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1198:夜会の翌日。

 ――きぃぇええええええええええ!


 早朝、陽が微かに地平に顔を出している頃である。なんとも言えない声がミナーヴァ子爵領新領主邸の当主部屋で寝ていた私の耳まで届いた。私は声で目を覚まして一体誰だときょろきょろと周りを見渡した。

 頭の上には籠の中でクロが寝ているし、床の上でロゼさんとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんが寝ている。毛玉ちゃんたち五頭は権太くんと一緒に寝ているので不在だが、朝ご飯を食べる頃には顔を合わせることができるだろう。

 

 気配に敏感なクロたちが反応していないから、身に危険は迫っていないと分かる。分かるけれど、どこかで聞いたことのある声が誰のものか気になって私はベッドから降りる。数歩足を進ませているとクロが身体を起こしてこちらを見ていた。

 まだ頭が回っていないようでぼーっとしている様子だ。声を掛けなくてもそのうちくるはずである。そうして私は足を進ませるとヴァナルと雪さんたちが顔を起こして『おはよう』と声を掛けてくれた。


 「おはよう」


 『どうしたの?』

 

 ヴァナルがこてんと首を傾げて立ち上がると、彼のお腹の所で寝ていたロゼさんがコロコロと床を転がる。ヴァナルは前脚を揃えてお尻を床に落としてこてんと首を傾げた。

 ロゼさんは転がった先からこちらに戻ってくるが、随分動きがゆっくりである。スライムさんは殆ど寝ないというけれど、寝ぼけているようだった。


 「声が聞こえて、誰かなって」


 『今のはナガノブでしょう』


 『独特の声なので驚かれたでしょうね』


 『朝早くからお騒がせして申し訳ありません』


 私の疑問に雪さんたちが答えてくれた。言われてみれば先程の声はナガノブさまに似ている。凄い発声だったから、彼と気付くのが遅くなってしまった。


 「大丈夫。ナガノブさまから朝、稽古をしたいから庭を貸りたいってお願いされていたから。ただ、うん。大きな声が部屋に届くとは思わなかったよ」


 ナガノブさまから朝起きたら庭を借りたいとお願いされていたし、私も構いませんと返事をしている。そういえばヤーバン王も朝は庭を借りたいと申し出があり許可を出していた。どんな稽古をしているのか気になるし、ベランダに出てみようと呼び止められていた歩を進め始める。


 ――はああああああああああああ!


 また声が聞こえてきたのだが、今のはヤーバン王のものだと分かった。まるで大声大会でも開いているような声の大きさに、私はいそいそとベランダへと出る。丁度、クロが覚醒したのか籠の中から飛び出して、私の肩の上に乗る。

 おはようとクロに声を掛ければ返事が戻ってきて、ぐりぐりと顔を擦り付けた。ヴァナルと雪さんたちも一緒にベランダに出て、ナガノブさまとヤーバン王はどこにいるかなと視線を彷徨わせた。


 ナガノブさまとヤーバン王の声は屋敷の中の皆さまに届いていたようで、どうしたのかと窓から様子をチラリと伺っている方がいる。賓客室のベランダからウーノさまと旦那さまも庭を確認しているし、第二皇女殿下も別の賓客室のベランダから顔を覗かせていた。

 叫び声の主は庭の片隅で数名固まってなにかをしている。視線の先にはフウマとハットリのご隠居さまもいるので、結構賑わっている様子だった。一先ず、危険はないことを確認したし着替えを済ませたら朝ご飯をみんなで食べることになっている。


 「朝から凄いなあ」


 本当に。夜会があった筈なのに、早朝に起きて鍛錬に励むとは。とはいえ騎士や軍人の方は一日身体を動かさないだけで、動きが鈍くなったり感覚が変わると言っていることがあった。おそらくナガノブさまもヤーバン王も実力者で、力を維持するための訓練は怠っていないようだ。

 

 『ナイが剣を握っているイメージはないよねえ』


 「振り回されるのがオチだよ。それなら魔術を頑張って習うかな。さて、着替えてみんなでご飯食べよう」


 クロは私が剣を握っている姿を想像しているようだ。どうやら剣を握って戦っている姿は想像し辛く、クロの長い尻尾が私の背中をぺしぺしぺしと短い間隔で叩いている。

 以前、ジークとリンが愛用している片手長剣を持たせて貰ったことがあるけれど、二、三分構えるだけでも腕が震えてしまうし、振り回すとなれば次第に握力を失ってしまいそうだった。私のことを熟知しているそっくり兄妹が『無茶はするな』『ナイは私と兄さんが守るよ』とかなり真面目な顔をして言われたため、それ以降剣を持ったことはない。


 そもそも私は聖女だし、聖女が剣を握っている姿は想像できなかった。あ、筆頭聖女さまは別かもしれないけれど。


 「冷えるから中に入ろう」

 

