1187:【①】招待を受けた皆さま。
――ミナーヴァ子爵領領主邸完成祝いパーティーまであと二日。
アルバトロス城内の忙しさは一段落したものの、次は客人の出迎えが控えていた。俺も外務部の一員として、そして見知った顔がいた方が先方も安心するだろうと出迎えのメンバーに組み込まれていた。
今日は北大陸のフソウ島のフソウ国からナガノブさま一行がいらっしゃる。ナイさま曰く、帝さまも誘っていたが立場上フソウから出ることが難しいそうだ。その代わり帝さまの次に位が高いであろう、征夷大将軍であるナガノブさまがアルバトロス王国へとこられたのだ。
小国だし、独特の文化を育んでいるフソウの皆さまをアルバトロス王国の者が受け入れられるのか。以前、九条さまが視察に赴いた時も妙な視線を向けていた。どうしても髷を結っている姿と着物も珍しい上に、背格好が西大陸の者より低いことで興味を引くようだった。
俺たちは今、アルバトロス城の馬車回りで王都の外へ向かおうとしている。隣にはユルゲンが少しだけ緊張した様子で立っていた。
「ユルゲン、俺の格好は大丈夫か?」
「大丈夫ですよ、エーリヒ。僕は?」
俺がユルゲンに衣装はきちんと着こなせているかと聞けば問題はなく、ユルゲンが俺に確認を取り大丈夫と告げれば小さく息を吐いていた。アガレス帝国の皇帝陛下ともアルバトロス王との会談の場を設けるのだが、ナイさまの祝いの場が終わったあとに予定が組まれている。
西大陸の国々との会談は都合さえつけば転移で直ぐにお互いの国へと赴けるため、今回は移動手段としてアルバトロス城が使用される。そこからミナーヴァ子爵領までは馬車移動となる。王都からほど近い距離のため馬車での移動をお願いすることになったのだ。御者の方たちも近衛騎士団と騎士団と軍の方たちも、久方振りの大きな仕事に気合が入っているそうだ。
そうして俺たちは馬車に乗り込んで王都の外を目指す。フソウの方々は飛竜便に乗ってアルバトロス王国入りを果たすのだが、高所恐怖症の方はいないだろうかと心配になる。高い所を飛ぶ機会なんて初めてだろうし、空の上で震えていなければ良いのだが。
王都を囲う外壁側にある空き地まで辿り着き一行は馬車から降りて、フソウの面々を待っている。パーティー参加がメインなので少数編成でアルバトロス王国にくるそうで、人数も護衛含めて十名しかいないそうである。
ナガノブさまの護衛少なくないかと言いたくなるが、迎える側としては有難いことである。そうして北大陸がある方面の空を眺めていると黒い点が現れた。一緒に待っていた誰かが指を指して『あれか?』と目を細めている。周りの皆さまも固唾を飲んで見守っていると、黒い影がだんだん大きくなってきて竜のお方であると判断が付いた。
「フソウのナガノブショウグンが参られたぞ! 出迎えの用意をしろ。アストライアー侯爵の客人だ、失礼のないように!」
お偉いさんの声に出迎えのメンバーが列を成す。近衛騎士の皆さまは綺麗に整列をして、一人がアルバトロス王国の旗を掲げている。俺たち外務部の者も横に列を成し、シャッテン卿の隣に俺は並んだ。
直属の上司であるシャッテン卿は久方ぶりの大きな仕事に咳払いをし緊張を紛れさせていた。他の面々も同じようなもので緊張している様子だった。
並び終えると竜のお方の姿が随分と大きくなっており、アルバトロス王都の上空を何度か旋回して空き地に降り立つ。王都に住まう皆さまは最初こそ竜の方が空を旋回していると恐怖に震えていたが、最近は慣れてしまったようでアストライアー侯爵家の旗やアルバトロス王家の旗に亜人連合国の旗を竜の方が下げていると問題視しなくなっていた。
今日はアストライアー侯爵家の旗とフソウ国の旗を竜のお方が掲げているので、何処の国だ? と疑問に感じているかもしれない。
