1190:【④】招待を受けた皆さま。
――完成披露パーティー当日。午後。
アガレス帝国から飛空艇がやってきた。空を飛ぶ鉄は王都の皆さまにも子爵領の皆さまにも驚きだったようである。確か、飛行機が飛べる仕組みは元の世界でもはっきりと分かっていなかったはず。
古代の人々の知恵は凄いよねえと感心しながら、子爵領領都の外でウーノさま方をお迎えにきている所だ。飛空艇が珍しいようで子爵領の大人と子供が領都の外に出てきている。
警備の方々が飛空艇の回りで厳しい視線で辺りを見ているため、見学に出てきている領都の皆さまは近づけないでいた。私の物であれば見学しても問題ないですよと言えるけれど、アガレス帝国の所有物なので勝手はできない。
ウーノさまと婚約者さま、その後ろに第二皇女殿下――確かドゥーエさま――がタラップをゆっくりと降りてきた。私たちアストライアー侯爵家のいつものメンバーで出迎えており結構な人数となっている。
クロとアズとネルとロゼさんとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちは当然の様に一緒だし、エルとジョセとルカとジアにジャドさんとアシュとアスターとイルとイヴも興味があるとのことで出迎えに参加してくれている。領都の皆さまの視線は飛空艇にも刺さっているが、彼ら幻獣と魔獣にも熱い視線が向けられていた。
私は侯爵家の面々より一歩前に出れば、ウーノさまがにこやかな笑みを携えて私の隣に立つ。彼女の横には伴侶である男性が付き添い、少し後ろに第二皇女殿下が控えていた。
「ウーノさま、皆さま、長旅お疲れさまでした」
「ナイさま、お久しぶりでございます。ナイさまにお会いできると飛空艇の中での時間は直ぐでございました。ナイさま、新しい領主邸の完成おめでとうございます。少し気が早いですが、祝いの品を受け取ってくださいませ」
私が声を上げるとウーノさまが少し背を屈めて挨拶をくれる。確かにフソウ国よりもアガレス帝国に赴く機会は少なく、久方ぶりの再会である。しかし今までの大陸の状況と比べれば、アルバトロス王国とアガレス帝国との取引があるし共和国とも縁がある。
私たちがアガレス帝国に拉致されてから凄く情勢が動いているような。良い方向に動いているので有難いし、ウーノさまはマトモな方だからアルバトロスの国王陛下も話がし易いはずだ。長く友好関係が続くと良いなと願いながら、ウーノさまのご伴侶さまと挨拶を交わし、第二皇女殿下とも挨拶を交わす。他の三人の皇女殿下はアガレスで留守番を担っているらしい。
国外に出る機会はほとんどないので行きたかったと声を上げていたけれど、大人数で訪れれば迷惑になると説得したそうだ。許可が取れれば、いつでもアルバトロス王国にきてくださいと私が伝えると、妹たちが喜びますと第二皇女殿下が教えてくれる。そしてアガレス帝国にもいつでもきて欲しいと請われるのだった。
「子爵領なのでアガレス帝国の帝都のような規模ではありませんが、精一杯のおもてなしをさせて頂きます。では領主邸へ参りましょう」
私の声にウーノさまが『よろしくお願いします』と仰り、少し間を置いて『嗚呼、お可愛らしい』と彼女が呟いた気がする。私がウーノさまをもう一度見上げると、ふふふと笑みを携えたままだ。
ウーノさまだから妙なことを言うはずないと前を向いて、お客人を馬車の中へと案内した。そうして領都の中にある新領主邸を目指して馬車は進み始める。
大陸を超えてこられるお客さまの出迎えはこれで終わりである。あとはリームの国王陛下とアルバトロス王国の王太子殿下方と聖王国の教皇猊下と、招待した国内のお貴族さまを迎え入れるのみ。彼らはお祝いのパーティー前に子爵領に馬車でくるため、少しばかり時間に余裕がある。さて、無事にパーティーが終わるかなと、乗り込んだ馬車の窓から見慣れた領内を見渡しながら領主邸に着くまで待っているのだった。
◇
――……ナイさま、私には荷が重すぎませんか……?
友人特権というか、なんというか。私、フィーネ・ミュラーとアリサとウルスラはミナーヴァ子爵領にある新領主邸にお邪魔させて頂いている。朝、聖王国の転移陣を利用して教皇猊下と共にアルバトロス王国入りをし、王都の教会を教皇猊下と共に見学させて頂いていた。
私たちは教皇猊下と別れて子爵領の領主邸に、猊下はアルバトロス城に残ってアルバトロス王との会談を行っている最中だろう。
エーリヒさまも先乗りしているかもしれないと屋敷内を見学させて頂いていたのだが、西の女神さまと南の女神さまとお会いしてお茶をすることになってしまったのだ。
サンルームに移動して侍女の方がお茶を用意してくださる。西の女神さま方がジャドさんたちがいないと寂しがっているのだが、今頃は子爵領領都の外でアガレス帝国のウーノさま方を出迎えているはず。寂しい顔になった西の女神さまに南の女神さまが『直ぐ戻ってくるだろ』と励ましの声を掛けていた。
ゆらゆらと紅茶から出ている湯気が女神さまのご尊顔を歪ませている。そのお陰なのか私はどうにか声を振り絞ることができた。
「め、女神さま方もパーティーに参加なされるのですか?」
私は少し声を上ずらせながら西の女神さまと南の女神さまに声を掛けた。
「気が向けば」
「面倒だからなあ。でもどんな雰囲気か興味あるし、バレねえように覗いてる。美味い飯が食えないのは残念だけどよ、ナイが別で用意してくれるからな」
西の女神さまが用意された紅茶に手を伸ばし、南の女神さまが両手を頭の後ろに回した。参加しない可能性があると知ったが、女神さまと一目お会いしたいという方は多いのではないだろうか。
女神さま方を探すためにパーティーを抜け出して、子爵邸をウロウロする方がいないかと心配になるものの……そんなことをすれば直ぐにバレて周りの皆さまから白い目で見られて、今の地位を維持することができないだろう。女神さまに関しては心配しなくて大丈夫そうである。ただ私は規模の大きい夜会に参加するのが初めてなので今から緊張している?
