1195:【⑨】招待を受けた皆さま。
初めて自身が主催した夜会は多分順調に進んでいる。生演奏お願いするため楽団を呼び寄せたり、いろいろと手配することが多いけれど招待した方々が楽しんでいるようならなによりだ。
ミナーヴァ子爵領まできてくれた皆さまは各々、取引の話や各国の情報交換にと勤しんでいるようだった。私と仲が良いからと個人的に招待した皆さまも新たな縁を結ぶべく、精力的に動いている様子だ。
周りをきょろきょろと見渡していると、ヴァルトルーデさまとジルケさまがいつの間にか軽食コーナーを陣取っている。他の食べたい方が近寄れないようなので、取り分けを終えれば少し離れて欲しいとお願いしようと私はジークとリンと一緒に二柱さまの下へと歩いて行く。
「ヴァルトルーデさま、ジルケさま」
「ナイ」
「……ん、ナイ。どうした?」
私が二柱さまの後ろから声を掛ければ、こちらへと振り返る。ヴァルトルーデさまはなにも口に含んでいなかったが、ジルケさまは声を掛けるタイミングが悪かったようでごっくんと口の中身を胃へと押し込んでいた。
申し訳ないことをしたが、二柱さまはこっそり夜会の様子を観察していると言っていたのに現地入りしているとは。もちろん問題はないし、女神さま方と縁を持ちたい方がいるだろうから問題ないけれど。とりあえず他の皆さまが料理を取れる場所を確保せねばと私は会話を続ける。
「いえ、いらしていたのですね」
「うん。別にお料理を用意してくれていたけれど、こうしてたくさん並んでいる方が美味しそうに見えるから」
「実際、美味いよな。別の部屋であたしたち用に出された料理は食べちまったし」
確かにお皿に出されて提供されるよりも、大皿から好きな物を取り分けて話しながら食べる方が楽しいかもしれない。とはいえ長々と占領されると他の方が料理を取れないのだ。会場内で一番格が高い方は二柱さまの登場で彼女たちになっている。
横柄なお貴族さまのように『どけ!』なんて言えないだろうし、口にしたらしたで超問題となりそうだった。まあ二柱さまは気にしないかもしれないけれど。
「料理を取り分けたら、少し場を離れて頂けると助かります」
「あ。もしかして凄い視線を感じたのはその所為?」
「あー……美味いから食べることに集中しちまった。他の連中に悪いことしたな」
私が本題を持ち出せば二柱さまが周りに視線を向ける。どうやら視線を受けているのは知っていたようであるが、場所を陣取っていたから向けられたのではないと考えていたようだ。女神さまはどこにいても注目の的になるから、視線を受け流す癖を付けていたことが今回の原因だろうか。とはいえ伝えていなかった私にも責任があるはず。
「いえ。私がヴァルトルーデさまとジルケさまにお伝えしていなかったことが原因なので。遅くなってしまい申し訳ありません」
私が小さく頭を下げると二柱さまは気にしなくて良いと告げる。理不尽なことを言われないので助かると息を吐けば、ヴァルトルーデさまが私のことをじっと見ていた。
「ナイは食べないの?」
「そういえば、真っ先に食べそうなのにな」
姉君さまの言葉に末妹さまが不思議そうな顔を浮かべた。ジルケさまはフォークに差している一口サイズのクリームコロッケ――レシピはエーリヒさま提供――をひょいと頬張る。
「もう少し皆さまの様子を伺ってから食べようかと。美味しいお料理を食べ損ねるわけにはいきませんからね」
早く軽食を食べたいけれど、参加者の皆さまが目的のお相手と喋れない状況であれば私が間に入って紹介をしたりと、なんやかんや動いている。飲み物が足りない感じを受ければ、給仕の方に増やして欲しいとお願いもしているし。
