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1200:見つめて、調理場。

 新領主邸の完成披露パーティーで頂いた贈り物のお礼状を認めて関係各所に届けることができた。逆にお誘いありがとうのお手紙を参加者の皆さまから頂き感謝の限りである。アリアさまとロザリンデさまやフィーネさまとエーリヒさまとアリサさまとウルスラさまとクレイグとサフィールたちも、しれっと会話をしていたようでなによりである。

 次はアストライアー侯爵領の領主邸に移った際か、王都の侯爵邸で夜会を開くのだろうか。なににせよ、本格的にお貴族さま生活が始まったと覚悟を決められたので、私にとっても良い催しだった。


 ヴァルトルーデさまとジルケさまは美味しいお料理が食べられたことで満足しているようだった。

 

 今回の夜会以外にも美味しい料理があるのかと、二柱さまから問われたので私は正直に答えておく。新屋敷完成披露パーティーでお料理が充実していたのは私が食べたかったからであって、一般的なお貴族さまの夜会はもっと控えめな品数であると。


 ただ美食家と呼ばれているお貴族さまの夜会は充実している可能性があるとも伝えれば、二柱さまは凄く興味を示している。美食家のお貴族さまはどこにいるのかと問われたものの、私と交友がある方々にはいなかった。

 残念そうにしていたので、陛下や公爵さま方に頼めば美食家のお貴族さまを紹介して頂けるかもと伝えてみるが反応はイマイチである。二柱さまが何故、微妙な感じだったのかは分からないままだが、まあ良いかと私は話を切り上げた。


 昼下がりの午後。王都に戻ってタウンハウスである侯爵邸で執務を行い、昼ご飯を食べて自室でまったりしている所である。外は晴れているので窓から差し込む光が気持ち良いと、私は窓際に椅子を寄せて本を読んでいた。

 クロは私の膝の上で丸くなっているし、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち三頭も床にゴロンと寝転がっていた。ロゼさんは『ハインツの所に行ってくる!』と言って出かけているのだが、副団長さまはロゼさんに変なことを教えないか少し心配である。とはいえロゼさんは悪戯をすることはなく、私がなにか魔術を使う際は一声かけてねと伝えているため律儀に従ってくれているようだった。


 冬の季節の窓越しの陽の光の温かさには誰も敵わないよねと、本――農業関係――の文字を読み進めていれば鼻がムズムズとしてきた。


 「ぶえっくしゅ!」


 私の豪快なくしゃみにクロが顔を上げ、ヴァナルと雪さんと毛玉ちゃんたちも『どうしたの?』と顔を上げる。私がなんでもないよと無言で首を振れば、彼らはまた顔を床に付けて寝息を立て始める。


 『豪快なくしゃみだねえ』


 「誰か私の噂でもしているのかな」


 クロが膝の上で私の顔を見上げながら目を細める。覚醒してしまったようで、クロはヴァナル一家のように二度寝をする気はないらしい。くしゃみが出た時は誰かが噂をしているというけれど、いろいろとやらかし過ぎているため誰が私の噂をしていてもおかしくない。

 先日の完成披露パーティーのことかもしれないし、なにか私に売り込みを掛けたいお貴族さまや商人の方がいるかもしれないし、お屋敷に強盗に押し入ろうと計画をしている方たちかもしれない。考え始めるとキリがないから、私はクロに向かって肩を竦める。


 『風邪かもしれないから気を付けてね』


 「風邪、記憶にある限りでは引いたことないんだよねえ」


 確かに暖かくなったとはいえ朝晩は随分と冷え込んでいる。気を付けた方が無難だけれど、生まれ変わってから風邪を引いたことがない。恐らく貧民街時代は大変過ぎて気付いていなかっただけだろう。

 教会に保護されてからも忙しい日々を送っていたから、風邪なんて引く暇がなかった気がする。もしかしたら寝込みに誰かが治癒を掛けていたのかもしれないが、流石に部屋に人が入ってくれば気付くし、治癒代を貰えないならわざわざ術を施すことはない。そういえばジークとリンも風邪を引いた所を見たことがないなあと笑っていると、棚の上に置いていた竜の卵さんが視界に入る。

