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1294:やはりでた。

 ヤーバン王国は西大陸の西端に位置する国である。私たち一行はそこから北上して近くの国を回ることになっているがもう直ぐ陽が暮れる。あと一国巡れば、本日のお届け物屋さんは閉店だなと眼前に広がるヤーバン王国の北に位置する国の王都を見下ろしていた。

 一応、今日の最終地となるため野宿をさせて欲しいと相手国に連絡を入れているのだが、城にお泊りとなりそうである。まあ、野宿でも賓客として宿泊するのも同じだ。少し違うのはみんなと一緒にご飯を食べることができないことや、雑魚寝も無理だということだけ。


 ヤーバン王国の北に位置する国は少し寂れた雰囲気だ。大陸の西の端に位置することで、周辺国との交わりが少なくなるためだろうか。とはいえ王都を囲う壁の外にはガレーシア王国のように多くの皆さまが集まって、赤竜さんを見上げていた。さて初めて赴く国となるが、一体どんなところだろう。

 ジャドさんたちはヤーバンに残って石の説明を担ってくれているし、ガレーシア王国には王妃さまが残っているので同行者が減っている。少し寂しい気もするが、今の面子でも十分頼りになる方ばかりだ。私は眼下に広がる光景を見ながら、一緒に赤竜さんの背に乗っている方たちに視線を向けた。

 

 「ヤーバン王国の方たちは、今まで回った国の方たちより緊張感はマシでしたが次の国はどうでしょうか」


 アルバトロスの陛下によれば普遍的な国であり、眼下の国を治める王さまも至って普通と聞いているが……言葉の端々に棘があるとアルバトロスの陛下は微妙な顔をして唸っていた。

 西大陸は小国が集まってできている場所である。小さな小競り合いや争いは常に起こっていると言っても良い。過去には大陸中で戦を執り行っていた時期もあるそうだが、今は殆どの国が平和路線を政治的標榜としていた。人間を相手にして領土や賠償金を得ることより、魔物や魔獣の危険から国民を守ることが主眼になっているためだろう。


 「そうか……私は彼らの格好が苦手でな。先程は平常心を保つのに手一杯だった。ナイが気を使ってくれたのに、すまん。次の国はナイのことを羨んでいる王が統治しているからな……騒ぎになったり問題が起こるなら野宿の方が無難だろう」


 ソフィーアさまが私の声に少し肩を落としながら、次に赴く国について教えてくれる。やはりアルバトロスの陛下から聞いていた通り、眼下を治めている王さまは小者評価を受けている。


 私のことを羨んでも仕方ないし、私が羨ましいというのであれば是非とも代わりに世界各地を忙しく回って欲しいものである。一国の王という肩書を持っているから無理だけれど。

 各国の王さまが集まる会議の場でアルバトロスの陛下に堂々と『アルバトロス王国にはアストライアー侯爵がいて羨ましい』と管を巻いていたようだ。そうしてヤーバン王と陛下の舌戦で負けたそうである。


 「我々アルバトロスの女性は苦とする場でございましょうねえ。ソフィーアさんでも苦手でしたか。眼下の国はヤーバン王国より規模は小さいですが、長い歴史を持つ国ですわ。腹になにか仕込んでいるかもしれませんが、無難に躱すのも貴族の務め。相手が無礼を働かない限りは穏当に参りましょう」


 セレスティアさまは騎士の方と混じって訓練をすることもあるため男性の半裸にある程度の耐性を持っていた。しかし彼女の眼下の国に対する評価が低い気がしなくもない。赤竜さんが声を掛けてくれ下降態勢を取ると教えてくれた。一気に高度を下げて本日最終となる国の地に辿り着く。少し先には相手国の方たちが待ち受けているのだが、赤竜さんが怖くて近づけないらしい。

 今日の空の旅は終わりのため赤竜さんは人化して、今回の会談に同席することになっていた。ディアンさまとベリルさま同様に人化するとすっぽんぽんになるらしい。私は彼女から服を預かっているのでロゼさんに出して貰い、側にある林の中に行こうとなった。


 とりあえず向こうにいるお偉いさん方を放置できないため、ジークに使者をお願いして少しばかり待って欲しいと伝えて貰う。


 クロは赤竜さんが人化すると聞いて『ボクはみんなと一緒に待っているね』と私の肩からジルケさまの肩に飛んでいく。ゆっくりと肩に着地したクロが珍しかったのか、ジルケさまが苦笑いを浮かべながら口を開いた。


