0013:自己紹介。
2022.03.05投稿 3/4回目
今度は空いている席に適当に座るのではなく、キチンと個人に割り当てられている席へと座るように担任から促された。
「あー。そんじゃあ、まずは自己紹介からな」
本来は必要もないものではあるが、と付け加えられてピンクブロンドちゃんと私へと視線が向けられた。
あー貴族ばかりなら勝手に名前は知っているのだ。高位の子女の皆さまであれば名前が売れているから必要ないものだしなあ。平民が特進科へと入るのは初の事だから、目の前の教諭は先ほどから面倒くさそうな顔をしているのだろう。
「特進科担任のトーマス・リーデルだ。二年や三年、他の学科の教諭の名前は追々覚えていけばいいだろう。これから一年間よろしく頼む」
問題は起こさないでくれよ、という幻聴が聞こえたような気もする。
「殿下、よろしくお願いいたします」
自己紹介なんて必要もない方のような気もするけれど、形式は必要なのだろう。
「みなも知っていると思うが、ヘルベルト・アルバトロスだ。三年間よろしく頼む」
新入生挨拶での柔和そうな雰囲気は何処へやら。語気を強めながら端的に自己紹介を終えた、こちらが素のようだった。サラサラの金色の髪、スカイブルーの瞳に高い鼻筋、きりりと整った眉に切れ長の目。
イケメン美女率が高いこの国だけれど、この教室を見渡すと街の人たちよりさらに一段顔面偏差値が上がってる。顔面偏差値が普通か少々下になる私の立つ瀬がないというか、なんというか。微妙な気持ちになりながら、次の人が席を立つ。
「ソフィーア・ハイゼンベルグです。みなさま、これからどうぞよろしくお願いいたします」
校舎前でみだしなみを整えろと注意してくれた本人だ。その時とは言葉遣いを使い分けているのか、物腰が柔らかくなっている。外交用なのだろうなと、この年齢で使い分けをしていることに感心しながら、次へと移った。
第二王子殿下の乳兄弟であり側近候補の侯爵家三男『ユルゲン・ジータス』
近衛騎士団団長の息子であり伯爵家嫡男『マルクス・クルーガー』
魔術師団団長の息子であり子爵家次男『ルディ・ヘルフルト』
教会の枢機卿の一人を務める子爵家三男『ヨアヒム・リーフェンシュタール』
随分と国の政や重要機関の関係者の子息たちの名前がならんでいた。ついでに第二王子殿下の取り巻きのようで移動の際は、よく一緒に行動していた。
殿下の金髪、側近の緑髪、騎士団長子息の赤髪に魔術師団長子息の青髪そして枢機卿子息の紫髪。日曜朝に放映されている戦隊モノか博士に違法改造されるバイク乗りの番組に出演すれば、子供と一緒に観ている奥さま方から黄色い歓声を上げそうなほど完成されているイケメン軍団を形成してる。現に爵位の低いご令嬢たちは滅多に見られない光景に、目を輝かせているものなあ。うん、売れるのが確実だよ、俳優として出演すれば。演技力なんて後からついてくるだろうし。
一塊の男子が終わると次へと移る。カタリと椅子の音を立てて、口を開いた瞬間。
「セレスティア・ヴァイセンベルクですわっ! 殿下方をはじめ、みなさまよろしくお願いいたしますわっ!!!」
圧巻の声量だった……。確か、辺境伯のご令嬢だった気がする。派手なドリル髪――正しくは巻髪か――が特徴的だけれど、出ている所は出ているし綺麗な人だった。持っていた扇を開いて高笑いを始めそうな雰囲気だけれど、流石にそんなことにはならないようだ。
――ゴトリ。
彼女の落とした扇が木の床へ刺さった。え、刺さった。リアルに。一体どういうことなのだと目を丸くしながら、彼女は扇を拾い上げそのまま開いて口元を隠す。
「あら、失礼。――教諭、修繕費は家へ請求いたしてくださいませ。わたくしの不覚ですもの、学院に修繕をせよとは言えませんわっ!」
開いた瞬間に金属が擦れるような音がしたので、まさかの鉄扇なのだろうか。私を含めたぎょっとした人数名を他所に、にこやかに流れるように教師へと言葉を投げかけていた。辺境を護る家の出身だから、鍛えることを家訓にでもしているのだろうと無理矢理に納得させ。
「……まったく初日から」
辺境伯令嬢の挨拶から数名の自己紹介を経て、最後に出番が回ってきた。
「――次、最後だな。転科となった二人、どっちが先でも構わんぞ」
「じゃあ私から! いいよね?」
教室の真ん中の席となったピンクブロンドの彼女が、教室の入り口後ろの一番隅の席となった私に声を掛けてきたので、どうぞと返すと同時にがたんと音を立てながら席をたつ。
「アリス・メッサリナです! 学院で沢山学んで、沢山お友達を作って、沢山思い出も作って卒業したいと思いますっ! よろしくねっ!!」
無邪気に笑いながらピンクブロンドの女の子は小さくお辞儀をして席へ着くと、まばらな拍手が教室に響く。家名があるのならば、商家出身の教育を満足に受けることが出来たお嬢さんなのだろう。さて今度は私かと、椅子を引き立って腹に力を入れた。
「ナイ、と申します。家名はありません。――世間知らずで、しきたりに詳しくはなくご迷惑をお掛けすることが多々あるかと思いますが、みなさまの寛大な優しさを望みます。これから卒業までよろしくお願いいたします」
腰を深く折って頭を下げるのだった。『何故、あんな奴が』『本当に十五歳か?』『黒髪黒目なんて初めてみたぞ』『珍しいな』とまあ口々に男性陣から小さく声が上がっているけれど、キチンと手続きを経て入学したのだから、文句があるのならば学院へお願いしたい。
年齢は多少前後するかもしれないが、公爵さまが後ろ盾になると宣言してくれた時にこの国の戸籍は得ている。もちろん孤児仲間も。その時に決めた年齢で年をとっているので、公式には十五歳なのだから問題はない。あと十五歳に見えないのは諦めて欲しい。幼少期の栄養不足と血筋的なものだろう。そろそろ成長が止まりそうな予感がある。
そして女性の皆さま。黙っていないで何か不満を口にして下さい。心の中で何を思っているのかが分からなくて、怖くて仕方がないのです。
「君たちは黄金世代と呼ばれている。他の者に後れを取らぬようにな~」
今年度の学院の一年生は、第二王子殿下を始めとした有名貴族が多く所属しているため『黄金世代』と教諭たちの間でまことしやかに囁かれているらしい。
貴族たちのベビーラッシュが始まるのが第二王子殿下の誕生から一年程度は遅れそうなものだけれど、どうやら本当に奇跡的にこうして高位貴族の令息とご令嬢が同じ年に固まって生まれたようだった。なんとも大変な世代の時に学院へと入学してしまったものだ。不審な動きとかしたら直ぐに疑われそうだし、自身の行動には注意を払わないと。
――あれ、これ乙女ゲーのキャラ配置じゃない?
まさか、ねえ。彼ら彼女らには貴族としての義務がある。恋愛にかまけている暇などないはずだ。
幼い頃からそう教育されているはずだし、私なんかよりもよっぽど覚悟ガン決まりの人たちだろう。
だから何も起こらないさと、教諭の言葉を聞きながら学院初日が終わりを告げたのだった。
ようやく主要キャラ出そろいましたが。ヒロインちゃんの名前がかなり酷いです。役割を表現しているようなものなので、まあいいかと。
婚約破棄までは基本的に主人公は心の中で突っ込み役。