 

 「卵さんに変化はないね」


 辺境伯領の竜のお方から預かった竜の卵さん二個に特に変化はなく私の部屋に飾られている。セレスティアさまは仕事帰りに毎度覗きにくるし、ヴァルトルーデさまとジルケさまも興味があるのか部屋にやってきて観察して戻っていくことがある。

 クロ曰く、私の部屋にいるから魔素の量は問題ないし、いつ孵っても問題ないと教えてくれていた。なら竜の卵さんが孵っても良いのではと私が首を傾げると、クロが身体を起こして私の肩の上に移動した。


 『のんびり屋なのかもしれないねえ』


 「そうなの?」


 『早く外に出たいって思っていないのかなあ。竜って考えていることが割と反映されるから。ほら、大きくなりたいって望んでいる仔たちは成長が早いでしょ。それと同じだよ』


 だから卵から孵る時間を要するかもとご機嫌そうに私の背中を尻尾で叩いている。クロは竜の仔たちが増えることを望んでいるから、私の下に卵さんが預けられていることが嬉しいようだ。

 まあ、卵さんが孵って竜の方が暴れてもクロがどうにかしてくれるはずだし通訳も可能である。動物や生き物の言葉や考えを人間が知ることは難しいが、彼らがいることによって意思疎通ができる。恵まれているなあとクロの顔に私の手を伸ばせば、ぐりぐりと顔を擦り付け始めた。


 「ユーリの所に行こう――はい?」

 

 ユーリの所へ行って彼女に遊んで貰おうとクロに伝えて椅子から立ち上がろうとした時だった。部屋の扉からノックの音が二度響き、扉の向こうから侍従長さまが入って良いかと確認を取っていた。私が直ぐにどうぞと返事をすれば扉が少し雑に開いて、侍従長さまが二歩、三歩と部屋の中へと入ってくる。


 「ご当主さま、失礼致します。め、女神さま方が調理場に赴かれ料理長たちが困っておりまして……どうにかならないか、とのことです」


 困り顔をありありと浮かべた侍従長さまが状況を教えてくれた。料理長さま方は女神さまがたが調理場に見学にきたことによって、プレッシャーが凄いようである。しかし今まで作る所に興味を見せていなかったヴァルトルーデさまとジルケさまなのに、急に調理場を訪れた理由はなんだろうか。


 「一先ず、様子を見てきますね。お知らせありがとうございます」


 「申し訳ございません、ご当主さま。よろしくお願い致します」


 私が侍従長さまに声を掛けると彼女は礼を執り部屋を出て行く。ユーリの所に向かうのは調理場の件が終わってからだと椅子から立ち上がり、本を机の上に置いて私たちは部屋を出る。

 いつの間にかヴァナル一家が起きていたようで、ちゃっかり私の後ろをついてきていた。毛玉ちゃんたち三頭は今日は人化する気分ではないようで、四本の脚を器用に動かして私より先を歩いたり、後ろに戻ったり、鼻タッチをしようと横に並んで顔を上げていたりと忙しない。可愛いから良いかと、毛玉ちゃんたちの鼻先に手の平を当てると満足したのか彼女たちはご機嫌である。


 もう一つのタウンハウスである子爵邸より長い長い廊下を歩いて、ようやく調理場へと辿り着く。結構歩いた気がするのはきっと気の所為だろう。

 勝手知ったる調理場なので扉を開けて中に入れば、ヴァルトルーデさまとジルケさまの背中が見えて、調理場の皆さまが凄くやり辛そうにご飯を作っていた。


 「失礼します。ヴァルトルーデさま、ジルケさま。調理場に顔をだされるのは珍しいですね」

 

 私が二柱さまに声を掛ければ振り返って視線が合う。相変わらず凄く顔が整っている方々だと苦笑いになる。調理場の皆さまは私の登場を確認すると、凄く安心した表情になっている。毎日のお仕事だし、慣れているはずだけれど女神さま方に仕事場を見られるというのは凄く緊張するようだ。二柱さまは私の方へと顔を向けて、調理場に赴いたワケを教えてくれる。


