1402:自由連合国の次代。
フィーネさまから頂いた手紙とアルバトロス王国上層部からの報告で、自由連合国の代表――確かリバティーと名乗っていた男性――が替わったということを私は知った。アストライアー侯爵領領主邸にある執務室で私は首を傾げながら、家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまに向き直る。
「自由連合国の代表が交代したって、凄く速い交代劇ですね。国の顔が早々に変われば、周囲の国の方々から良く思われないんじゃないかと……?」
前世の日本ではコロコロ首相が替わることを良しとしていなかった。各国のお偉いさん方との付き合いを深め、いろいろとやり取りができるというものである。サミット等に出席してぼっちになっている首相なんて給料泥棒も良いところだろう。テレビを見ながら『なにをしているのか』と首を傾げていた。
不祥事や能力のなさ故に早期退陣を迫られたり、病気が判明して続けられない場合もあっていろいろだけれど。
「彼の国周辺の陛下方は話が理解できる方に代わったために、前の代表よりやりやすいと仰っているようですね」
家宰さまが苦笑いを浮かべながら私の疑問に答えてくれた。今代の代表の方は話が通じる方であるようだ。石配りの際にその方が私の相手を務めてくれれば良かったのにと愚痴を言いたくなる。
そうであれば弓矢を向けられることはなかっただろうし、もっと友好的に接することができ、なにか美味しい料理を紹介してくれたかもしれないのだ。石配りの時期がズレていればと悔やんでしまうものの、終わったことは仕方ない。
自由連合国の首都は前代表が無能だったお陰で、デグラス伯爵領より悲惨な状況だったそうである。代表交代により各国からの支援を取り付けたことで、暫くの間は危機を回避できるそうだ。その間に状況を改善させなければならないから、新代表はかなり大変な思いをしそうだ。せめて無事に事が進むようにと願うしかないのだろう。
「けれど、新しく代表に就いた方が元王女さまだなんて。生きておられたとは」
革命軍は王族の皆さまを見つけ次第手に掛けたと聞いている。そんな中で生き残っていた王女殿下は運が良かったのか。ソフィーアさまとセレスティアさまが私の方を見ながら口を開いた。
「運良く革命が起きる前に王城から出ていたそうだ」
「父王に諫言していたら、疎ましく思われて城を追い出されたとのことですわ」
どうやら元王女殿下は革命前に首都から逃げおおせていたようだ。本当に運が良い方だと私が小さく笑えば、机の上に置いているヘルメスさんがペカペカペカーと魔石を光らせる。
『ご当主さまに歯向かう者がいるならば粛清してみせましょう!』
ドヤ顔をしていそうな声色で物騒なことを言い始めた。私に歯向かう方を全て粛清していると凄く面倒なことになりそうなので止めて欲しい。ただでさえ変な人に絡まれて、妙な状況に陥ることがあるのだから。堕ちた神さまが怖いのか屋敷には鳥さんたち以外にも、リスやイタチやらの小動物が集まってきている。彼らは大人しく、私が『庭の花や木を痛めないでくださいね』と伝えればきちんと守ってくれていた。
ルカとジアの背中の上で寝ているジルケさまと一緒に惰眠を貪っていることもある。平和だけれど、凄い光景だよなと改めて思わなくもない。平和な日常をこれからも謳歌したいので、ヘルメスさんが凶行に走らなければ良いのだが。
「恐怖政治になってしまうので駄目ですよ、ヘルメスさん」
『しかし、ご当主さま。うっとおしいと感じている者がいるならば、消してしまうのも一つの方法です』
確かにヘルメスさんの言葉には一理ある。あるんだけれど、邪魔だからと消していれば心が病んでしまいそうである。清廉潔白な領主とは言い難いけれど、黒字運営の凡人当主でいたいからご勘弁ください。なのでもう一度私はヘルメスさんに念を押しておく。
「どうしてそんなにヘルメスさんの思考は極端なのでしょうか……絶対に駄目ですからね」
