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1410:剣技大会。

 禁忌の森の調査は何事もなく終了した。特に問題はないのだが、長年嫌な気配に支配されていたおかげなのか野生動物が少ないそうだ。代わりに手付かずの自然が残っているのは良かったのかもしれない。庭で過ごすのは味気ない天馬さま方が森に赴いて、日中はゆっくり森の中で過ごして夕方、侯爵邸に戻ってきている。まあ、出産を控えている方たちもいるから、本格的な移住はゆっくりで良いだろう。


 まったりと日々が過ぎていき。――もう直ぐ年末となる。


 少し前、私がアンファンに来年度から王都の侍女養成校に通ってみないかと打診してみれば、侯爵邸の皆さまに相談をして養成学校に入ることを決めた。ユーリと離れるのは寂しいけれど、きちんとした資格を持っておいた方が堂々と仕える主人の側に控えられると考えたようだ。

 テオも来年度から騎士訓練校に入ることを決めているので、侯爵邸で過ごしている子供たちの巣立ちが始まる気がして、私は少し感傷に浸りそうになっている。


 私が公爵さまのようなことをしているのは凄く似合わないけれど、立場を手に入れたならば自身の下に就いている方たちの面倒はみなければならない。手が回らないところもあるだろうから、その辺りは屋敷の皆さまに協力を仰ぐ予定である。また次の年も何人かは王都の学校に入る子もいるだろう。


 今日は、今日で剣技大会の日である。


 少し前に家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまと話していたことが、割とすぐに開催されることになった。第一回開催ということで規模は小さいものになる。

 手探りで開催して、慣れた頃に大々的に剣技大会開催の宣伝を行い、アルバトロス王国国内だけではなく、他の国からも腕自慢を募ろうとなっている。今回はアストライアー侯爵領とデグラス領(仮)とミナーヴァ子爵領の皆さまのみにお知らせしている。お祭りということもあって、興味がある方向けにアストライアー侯爵領行きの馬車を用意しているので、観客の方もそれなりに多くなるはずである。


 商売っ気が強い方たちも侯爵領領都に入り、いろいろと売り物を用意しているらしい。


 露店や屋台が出るはずなので、こっそりと誰かに頼み込んで買い食いをするつもりである。なににせよ、楽しみだなあとアストライアー侯爵領領都にある一番大きな広場にやってきている。

 目の前には麻紐で仕切られた会場ができ上っている。どうやら侯爵家お抱えの騎士の方たちが手早く設置してくれたようで、私の姿を見た方たちが礼を執ってくれていた。私は返礼してから会場となる広場を見渡す。後ろにはいつもの面子である、ジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまが控えてくれていた。


 青い幼竜さんと赤い幼竜さんは外の景色が珍しいようで、きょろきょろと首を忙しなく動かして周りを見ている。天馬さま方も興味があるそうで、あとで数頭の方がくるそうだ。

 領都の皆さまにご挨拶をと言っていたので、エルとジョセも通訳としてきてくれるはず。子供たちと触れ合いができると良いのだけれど、さてどうなることか。


 ヴァルトルーデさまとジルケさまも興味があるのか一緒にきており、お守り役としてクレイグとサフィールもきてくれている。とりあえず、露店や屋台で買い物ができるように小金を用意して二柱さまには渡してある。楽しんで貰えるようにという気持ちと、気絶者がでないようにという気持ちが私の中でせめぎ合っていた。


 広場の端の方には露店がずらりと並んでいる。既に良い匂いを醸し出しているお店もあれば、のんびりと準備をしている店主もいる。食べ物以外にも衣服や日用品に武具を取り扱う店もあり本当に賑やかだ。