竜のお方の背中から緊張した面持ちでナガノブさまご一行が降りてくる。そうして大刀を右手に持った皆さまがシャッテン卿と俺の前に並んだ。ナガノブさまの後ろには小さな五歳くらいの男の子――後ろには三本の尻尾がゆらゆらと動いている――と仔狐二頭とフェンリル二頭――松風と早風――も一緒だった。
ナイさまの話では妖狐の仔供で名を権太というそうだ。ナイさまの下へ遊びに行くと約束していたので、今回が約束を果たす日になったようである。
「フソウ国、征夷大将軍を帝から拝命している小田長信だ! フソウ国を出るのは初めて故に迷惑を掛けることもあるかもしれぬが、これから三日間、よろしく頼む!」
凄く遠くまで響く大きな声だった。もしかして彼が習った剣術の流派は声を上げながら行動するのだろうか。とりあえず大刀を右手に持っているということは、刀を抜くことはないという意思表示である。
武士の方や侍の方は左利きであっても必ず矯正されて左の腰に大小二本の刀を差す。そして右手前で構えることが必須なのだ。だから左手を用いて刀を抜くことはなく、右手に鞘に納めた大刀を持っていると敵意はないというフソウの武士や侍の方の風習なのだ。武士や侍の方がすれ違い刀がぶつかったというトラブルを避けるため左側通行になっているのだが……まあ、それは今関係ないことである。
「アーベル・シャッテンです。アルバトロス王国にて外務卿を務めております。本日はアルバトロス王より王城への案内役を任されました。道中、不便がありましたらお申し付けください」
シャッテン卿がナガノブさまに右手を差し出した。ナガノブさまは隣に立っていた九条さまに大刀を預けて、シャッテン卿と硬い握手を交わす。ナガノブさまは良い顔で、シャッテン卿は穏やかな顔をしながら互いの手を離した。俺には彼らにどんな感情が込められているのか分からないが、無事に会談が終わることを願うばかりである。
『では、私は役目を終えましたので戻りますね。ナガノブ。道中、興味深い話を沢山ありがとうございました』
竜のお方――鱗の色は緑である――が大きな顔をこちらに近づけて穏やかな声で告げる。声を聞いたナガノブさまははっとして、背をぴしりと伸ばし竜のお方へと振り返る。
「いえ! また帰路に就く時もよろしくお願い致します!」
ナガノブさまも竜のお方も良い顔をしているから、緊張しつつも楽しい空の旅だったのだろう。ナガノブさまの後ろに控えていた妖狐の仔が『またよろしくな!』と八重歯を見せながら竜のお方に挨拶をしている。
松風と早風もふん! と鼻を鳴らしてアピールしており、アルバトロス王国の面々が驚いていた。松風と早風の存在を知っているから、妖狐の子供で驚くのは今更ではなかろうか……と考えてはっとする。もしかして俺、ナイさまの子爵邸の環境に毒されているのだろうか。
いや、まさかと頭を振りたくなるのを我慢して、シャッテン卿と俺はナガノブさま一行を馬車の中へと案内する。フソウでは篭での移動が常のため馬で車を引いていることが珍しいようだし、馬車の衝撃吸収機構にも関心を示している。その辺りも取引するかもしれないと考えながら、俺たちもアルバトロス城へ戻ろうとユルゲンと一緒に馬車に乗り込んだ。
「アルバトロス王国の者より小柄な方々ですね。けれど服の袖から覗く腕には確りと筋肉が付いていましたし、騎士の方と同様に剣ダコがありました……小柄だと揶揄する方がいなければ良いのですが」
馬車に乗り込んで暫くすれば、ユルゲンが眉を八の字にしながら声を出す。確かに彼の心配は理解できた。見た目で判断してしまう人は必ずいる。ユルゲンのように注意深く観察すればフソウの人々を笑えないと分かるのだが、相手を観察する癖を身に付けるのは割と難しい。
