1191:【⑤】招待を受けた皆さま。
前乗りして頂いていた方々のお迎えが終われば、次は王太子殿下方以下アルバトロス王国の皆さまと、お誘いした各国の偉い方が子爵領領主邸にやってくる。馬車回りでお迎えをしていると、亜人連合国の皆さまは普段の服装ではなく、儀礼用の衣装を身に纏っている。
「ディアンさま、ベリルさま、ダリア姉さん、アイリス姉さん、ミナーヴァ子爵領新領主邸にようこそおいでくださいました」
私が声を上げて礼を執れば、皆さまは少し苦笑いになっていた。なにか変なことを言ったかなと私が首を傾げると今度は笑いに変わった。
「私たち気を使わなくて良い。気安い仲だろう」
「そうですよねえ、若。貴女と出会って四年近くになりますから」
ディアンさまとベリルさまが私の顔を見下ろしながら小さく笑っている。多分、お二方もこれは最初の挨拶だと分かっているけれど、言わずにはいられなかったようである。
もう少し砕けた喋り方でも良いかもしれないが、目上の方という認識だから私の口調は丁寧なままになってしまう。今の彼らの姿は人間の形を模しているけれど、本来は巨大な竜のお方なのだから。
衣装も凄く豪奢でディアンさまは黒色を基調とした身体のラインが綺麗に出ているし、控えめな金刺繍は凄く丁寧な仕事をしていると分かる。ベリルさまは白色をメインに濃紺の刺繍が施された衣装を身に纏っていた。イケメンだし、衣装が変わると雰囲気もガラッと変わっている。
『ナイは小さい竜の仔たちだと、ジークとリンとボクに喋っている喋り方だよねえ。ディアンもベリルも普通に喋って欲しいみたいだよ』
クロが私の肩の上で目を細めながら教えてくれた。流石になかなか難しくないだろうかと私の片眉が上がる。うんうんと頷いている目の前の長身のお二方の隣で早く場を譲れと言いたそうな別のお二方がいた。
「ナイちゃんはずっと丁寧な言葉使いよねえ」
「少し寂しいなあ~」
ダリア姉さんとアイリス姉さんが私の背中に回り込み、ダリア姉さんは私の髪を一房取って手で透かし、アイリス姉さんは両手を肩に回して少しだけ体重を掛けてくる。
重くはないし、髪を触られるのも嫌――もちろん相手による――ではないが、少々恥ずかしい気持ちが湧いてしまう。それにしてもダリア姉さんとアイリス姉さんも気合が入っているのか、いつものエルフの衣装をもっとひらひらさせた独特な雰囲気を醸し出している。かなり複雑な刺繍が施されているものの、布地と同じ色のため良く見ないと分からない。でもお二人に凄く似合っていた。
「皆さまにはいろいろと助けて貰っていますから。あと、ご衣装凄く似合っておられます」
貴族の夜会なんて参加しない方々だろうし、私の我が儘に付き合わせてしまった所もあるはずだ。改めて伝えるのは気恥しいが、きちんと言葉にしておかなければ気持ちは伝わらない。私の声を聞いたディアンさまとベリルさまは一瞬驚いた表情を見せたものの柔和に笑い、ダリア姉さんは私の髪を撫でる手が丁寧になり、アイリス姉さんが肩に回していた腕を更に力を入れた。
「ありがとう」
「褒められると嬉しいですねえ」
「気合を入れてきた甲斐があったわ」
「ね。もっと褒めてくれても良いんだよ~ナイちゃん~」
そんな皆さまを屋敷の中へと案内したい所だけれど私は他の方々の出迎えがある。家宰さまに亜人連合国の皆さまを控室へと案内して頂く。そうしてまた次の馬車がやってきた。王家の紋が刻まれているので王太子殿下と王太子妃殿下が乗っているのだろう。
豪華な馬車がゆっくりと止まって御者の方が扉を開けると、王太子殿下が先に降り、王太子妃殿下が彼のエスコートを受けながらタラップに足を掛けてゆっくりと降りた。
お二人が身に纏う衣装は城内の謁見場で見た時よりも豪華な仕様となっているし、脱ぎ着が大変そうだというのが正直な感想だ。私は呆けている場合ではないと王太子殿下と王太子妃殿下の前に立ち礼を執る。
「王太子殿下、王太子妃殿下、ミナーヴァ子爵領へようこそおいでくださいました。少々手狭となりますが、お楽しみ頂ければ幸いです」
