1196:【⑩】招待を受けた皆さま。
聖王国の教皇猊下が西の女神さまと南の女神さまと挨拶をしていたようだ。周りの皆さまは女神さまから怒髪天を頂くのではと身構えていたけれど、フィーネさまと聖女アリサさまと大聖女ウルスラさまが一緒だったお陰か何事もなく済んだようである。
良かったと周りの皆さまは胸を撫で下ろし、俺とユルゲンもはあと深い息を吐いた所である。しかし、本当に俺たちは凄い方が集まる場に立っていても良いのだろうか。
ナイさまのおこぼれに預かっているだけのような気がするし、慣れていないためか場違い感が凄い。ハイゼンベルグ公爵閣下は凄く堂々としていらっしゃるし、二つ年上の王太子殿下も会場内を動き回って顔を広めている。
フソウの将軍さまも紋付袴を着込んでいろいろな方と交流を図っているようだ。お付きの方が無茶をするなと言いたそうだし、ヤーバン王はきちんとドレスを身に纏っている。女神さま方に声を掛けようと試みる人は少ないが、おそらく一言でも言葉を交わしたいと望んでいる方は多いだろう。本当に凄い場所に立っているものだと側にいるユルゲンの方へと俺は顔を向けた。
「雰囲気には慣れた? というかユルゲンなら小さい頃から慣れてるか」
「無茶を言わないでください。確かにお茶会などで貴族の子息や息女と顔を合わせていますが、夜会は大人の社交場ですからね。慣れませんよ」
俺の疑問にユルゲンは片眉を上げていた。どうやら彼も俺と同じで今の状況は落ち着けるものではないらしい。俺は肩を竦めて会場の壁際で笑う。ナイさまの幼馴染であるクレイグとサフィールも壁際で所在なさげにしていた。
おそらく慣れない場でどう動けば良いのか分からないか、高貴な方が沢山いるからウロウロして肩でもぶつかれば大問題だと大人しくしているのかもしれない。もし仮にぶつかったとして相手が癇癪を起したならば、ナイさまが頭を下げることになる。相手の方が凄く痛い目に合うしかなくなるなと、俺の顔が勝手に緩んでしまった。
「エーリヒ、ユルゲン」
「ジークフリード? 良いのか、閣下の下を離れて」
騎士服を纏うジークフリードが俺たちの下へとやってきた。教会騎士の物からアストライアー侯爵家の騎士服になっていた。腰には長剣を佩いているのでナイさまから離れても良いのだろうか。それに彼がナイさまから離れるイメージもないのだが本当にどうしたのだろう。
心配になってナイさまの姿を探してみると、亜人連合国の方々と話し込んでいる。それならばナイさまの身は安全かとジークフリードへと視線を戻した。
「妹に預けてきたから問題ない。あとナイが楽しんでいるか聞いてきて欲しいとも言われてな」
ジークフリードはジークリンデさんを信頼しているようだ。流石双子だなと俺は小さく笑って口を開く。ユルゲンもジークフリードの話を聞いて少し呆れた様子を見せている。
「閣下に気を使って貰ったか」
「閣下もマメですよね。招待客は多いでしょうに」
「ナイが主催したものだから、楽しんで帰って貰わないと後が怖いと言っていてな。目的の相手と話しかけ辛い様子だとナイが間に入って紹介していた」
確かに一理あるけれど、あまり気にし過ぎればナイさまが疲れるだけである。貴族の当主だから夜会を開く機会はこれからもあるだろう。今回気を張り過ぎて、次に開くのが億劫になればアルバトロス王国の損失は大きい。
ナイさまには気疲れしないで欲しい所だが、大雑把そうでいて気を遣う性格だから難しそうだなと苦笑いになってしまう。ジークフリードも彼女の性格を熟知しているから、俺の顔を見て目を細めていた。
「エーリヒから貰った料理のレシピが好評らしいぞ。くりーむころっけ、だったか」
「安心したよ。作るには手間が掛かるけれど向こうだと庶民でも食べれる品だったから」
ナイさまになにか美味しいレシピはないかと問われてクリームコロッケのレシピを送ったのだ。おそらくアストライアー侯爵家の料理人の方々が口に馴染むようにアレンジを加えているはずだけれど、どうだろうかと心配していたのだ。
沢山の人に楽しんで貰っているならなによりだし、食べて帰った方が各家の料理人に『こんなものを食べたんだが再現は可能か?』と問うて新しい料理が誕生するかもしれない。肉じゃがが誕生した経緯のようになれば、きっと更に美味しい料理が増えるはず。
「ユルゲンは取引したい相手はいないのか?」
ジークフリードがナイが仲介してくれるぞと彼に伝えている。
「いえいえ。この場に立たせて貰っているだけでも身に余る光栄です。アストライアー侯爵閣下が初めて主催した夜会に参加したとなれば、自慢話として使えますから」
「分かった。そう伝えておく」
「ありがとうございます」
ユルゲンがふふふと笑いながらジークフリードに伝えていた。おそらくジークフリードに自慢話を他の方にすると伝えておけば、ナイさまも知ることになるのは当然だ。
そして問題があると判断されれば、他人に公言するなと止められるだろう。ある意味自慢話として吹聴しても良いかという確認だ。これでなにも言われなければ、今夜のことを話しても良いということだし。
「すまん、少し別の所にも用があってな。あまり話せなかったが楽しんでくれ」
「ありがとう、ジークフリード」
「閣下にもお気遣いありがとうございますとお伝えください」