 私が声を上げて踵を返すと、またナガノブさまとヤーバン王の声が子爵領領主邸に木霊する。私は部屋に戻って呼び鈴を鳴らし侍女の方を呼んだ。暫く待っていると騎士爵家の侍女の方が顔を出し着替えを手伝って貰う。

 着替え中はクロたち幻獣組は廊下の外である。みんな寒さは感じ辛い口なので、廊下に出るのは億劫ではないらしい。寒いと動きが鈍くなるから廊下にも暖房が欲しいと望んでしまう。

 魔術具の暖房器具があるのだが割と高額である。我慢できるものだから勿体ないと感じてしまい、買わない私は貧乏性なのだろう。家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまに購入するか相談してみよう。働く方々が寒ければ労働意欲が下がってしまうのだから。


 「昨夜はお疲れさまでした」


 「いえ。ご当主さまは初めて主催の夜会でしたから、随分と気を張っていたのではありませんか?」


 私は騎士爵家の侍女の方に声を掛ける。もう三年の付き合いになるので、朝の着替えの時間は彼女との雑談の場になっていた。騎士爵家の侍女の方も慣れてきているので、私との雑談に興じてくれる。

 

 「一応、つまらなそうにしている方がいないかと注意をしていたのですが、全体を把握するのは難しいですし、爵位の低い方と喋り過ぎると駄目ですし、いろいろと制約が多かったですねえ」


 他にも軽食や飲み物が途切れないかと気を配っていたので、軽食コーナーに陣取るのが遅くなってしまった。ヴァルトルーデさまとジルケさまは軽食コーナーのお料理に惹かれて夜会会場にやってきていたのは意外だったけれど。

 聖王国の教皇猊下と話をしたようだが、一体なにを話したのだろうか。フィーネさまから手紙が届くはずだけれど、二柱さまに直接聞いても良いかもしれない。


 「料理長さんたちのお料理もあまり食べることなく終わってしまいました。今日は食べ損ねた分を取り戻さないと……」


 私の言葉に騎士爵家の侍女の方が笑っている。笑われても不快感はなく、こうして他愛のないことを喋れる方は貴重だ。騎士爵家の侍女の方が着付けが終わったと告げれば、いつもより気合の入っている普段着姿となる。

 そうして彼女と共に廊下に出れば、クロが私の肩の上に乗りヴァナルと雪さんたちが立ちあがる。ロゼさんはヴァナルの頭の上に乗って移動するのか、ぴょんと跳ねてたぷんと身体を揺らしてご機嫌だ。廊下を歩き始めて暫くすればジークとリンとも合流する。既に彼らはアストライアー侯爵家の騎士服を身に纏っていた。そっくり兄妹の前で立ち止まり、私は挨拶をしようと顔を上げる。


 「おはよう、ジーク、リン。昨日に続いてよろしくお願いします」


 「おはよう、ナイ。今日も忙しいが、頑張ろう」


 「ナイ、おはよう。今日も一緒だね」


 私の声にジークとリンが返事をくれる。ジークは騎士爵家の侍女の方にも声に出して挨拶をし、リンは小さく頭を下げるだけに留めていた。騎士爵家の侍女の方は二人がいるなら大丈夫と、案内役を交代して自身の持ち場へと戻って行った。

 クロとヴァナルと雪さんたちもそっくり兄妹と朝の挨拶を済ませて、みんなで食堂の一つ手前の部屋へと向かう。王都のミナーヴァ子爵邸よりも広い食堂なのだが、クレイグとサフィールは今日は欠席――逃げたとも言うかも――だ。領主邸に一泊したお客人が集まっているはず。私は屋敷の主のため、お客人よりもあとに向かうようになっている。一応、待たせないように食堂の近くまでやってきている訳だけれど。


 「ご当主さま。皆さまがお揃いになりました」


 侍従長さんが私を呼びにきてくれた。彼女に返事をすれば、そのまま案内役を務めてくれるようである。侍従長さんの背を見ながら部屋を出て直ぐ食堂の扉を潜れば、ナガノブさまと権太くんとウーノさま夫妻と第二皇女殿下とヤーバン王が席に腰を下ろしている。

 皆さま朝に強いようでぱっちりとした顔で私を見ている。侍従長さまが椅子を引いてくれ腰を下ろしていると座面が差しこまれた。タイミングが合わなければ事故になるけれど、一度も座面と私の足がぶつかったことはない。

 よく当たらないなと不思議だが侍従や侍女の方は慣れているのだろうか。そんなことより先ずは挨拶をしなくてはと私が口を開けば、皆さまも口を開ける。


 「ナイ、おはよう」


 「ナイさま、おはようございます」


 「おはようございます」


 「おはようございます」


 「おはよう、アストライアー侯爵!」


 ナガノブさまが私の名を呼べばウーノさまが片眉を上げていた。なにか変な所があったのだろうかと考える暇はなく、ウーノさまの旦那さまも私に挨拶をしてくれ、その後に第二皇女殿下が続きヤーバン王が声を張る。