 「なんだ、今日のクロはあたしが良いのか」


 『ジルケさまの肩に乗ったことがないなあって』


 「そういや、そうか……って、姉御の視線がすげえことになってんぞ!」


 呑気なクロとジルケさまの会話を聞きながら、私は赤竜さんの衣装に不備がないか点検していると、ヴァルトルーデさまがクロが自身の肩に乗ってくれないことに不満を抱いたようである。耐えられなくなったジルケさまがたまらず声を上げると、クロが首を傾げながらヴァルトルーデさまに視線を送った。


 『怒ることじゃないよ~?』


 「なんだか寂しく感じた」


 『妹さんだからじゃない?』


 「そうなのかな」


 「世の妹は姉からの理不尽に耐えなきゃなんねえのな……」


 「なにか言った?」


 「いや、なんでもねえ」


 クロとヴァルトルーデさまとジルケさまの愉快な会話を聞きながら私は赤竜さんに『行きましょうか』と声を掛ける。すると赤竜さんが林のなかに飛んで行き地面に降りれば眩い光が溢れ出す。どうやら赤竜さんが人化する際の魔力のようで、凄い明るい光に目を細めて私は林の少し中に足を踏み入れた。側にはリンと雪さんと夜さんと華さんが護衛として一緒だった。


 暫く待っていると全裸姿の赤竜さんが堂々と林の中から歩いてくる。もし仮に誰かがいれば赤竜さんは完全に痴女として見られそうだ。まあ人間ではないのでノーカウントかもしれないが。そして例によって漏れず、ばいんばいんだった。

 赤竜さんの衣装は鱗の色と同じく赤だ。聞けば、鱗の色は誇るべき色なので服も必然と同じ色になるのだとか。そういえばディアンさまも服の色は黒一択だし、ベリルさまも服は白で統一されている。なるほどなあと私は着替えを終えた赤竜さんに視線を合わす。

 

 「赤竜さんとご一緒できるので嬉しいです」


 今までは送って貰ってさよならをしたり、今日は外で待っていて貰っていたから赤竜さんと一緒に動けるのは素直に良いことである。私の護衛を担う方たちは戦力を得たと考えるかもしれないが、赤竜さんは結構お喋りな方なので会話が弾む。赤竜さんは目を細めながら私を見下ろして笑う。


 「ふふふ。そのようなことを貴女に言われてしまえば勘違いする者が多くいましょう。相手が私ですので構いませんが、軽々しく他の者たちに言わない方が宜しいかと。――代表と白竜が今の話を聞けば落ち込みますし……」


 赤竜さんがそっと私の背に手を添えて林の外に身体を向ければ、後ろでリンがむっとしている気がする。赤髪同士でなにか思うことでもあるのだろうか。


 「お気になさらず。さて相手を待たせるわけにもいきません」

 

 赤竜さんはリンの視線に気づかぬ振りをして歩き始めた。私も釣られて歩き出せば、リンと雪さんたちも一緒に進み始める。待ってくれていたアストライアー侯爵家一行と合流すれば、ジークは既に戻っていた。連絡は上手くいったようで、きちんと向こうで待機してくれている。ただジークの片眉が微妙に上っているので、連絡をする際になにかあったのかもしれない。彼から私に進言されないから、本当に些末なことであるようだが……さて。

 

 「よくぞ参られました、アストライアー侯爵閣下! そして皆さま! 小さき国までお気に掛けて頂き誠に感謝致します」


 相手の国の王さまが笑みを浮かべ私と相対した直後に声を張り上げていた。まだ私は礼を執っていないのだが良いのだろうか。ただ他の方は私の態度を気に留めていないようだし、眼前の陛下が良いのであれば問題ないはず。

 

 「出迎え、感謝致します」


 私が眼前の王さまに深めの礼を執れば、周りの皆さまが『おお』と感嘆の息を漏らしている。息を漏らすべきは二柱さまに対してだろうに、もしかしてヴァルトルーデさまとジルケさまを女神さまだと認識できていないのだろうか。

 そういえばグイーさまのお告げでは気が向けば女神さまが私と同席すると言っていただけで、必ずくるとは言っていない。目の前の皆さまは自国に女神さまが足を踏み入れることはないと最初から諦めているようであった。

