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1182:お別れは寂しいけれど。

 ――共和国の研修生の卒業式が始まった。


 問題を起こした方以外は無事に卒業することができているので良かったと私は安堵している。とはいえ、魔力が備わり身体の外へと放出することができたとしても、才能やセンスに左右されて治癒魔術を使えない方もいた。


 アルバトロス王国や西大陸に住まう方であれば治癒師ではなく魔術師の道を進めば良いけれど、共和国では魔術の存在は眉唾物として扱われている。攻撃魔術を覚えて欲しい所だけれど、そうなると危険人物と化す場合もあれば、危険人物と周りから認識されて不自由な生活を送ることだってある。そんな方には薬師になれるようにと教会の方が道を用意してくれている。別授業となり人員の手配やら大変だっただろうに、きちんと薬師の卵を輩出してくれているのだから凄いことだ。


 共和国の研修生も一年間、母国を離れ異国の地で慣れない生活を送らなければならなかった。音を上げた人がいなかったし、本当に凄い方たちである。


 私は今、教会の聖堂にある信徒席で祭壇に立つ第二王子殿下――元第三王子殿下――の祝辞を聞いている。彼は陛下の名代として参加し、陛下からの祝いの言葉を読み上げている最中だ。あまり関わることはないけれど、初めて顔を合わせた三年前より凄く背が高くなっているし、顔も男性らしさが滲み出ていた。

 第一王子殿下が無事に王太子の位に就いたことや情勢を鑑みて、長らく空位だった第二王子殿下のご婚約者さまが決まったそうである。私はまだ存じ上げないけれど、アルバトロス王国内の高位貴族出身のご令嬢さまだそうだ。

 

 本当に時間が経つのが早いと感心していれば、次は共和国研修生の代表としてプリエールさんが祭壇前に上がり、信徒席にいる皆さまに礼を執った。


 「――今日、この良き日に治癒師として、薬師として、無事に卒業することになりました」


 彼女のその言葉で始まった答辞の声は、アルバトロス王国と教会の皆さまへのお礼が多分に含まれている。原稿を見ずに確りと前を向いて語る彼女の声は自信に満ち溢れている。

 治癒師として優秀だと太鼓判を押された彼女が共和国に戻れば、治癒師として共和国全土に名が響き渡ることだろう。他の方も腕の良い方がいるそうだし、薬師の卵として技術と知識と経験を積めば成長すると言われている方もいるそうだ。

 本当に良かったと安堵していると、私の横に腰を下ろしていたアリアさまが涙を流しながらハンカチで目元を拭っている。ロザリンデさまは涙を流すまでには至っていないけれど、目を赤く腫らして熱いものが流れないようにと耐えていた。


 教会関係者の席にいる神父さまも泣いているし、そんな彼をシスター・ジルとシスター・リズが苦笑いを浮かべながら大丈夫かと気にしている。共和国からやってきている外交官の方と研修生を監督していた方も涙を堪えているようだった。


 お二人は聖女として講師として共和国の皆さまとずっと関わっていた。私も一緒に行きたかったけれど、いろいろと予定があって最後の方には顔を出さなくなっている。

 教会へと顔を出す頻度が下がってしまったことには共和国の皆さまに謝らなければならないだろうか。私が切っ掛けで始まった交流だし、もう少し教会に足を向けても良かった気がする。私がここで悩んでも仕方ないし、次年度の参加者もいるそうだ。悔やむなら、今年度の後悔は次年度で晴らそう。プリエールさんの卒業は寂しいけれど、また新たな出会いがあるのだから。

 

 ヴァルトルーデさまとジルケさまは会場にいないけれど、信徒席後ろの大きな柱の陰からこちらを眺めているそうである。見つからなければ良いけれどと心配しているが、今のところ誰も騒いでいないので大丈夫なのだろう。

 二柱さまが見ていると知っている教会関係者の方の中には鯱張って、緊張している人もいる。カルヴァインさまが顕著だけれど、今から行われる卒業証授与は大丈夫かと不安になってくる。