『残念です。私の力をご当主さまにアピールできる場ですのに』
しょぼんとしょぼくれてしまったヘルメスさんの魔石から輝きが失われている。レダとカストルも煩いけれど、ヘルメスさんも感情豊かだ。ヘルメスさんはロゼさんに対抗意識を燃やしており、そんなことからロゼさんもヘルメスさんを意識している。
ロゼさんは私の側を時折離れ、王都の副団長さまと猫背さんのところに赴いて魔術の勉強をしているそうだ。面白いことを発見すれば、ロゼさんが転移で私の下へと戻ってきて『ハインツとヴォルフガングと一緒に新しい魔術考えてたから、マスターの側をもう少し離れる』と言って王都に戻ることもある。
まあ、ロゼさんが楽しいなら止める必要はないのだけれど……これ、副団長さまと猫背さんもロゼさんと一緒にパワーアップしているのだろうか。あの人たちもどこまで成長するつもりだろう。落ち着かなければならない年齢は当に越している気がするのだが。私が無反応になったヘルメスさんを指でツンツンすれば、ソフィーアさまとセレスティアさまが苦笑いを浮かべる。
「それなら、どこか広い荒野に赴いて、試し打ちをしてみては?」
「ナイの魔力制御に徹しているだけで、まだ試し撃ちをしたことがないですわね。ナイが防御壁を張れば被害を減らせるでしょうし」
お二人の声に錫杖さんの魔石が一瞬輝いてなにか言いたげにしているけれど、私が口を開く方が早かった。
「防御壁の中にいる私たちが被害を受けそうです」
ヘルメスさんが攻撃魔術を放ったならば、凄く威力の高そうだし周辺に及ぶ影響も凄いことになりそうである。だからと言って防御壁を張って凌いでいれば、中にいる私たちがヘルメスさんの魔術を受けて怪我をしそうだ。
言い出しっぺのソフィーアさまとセレスティアさまが確かにと頷いたあと『ナイに諭されるとは』『ええ。驚きですわ』と告げる。何気に酷くないかと言いたくなるが今更の関係だし、確かに私がお二人に突っ込むのは珍しいので否定はしない。
『確かにご当主さまから名前を賜り進化した私の力は無限大。なにが起こるか分かりませんからねえ……しかし一度は試しておきたいものです』
ヘルメスさんの名前が決まってからというもの、確かに魔力制御の質が上がっているようで、お城の魔力補填が前より早く終わるようになっているし、治癒魔術の魔力量の調整も以前より上手くいっている。
私はヘルメスさんに頼り切りになっているから、錫杖さんの小さな願いを持ち主が叶えるべきかもしれない。しかし地上で撃てば高威力の魔術でなにが起こるかわからないという問題がある。
地上の被害を気にするならば、宇宙空間に出てブッパした方が安全を確保できる気がする。紫外線やら空気の問題を解決しなければならないが、魔術でどうにかならないだろうか。
副団長さまと猫背さんに相談してみて駄目ならば、グイーさまに聞いてみよう。彼でも駄目ならテラさまに聞いても良いのかもしれない。テラさまであれば、文明が進んでいる地球だから情報を得てくれる可能性がある。
ただこれを告げてしまえばヘルメスさんが期待してしまうだろうし、部屋にいる皆さまが空の更に上に赴くとなれば腰を抜かしてしまう。暫くは黙っておこう――といっても副団長さまと猫背さんに相談した時点でバレる――と私が小さく息を吐けば、ソフィーアさまとセレスティアさまの肩の上に乗っている卵から孵った小さな赤竜さんと青竜さんが『くえ!』と一つ鳴いた。
「どうした?」
「如何なされましたか、貴方方が鳴き声を上げるなんて珍しい」
お二人が肩に赤竜さんと青竜さんを乗せたまま首を傾げている。確かに彼らが声を上げるのは珍しい。卵から孵ってすぐの頃は良く鳴いていたけれど、時間が経つにつれてどんどん大人しくなっていた。
ソフィーアさまとセレスティアさまに懐いているため寝る時も一緒だし、ご飯の時も一緒に果物を食べているか、肩の上で大人しく見守っている。ただ話が一段落するまで赤竜さんと青竜さんは黙っていたようだから、ちゃんと空気を読めている。私が首を傾げると、クロが通訳をしてくれるようで尻尾をぺしぺし揺らして私の背を叩く。