私が口上を述べると殿下方は笑みを浮かべた。私の側にはヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちがいるから、少し気になるようである。亜人連合国の皆さまはいつも通りだという認識なのかスルーしていたのに。王太子殿下と王太子妃殿下とは顔を合わせる機会があまりないので仕方ないのだろう。そのうち慣れてくれるはずと考えていれば、少しだけ間を置いたお二方が口を開く。
「アストライアー侯爵、陛下の名代として参加させて頂くよ」
「お誘い頂き感謝致します、アストライアー侯爵閣下。楽しませて頂きますわ」
そうしてまた王太子殿下と王太子妃殿下を屋敷の中へと案内する。案内役はソフィーアさまに担って頂いた。本当であれば彼女も控室で時間を潰している側だけれど、少々人手が足りなかったことで王太子殿下方を案内する適役はソフィーアさまだろうとなりお願いした次第である。
ソフィーアさまに私はお願いしますと告げれば、殿下方はソフィーアさまのあとを付いて行く。ふうと私が息を吐くとジークとリンが目敏く気付いたようだった。
「大丈夫か?」
「まだナイより位が高い人がいるから……」
ジークとリンが私の後ろで少し背を屈めながら問うてきた。
「ん、大丈夫。私が誘ったんだから、きちんとお迎えしないとね」
私は後ろに振り返り笑みを浮かべる。ジークとリンはいつも通りの表情だから、誰を迎え入れても緊張は少ないようである。私も緊張は少しだけであるが、慣れていないので少々息を吐きたい気分になっただけ。
あとはリーム王と公爵さまと辺境伯さまとリヒター侯爵さまをお迎えすれば良いだけである。侯爵位より低い家格の方はアストライアー侯爵家の他の方に対応を任せていた。
『無理しないでね、ナイ』
「大丈夫だよ。夜会が始まれば美味しいお料理が私を待っているから」
クロの言葉に私は答えた。そう、そうなのだ。夜会は美味しいお料理が出される。もてなす側となるので軽食コーナーに張り付いているわけにはいかないが、暇な時間は必ずあるはず。
料理長さんにお願いして参加している国のお料理をいろいろと出して頂く予定だ。アルバトロス王国の料理が口に合わなければ自国の料理を食べれば良いし、興味のある方には食べて貰って家で再現することもできる。
欲しい野菜があれば直接、赴いている方々と交渉すれば話は早いはず。お酒も関係各国の品を取り揃えているので、公爵さまとお酒好きな面々には喜ばれそうだった。ちなみにダリア姉さんとアイリス姉さんがドワーフさんの火酒を持ってきてくれている。係の方には『アルコール度数が凄く高いので、飲み過ぎにはご注意を』と告げて貰うようにしているが、果たして酔わない方はいるだろうか。
『食べ過ぎないでね?』
「注意します」
クロの軽口に私も軽口で返す。そうして馬車回りで待っていれば、直ぐに次の馬車がきた。
「今度はリーム王だな。ギド殿下も一緒か」
「アルバトロス城で一泊してたんだっけ?」
「うん。子爵領にくる前に農業関係の情報・技術交換会を開いていたって聞いてるよ。でも国の頂点の方も参加しているんだから凄いよね」
ジークとリンが馬車を見ながら声を上げる。今度の馬車もアルバトロス王家所有の馬車なのだが、客人用の物だと分かる。リーム王と王妃殿下とギド殿下が一緒に乗っていると、アルバトロス王国上層部から教えて頂いている。
リーム王国も三年間で様変わりしているようだから、私は彼らから直接話を聞くのが少し楽しみだったりする。もしかしたら新種のお芋さんが誕生しているかもしれないのだから。
「リームは本気だと言いたいのかもな」
「お芋美味しいから、頑張って欲しい」
ジークとリンが今し方停まった馬車に目を向けている。交換会の場にはリーム王も参加していたそうである。本当にやる気が凄いなと感心するし、リーム王国がそれだけ聖樹頼りだったという証でもある。でもきっと現リーム王であれば上手く国を運営していくのだろう。
もし困ることがあるならアルバトロスの国王陛下を頼るはずである。だから心配はいらないはずだと私が前を向けば、リーム王と王妃殿下とギド殿下が馬車から降りてきた。