 「美味しいお料理たくさんあったから、みんな凄いなって」


 「姉御が料理を作っている所に興味を持ってな。あたしは姉御が無茶を言い出さないか、見張り役だ」


 夜会で食べた料理に感心したヴァルトルーデさまは作っている所にも興味を持ち調理場に赴いたようである。他意はないようだし、ヴァルトルーデさまが大人しくしてくれているなら見ていても問題ない。

 でも、調理場の皆さまは大変だろう。申し訳ないけれど調理場から撤退しないと、美味しいご飯に預かれない可能性がある。焦げた食事は提供されず作り直しとなるだろうが、無駄な手間になるのだから。


 「凄いよね。手際良く作ってる」


 「確かにな。あたしは食うのが専門だかんなあ」


 確かに調理場の皆さまは慣れているのでフライパンを振ったり、野菜を切ったりしているけれど……いつもより動きがぎこちない。火傷をしそうだし、手を切りそうだから私が見ていると危なっかしくて仕方ないのだが、女神さま方には彼らの手際は良いと見ているようである。


 「調理だけではなく、食材の選別に片付けもありますから。作る前から調理が始まっていますよ」


 「あ、そっか。なにもない所からご飯はできない」


 「馬鹿だなあ、姉御。親父殿じゃないんだ。人間にそんなことできるわけねえじゃん」


 私の言葉にヴァルトルーデさまが感心し、ジルケさまが姉君さまに呆れていた。ヴァルトルーデさまはジルケさまを見下ろして目を細めて微妙な表情を浮かべながら口を開いた。


 「……末妹の態度が前と違う気がする。何故?」


 「そ、そうか? 気の所為だろ、姉御」


 慌てた様子でジルケさまがヴァルトルーデさまに首を振る。確かにヴァルトルーデさまが引き籠もりから解消された頃よりも、ジルケさまは姉君さまに対してフランクな態度になっていた。確かに態度が違うと感じてもおかしくはないのだろう。だが、それは親愛とか姉妹愛とかの類いではなかろうか。


 「包丁また使ってみたい」


 「姉御、手ぇ切るぞ」


 「切っても平気。治せる」


 「怪我を癒すっつーか、あたしらの場合は直すに近いけどなあ」


 ヴァルトルーデさまがとんでもないことを言い始めた。誰か教えられるかと私が調理場の皆さまに顔を向けると、勢い良く全員から『滅相もございません!』と無言で訴える。

 そしてジルケさまもジルケさまで突拍子もないことを言っているけれど、女神さま方の身体はどうなっているのだろうか。あー……とヴァルトルーデさまが納得している様子を見せているが、一先ずなにか切りたいという気持ちは一旦留めて頂かねば。


 「夏に南の島へお出掛けしますから、また野菜を切ったり焼いたりならヴァルトルーデさまもできるはずです」


 「本当? 前より綺麗に切れるかな……」


 「不格好でも誰も文句は言いませんよ。切ってから文句を言えと言い返せば良いですし」


 女神さま相手に言わないというか、言えないが正解だろうけれど。下手糞な切り方! なんて口を滑らせた方がいたならば一瞬で消滅しそうである。まあ子爵邸でバーベキューをした時にヴァルトルーデさまは包丁を持ったことがあるから大丈夫だろう。

 なににせよ、これで女神さま方が南の島へ赴くのは確実になった。まあ、人数は多い方が楽しいし、亜人連合国の皆さまも女神さま方を受け入れてくれるはず。


 その時までにグイーさまが分身を覚えていれば、彼は分身体で島に赴きそうだと苦笑いになるのだった。

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― 新着の感想 ―
調理場の人達の受難がww 女神様方は何でも出来るけど何でも知ってる訳じゃ無いですし、色々と興味が移りやすいのでしょうなw
女神達はカウンター式のお店には行けないな。 グイー様はぬいぐるみでいいんじゃないか?女神様やナイに抱っこして貰えるじゃないか。
千年後くらいには女神さまクッキングという謎の番組が300年くらい続くご長寿番組として記録に残っているとかいないとか(妄言) 此処で頑張れば神の島に帰っても美味しい料理を自前で作れるようになりますよヴァ…
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