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1408/1410

1408:騎士団の名前。

 朝。私室のベランダから私が庭を見下ろせば、二十頭ほどの天馬さま方が一斉にこちらを向いた。ルカがおはようと言いたいのか嘶きを挙げると、ジアが尻尾で兄の尻をぺしっと叩いている。

 痛いか、痛くないのか分からないが、ルカは『えー……なんで怒るの?』と言いたげな顔をして、頭を項垂れさせていた。その様子を見ていた庭師の小父さまが苦笑いを浮かべ、彼の弟子である若い男の子は目を丸く見開いていた。

 

 ご飯を済ませれば、今日は禁忌の森へ侯爵家の騎士団が向かう出発式を行う予定となっている。


 大きな危険性はないと私は留守を預かる身となり、ジークとリンは騎士団の皆さまと一緒に同行する。屋敷の庭に出て、集まった皆さま――百人ほど――の前に私は立った。後ろにそっくり兄妹が控えていないことに少し違和感を覚えてしまう。

 こういう時もあるのだから、慣れておかないといけないなあとジークとリンに視線を向けてみる。ジークは苦笑いを浮かべ、リンは『直ぐに戻ってくるからね』と言いたげな顔になっていた。

 侯爵領領都にある教会から聖女さまが二名派遣され――ちゃんと派遣代を払っている――ており、彼女たちは怪我を負った方の治療に当たって貰う。集まった騎士の中にテオの姿も見えているのだが、初めて会った時より随分と背が伸びて、大人びた顔になっている。

 

 男の子の成長は早いなあと感心しながら、荷駄部隊の方に視線を向けた。


 荷を運ぶ馬の中には天馬さま方と小型の竜の方たちが混じっており、荷を引く馬と戯れていた。良いのかなあと目を細めるものの、彼ら曰く『寝床と食事の提供を受けているから構わない』ということである。

 荷台の上の一角にはヴァルトルーデさまとジルケさまがちょこんと座っており、二柱さまも騎士団の皆さまと同行するそうだ。堕ちた神さま云々よりも、人の手が暫く入っていない森の中がどうなっているのか気になるらしい。本当にフリーダムな方たちだと苦笑いを浮かべ、私は再度前を向く。私の前には騎士団団長さまがキリっとした顔を浮かべて立っており、私が礼を執れば彼も足を揃えて片手を胸に宛てて返礼する。


 「アストライアー侯爵家騎士団、百名っ! ご当主さまの命により禁忌の森の調査へ参ります!!」


 騎士団長の大きな声に耳の中の産毛が震える。予備戦力として領都にいる方々を招集することも考えたが、常駐騎士百名で足りるだろうという判断が下され今の人数に至る。

 予備の方を招集すれば追加で百名がプラスされ、領都の男性を招集すれば更に戦力が増えることになるそうだ。まあ、領都の方たちは訓練を受けていないので、戦力というよりも数合わせの意味合いが強くなるけれど。

 家宰さまは百名規模の常駐騎士をもう一つ、二つ増やしたいそうである。各地の街や村の警備に領境の警戒、領主邸の守護など、割と数が必要となるらしい。そういえば中世では貴族が武闘大会を開き優勝者や強い方を雇い入れると聞いたことがあるので、一年に一度催してみるのもアリだろうか。家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまと要相談だろう。私は礼を解いて口を開いた。


 「小規模編成となり調査に時間を要することになりますが、皆さま、怪我無く無事に戻ってきてください」


 危険度は低いけれど、皆さまが怪我無く戻ってくるにこしたことはない。私が同行することも考えていたが、当主として領主邸で待っておくのも仕事だと言われて待機する羽目になってしまった。

 運動不足だし丁度良い機会と考えていたのだが仕方ないのだろう。凄く嬉しそうな顔を浮かべて荷台に腰を掛けているヴァルトルーデさまとジルケさまが羨ましい。私の肩の上に乗っているクロは尻尾を忙しなく動かしながら『気を付けてね~』と声を上げている。


