1180:研修生卒業。
神さまの島でバーベキューを執り行ってから暫く時間が経った。ヴァルトルーデさまとジルケさまの話によると、テラさまはフィーネさまのご家族を探し当て、ご友人も見つかったそうである。フィーネさまへの回答は直接伝えたいからと、また星と星の波長が合う日に会おうと決まった。
テラさまからどんな言葉が出てくるのか少し不安があるけれど、地球の女神さまである彼女ならば上手く取り計らってくれるだろう。そんな中でも日々は流れて、もう直ぐ三月に入る季節になっていた。
朝、朝食を終えて出掛ける準備をしていれば、私室のドアからノックの音が響く。私付きの侍女の方は今一緒に着替えを手伝って貰っているし、ソフィーアさまとセレスティアさまとは出先で合流しようとなっている。
リンは部屋の隅っこで私の着替えを眺めているし、ジークとクロとロゼさんとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち三頭は廊下の外で着替えを待ってくれている。はて、誰だろうと首を傾げているとリンが対応を担ってくれた。
「ヴァルトルーデさまとジルケさまだった。入っても良いかって」
リンがいつもの顔で告げるのだが、二柱さまが私の部屋に赴いても驚かなくなっているようである。元々、感情の起伏が少ないリンだけれど、驚かないわけではない。
女神さまが屋敷に居候し始めた頃は少しだけ慌てていた様子を見せていたし、四女神さまが子爵邸に揃えば妙な顔を浮かべている。今の彼女は『なんかきた』と言いたげな顔をしており、女神さま相手でも容赦はないようであった。着替えを手伝ってくれている侍女の方は『なんですって!?』と驚いているのに。吃驚している侍女の方を横目に、私は苦笑いを浮かべながら口を開く。
「うん、大丈夫だよ。案内して差し上げて」
「ん」
私がリンにお願いすれば、彼女はまた踵を返して扉の前に立った。あわあわしている侍女の方には申し訳ないけれど、ヴァルトルーデさまとジルケさまを待たせるわけにはいかない。少し待っているとリンが私の下にヴァルトルーデさまとジルケさまを連れてきてくれた。ジルケさまはバーベキューのあと暫く神さまの島で過ごすと言っていたのに、割と直ぐ子爵邸に戻ってきている。
どうにも島の料理は飽きているらしく、子爵邸で出される料理が気に入っているとのこと。ヴァルトルーデさまの面倒を見てくれているので有難いけれど、頻繁に顔を出し過ぎではなかろうか。ジルケさま曰く、北の女神さまであるナターリエさまと東の女神さまであるエーリカさまが子爵邸にまた赴くと教えてくれていた。
グイーさまも神力で分身体を作り出す練習を真面目に行っているとのこと。創造神さまなのに分身体を作り出すことに難儀しているのは驚きであるが、自身の分身を作り出すにはいつもと勝手が違うそうだ。なので分身体が上手く作り出せるようになれば、遊びに行くぞと気合が入っているらしい。
「ナイ、どこかに行くの?」
「あ、はい。王都の教会に。今日は共和国の研修生の卒業式なんです」
ヴァルトルーデさまがこてんと首を傾げた。相変わらずの美人なので男性が彼女を見れば胸が凄く高鳴りそうである。ジルケさまはヴァルトルーデさまと廊下で鉢合わせして、そのまま私の部屋まできたそうだ。私の部屋を訪ねたご本人……ご本神さまは私が朝食を終えて執務室に向かわなかったこと、いつもの時間になってもソフィーアさまとセレスティアさまが屋敷にこないので気になったようである。
「ん?」
あ、そっか。ヴァルトルーデさまには簡単にしか説明していなかった。とある切っ掛けで共和国からアルバトロス王国に研修生を受け入れて治癒師と薬師の講義を教会で執り行っていること。
一年が経ち研修期間が終わって今日が最後の日になることを伝える。共和国で起こった事件についても簡単に説明したが東大陸で起こったことだし、二柱さまは特に気にしていないようである。
「東大陸は魔術が廃れていますし、医療技術もあまり進んでいないので良い機会かなと」
「あ、そっか。東は魔素が薄いから、魔力の多い人間は生まれ辛いからね」