 私はさっそく石を渡そうとソフィーアさまとセレスティアさまに顔を向ける。お二方は前以て用意していた石を恭しく相手国の皆さまへと差し出した。おおと声が上がり、目の前の王さまも石に見惚れている。私はグイーさまから受けている説明を述べ、最後に紡ぐべき言葉を発する。

 

 「では石をお預け致します。変化があればアルバトロス王国を経由して私にご連絡を頂くか、教会で女神さまに祈りを捧げて頂きたく」


 「なんと、なんと! 閣下は女神さまとも御懇意にされていようとは!」


 私の声に眼前の王が笑みを張り付けていた。なんとなく受ける違和感に何故と心の内で問いかける。ああ、そうか。目の前の方は一国の王として謙り過ぎなのだ。人様のことは言えない気もするが、もう少し堂々と私と接しても良いのではないだろうか。ガレーシア王もヤーバン王もあと数か国の王さまたちも確りと私を目を合わせて話をしてくれていたが、目の前の方は私と視線を合わす機会がかなり少ない。

 むしろ逸らしているのではと勘繰ってしまいそうになる。とはいえ余計なことを言って不興を買うのは悪手だし、まだまだ赴く国はたくさん残っている。明日は北上しながら点在する国と亜人連合国を回る予定となっていた。

 

 「さあさあ、アストライアー侯爵閣下はお疲れでございましょう。我が国が本日の最終地のようですし野宿は御身に相応しくありません。城へご案内致します。温かな食事と寝床くらいは用意できます故」


 目の前の王さまが私たち一行を王都の中へ案内しようとしていた。私は侯爵家の面々に固辞はできないと視線を向け、城に泊る決意をしたと無言で伝えた。ソフィーアさまとセレスティアさまは野宿よりマシだと考えているようだし、ジークとリンは城の様子を観察してあとで攻略法を二人で考えるようである。実際に攻め入ったりはしないけれど、非常時のためのシミレーションを時折二人でやっていた。


 ヴァルトルーデさまとジルケさまは口を挟まない。基本、私に任せるというスタンスを取っているので当然と言えば当然だろう。頼もしい限りだと私は前を向き、目の前の王さまに宜しくお願い致しますと頭を下げる。どんな料理が出てくるのか楽しみだし、美味しいかどうかも興味がある。

 私がご飯について考えていると後ろで控えている方たちにはバレバレなようで、分かりやすいから気を付けろという視線が背中に当たって痛い。顔緩んでいるのかなと、私が気を引き締めると相手国の王さまが馬車までの道すがら声を掛けられた。


 「アストライアー侯爵はヤーバン王国に先程まで滞在していたと聞き及んでおります。彼の国で横柄な態度を取られませんでしたかな? 衣装を纏わぬ野蛮な者たちの集まりですからなあ。お若い女性である侯爵閣下の目に映すものではありますまい」


 隣に立つ王さまは心配そうな目で私を見ているのだが、ヤーバン王国が半裸であるのは鎖国をしていたためである。外へ出た時は衣装を纏うように努力をしているが、眼前の王さまは事実を知らないのだろうか。各国の王さまが集まる場でヤーバン王は今どのような恰好で参加しているのやら。正装かもしれないが、安易に野蛮だと判断するのは我々の勝手でしかない。そして今の場で語ることでもない。


 「閣下、どうなさいましたかな?」


 王さまは私が押し黙っているだけと気付いていないようだ。私が彼の言葉に賛同して話を興じると考えていたようで、きょとんとした顔になっている。一先ず、これだけは言っておかねばなるまいと私は口を開いた。


 「ヤーバン王とは親しくお付き合いのある方でございます。そのように悪く仰られるのは聞き捨てなりません」


 「おや? 閣下は彼らを気に入っておられるのですねえ……ふむ」


 私がトーンを落として声にしたことを王さまは意に介さず、表情を明るくしている。


 「屈強な男が好みのようですなあ。今宵の給仕は閣下の好みの男をご用意致しましょう!」


 いや、うん。目の前の王さまはハニートラップ系が得意なのだろうか。私が男であれば、きっと美人を用意して給仕として侍らせていたに違いない。

 ジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまがむっとし始めているし、これ以上目の前の王さまに付き合う義理もないか。予定は全て終わらせているので、晩餐会や一泊することはオマケなのだ。ただ彼の話に乗ってみるのも一興だろう。どういう意図で話を持ち出したのか、少し探りを入れたい。