 「はっ! 侯爵家騎士団、出立します!! まわれー右っ!」


 騎士団長の声と共に百名の騎士がだんと足を地面に打ち付けて、正門の方へと身体を向けた。おお、凄いと私は感心しながらゆっくりと動き始めた騎士団の皆さまの背中を見送る。どんどん小さくなっていく彼らの背を見ていれば、ソフィーアさまとセレスティアさまが私の隣に立った。


 「名前、考えないとな」


 「アストライアー侯爵家騎士団では味気ないですもの」


 ふっと笑いながらお二人が私を見下ろす。しかしアストライアー侯爵家騎士団と言えば所属ははっきりと分かるはず。必要なものなのかと私はお二人と視線を合わせた。


 「お抱えの騎士団に名前は必要ですか?」


 「ほとんどの貴族は自前の騎士団に名付けをしているな」


 「ええ。当然です」


 お二人は当然と言わんばかりの顔を浮かべて答えてくれる。どうやら各貴族家の騎士団には『白虎騎士団』とか『聖竜騎士団』などの名前が付いているそうだ。

 確かに騎士団長さまが名乗りを上げた際『アストライアー侯爵家騎士団』よりも『白虎騎士団』とか名乗りを上げた方が格好は整うけれど……私が名前を付けるのかと頭を抱えそうになる。面倒だから鎧か外套の色を統一して『黒の騎士団』とか『白の騎士団』とか『青の騎士団』では駄目であろうか。私が頭を悩ませていると分かったお二人は苦笑いを浮かべ、執務室へ戻ろうと促してくれた。


 執務室の自席に腰を下ろして先程考えていたことを家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまに伝えれば、ふむと考える様子を見せている。そうしてお三方は私の方へと向き直った。


 「悪くはないですね。余興として領地の皆さまに楽しんで貰えます」


 家宰さまがいろいろとプラスの収支になる方へと考えてくれていた。主催と同時に胴元として賭博を行うのもアリなのだとか。アルバトロス王国では賭博を禁止していないので堂々と開くことができる。法外な掛け金を用いるところは王家から目を付けられて『駄目!』と言われることがあるそうだが、常識の範囲内であれば良いとのこと。娯楽が少ないため、お金を掛けてイベントを楽しむ方は多いとか。


 「侯爵家の騎士団は剣技に長けている者を優先して採用しているからな。他の武器を得物としている者が優勝すれば、少し面倒になりそうだ」


 ソフィーアさまが別の視点から問題点を挙げてくれる。確かに侯爵家の騎士団は標準的な装備で統一しており鎧と長剣を支給している。自前で弓を用意することも可能だけれど、基本的には長剣を装備している騎士の集まりだ。

 その中に槍持ちの方が一人、二人と混じれば戦術を別で考えなければならず、割と面倒な事態となってしまう。槍や弓兵専門の部隊を作るとなれば、また話は変わってくるものの、今は基本的な騎士団を増強するだけ。イロモノ兵士はまだ必要ないなと考えていると、今度はセレスティアさまが口を開いた。


 「なら剣技に特化すれば良いだけですわ。弓の名手や槍技に長けている者を採用したくば、別に開催すれば問題は解決できますもの」


 彼女の言葉に一同がそれもそうかと頷く。面白そうだから農繁期を外した時期に開催してみようと、規模と予算をざっくり考えて話を終える。そうして領地のお仕事に取り掛かることになった。

 以前、ミナーヴァ子爵領で行った『お見合いパーティー』なるものを何度か開いており、数組のカップルが誕生している。ミナーヴァ子爵領とデグラス領(仮)とアストライアー侯爵領の合同お見合いも計画しているところだ。人の出入りはあるものの、婚姻を村内や町内で済ませることが多く血が濃くなることを避けたい。せっかく飛び地を賜っているし、他の領地のご領主さまたちにも血が濃くなることの危険性を説いて、平民の方たちの婚姻に手を加えたい。