「巨大魔石があるからなあ。ま、だからこそ飛空艇が飛んでんだけどよ」
二柱さまは共和国の皆さまがアルバトロス王国で学んでいたことも特に問題ないようである。逆に面白いことを考えたねと感心していた。
「私も短い期間でしたが講師として参加していたので、アルバトロス側の来賓として卒業式に参加します」
卒業証書授与はカルヴァインさまが執り行うそうだ。彼も聖人として共和国の研修生の皆さまに知識を施していたようである。アリアさまとロザリンデさまも共和国の研修生に教えていたから、もちろん講師として卒業式に参加する。
共和国からも政府高官の方が代表としてやってくるそうで、外務大臣さまがくると聞いていた。どんな式になるのか楽しみだと笑っていれば、侍女の方から着替えを終えたことを伝えられリンが私の隣に立つ。丁度そのタイミングで面白そうな顔を浮かべた約一柱さまが口を開いた。
「行っても良い?」
「断る理由はないですが、教会で執り行うので騒ぎになりますよ。多分」
ヴァルトルーデさまが私の言葉に微妙な顔を浮かべている。どうやら気にはなるものの騒ぎになるのは避けたいようだ。教会の皆さまは失神者がいたとしても、諸手を上げて迎え入れてくれるだろう。共和国の皆さまも女神さまがご降臨していると知っているけれど、直接会ったことはないのでヴァルトルーデさまの神圧に耐えられるか分からない。
でもめでたい席だしなという気持ちがあるからヴァルトルーデさまが参加しても問題ないような……いやいや。東大陸の共和国の皆さまだから東の女神さまであるエーリカさまを呼んだ方が彼女たちは嬉しいだろうか。
「変なこと考えてねえか……なあ?」
「ナイがなにか頭の中で考え事してる」
ジルケさまがリンの顔を見上げてなにか問うているが、私の耳に届いた言葉はぼやけていた。リンもジルケさまになにか言っているようだが、考え事の最中なので良く分からなかった。
どうしようかと私は迷っているし、ヴァルトルーデさまも行くか行くまいか悩んでいる様子である。ジルケさまが大袈裟に溜息を吐いたようなと、私が思考の海から戻ってくると彼女は凄く呆れた顔をしていた。
「姉御は騒ぎになることと、興味があることを天秤に掛けているみたいだしな。どうすんだ、姉御ー?」
「後ろで観てれば大丈夫」
ジルケさまの声にヴァルトルーデさまがはっとしてどうするのか決めたようである。
「バレそうだけどな」
はあとまた息を吐いたジルケさまだが、ヴァルトルーデさまが答えを出したので安心しているようだった。そうこうしているうちに出掛ける時間になっている。外でみんなを待たせているし、アリアさまとロザリンデさまも馬車回りで待ってくれていることだろう。
ヴァルトルーデさまとジルケさまが一緒にくるなら馬車が少々狭くなってしまうが五人乗れるのは実証済みである。とりあえず急に二柱さまが教会に赴くことになったと、早馬で知らせて貰うようにと侍女の方にお願いをする。
そうして私は行きましょうかと声を上げ、リンとヴァルトルーデさまとジルケさまと一緒に部屋を出る。廊下で待ってくれていたジークとクロとロゼさんとヴァナル一家と合流して階下へと歩いて行く。
そうして屋敷の馬車回りに辿り着けば、アリアさまとロザリンデさまが既に到着しており御者の方も馬車と一緒に待ってくれていた。
「すみません、お待たせしました」
私が声を上げるとアリアさまとロザリンデさまが背筋をピシっと伸ばして、後ろにいる二柱さまを凝視していた。毛玉ちゃんたち三頭は挨拶をしているのか、お二人の足下をクルクル回ってこちらに戻ってくる。
「いえ。私たちも今着いた所ですから!」
「め、女神さまもご一緒なのですか?」
アリアさまが驚きつつも笑顔を見せてくれ、ロザリンデさまは少々固まったままヴァルトルーデさまとジルケさまも一緒なのかと問う。すると二柱さまは私の隣に並んでアリアさまとロザリンデさまと向き合った。
「うん。急だけれど興味が沸いたから」
「あんま気にしないでくれよ。後ろで見学してるだけだしな」
