0014:名を呼べ。
2022.03.05投稿 4/4回目
学院の正門を目指して歩いているのだけれど、校舎からここまで結構歩いた気がするのにまだ辿り着かない。道のりが長いので歩く速度を上げるかと、気合を入れたその時だった。
「ナイ」
「……ナイ」
騎士科所属のジークとリンもどうやら無事に一日目を終えたようで、私の方へと歩いてくる。
「ジーク、リン。お疲れ」
「ああ、ナイもお疲れ」
「うん」
左隣にジーク、右隣にリンがならび私が真ん中となるのだけれど、外から見ると捕らえられた宇宙人みたいに見える構図はどうにかしたいのだけれども。私がどちらかの端が良いと伝えると、駄目だとすげなく断られる。小さい時からずっとこうだから、この先も続いて行くのだろうなあ。
今日の放課後は聖女として王城へと向かうことになっているので、そのまま歩いて王城へと向かった。制服のままで大丈夫なのだろうかと心配したけれど、王城に入る為の許可証と制服がある意味で身分証明となるらしい。着替えなくていいのは楽でいいし、このまま街中をウロウロすることもできる。聖女としての服はちょいと恥ずかしいんだよね。
簡素な真っ白な布である。染色代でもケチっているのだろうかと愚痴りたくなるけれど、聖女としてのイメージが白なんだろうなあ。在り来たりであるが、わかりやすい符号だから何年も変わらないままなのだろう。
王城を護る門兵に許可証を見せるとあっさりと通された。私が入れるのは警備のレベルが最も低いエリアと障壁を張る為の魔法陣のある特別エリアだけだ。
もちろん謁見場になんて入ったことはないし、王族の居住エリアにも行ったことはない。王家が貯蔵している図書部屋はかなりの蔵書をしているらしいので、興味があるのだけれど残念ながら許可が下りなかった経緯がある。
今日も今日とて敬意を払ってくれる人とそうじゃない人との差が大きいなあと感じながら長い廊下を歩いていく。
「お前は……何故ここに居る?」
不意に声を掛けられ顔をそちらへ向けると、制服からドレスに着替えている同じクラス編成となった公爵令嬢さまが護衛の騎士と侍女を数名引き連れて立っていた。
ドレスに隠れて見えないが、高いヒールを履いているのだろう。学園で視線を合わせた時よりも、見上げる形になっている。学園でも感じたけれど、彼女の姿勢は凄く奇麗である。筋力がないと維持するのは大変だから、ある程度は鍛えているのかも知れない。
とりあえず廊下の壁際へと寄り礼を執ると、ジークとリンもそれに倣う。彼女が王城に居るのは何の不思議でもない。高位貴族だから王族の人との付き合いがあったっておかしくないし。むしろ平民である私の方がこの場所に相応しくないのだろう。その視線はいろいろな人たちから向けられているのだから。
「本日は聖女としての務めを果たしにまいりました。若輩の身ではありますが、誠心誠意己の職務を全ういたします」
廊下の床を眺めながら、私の方が立場が下であると周囲にアピールしつつ、言葉を紡ぐと不機嫌な様子の公爵令嬢さまは、私の言葉を聞き息をひとつ吐いて力を抜いた。
「すまない、聖女だったのか。――知らなかったでは許されないかもしれないが、先程までの非礼を詫びよう」
「いえ、聖女の身でありながら学院へと通うことは異例ですから」
そう、知らなくても仕方ない。平民出身の聖女が学院へ通うことになったのは私が初めてだし、彼女がこのエリアを通って私と出会うことはなかったのだろう。だから、いままで私を知らなかったとしても何ら不思議ではない。
「そうか」
「では、仕事があるので失礼いたします」
少々失礼ではあるが先に辞する為に頭を下げると、彼女は少し考えているような表情を浮かべた。何事かと一瞬頭に浮かぶけれど、辞することを述べたのだからさっさと行かなければ訝しがられるので、一歩踏み出そうとした刹那。
「――おい」
彼女の声で足が止まる。
「はい?」
何事かと首を傾げると、数は少ないけれど今まで見た表情の中でも一番の柔らかさを見せていた。とはいえその表情はまだまだ硬いけれど。
「……名で呼ぶことを許そう」
かなり唐突ではあるが、伝える機会はここでしかないと彼女は考えたのかもしれない。
「いえ……しかし……」
平民が公爵令嬢さまの名を呼ぶって大分不敬になってしまうのでは。現に彼女の護衛の人たちは口を挟めない為に黙ってはいるけれど、驚いた顔をしているのだし。少し抵抗すると、彼女は一度だけ軽く鼻を鳴らす。
「場所と場合を弁えていれば問題はない。それに私自身が願ったのだ、何の問題もなかろう」
ということは問題視された場合には彼女が私の味方に付いてくれるのだろう。もちろん時と場所を十分に弁えて発言しなければならないけれど。
「分かりました、ハイゼンベルグさま」
「……――何故、家名になるっ! 名で呼べと言ったのだから普通にソフィーアでいいだろうが、馬鹿者っ!」
持っていた扇子で顔を覆って表情を隠したから、あまり見せられないものだったのだろう。少し口は悪い彼女ではあるが、嫌悪感は感じなかった。本当に嫌な人ならば、私が平民という時点で人として扱ってくれないのが貴族という人たちで。
「ソフィーアさま?」
「ああ、それでかまわん。――ではな、ナイ」
そう言い残して護衛を引き連れて颯爽と去っていく背中を見守っていたのだった。