 プリエールさんの挨拶が終われば、彼女は一度信徒席に戻って行く。入れ替わりでカルヴァインさまが祭壇に立ち隣にはシスター・ジルとシスター・リズが補佐役で一緒である。

 卒業証書はなく、卒業の証としてアルバトロス王国の治癒師の紋章が入った指輪を贈り、薬師の方にも薬師の紋章が入った指輪を贈るそうだ。高価な物ではなく、首から下げられるようにと革紐も一緒に付けられているとか。

 

 緊張しているカルヴァインさまから共和国の研修生が卒業証を受け取り、また信徒席へと戻って行く。そうして卒業式を無事に終えれば自由時間となり、プリエールさんたち卒業生がアリアさまとロザリンデさまと私の下へとやってくる。

 彼女たちは皆笑顔を浮かべながらも少し目が赤い。そんな共和国の研修生を見たアリアさまは更に涙を流して、ロザリンデさまに心配されている。


 「アストライアー侯爵閣下、この度はいろいろとお世話になりました。無事に治癒師と薬師として卒業することができたのは閣下のお陰です。ありがとうございました!!」


 プリエールさんが頭を下げると、共和国の研修生の皆さまも深く頭を下げた。アリアさまとロザリンデさまへの挨拶はあとになるのだろう。立場的に私が一番最初にならないと失礼にあたる。

 彼女たちは慣れないアルバトロス王国での一年間で、こちらの貴族のルールをある程度把握したようである。


 「いえ。アルバトロス王国と共和国の絆が強固になったのは、研修生の皆さまが異国の地で弛まぬ努力をしたからです。私は切っ掛けを作っただけなのでお気になさらず。皆さま、卒業おめでとうございます。これからのご活躍、アルバトロス王国で祈っております」


 私はアルバトロス王国と共和国を繋いだだけである。飛竜便の手配を済ませて、あとは任せますと、ほとんど放置していたようなものだ。本当は私からもプリエールさんたち卒業生に記念品を贈りたかったのだが、止めておけとソフィーアさまとセレスティアさまと家宰さまから告げられている。


 私の贈り物は高価な品が多く彼女たちに渡しても保管に困る。その上、黒髪黒目から頂いた品と知れば強奪する者が出てくるかもしれない、と。確かに東大陸での黒髪黒目の扱いは異常なので、お三方の言い分も理解できる。

 とはいえ、なんだか寂しいため日持ちするお菓子を用意しておいた。消えものだし、飛竜便での移動の際にみんなで食べてくださいと渡すつもりである。


 「本当に、本当にありがとうございます!」


 プリエールさんたちが私に何度も頭を下げてからアリアさまとロザリンデさまの下へと行く。


 「聖女アリアさま、聖女ロザリンデさま。本当にお世話になりました。講義で分からない所を丁寧に教えてくださり感謝しています!」


 またプリエールさんが代表してアリアさまとロザリンデさまに頭を下げていた。最初の頃は共和国内で富める方たちが研修生を率いていたけれど、今ではプリエールさんがトップを務めているようだ。

 おそらく成績優秀な彼女になにも言えなくなったのだろう。それでも富める方たちも異国の地で頑張って卒業を勝ち取っている。今はただお祝いするだけだと、アリアさまとロザリンデさまと研修生の輪を私は眺めることに勤めた。


 「いえ! 無事に卒業できたのは皆さんの努力ですよ! 私は教会で習ったことを皆さんに伝えただけですから!」


 「本当に卒業おめでとうございます。慣れぬ講師役で、いろいろと足りぬ部分があったでしょうけれど、皆さんが優秀なので助かりましたわ」


 アリアさまとロザリンデさまも言葉を紡ぐ。暫く皆さまが言葉を交わしていると、感極まったようで研修生の皆さまが涙を流し始めた。そんな彼女たちをアリアさまは抱きしめながら一人一人に言葉を掛けている。本当に彼女はコミュ力が高いなと感心していると、ロザリンデさまも他の方の肩に手を置いて慰めていた。


 この場は任せて大丈夫そうだ。私は共和国の外交官さまの所に行こうと、ジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまに顔を向ける。そうして教会の隅っこで言葉を交わしている外交官の方と第二王子殿下とアルバトロス王国上層部の方を見つけることができた。