ジークフリードが軽く片手をあげ踵を返し、今度はクレイグとサフィールの所へ向かうようである。そもそも彼は公の場でナイさまの側を長く離れる気はないのだろう。本当に律儀な男だなとユルゲンと共に視線を合わせて肩を竦めた。
少し静かになったと思いきや、凄い方が俺たちの前へと近づいている。違う方の下へ向かうのではと頭が叫んでいるが、周りに声を掛けるような人物がいなかった。
「エーリヒ・ベナンター準男爵、ユルゲン、昨日に挨拶を交わしたばかりだが、今宵もよろしく頼むよ」
にこりと紳士的な笑みを携えたゲルハルト王太子殿下と王太子妃殿下が俺たちの前に立つ。一体なんのようだと身構えてしまったが、単に顔見知りを見つけて声を掛けてくれたようだ。
「はい。王太子殿下、王太子妃殿下。昨日振りです」
「殿下、妃殿下、お声がけ頂き感謝致します」
礼を執って顔を上げると、周りの皆さまから視線を頂いている。俺たちが殿下方に粗相をしないかと気に掛けているようだ。
「いろいろな方と話せているかな? アストライアー侯爵が開いた夜会には顔を広めるには丁度良い場だからね。皆さま方に顔を覚えて貰うと良い。まあ、君たちは必要ないかもしれないが」
王太子殿下がそう言い終えると肩を竦めた。顔を知っている方は多いけれど、喋ったことのない人の方が多い気がする。将来を考えると繋がりは多い方が良いけれど、流石に爵位の低い俺たちから喋るのは憚られることだ。
こうして王太子殿下から話しかけられたならなにも問題はないのだが。多分、その辺りのことはナイさまも考えていそうなので、もしかすれば高位貴族の方々や王族の皆さまには一言伝えているかもしれない。
「ありがとうございます、殿下」
「お心遣い感謝致します」
俺たちが殿下に頭を下げれば彼の隣に控えていた妃殿下がすっと半歩前に進んだ。
「お二人は外務部で将来を期待されている若手と聞き及んでおります。わたくしの母国に赴く際は一声掛けてくださいね。向こうのことで手配するものがあれば融通することができましょう」
にこやかな笑みを浮かべる妃殿下であるが、俺たちの評価が高過ぎではなかろうか。確かに将来、マグデレーベン王国に赴くことになる可能性はあるのだが、その際に妃殿下に話を通せば便宜を図ってくれるなんて。
待遇が良いなと驚きながら返事をすれば、王太子殿下夫妻は俺たちの下を去って行く。そうしてまた俺とユルゲン二人になると、亜人連合国の方々が俺たちの下へとやってくる。エルフのお二人が前を歩き、竜のお二方が半歩後ろを歩いていた。亜人連合国の方の動向は周りの方も気になるようで、これまた注目を浴びている。
「ナイちゃんと仲良くしてる子の一人だよね~? 緑髪の子も島にいたような?」
「貴女、少し酔いが回っているのかしら……ごめんなさいね、突然で。顔見知りがいたから嬉しかったみたいなの」
へにゃーとだらしなく笑うエルフのお方と、肩を竦めながらも彼女の側で支えているもう一人のエルフの方が俺たちに語り掛けてくれた。南の島で顔を合わせているものの、言葉を直接交わしたのはこれが初めてではなかろうか。一先ず亜人連合国の皆さまに失礼がないようにと、俺とユルゲンは頭を下げた。
「いえ、お気になさらないでください。毎年、アストライアー侯爵閣下の計らいで島に招待して頂き感謝しております」
「彼との縁で僕までお誘い頂いております。受け入れて下さり感謝したします」
俺とユルゲンが言い終えれば、片方の女性を支えている方がふふと笑っているし、フラフラと揺れているエルフの女性もまた笑みを深めていた。
「いーのいーの。みんなで過ごすのは楽しいから~まあ変な奴や失礼な奴はぶっ飛ばすけどね~」
「飲み過ぎだな、珍しい」
フラフラの女性に代表さまがふうと息を吐き支えられている反対側に立って、フラフラのエルフの女性の腕を取った。
「ええ。彼女がこんな姿を見せるなんて思わなかったわ」
「お酒が美味し過ぎたのでしょうかねえ」
もう一人の女性と白竜さまが呆れた様子を見せているけれど、フラフラしている女性を放っては置けないようである。仲が良いなと彼らの様子を見ていれば代表さまが声を上げる。
「あの子から今年もみんなを誘って島に行きたいという申し出があってな。予定が合うなら君たちも遠慮なくきて欲しい。あまり構うことはできないが楽しんでくれ」
あの子というのはナイさまのことだろう。本当にナイさまと亜人連合国の皆さまは懇意にしている。クロさまのこともあるのだろうが、それを外しても不思議と関係を深めて良そうだなあと俺は目を細めた。ではな、と代表さまが告げて俺たちの下を去って行く。
「なんだか凄い方たちと言葉を交わしてしまいましたね、エーリヒ」
「本当にな。ナイさまには感謝しないと。今年も夏は南の島に行くのは決定かな」
俺とユルゲンはお互いに息を吐く。本当に凄い方たちと会話をする機会を得てしまった。また島に赴くことになるが、島では家柄や立場を気にしないという暗黙のルールができ上っている。
もちろん男性と女性は綺麗に別れている。覗きなんてしようものなら、一瞬で蒸発してしまいそうな勢いだ。しかも例えではなく本当に蒸発してしまうのだから恐ろしい所である。
ナイさまが声を掛けている面子で女性の風呂場を覗こうなんて蛮勇を試みる者はいないだろうけれど。なににせよ、夏が楽しみだなと俺とユルゲンは顔を合わせ、残り少ないパーティーの時間を楽しもうと給仕の方からジュースを頂くのだった。
軽食コーナーに行きたいが、女神さま方がいらっしゃるので行けません。