采配を下す方はいるが主催したのは私である。満足できずに戻って行ったとなれば、相手も私も不本意な状況だろう。そんなことから、周りを注視していれば、飲み会の幹事役のように動いていたのだ。悲しいかな、前世でも同様のことをしていたので空気が読めて気になり始める。なかなか面倒な性格をしているものだが、各家、各国のためになるのだから。
「終わったら、一緒に食べよう」
「だな。早く済ませてこいよ、ナイ」
小さく笑うヴァルトルーデさまとにっと笑っているジルケさまに私は分かりましたと返事をして、一旦二柱さまの下を離れる。彼女たちも料理を取り分ければ、軽食コーナーから少し離れた場に立って料理を楽しんでいた。
多分、順調だよねと私は会場を見渡していると、フィーネさまとアリサさまとウルスラさまに教皇猊下が四人固まってなにやら話し込んでいる姿を目にしたのだった。
◇
――ここで尻込みしてはならぬ状況ではある。
あるのだが……西の大陸を司る女神さまと南の大陸を司る女神さまと話をすることになれば、私は女神さま方と直接言葉を交わした教皇として聖王国の歴史に名を残すのではなかろうか。
聖王国が十年後存続しているか分からないが、存続していなくとも女神さまと会話した聖王国の元教皇として残るはずである。私は聖王国の教皇として国を立て直すことに精一杯務めなければならぬ身だ。
私の名が歴史に残るのならば『腐敗した聖王国を立て直しに尽力したが、願い叶わず教皇の座を退いた』くらいで良い。私は腐敗していく聖王国を嘆きながらも、ギリギリに追い込まれるまで立ち上がらなかったのだから。そう。聖王国を立て直した者の名は、次に教皇の座に就いた者で良いのだ。
「猊下、女神さまの下に参られないのですか?」
「大聖女フィーネ。簡単に言ってくれるが私のような者が安易に接触してはならないよ。西大陸を司る女神さまと南大陸を司る女神さまが、人が作った料理を美味しそうに食べている所を見れるだけでも奇跡だというのに」
こてんと首を傾げた大聖女フィーネは心底不思議そうな顔をしている。アストライアー侯爵の友人である故に、彼女は侯爵の下へ遊びに赴く機会が増えた。
女神さま方とも懇意にしているようで、大聖女ウルスラと聖女アリサも同様に女神さまから気に掛けて貰っているようだ。なんて羨ましい状況だと声を大にして叫びたくなるが、私は聖王国の教皇を務める身である。
女神さまの教えに従い、欲望に染まってはならぬと自戒する。だがしかし。聖職者として女神さまと一言でも声を頂きたいと望んでしまうのだ。聖王国の我慢のならぬ者であれば、早々に女神さま方との接触を試みようと下心を出し過ぎてアストライアー侯爵から制裁を受けたに違いない。
現にアストライアー侯爵は周りの状況を注視しているようで、会場内をくまなく回っている。アストライアー侯爵家とアルバトロス王国の護衛の者たちの眼光は聖王国で護衛を務める者の比ではない。
やはり早まってはいけないと、己の心が叫んでいた。
「あ、あの、教皇猊下。西の女神さまは過度に女神さまだと崇められることを良しとしておられません。私が女神さまより受けた聖痕は無作為に付与されていると直接女神さまから教えてくださいました」
大聖女ウルスラが胸に手を当てながら私の顔を見上げている。あの枢機卿の下で働いていた頃より彼女の顔色は良くなっている。無茶な治癒を施そうとしなくなっているとも聞いているので安心していたのだが、大聖女ウルスラは私になにを伝えようとしているのか。
聖女アリサは今の状況を楽しんでいるようだ。彼女は大聖女フィーネと大聖女ウルスラの一番の友人だ。信仰心は薄い子であるが私に対して敬意を払ってくれているものの、大聖女ウルスラのように尊敬はしていない。聖女にもいろいろな考えを持つ者がいると最近身に染みて理解している。
「女神さまとお話をすれば猊下の心労も少しは軽減されるかと!」
