、いろいろと気を配ってアストライアー侯爵家侍女部門を統括している。私はそんな侍女長さまの下へと歩いて行く。


 「侍女長、折り入って話があります」


 「……隣の部屋で話しましょう」


 私の声が重かったことに侍女長は席から立ち上がり、私を隣の部屋へと案内してくれた。侍女部屋には待機している侍女が数人いたので有難い配慮だ。もちろん情報を共有してしまいたい気持ちがあるのだが、変な方向に話が盛り上がってしまえば大変なことになる。やはり侍女長さまに先に知らせるべき案件だと数分前に私が下した判断を褒めたくなる。


 「ジークフリードさまがご当主さまに告白されたようです」


 私が報告をすれば、珍しく目を見開いて驚く侍女長さまの顔が目に入る。次の瞬間に侍女長さまが口元をバッと抑えて声を上げることをどうにか堪えた。

 実のところ、侍女長さまも『ご当主さまとジークフリードさんを推し隊』の一員である。入会しているとはっきり告げたことはないけれど、ご当主さまとジークフリードさまが並んでいる姿を見て『お似合いですけれど……進展がありません』と侍女長さまはボヤいていたのだ。ふうと息を吐いた侍女長さまが私を見据えた。


 「エッダ、その話は事実でございましょうか」


 「偶然、神獣さまがご当主さまとお話されているところを耳にしました」


 侍女長さまの質問に私ははっきりと答える。ここで臆すれば侍女長さまが『エッダの話は嘘かもしれない』と判断することもあるだろう。彼女の目を確りと見据えて私は言い切った。私の返事になるほどと頷いた侍女長さまが、少し考える仕草を見せた。どうやら、これから侍女部門はどう動くのかを考えているようである。


 「エッダ。告白したとはいえ、恋愛より食事のご当主さまです。告白を無為にすることもありましょう。今は見守るべきかと。一先ずわたくしは家宰殿に報告しておきます。まあジークフリードさんから報告を受けているかもしれませんが」


 口外しないようにと侍女長さまが最後に私に言い含めました。私はもちろんですと頷き、侍女長さまと一緒に部屋を出ます。侍女部屋にいた数名の同僚がなにがあったと心配した顔を浮かべているのですが、なんでもないと私は首を振るしかない。侍女長さまが告げた通り、恋愛よりご飯のご当主さまがこれからどうなるのか……ジークフリードさんの気持ちに答えてくれますようにと私は願うのだった。


 ◇


 俺がナイに告白をして一夜明けた。家宰殿には報告しているし、公認のため俺が彼女に告白したことは問題視されないのだが……恋愛に全く興味を持っていないナイが、どう接してくるかと俺は朝から思案している。食堂で先に合流したクレイグとサフィールに昨夜俺がナイに告白したことを伝えておく。俺の気持ちはみんなが知っていることなので驚いた様子はない。


 「ようやくかよ、ジーク」


 「長かったね」


 俺と食堂で顔を合わせたクレイグとサフィールが苦笑いを浮かべていた。貧民街を卒業して、俺が教会騎士になる頃にはナイに向けている気持ちを彼らは知っていた。せっつかれていたこともあるので、二人にとっては本当にようやくなのだろう。


 「まだ返事を貰っていない。雰囲気が変になっていたらスマン」


 ただ俺はナイに気持ちを伝えただけで返事を貰っていない。昨夜、珍しく顔を赤くしているナイに俺の胸の中が妙にざわついて仕方なかったが……一夜明けて落ち着きを取り戻している。俺の気持ちが実るのか、砕けてしまうのかはナイ次第だ。ただ砕けてしまっても後悔することはないだろう。ずっと抱えていた気持ちを彼女に伝えることがようやくできたのだから。


 「気にすんなよ、ジーク。でもナイだからなあ。どう出てくるか想像つかねえ」

 

 「そうだよね。ご飯を幸せそうに食べている姿が印象に残るから」


 二人は苦笑いを浮かべ、ナイがくるのが遅いと迎えに行ったリンが出て行った扉を見つめている。流石に昨夜のことを意識させるわけにはいかないかと、俺は長い息を吐いて気持ちを整えてナイがくるのを待つのだった。

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― 新着の感想 ―
>「慌ててどうしたのです、エッダ。貴女にしては珍しい」  つまり、 エッダ「エッダ、エッダ、早く『ご当主さまとジークフリードさんを推し隊』のみんなにジークフリードがご当主さまへ告ったって伝えなきゃ!…
漸く言いましたかwww 進んでは止まってを繰り返してたからこその行動とは思っておりますが、個人的にはもう少し緩りとでも良いのよ?と言ってあげたいw まぁ言ってしまった後ですしね、二人の関係を「笑っ…
足の小指、ぶつけると痛い(+。+)よね…www ジークの告白に、動揺しまくりなナイ。赤く成った…って事は、脈アリかな?www ナイとジークの関係を心配している侯爵家使用人達。ジークが告白した事を喜び…
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