 しかし、何度も剣技大会や武闘大会を開くならば専門的な施設が欲しくなるのは必定。私は後ろを振り向いて就いてくれている四人の顔を見上げた。


 「競技場があれば本格的に見えるよね。作るなら、資金はどれくらい必要なんだろう……でも使わなきゃ意味がないし……賭け事でお金を儲けるのもなあ」


 競技場を設けている領地では頻繁に拳闘や剣闘に馬車競技が開かれて盛り上がるそうだ。剣闘士や拳闘士を抱える団体もあるそうで、催しがあると嗅ぎ付ければ手ぐすねを引いてやってくるとか。

 対戦相手がみつからなければ、自分たちの団体から人を出して勝負をするそうである。大昔には観客が負けた闘士を『殺せ!』と煽り、主催者が闘士の生死を判断していたそうだ。

 アルバトロス王国では負けた闘士の生殺与奪を与えることは禁止されているため、禁止されていない国よりも盛り上がりに欠けるそうである。血生臭いことをやるつもりはないし、今回の開催は刃引きした長剣を使用する。

 

 模擬の長剣を使うことに観客の方の中には不満を抱えているそうであるが、文句があるなら参加してみれば良い。模擬の長剣でも打ちどころが悪ければ死んでしまうこともある。そんなことなので領都の教会には聖女さまか治癒を行えるシスターか神父さまを手配した。私が担っても良いのだけれど、誰かのお仕事を取るわけにはいかない。

 

 私は主催者なのでお財布に徹するべきだそうである。だからこそ、赤字にならないようにと領主の方や主催者は賭け事の胴元を行うわけである。

 今回は領内から参加者を集めているので、賭け事禁止とさせて貰っていた。まあ私のあずかり知らないところで、こっそりお金が動く分には見過ごす予定であるが。イベントとして剣闘士や拳闘士を招いたならば、大々的に行うことになりそうである。


 「流石に場所を確保するのが難しいんじゃないか?」


 「馬車競技なら凄く広い土地が必要だし……野試合なら気にしなくて良いけれど」


 ジークとリンが片眉を上げながら答えてくれる。確かに馬車競技となればかなり広い土地が必要となるし、競技場の規模も大きくなってしまう。侯爵領内に空き地は存在しておらず、場所の選定から始めなければならない。


 「きちんとした闘技場を建てるなら、相当の資金を用意しないとな」


 ソフィーアさまも苦笑を浮かべながら答えてくれた。空き地がないため、新規に造るとなれば土地の造成から始めなければならない。他にも水を引かなければならないし、下水道――現代日本のようなものではなく原始的なものが存在している――も必要となってくる。

 

 「アルバトロス王都ですら建てていませんからねえ。領主の趣味の領域ですし……ナイは興味がありますの?」


 セレスティアさまも微妙な顔で問い返しているので、新たな競技場の建設の話に気は進まないようだ。


 「あまりないですね。ただ娯楽が少ないので、領地の皆さまの楽しみがあっても良いのかなと。でも箱物を建てても使われなければ意味がないですし……維持費で金食い虫となるのは駄目ですしね」


 本当、お金があるからと大きな箱モノを建てて無用の長物と化し、維持費だけが消えていくという税金の無駄遣いはしたくない。やはり闘技場建設は無茶があるなあと私は目を細める。


 「それなら図書館を建てた方がナイの考えに添うだろうな。王都の図書館は出入り自由だ」


 「暇潰しに丁度良い場所。勉強もできる」


 そっくり兄妹が『どうだ?』と言いたげな顔になっている。確かに侯爵領にもデグラス領にも子爵領にも建っていないので、侯爵領くらいはあっても良いかもしれない。けれど……一番大きな壁というか問題がある。


 「識字率が低くて利用者少なそうだけれどね……その辺りも解決しなきゃ。読み書き教える人を雇えば、子供たちの将来に繋がるかな……でもなあ……労働力が減る可能性もあるんだよね」