大聖女ウルスラはなにを言っているのだろうか。私の胃に穴を空けるつもりなのか。もしかして私は彼女に嫌われているのかと妙な方向に考えが走るのだが、大聖女ウルスラは真面目な聖王国の信徒である。
私の胃に多大な負担が掛かることを知らないだけで、きっと心の底から本音の言葉なのだ。人を疑ってはいけないと教本にも記されている。目の前の年若い女性を疑うようなことはしたくないし、大聖女として聖王国に尽くしてくれている者だ。妙なことは考えるなと自分を叱咤する。
「できれば良いのだが……聖王国で起こした問題もあるからね……」
だからこそ西の女神さまは聖王国に興味を持たれないのだろう。いや、呆れているのかもしれない。西の女神さまを崇拝しながら彼女の教えを破っていたのだから。ふうと私が息を吐くと大聖女ウルスラは残念そうにしている。決断できない、情けない教皇で申し訳ないと心の中で謝っていれば、夜会の主催者がこちらに足を向けていた。
「猊下、大聖女フィーネさま、大聖女ウルスラさま、聖女アリサさま。お楽しみになられておられるでしょうか? なにか足りぬ物があれば給仕に申し付けてくださいね」
アストライアー侯爵が笑みを携えて私たち聖王国一行に声を掛けてくれた。今回の件は彼女の計らいで私も夜会に参加することになったのだ。女神さまと話をすることができれば、教皇として立場を確固たるものにできるだろう、と。
確かにそうなれば強大な私の力と成り得るが果たして本当にそれで良いのだろうかという迷いもある。ただ各国の王や高位貴族が参加していると知り、再度謝罪を入れる場として丁度良いと参加した次第だ。もちろん成り行きで女神さまとお言葉を交わすことになればこの上なく幸せなことであるが……やはりギリギリまで動かなかった己の不出来が女神さまと言葉を交わすことを躊躇しているのだ。一先ずは。
「アストライアー侯爵。このような場を提供して頂き感謝する。不才の身には有り余る場だが、リーム王や王太子妃殿下の母国であるマグデレーベンと話をすることができたのは本当に有難い」
リーム王には払う物を払って貰っているから文句はないと言い切ってくれ、アルバトロス王国の王太子妃殿下には母国に伝えておきますと了承を得られた。
私の頭を下げて各国の印象が少しでもマシになるならいくらでも下げよう。そうして初期の聖王国のように大陸各国から信仰の場として見て貰えるようにと願うばかりだ。
「閣下、楽しい時間をありがとうございます」
「アストライアー侯爵さま、私のような者をお誘い頂き感謝したします」
「私までお誘い頂き恐縮です」
大聖女フィーネと大聖女ウルスラと聖女アリサが私のあとに続いて、アストライアー侯爵に頭を下げる。先に行った挨拶で同じようなことを伝えているのだが、社交辞令というものだろう。彼女たちは侯爵と懇意にしているのだから。
「――さまと――さまと話をしたいのですが、お伺いしても大丈夫でしょうか?」
「フィーネさま方なら問題ないかと。王都の子爵邸で顔合わせは済ませておりますから」
大聖女フィーネが侯爵に放った言葉の最初の方が聞き取れなかった。普通に聞こえる音量で喋っているはずなのに、まるで耳に水が入った時のように周囲の音が聞こえ辛くなった。何故と私が考えていると大聖女フィーネと侯爵の話が終わっていたようである。
「では参りましょう、猊下」
と、大聖女フィーネがにこやかな顔で告げるのだが……私の命はこのあと尽きてしまうのかもしれない。地の底に辿り着くのか、女神さまがいるという天上の国へと辿り着くのか分からないが。
あけましておめでとうございます! 2025年も魔力量歴だ最強な転生聖女さま~をよろしくお願い致しますー! コミカライズ企画もきちんと進んでおりますのでお楽しみに!┏○))ペコ