二柱さまと顔を突き合わせながらお茶を飲むことよりも?
あれ、あれと頭の中が混乱してきた。私の異変を察知したのかアリサが『お姉さま、大丈夫ですか?』と問い掛けてきた。私がアリサに正直な気持ちを小声で吐露していると、二柱さまが不思議そうな顔をし始める。
「フィーネ、どうしたの?」
「変な顔してたな。大丈夫か?」
西の女神さまと南の女神さまが首を傾げる。テラさまに家族のことを調べて貰ってからというもの、女神さま方の態度が少し優しくなった気がする。顔を合わせた回数を重ねた所為もあるのかもしれないが、今の様に表情を読み取って心配してくれるのだ。
そんな二柱さまに黙っているわけにもいかないなと、私はアリサに語ったことを正直に伝えてみる。すると女神さま方がなんだそれと面白おかしい顔を浮かべて笑ったのだ。
「んな、緊張しなくても良いだろ」
「ん。みんな人間だし、私たちも同じようなもの」
南の女神さまと西の女神さまが片眉を上げながら仰るのだけれど、女神さまを人間と同じ扱いをするには問題がありすぎる。現にウルスラはぽかんとした顔をしているし、アリサも『それは不味いかと』と少し困った顔になっていた。
「アリサはフィーネのことに詳しいね」
「あ、は、はい! 憧れのお姉さまですから!!」
西の女神さまの声にアリサがはっとして我に返る。私のことを問われたためか凄く嬉しそうな顔になっていた。サンルームに移動する際に『どうしましょう、お姉さま』と私に問いながら、緊張していた姿はどこへやら。西の女神さまはアリサの顔と私の顔を見比べて首を傾げながら口を開いた。
「お姉さま……血が繋がっているの?」
「いえ、血は繋がっておりませんが尊敬している方なので。敬意を最大限に込めてお姉さま、と!!」
西の女神さまにアリサはぴしりと背を伸ばして顔を輝かせている。私のことがどこまで好きなのか謎が深まるばかりだが、アリサの私への好感度が高すぎやしないだろうか。なるほどと感心している――妙な所で感心していないだろうか――西の女神さまが南の女神さまを見降ろす。
「なんだよ、姉御。お姉さま呼びなんてあたしはやらねえからな!」
「つまんない」
南の女神さまが西の女神さまの顔を見上げながら抗議している。今の西の女神さまのお顔がお姉さま呼びを求めているとは全然分からなかったけれど、姉妹故なのか南の女神さまは理解できたようだ。
でも南の女神さまの口調を考えると『お姉さま』と声にして自分の耳に届けば、目をまるくしながら驚いてしまうそうだ。西の女神さまに南の女神さまの猫が逆毛を立てているかのような抗議は可愛らしい。二柱さまのやり取りを見ていたアリサとウルスラはふふふと小さく笑っている。二人に笑われていたと気付いた南の女神さまは、右手を後ろに回してぐしゃぐしゃと頭を掻いていた。
「そういえばナイに私の気が向けば聖王国の教皇猊下に会って欲しいってお願いされた。どういう人なの?」
「真面目な方です。お恥ずかしい話ですが、いろいろと問題を起こした聖王国を纏め上げておられますので政治面も優秀な方かと」
西の女神さまがほんの少しだけ右側に顔を傾ける。サラサラの女神さまの髪も少しだけ右に下がった。私の答えを咀嚼しているのか顔を少し傾けたまま片眉を上げれば、西の女神さまの整ったお顔が元の位置に戻る。
「うーん……そうじゃなくて、フィーネとアリサとウルスラとはどんな話をしてる?」
「私とは聖王国のこれからを協議していることが多いですね。個人的な話はお互いの立場上少ないかもしれません」
「教皇猊下とお話をする機会は少ないですが、聖女を確り務めていると褒めてくださいました」
「私は、大聖女として務めるのも大事だが一度聖王国以外の場で学ぶことも良い機会だと、アルバトロス王国の王立学院へ留学することを勧めてくださいました。まだ迷っていますが、いろいろと模索して頂いていますので感謝しています」
西の女神さまが私たちの答えをもう一度聞けば、うーんとなにやら悩み始めている。なにを考えているのかさっぱり分からず、私は南の女神さまへと視線を向ければゆっくりと左右に顔を振っていた。
どうやら南の女神さまでも西の女神さまが考えていることは読み解けないようであった。西の女神さまと教皇猊下との面会が叶えば、教皇猊下の立場は盤石なものとなる。
おそらくナイさまも教皇猊下の悩ましい立場を考えて、今回アルバトロス王国へと誘ってくれたはず。上手くいけば良いけれど、上手くいかなかった場合は……聖王国の価値はなくなり、大聖堂は崩壊の危機に晒されてしまう。あれ、凄く不味い状況になってしまうかもと新たに降り掛かった大問題に私には荷が重いと変な声を上げそうになる。
どうか無事に西の女神さまと教皇猊下の面会が終わりますように――叶うか分からないけれど――と願っていれば、目の前に沢山あったお茶菓子がいつの間にか消え去っているのだった。