 私はジークとリンの顔を見上げながら頭の中で考える。教育が行き届くことは良いことだけれど、時代や文化が停滞したままであれば正直『学』は不要だろう。

 貴族という特権階級の知識層と平民の方たちという肉体労働者と綺麗に二分されているのだ。もちろん商家の方たちもいるので、平民の方と一括りにはできないけれど。まあ、商家の方たちも選民と言っても差し支えないだろうし。


 「ナイ。何故か聞いても?」


 「凄く先の話となりますが、識字率が上がって学校教育を受ける方が増えれば、農業に就く選択を取る方は減るかと。机で書類作業をしていた方がお金の実入りが良くて楽ですから」


 農作業は単純労働――単純ではないし、知識と体力がいる大変な仕事だ――とみなされている。だからこそ教育を受けられない方が多く就く仕事なのだ。

 識字率が上がり、学校教育を受けられる環境となれば子供たちには選択肢が広がる。日本も中卒が普通だったのに、高卒が当たり前と言われるようになって、更に大学を出ていなきゃ……と変化していったのだから。いずれ領内でも同じようになるはず。


 「ナイのやりたいことを進めていけば、いずれはそうなるのか……想像し辛いものだが」


 「知識層が増えれば、王政制度から脱却を試みる可能性が高まると、どなたかが書物に記しておられましたわ。たしかに想像し辛いですが、遠い未来に起こる可能性はあるのでしょうね」


 ソフィーアさまとセレスティアさまが怪訝な顔を浮かべながら声を上げる。お貴族さまがいて、王さまが国を管理しているから、平民の皆さまは扱いやすい方が良いのだろう。無駄に知識を持たれて革命を起こされても困るのだから。でもまあ。


 「下手を討ったのが自由連合国ですけれど……あれなら社会主義か独裁国家を目指した方がマシだったかもしれません」


 社会主義も独裁国家も微妙であるが、変に資本主義社会を目指すよりも可能性がワンチャンくらいあるかもしれない。今の世情なら独裁国家の方が国家運営をし易そうだけれど。


 「確か、社会主義は国が世間に渡る金を管理し平等に配ろうというものだったか……できるのか?」


 「かなり無理なことを言っている気がしますわ。稼いだお金を一旦国が集めて、平等に再分配するなんて不満が募るだけでは……」


 またお二人が怪訝な顔で首を傾げていると、横で話を聞いていたヴァルトルーデさまとジルケさまも片眉を上げて微妙な表情で口を開いた。


 「難しい」


 「ホント、人間って訳の分かんねーこと考えるの好きだよな」


 「ですよね。でも国家が存在していなければ、生きることが難しくなりますから」


 女神さま方の言葉を否定できない。昔の賢い方たちも必死になって考えて提唱したのだろうけれど、試してみないと分からないところがある。資本主義もいずれは失敗だったと言われる日がくるかもしれないから、本当にままならない。

 せめて自分たちが生きている間と子供の世代くらいは安寧な世でありますようにと願うしかないのだろうか。その先は、その時代を生きる人たちに任せよう。考えすぎると禿げそうだし、今は剣技大会を楽しまなければ。私はアストライアー侯爵家当主として優勝者には侯爵家のお抱え騎士になることを宣言する役目がある。

 

 ヴァルトルーデさまとジルケさまに私が苦笑いを向けていると、ジークが広場の入り口の方を見た。どうやら参加者の皆さまが侯爵家の騎士の案内で登場したようである。


 「参加者がきたようだ」


 「芽がある人いるかな」


 ジークが声に私も参加者の方を見た。結構ガタイの良い方が揃っているし、中には女性もいる。私の声にリンが少し考える素振りを見せて、ぼそりと口を開いた。


 「微妙。ご老体に鍛えられればマシ?」


 ご老体のしごきに耐えられる方がいるのか謎であるが、リンの見立ては当たるのかと期待して当主用に用意された天幕の下に移動して、私は椅子に腰を掛ける。ヴァルトルーデさまとジルケさまは子供の様に露店の方へ移動していた。私の分もなにか買ってきてくださいと伝えるのを忘れずに。

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