『彼らも名前が欲しいって~まだ決まらない?』
ぺしんぺしんと私の背中を尻尾で叩きながらクロが首をくるっと回転させている。もげないのが不思議だし、フクロウのように回る首の骨はどうなっているのだろう。クロの声に珍しくお二人が困り顔になり、横にいる家宰さまも小さく笑いながら話を見届けてくれている。
「クロさま。申し訳ありません。良い名を贈ろうと考えれば考えるほど迷ってしまって」
「ええ。ナイのことを言えなくなりますわね」
珍しくソフィーアさまとセレスティアさまが眉を八の字にして困り顔になっていた。確かにお二方から『名前は決まらないのか?』とか『早く決めてくださらないと、呼べませんわ』と私はプレッシャーを掛けられることがある。
ただ今回、彼女たちが赤竜さんと青竜さんに名前を贈ることになったので、随分と悩んでいる。即断即決しているお二人だけれども、竜の仔の名前には慎重にならざるを得ないようだ。面白い光景に私がふふふと笑っていると、ヘルメスさんの魔石がペカッと光る。
『ご当主さま、仲間が増えたと喜んでおられますね』
ヘルメスさんは私の魔力を制御しているためなのか、感情の流れが分かるようである。大したことは考えていないからバレても問題ないけれど、公の場でポロリするのは止めて欲しい。あとで伝えておこうと私が頭に刻み付けていると、ソフィーアさまとセレスティアさまが少し呆れた様子で私を射抜く。
「こんなことで喜ぶな」
「ええ。ナイ、屋敷に訪れている小動物が増えているなら、そのうち魔獣や幻獣もやって参りましょう。その時に名を求められれば、考えるのはナイですわよ?」
肩を竦めるソフィーアさまと私の執務机の前に立って両手を置いて顔を近付けるセレスティアさま。彼女の綺麗な顔と大きな胸が視界に入る。
確かに屋敷に訪れる小動物が増えて賑やかになっているけれど、魔獣や幻獣の方はまだきていない。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちにルカとジアがいるから入りづらいのか。
はたまた興味がないだけなのか。いずれにせよ、幻獣や魔獣の方が屋敷に訪れれば大騒ぎとなるのでご勘弁頂きたいところ。でも確かに幻獣や魔獣のみなさまが屋敷に訪れれば、パワーアップの名目で名前が欲しいと乞われそうである。
「また私ですか……あ。ヴァルトルーデさまとジルケさまにもお願いしましょう。私が名前を付けるより、女神さま方から頂いた方が嬉しいでしょうしね。もちろんソフィーアさまとセレスティアさまも」
私だけが大変な思いをするのは癪なので、皆さまに協力してもらおう。
「気軽に考えすぎだぞ、ナイ」
「本当に。どうしてそう簡単に女神さま方を頼ろうとするのでしょうか……」
凄く呆れた顔になったお二人が私を見据えているが、お屋敷で過ごしているなら多少は協力をお願いしたい。そもそもグイーさまが全ての生き物に夢を見せてしまったことに原因があるのだから。
「居候代と言えば、考えてくれそうですから」
私の言葉にお二人は長い長い溜息を吐く。まあ魔獣や幻獣の方たちが屋敷に大量に押しかけてくることなんてないだろう。そもそも珍しい生き物なのだから。
私が仕事を再開しましょうと告げれば、お三方は執務机に向かって書類を裁いていく。私もどんどん書類に目を通して、ミナーヴァ子爵領、デグラス領(仮)、アストライアー侯爵領の未来のためにと予算を通していく。
ふと、執務机に置かれているフィーネさまの個人的な手紙が視界に入った。
フィーネさまと自由連合国の新代表は友人関係となったと手紙には記されていた。ウルスラさまとアリサさまとも元王女殿下と距離を詰めているとのこと。私の知らない間にと驚くものの、交友関係に制限なんてない。いつか私も自由連合国の新代表に会うかもしれないと、午前の執務を終えてご飯の時間になるのだった。