「島国だし小国だけど、北大陸のミズガルズに占領されていない時点でフソウの強さは分かると思いたい」
俺は心配そうにしているユルゲンに答えてみるが、相手の国の地理を考慮できる方はどれほどいるのだろう。ナイさまが巻き込まれて引き起るトラブルのお陰でアルバトロス王国の城内には、妙な人が随分と減っているそうだ。
だから大丈夫と言い聞かせたいけれど、新しく官僚の仕事に就いた人たちにはナイさまの話はどれほど伝わっているのだろうか。ガタゴトと揺れる馬車の中で、お互いに溜息を吐いているとアルバトロス城内に辿り着いていた。
「急ごう」
「はい」
馬車から忙しなく降りた俺とユルゲンはシャッテン卿とナガノブさまが乗る馬車の近くへと急ぐ。外壁へと出迎えに行った面々の他に、馬車回りでは宰相閣下や他の面々もいらっしゃっていた。小国の国家元首を迎える規模より人数が多いようなと首を傾げるものの、ナイさまの客人であればそうなっても仕方ないのだろうか。
「ようこそいらっしゃいました。フソウ国、オダショウグン。長旅を終えたばかりです。挨拶はほどほどに部屋へご案内致しましょう。皆さまも」
宰相閣下の声にナガノブさまが『よろしく頼む』と頭を下げた。妖狐の仔は背の高いアルバトロス王国人が珍しいようで顔を上げみんなの顔を眺め、仔狐二頭と松風と早風も妖狐の仔と一緒にみんなを見上げている。
本当ならおっかない魔獣なのかもしれないが、幼くて愛らしい姿を見せられると頬が緩んでしまう。現に顔が緩んでいる方がいて幸せそうな顔になっている。
案内役の近衛騎士の方の後ろにフソウの皆さまが並んで付いて行っているのだが、フソウ人が珍しいようでチラチラを視線を向けている。ナガノブさまは受けている視線を物ともせず、真っ直ぐ前を見て歩いていた。きっとフソウ国の征夷大将軍としての矜持なのだろう。見習いたい所だなと感心していると、シャッテン卿が俺の隣に立った。気配を感じなくて少しドキリとしたのは内緒である。
「明日はリーム王とヤーバン王がこられますし、アガレス帝国の皇帝陛下も飛空艇でやってきますねえ」
「本当に凄い面々がこられますね。陛下もお忙しいでしょうし、無理をなさらなければ良いのですが」
シャッテン卿が俺の言葉を聞いて苦笑いを浮かべた。陛下はアルバトロス王国のトップだから、今回の件は凄く考えに考え抜いて人選を行っているはず。
ナイさまのパーティーには王太子殿下が向かうため、ナイさまを慮っていることが分かる。当然と言えば当然なのだが、変な人だと妙な名代を寄越すだろうからマトモな人選だ。本当にアルバトロス王国のトップがマトモで誠実な方だから今の政権が長続きすることを俺は願うばかりだ。そしてアルバトロス王国の一員として俺も少しばかり助力できればと考えている。
「陛下はアルバトロス王国の未来のためだと仰っていましたよ。内陸に位置するアルバトロス王国が離れた位置にある国と国交を持てる機会は少ないですからね。陛下も今回は忙しい日々を送っておられるのです、我らも頑張りませんと」
シャッテン卿がうんうんと頷きながら目を細めている。確かに今日から数日の間に催されることはアルバトロス王国にとって大事な日となるのだろう。
「警備には竜騎士隊も駆り出されますし警備を担う者も大変ですが……利益の方が大きいんですよねえ。本当にアストライアー侯爵は凄い方です。四年前が懐かしい」
またシャッテン卿が目を細めて昔を思い出しているようだった。そういえば学院生だった一年の長期休暇で起こった討伐遠征の出来事を俺は詳しく知らないままである。ナイさまに聞けば詳しく教えてくれるのだろうか。いずれにせよパーティーまではあと少しの時間があるので気を抜かないようにしなければ。俺はシャッテン卿とユルゲンを見て居室に戻りましょうと声を上げるのだった。