「国王陛下、妃殿下、ギド殿下、遠い所をようこそいらっしゃいました。本日は楽しんで頂ければ幸いです」
「う、うむ。アストライアー侯爵、我々リームを誘って頂き誠に感謝する。リームの特産品をたくさん用意している。是非受け取って欲しい」
私にリーム王が緊張した様子を見せているが、年下相手に緊張しないで欲しい。もしかして私よりもヴァナルたちを見て硬くなっているのだろうか。それなら納得できるなとヴァナルたちの方へ視線を向けると、毛玉ちゃんたちが凄い勢いで尻尾を振り始めた。
私は目で『ごめんね、そこにいてね』と伝えると雪さんたちが察知してくれたようで、毛玉ちゃんたちの方へと顔を向ける。とりあえずリーム王国からのお土産はどんなものだろうか。夜会が終わったあとの楽しみが一つできたと笑っていると、妃殿下が礼を執る。高貴な方は本当に綺麗な方が多いなと感心していると、目の前の女性が口を開く。
「アストライアー侯爵閣下、お久しぶりでございます。本日はよろしくお願い致しますね」
「はい。妃殿下もごゆるりとお過ごしください」
ふふふとお互いに笑っていると、次はギド殿下の番なのか彼が咳払いをする。正装姿のためなのか少し見慣れない彼に私は苦笑いを零してしまった。
「アストライアー侯爵閣下、俺……私まで誘って頂き感謝します!」
「いえ。ソフィーアさまのご婚約者さまを誘わぬ訳にはまいりません。いつもソフィーアさまにはお世話になっております」
ギド殿下に私が伝えると、彼は顔を瞬間湯沸かし器のように顔を真っ赤にさせた。ギド殿下の様子を見守っていた陛下と妃殿下が小さく笑い『弟が失礼を』と謝罪が入る。
私は陛下方に気にしないでくださいと伝えれば、顔から赤みが少し取れたギド殿下は盛大にテンパっていた。本当ならソフィーアさまとギド殿下は婚姻していてもおかしくはない。ストップが掛かっているのは私が独り身だからだろう。セレスティアさまとマルクスさまも婚姻に至っていないし、私の身の振り方を真剣に考える時期がきているのだろうか。
「い、いや、その! 俺のような者に彼女は勿体ない方だ。ハイゼンベルグ公爵家とアルバトロス王家からの申し出には本当に感謝している!」
ギド殿下の口が回り続けている。言い終えると『美しい方だし、不器用な俺を彼女は怒りもせず立ててくれる』と惚気が始まったようだ。傍から見ている分には、お二人の未来は明るそうである。
良かったと安堵しているとリーム王がギド殿下の惚気話を止めさせていた。そうして今度は戻ってきた家宰さまにリーム王の案内をお願いした。
そうしてまた次の馬車が馬車回りに停まり、ハイゼンベルグ公爵さまと夫人が降りてきた。私は真っ直ぐに背を伸ばして公爵さまと夫人を出迎える。
「公爵閣下、夫人、ミナーヴァ子爵領にようこそいらっしゃいました」
「ナイ、視察以来だな。子爵領にくるのは初めてだが、良い場所ではないか」
私が礼を執れば公爵さまがにっと笑う。彼に褒められるのはむず痒さを覚えつつも嬉しい気持ちが上回った。アルバトロス国王陛下から賜った領地なので、一から開墾したわけでもないが目の前の方に褒められるのは私にとって特別である。つい、笑みを零していると公爵さまの隣にいた夫人が礼を執る。
「三年前の公爵邸で初めて挨拶を交わした頃とは随分と雰囲気が大人になっておりますね。今日はよろしくお願い致します、アストライアー侯爵閣下」
夫人の笑みにある皺は少し深くなっているなと、三年分の時間を感じさせてくれた。身体の成長は微々たるものだが、少しは落ち着いたのだろうか。お二人との挨拶を終えれば今度はクロが口を開く。
『楽しんでね~』
「クロ殿、ありがとうございます」
「楽しませて頂きますわ。竜のお方」
公爵さまと夫人はクロに背を屈めて軽い礼を執った。クロは夫人に名前で呼んで欲しいなとお願いし、夫人が驚いた顔になって公爵さまの顔を見て確認を取る。首を縦に振った公爵さまと遠慮はいらないよとクロは夫人に伝えて、夫人からクロさまと呼ばれて少しご機嫌になっている。
公爵さまの案内はジークにお願いしていれば、また馬車が停まる。公爵さまを見送ると同時に次はヴァイセンベルク辺境伯さまと夫人が馬車から降りてきた。