 ヤーバン王は『ナガノブ殿は強かった!』と凄く良い笑顔なので、朝、庭で稽古をしていた時に手合わせをしたようである。ナガノブさまとヤーバン王は朝風呂を浴びてきたようで、凄くさっぱりとした顔をしていた。


 微かに精霊さんから頂いた黄色い花の匂いがしているから、試作品として作った石鹸を使ってくれたようだった。アルバトロス王国のお貴族さま向けの石鹸は匂いが強いのが特徴だけれど、試作品は匂いを抑えて頂いている。

 良い感じかなと笑みを浮かべていると、ヴァルトルーデさまとジルケさまも顔を出した。朝食を摂るタイミングは任意でと伝えていたのだが、一緒に食べたかったらしい。

 他国の方もいると知っているし、他の皆さまも女神さまが同席するかもしれないと事前に同意は取ってある。とはいえ慣れないようで皆さまかなり驚いていた。少しマシなのはナガノブさまと権太くんで、フソウで一緒にご飯を何度か食べていたことが功を奏したようである。


 「なんとなく今、食べないと損する気がした」


 「いつもの朝より豪華だと、おっちゃんたちに聞いたからな」


 ヴァルトルーデさまは普段の朝よりも今日の朝ご飯は豪勢な品になると直感したようである。ジルケさまは料理長さん方に聞いて、参加を決めたようである。

 なんて鋭いんだろうと感心していると、朝ご飯が運ばれてきた。ナガノブさまは銀シャリさまが恋しかろうと白米と塩鮭に卵焼きとお味噌汁とお漬物を。少し冒険してウインナーを料理長さんに出して貰っている。食器類は私が買い付けしているので問題ないし、お箸も普通に提供できる。

 

 「おお! すまない、気を使って貰ったな」


 「いえ、フソウを立って三日目ですから。おにぎりは提供させて頂きましたが、きちんとした料理が恋しくなった頃かなと」


 ナガノブさまが異国の地でフソウのご飯が食べられると感動していた。味付けとか少し違うかもしれないけれど、料理長さんの腕は確かなので楽しんで頂きたい。

 アガレス帝国とヤーバン王国組の皆さまは慣れ親しんでいる、パンとチーズとハムである。付け合わせにスープとサラダがあるので満腹になれるはずだ。そうして食事の合図を出して各々箸を進め始める。今日の私はパン食にしている。ヴァルトルーデさまとジルケさまはご飯食を選んだようだ。女神さま方の前に並んだ朝ご飯を見たナガノブさまは嬉しそうな顔になっていた。


 「ナイさま、部屋に香る匂いは花の香でしょうか?」


 「おそらく石鹸の匂いかと。試作品ですが、良い匂いがする花を見つけて作って頂きました」


 ウーノさまが部屋に微かに香る匂いが気になったようである。辺境伯領の精霊さんから頂いた黄色い花は女性に人気だ。ソフィーアさまとセレスティアさまも気に入り、試作品の石鹸をいくつか持ち帰っているし、子爵邸の従業員用のお風呂にも石鹸を置いているのだが好評らしい。私がいくつか差し上げますよと伝えると、ウーノさまと第二皇女殿下が良い顔になり直ぐに片眉を上げた。


 「貴重な品なのでは……?」


 「花は増やせますから。大量にお渡しすることはできませんが、個人で使う数ならご用意できますよ」


 あまりにも良い匂いのためか、ウーノさま方は貴重品ではという考えに至ったようだ。黄色い花は増やそうと思えばいくらでも増えるので、香りを抽出する作業の方が大変かもしれない。

 抽出技術は確立されているし、石鹸も超高級品ではないのだから問題ナシである。あれよあれよと石鹸をウーノさま方にお渡しすることが決まると、果物を食べていた権太くんが『ナガノブは女子(おなご)の匂いを纏うんやなあ』と小さく零す。ナガノブさまは妙なことを言うなと権太くんにデコピンを入れ、ぺちんと音を鳴らした。ちなみに試作品の石鹸は男女どちらも使う想定である。

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この侍女ちゃんも名前が必要になりそうだなあ・・・ナイに仕えてられる女の子は貴重だし
和やかな朝食の席に女神様方が同席する、聞いた人が皆羨ましがる光景ですよねー。羨ましがられた人は微妙な顔して「あの圧に耐えられるなら同席すればいい」とか言って反論しそうだけどw
ナガノブ様はフソウジゲン流かフソウタイシャ流の使い手か…… ナイちゃんも薩摩ホグワーツ概念を導入すれば立派なマホウトコロ出身の日本刀ぶん回す聖女になれる……筈?(胡乱な概念を混入するのはやめるノダ) …
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