 「陛下、よろしいのですか?」


 私も笑みを張り付けて王さまの顔を見上げると、彼はにっと口の端を釣り上げた。

 

 「ええ、ええ! ご希望であれば食後も可能ですよ。ご自由にお使いくださって構いませんし、気に入った者がいれば差し上げましょう」


 王さまが真っ当であれば私に宛がわれる男性は諜報員だろう。ただの接待要員とは考え辛いし、食事の給仕だけで終わりそうになかった。私が気付いているのだから、背後の皆さまも王さまの言わんとしていることは理解しているはず。ならば、晩餐会と一泊を蹴ってしまっても問題ない。


 「ヤーバンの者たちより我が国の男は紳士ですし、侯爵閣下もお気に召されるかと」


 王さまは少々マウント癖がある。ヤーバン王国の名を出さなくとも自国の素晴らしさを語れるはず。私はふうと息を吐いて、我慢するのを止めたと鳩尾に意識を集中していたのを解く。

 すると私の黒髪がぶわりと浮いてクロとアズとネルとヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちが喜び始める。ジークとリンはレダとカストルの柄に手を添えているし、ソフィーアさまとセレスティアさまも珍しく魔力を練っていた。


 「女性は男より難儀なものですが、対策は講じておりますし存分に……――」


 王さまが言葉を続けようとすればジークがレダを鞘から抜き、首元に刃先をギリギリで当てていた。


 「国王陛下、失礼を。ですがこれ以上不快な発言を我が主に向けないで頂きたい」


 『斬る価値はなきに等しいですが、マスターを汚した罪を払いなさい!』


 ジークが射殺さんばかりの視線を向けながら声を上げるとレダの刃がキラリと光る。レダも怒っているようでいつもより声色がいくらか落ちていた。

 リンは私の側にばっと立って周囲を警戒しているし、ソフィーアさまとセレスティアさまは相手国の護衛の方々を威嚇するために魔力を練り直ぐにでも発動可能な状態となっている。相手国の皆さまは頭を抱えていたり、王さまに刃を向けるなとど青い顔になっていたりと様々だ。少し離れた位置では相手国の魔術師の方が魔力を練っているが、ソフィーアさまとセレスティアさまには敵わないだろう。

 

 ジークの不敬を正す方は誰もいないため、私は場を収めるために声を上げる。


 「陛下。魅力的な方はたくさんおられますが、貴方はあまりよろしくない考えをお持ちなのですね」


 「な、なにを!?」


 おそらく王さまは私が気に入った人間がいるならば、喜んで差し出しているに違いない。閨についても言及してジークが剣を抜いた。王さまは本番ナシか避妊して至れば良いと考えていたようである。私ははあと皆さまに分かるように盛大に溜息を吐いて、動けない王さまに視線を向けた。見下ろせないことが癪ではあるが。


 「申し訳ありませんが、貴国の接待を受ければアストライアーの名に傷がつきそうです。剣を納めなさい、彼の者の首を落としてもなんら価値はないでしょう」


 私が接待を断れば王さまははくはくと口を動かして冷や汗を流し始める。私はもう良いでしょうとジークに声を掛ければ、すっとレダを引いて鞘へと納めた。


 「は!」


 「我が騎士として立派に務めを果たしてくれたこと感謝します」


 ジークが一国の王さまに剣を向けたことを問題視されそうだが、私も彼を誉めればジークと同罪である。それに経緯を説明すればアルバトロス王国上層部も他の国の皆さまも、今目の前にいる王さまが悪いと理解を示してくれるはず。とりあえずこの場から早く立ち去ろうと、私はロゼさんにお願いをして以前赴いたヤーバン王国と隣国の緩衝地帯に転移をお願いするのだった。

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― 新着の感想 ―
終わったなぁーこの国と王は 言葉の端々からナイさんを下に見てる事が理解出来る程ですし、今後は交流せずに無視一択か、少々の交流を持ったとしても間接的な付き合いに留め、ナイさん自身は前に出ずに対応した方が…
創星神の使いとして動いているナイに知らんとは言え女神の前で、国王とはいえナイに不敬を働くとか下手すれば神々への不敬として呪われるのにな。 いやいっそ西大陸でも一国位は南の大陸の王家みたいに見せしめにな…
さてあと何国あるかねえこういうの
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