 流石にお仕事中の彼らの話に割って入るわけにはいかないと、少し待っていれば第二王子殿下がこちらに気付く。彼が私へ頭を下げると、共和国の外交官さまとアルバトロス上層部の外交官さまもこちらに気付いて頭を下げる。

 

 共和国の外交官の方がなにやら第二王子殿下とアルバトロス王国の外交官さまに一言二言告げ、私の下へとやってくる。彼らから遅れて第二王子殿下とアルバトロス王国の外交官さまもやってきた。エーリヒさまは聖王国だから少し残念であるが、お仕事だから致し方ないのだろう。


 「アストライアー侯爵閣下、多大な迷惑を掛けながら、我が国の現状を憂いて下さり感謝いたします」


 「いえ。私はアルバトロス王国の皆さまへ進言したのみ。実現させたのはアルバトロス王国の陛下を始めとした方々なのです。お礼はアルバトロス王国の皆さまに」


 共和国の外交官さまの声を聞き届けた私は第二王子殿下とアルバトロス王国の外交官さまの顔を見る。殿下とアルバトロス王国の外交官さまはぎょっとした顔になるものの、直ぐにはっとした顔になり平然を装った。

 共和国の外交官さまがどうしようかと少し困った顔になっているけれど、私は頭を下げられたままの状況は苦手である。お礼やらなんやらは是非アルバトロス王国にお願いしたい。


 そんなこんなで、いやいや、いえいえ、と会話を交わしていると共和国の研修生の皆さまは教会の皆さまとアリアさまとロザリンデさまと別れを惜しんだようである。

 そうしてアルバトロス王国王都の街中を馬車で移動して王都の外へと赴いた。壁際の一角にある空き地には、飛竜便の赤竜さまと青竜さまが待機してくれている。私がよろしくお願いしますと声を掛ければ、二頭の竜のお方は『はい』『安全に皆さまをお運びしましょう』と目を細めながら答えてくれた。

 いつも穏やかで真摯な方たちだよなあと赤竜さんと青竜さんの顔を撫でれば、共和国の皆さまの方へと長い首を動かして挨拶を交わしている。

 

 「では、また。もし困ったことがあれば共和国政府を通して我々に伝えて頂ければ、ご助力致します」


 「カルヴァイン枢機卿、一年間お世話になりました」


 「いえ。私たちも共和国の皆さまの姿は良い刺激となりました。国に戻った皆さまが良き治癒師と薬師になれるようにと女神さまに祈っておきます」


 カルヴァインさまと共和国の外交官の方が声を上げ、共和国の研修生の皆さまが頭を下げる。


 ――ま、頑張りなさいな。


 ふと東の女神さまの声が聞こえた気がした。どうして彼女の声が聞こえるのか、そして周りの皆さま、特に共和国の皆さまに東の女神さまの声がはっきりと届いたようである。

 一体何事だときょろきょろと周りを見れば慣れた感じの圧を受けた。私が顔を見上げれば、外壁の上に立っている――いつの間に――ヴァルトルーデさまがドヤっと笑い、ジルケさまは額に片手を当てて目を瞑っていた。もしかして、と私は二柱さまを見るものの、粋な計らいになるのかなと最後の最後となったプリエールさんたちが飛竜便の背に乗って共和国へと戻って行く姿を見送るのだった。

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― 新着の感想 ―
 彼女の声は自身に〜自信?  プリエールさんってあまり話に絡んで来ませんでしたねぇ。  まぁ、お勉強の為に来たという自覚が有る方ですからねぇ。  治癒術と併せてお貴族様との対応方法のお勉強もばっちり…
2025/01/15 21:52 名無 権兵衛
プリエールさんは勘違い君からの執着で振り回された事もあり、最も勉学に力を入れてた研修生です。そんな彼女が卒業式を迎える事が出来ましたし、共和国の停滞を防ぐ貴重な人材として地位を固められますね? そ…
…これ誰のエール貰ったか知ったら、共和国もアルバトロス王都教会を聖地認定して巡礼出したがりそうな気がしますw
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