 

 「デグラス領は随分と落ち着いてきましたが、今後の方針をどうなさるのですか?」


 「職人さんたちの支援を充実させながら、小麦の生産を開始したいですね。副業として南の島の果物を温室栽培して市場に流してみようかなと。高級品や貴重品と定義すれば、収穫量が少なくとも農家の方たちの懐が潤います。ただ生育方法が確立していないので、暫くの間は難儀するでしょうね」


 職人さんたちの保護と施設の充足、資金の貸し出しなどいろいろ考え、他にも食糧難に陥らないように新規の開墾をして農業従事者を増やしたい。一先ず小麦で収穫が安定させて、次に南の島の果物を植えて、お金持ちの商家の方やお貴族さまに売り込んでみようと考えている。平民の皆さまには手が届き辛い品となってしまうが、一等品、二等品、三等品とランク付けして価値を決め値段を調整することもできるだろう。


 その辺りは栽培方法を確立してからの話である。マンゴーやライチの種は確保してあるし、南の島に住むダークエルフさんたちに栽培方法を助言して貰うこともできる。

 オレンジなどの果物もアリだけれど、他の領地で穫れている。それなら珍しいマンゴーやライチといった南の島産の果物の方が希少価値があるはず。家宰さまもソフィーアさまもセレスティアさまも特に問題はないと判断してくれているようで、私の話に耳を傾けてくれている。


 「他にもあれば良かったのですが、被らない産業となると南の島の果物くらいしか思いつかなくて。工業製品は知識がなければ失敗するだけですからね」


 簡単な品から手を出して技術を確立し、資金を投じて次の段階に進めることもできるけれど……その手の知識はさっぱりである。それならドワーフの職人さんを領地に呼び、技術支援して貰った方が確実に武具の質が上がりそうだ。

 あ、職人さんたちのことも考えなければと、亜人連合国のディアンさまたちにお願いして技術支援を頼むのも忘れないようにしなければ。資金に関しては、湯水のように使わなければ侯爵家が破産することはない。とはいえ資金も有限なので、効果的なところに適切に投じないと。


 「まだまだやるべきことがたくさんありますね」


 「侯爵位の家だからな。やることが多くなるが、その分実入りも良い」


 「ええ。苦労を最初に済ませておけば、あとは楽ができましょう」


 そんなソフィーアさまとセレスティアさまの声を聞きながら執務を終える。お昼ご飯の前にユーリのところへ顔を出しておこうと、珍しく一人で移動することになった。


 『なんだか、ジークとリンがいないと変な感じだねえ』


 「そうだね。ちょっと寂しいかも」


 廊下を歩いていると肩の上のクロが不意に声を上げた。今日はジークとリンが側にいないので確かに少し寂しい。いつもある気配がないのは本当に変な感じだと私は苦笑いになる。


 『主、ヴァナルたちがいる』


 ヴァナルが私の顔を見上げながら大丈夫と身体を摺り寄せてきた。雪さんと夜さんと華さんもくすくす笑いながら私の隣に並ぶ。


 『ええ。ジークフリードさんとジークリンデさんがいなくともわたくしたちがナイさんをお守りしますよ』


 『お任せください』


 『不届き者は成敗いたします』


 頼もしいなあと感心していると、腰元のヘルメスさんも魔石をペかぺか光らせながら声を上げる。


 『ええ。愛らしいご当主さまに手を出す輩など塵芥にしましょう』

 

 相変わらず物騒だけれど、そっくり兄妹がいないので頼もしいなあと私は目を細めた。毛玉ちゃんたちは『しゃくじょうのくちぇに!』『にゃまいき!』『あたちたちもガブリしゅる!』と声を上げている。なんだか愉快だなあとユーリの部屋の前に立って中に入れば、とてとてと私たちの下へ歩いてきたユーリが『ごとうちゅしゃま!』と声を上げるのだった。


 いつになればユーリは私を姉と認めてくれるのやら。

 

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