「ヴァイセンベルク辺境伯閣下、夫人、ようこそ。ミナーヴァ子爵領へ」
「アストライアー侯爵、此度は招いて頂き感謝する」
「よろしくお願い致しますわ、閣下」
辺境伯さまとアルティアさまとも挨拶を交わす。アルティアさまは普段だと私を名前で呼ぶのだが、挨拶だからと私を慮ってくれたようだ。有難いけれど照れ臭いなとお二人の案内をセレスティアさまにお願いしようとすると、ふと地面から淡い光が発せられていた。なんだとリンと護衛の方々と、辺境伯家の護衛の皆さまが身構える。
「ナイ!」
リンがカストルの柄に手を添えて私を庇うように前に立つけれど、なんとなく淡く光っている物の正体を察知してしまった。リンの服を掴んで意識をこちらに向けたかったが、地面に現れた光を見つめたままだった。
「……大丈夫、かも」
『だねえ』
仕方ないと私が声を上げると、クロも同意してくれる。ならば私の勘違いではないのだろう。地面の光は魔力光でなんとなく辺境伯領の大木の精霊さんのものに似ていた。
ヴァナルたちも警戒していないので大丈夫なのだが、護衛の方たちには今の状況は不味い事態なのだろう。そうして地面からの光がなんとなく人の影に見えてくる。護衛の皆さまが『なっ!』『えっ?』と声を上げ、辺境伯さまが『落ち着け!』と少し厳しめに告げた。アルティアさまも驚いておりクロが私の肩から飛び立って、彼女の肩へと乗り移り『大丈夫だよ。心配しないで~』と教えていた。私の後ろに控えていた彼女の娘さんがムスーと膨れているような気がする。
『おや? もしかして驚かせてしまったのでしょうか……』
「大木の精霊!? どうしてここに!!」
『ナイさんとお会いしたいからと、大木の下から根を王都へと伸ばしていたのですが、今いる地もナイさんの影響が濃いなと感じました。そしてナイさんがいるような気がしたので、分身を作ってみた次第です』
こてんと首を傾げている大木の精霊さんにとある護衛の方が声を上げた。単純に辺境伯領にいるはずの精霊さんが姿を現したので疑問に感じたようである。精霊さんは彼の疑問に素直に答えていた。
もしかして精霊さんの姿がいつもより薄いと感じてしまうのは分身だからだろうか。私を認めた精霊さんはすすすと音もなく私の前に立って手を伸ばす。伸びた手は私の髪に触れ、愛おしそうに何度か私の黒髪を撫でる。
『ご迷惑でしたか?』
「迷惑ではないですが、驚きました。大木の下から離れられるのですね」
精霊さんの疑問に正直に答える。彼女の話だと大木から離れたというよりも辺境伯領から王都へと根を張っただけなのだとか。ついでに私の気配がある子爵領にも伸ばし、今はアストライアー侯爵領方面にも伸ばしている最中らしい。
王都まで伸びるにはあと一ケ月ほど、侯爵領には三ヶ月ほど掛かるだろうと教えてくれる。私は精霊さんに屋敷に訪れることがあるならば事前に教えて欲しいと告げた。
『承知致しました。では、あの黄色い花の香を届けましょう。これでよろしいですか?』
「はい。黄色い花の匂いは特徴があるので直ぐに精霊さんだと分かります」
『嬉しいです。覚えてくださったのですね』
精霊さんと話をしているとアルティアさまがフラフラとし始めた。辺境伯閣下が彼女の肩を抱いて『大丈夫か!?』と問うている。どうやらクロが彼女の肩の上に長く乗っていたことで興奮し過ぎてしまったようである。
セレスティアさまが『お母さまですものね。妬ま……羨ましい』と凄く納得している様子になり、少し休みましょうとアルティアさまと辺境伯閣下を連れて控室へと消えていく。精霊さんも今日のことを知って、それなら辺境伯さまと行動を共にしますと言い残し彼らのあとを追っていく。大丈夫かと少し心配になるけれど、セレスティアさまがいるなら問題ないだろう。マルクスさまも控室で合流するはずだ。
そうしてリヒター侯爵閣下と夫人を出迎えて、彼と一緒に屋敷の中を目指す。リヒター侯爵さまと夫人のヴァナルたちにまだ慣れていない反応が新鮮だなあと感じながら、今宵は更に忙しくなるなと茜空の陽を背に受けるのだった。