二柱さまの言葉にアリアさまはそうだったのかと納得し、ロザリンデさまは目を点にして驚いていた。急で申し訳ないけれど、祝いの場に女神さまが同席することは悪いことではないので割り切って欲しい。そしてアリアさまがふととあることに気付いたようで、私の方へと視線を向ける。
「ご用意してくださっている馬車は一台ということは」
「め、め、女神さまもご一緒なのですかっ!?」
あれと不思議そうな顔になっているアリアさまと、ロザリンデさまは先程と同じ台詞を言いながらまた驚いている。自身が深く関わることなので、今度の驚きは更に酷くなっている。
いや、もうお泊り会とか経ているんだし、そろそろ慣れてくれても良いのでは。またロザリンデさまがえ、え、と驚きながら目を白黒させていると、アリアさまが彼女に『大丈夫ですよ! ナイさまも私も一緒ですから!』と励ましている。
アリアさまの声で正気に戻ったのか失礼しましたとロザリンデさまは二柱さまに頭を下げた。ヴァルトルーデさまとジルケさまは『気にしてないよ』『もう慣れてくれても良さそうなんだがなあ』と彼女に伝えているが、やはり女神さまという存在は大陸で生きている人々には特別な存在のようだった。
「遅れると先方に失礼なので、行きましょうか」
私の言葉でヴァルトルーデさまとジルケさまとアリアさまとロザリンデさまが馬車へと乗り込む。ゆっくりと進み始めた馬車は子爵邸の正門を出て貴族街を行き、商業地区にある教会へと辿り着く。
早馬を出していたためか、教会の大扉の前には大勢の教会関係者の方が並んでいた。その中にはカルヴァインさまとシスター・ジルとシスター・リズの姿もある。幼い頃お世話になっていた神父さまもいらっしゃるし、本当に教会の面々が勢揃いしていた。
ソフィーアさまとセレスティアさまも到着していたようで、教会の面々が集まっている隅っこで待っていてくれていた。
アリアさまとロザリンデさまが先に馬車から降りて、私は少し間を置く。そしてジークのエスコートを受けて馬車から降りた私は、ヴァルトルーデさまとジルケさまのエスコートを担う。馬車から降りてくる女神さまを視認した教会関係者の皆さまが『おお』と感嘆の声を上げていた。
教会の代表者としてカルヴァインさまが教会の皆さまから進み出て、私たちの前に立つ。凄く緊張しているようだけれど大丈夫だろうか。そういえば女神さま方が降臨なさった時に彼は気絶していた。
西の女神さまと顔を合わせるのは初めてだったかと過去を思い返してみる。確か初めてだったはずと思い出し、私は目の前のお方は無事に二柱さまと挨拶を交わせるのかと心配になってきた。とはいえアストライアー侯爵として彼と最初に挨拶すべきは私であろう。女神さま方はあくまで見学なのだから。
「カルヴァイン枢機卿、教会の皆さま、出迎え感謝したします」
「い、いい、いえ! ア、アストライアー侯爵、本日はお日柄も良く、卒業日和となって良かったです!」
私が礼を執れば彼も急いで礼を執った。かなり緊張していることが丸分かりで、馬車から降りていたロザリンデさまは少々不安そうな表情で彼を見ていた。
アリアさまも大丈夫かなと心配しているようだが、ロザリンデさまより顔に出ていない。他の教会の皆さまは二柱さまが教会に訪れたことに対して『奇跡が起こった』と感じているようだった。キラキラと顔を輝かせて女神さまの姿を目に焼き付けているのだから。
「急なことですが、西の女神さまと南の女神さまが卒業式を見学したいと仰られまして。申し訳ありませんが、よろしくお願い致します」
「も、勿論です! 二柱の女神さまに見守られながら卒業を迎える皆さまの未来は明るいものになるでしょう!」
緊張が解けないままのカルヴァインさまの言葉に、ヴァルトルーデさまは『未来は自分で切り開くもの』と声を漏らしていると、ジルケさまが彼女を肘で突っついて『黙っといてくれ、姉御』と伝えている。
不思議そうな顔を浮かべて言葉にするのを止めたヴァルトルーデさまにジルケさまが『あたしらは女神だからな。そう信じてソイツが前に進めるならそれで良いじゃねえか』と付け加えている。確かに女神さまが同席してくれたことで自信や頑張れる気力が湧いてくるなら良いことだなと、私たち一行は教会の中へと案内されるのだった。