1179:食べた食べた。
神さまの島への滞在予定は日帰りである。女神さま方の転移でアルバトロス王国に戻って、フィーネさまとエーリヒさまは王城の転移陣を使い聖王国へと戻る予定となっている。
今いる世界が乙女ゲームの舞台となった理由を知ることができたけれど、神さまが組み込んだことなので詳しく理解するには至れなかった。北の勇者さまと共和国の勘違いくんがテラさまの意思で転生していないとのことなので、他の神さまの介入があったのかもと別の問題が浮上している。
ということはテラさまとグイーさまと四女神さまが知らないうちに、どこかに転移者がいるのではなかろうか。騒ぎを起こす――人のことは言えない――妙な人物であれば、情報として知っておいた方が良いけれど、慎ましく今の世界で生きているならば邪魔しては駄目だろうし、私たちがコンタクトを取って混乱させるのは申し訳ない。後手に回ってしまうけれど、大陸の動向を注視するしかないのだろうか。有難いことに大陸を司る女神さまとは話をすることができるのだし。
バーべーキューをしながらその辺りのこともグイーさまとテラさまと四女神さまに伝えておいた。彼らは確かに人間や自然の営みに迷惑をかける者を良しとしていないようで、妙な人物がいれば気を付けておくとのこと。
有難いと感謝しているとグイーさまからお酒と食べ物をと要望されてしまった。危険が回避できるならば有難いことだし安い物だろうと、承知しましたと私は頭を下げておいたけれど。
フィーネさまはテラさまに、残してきたご家族とご友人のことを調べて貰うことになって少し安心できたようだ。バーベキューも普通に美味しいと食べていたので思い詰めて引き籠もる、なんてことはないだろう。
副団長さまと猫背さんは神さまの島の滞在がもう直ぐ終わってしまうことに残念そうにしているけれど、面白そうなものがあれば直ぐにそちらに興味が移っていた。本当に欲望に忠実な方たちであるが、いろいろとお世話になっているので無下にはできない。そろそろ帰りましょうと私が声をあげると、二人はしょぼんとした顔になってグイーさまが苦笑いをしていた。
「またくれば良いではないか。というか儂、島から出られないのが悔やまれるのう。意識は移動できるんだが身体は島から出られぬし……分身は神力や魔素の関係で短い時間しか現界できぬし……」
グイーさまの声に副団長さまと猫背さんがキラキラした顔になった。現金だなあと言いたくなるけれど、彼らは魔術師なので仕方ない。グイーさまは島から出られない身を嘆いており、四女神さまは諦めてくださいなと言いたげである。そんな中でグイーさまに語り掛けたのはテラさまである。
「別に人間を模していなくても良いんじゃないの? 鳥とか猫とかの身体を借りれば、念話で話すことは可能でしょう?」
テラさまがグイーさまの隣で肩を竦めながら、そんなことを悩んでいるのかと少し呆れている。確かにぬいぐるみよりも鳥とか猫とかの方に意識を移せば、動けるだろうし自由度は高そうだ。
「そうだがなあ。娘たちがナイと過ごしているのが羨ましいんだが……こう、儂の身体じゃないと思うと少し寂しい気が……」
グイーさまはどうにも直接地上に現界したいようである。でも神さまの島から出られないという縛りがあるのだから無理ではなかろうか。世界を築いた神さまだからルールの変更は簡単そうだけれど、できないということは難しいのだろうし。
なにか良い方法がないだろうか。私が魔力を放出してグイーさまの分身を教会に作り出すことができたが、姿を現せていた時間は短かった。余り満たし過ぎると周囲の環境変化が怖かったから加減をしていたので、なんの遠慮もなく放出すればどうなるのかは気になる。半日でも良いから地上で過ごすことができれば、グイーさまも楽しむことができそうだけれど……難しそうだった。テラさまは情けない顔で肩を落としているグイーさまを見て苦笑いをしている。
「女々しいわねえ。あ、そうだ。ナイ、エーリヒ。ちょっと良いかしら?」
彼女はグイーさまの心にぐさりと刺さる言葉のナイフを投げると、彼は『えー……』とまた情けない顔をしていた。テラさまはグイーさまを放置してエーリヒさまと私の名を呼ぶのだが、一体どうしたのだろうか。とりあえず無言は良くないと口を開く。
「はい?」
「は、はい!」
テラさまは返事をしたエーリヒさまと私の肩を抱き、クロは残っていて欲しいと言われて私の肩から飛んで行く。そうしてエーリヒさまと私はみんなの輪から少し離れた。なんだか重い雰囲気が佇んでいるような気がして、エーリヒさまの顔を見ると青い表情に変わっている。
彼は大丈夫だろうかと心配しつつ、みんなから十メートルほど離れたところでテラさまは立ち止まり私たちの肩を抱いたまま顔を近づけた。
「北の舞台がアレなことについては黙っておきなさいな。他にも知っている者がいるでしょう? 私の名前を使って良いから口止めしておいて。グイーたちに喋ったらどうなるか……分かるよね」
テラさまが言い終えると肩と足が凄く重くなる。これ、脅されていると分かり、エーリヒさまも私も無言でうんうんと頷いた。私たちがテラさまの提案を飲んだためなのか、肩と足が重さから解放される。ふうと息を吐けば、テラさまは近づけていた顔を離してにっと笑顔になるのだった。
「悪いけれど、乙女ゲ―が舞台って知っている君たちの記憶覗いちゃった。もちろんプライベートなところは見ないようにしているからね! コンプライアンス……いや、違うか。配慮は大事!」
こうして教えてくれるだけでも有難いのだろう。黙っていることも可能だっただろうし、神さまならば私たちの記憶を弄ることは容易いことのはず。一応、覗いて欲しくない所は見ていないようだし、深く気にすると更に気になってしまうから考えるのは止めておこう。
乙女ゲームメーカの親会社はエロゲメーカーらしいから、テラさまは念のために確認したようである。女性陣だけならば気にしなかったかもしれないが、エーリヒさまがプレイしているかもと懸念していたそうだ。悪い悪いと言いながら、テラさまはにっと笑っている。
「百合ゲーもBLゲーも面白いけれど発売本数が少ないのよねえ。乙女ゲーもだし……アレは全盛期は過ぎてもう廃れたっていうけれど生き残っているメーカーがあるし、割とニッチなシナリオを出してくれるメーカーがあるから面白いのよ。あ、もちろん吟味しているわよ?」
ふふふと笑うテラさまだが、今の発言でエロゲにも詳しいとバレている。エーリヒさま曰くエロゲもエロだけでなく、泣きゲー、鬱ゲー、馬鹿ゲーなどとジャンルが別れるそうである。もちろんエロゲーなのでエロに特化した作品もあるとのこと。テラさまはシナリオ重視派のようなので、特化した作品には手をあまりつけないと言いたいようである。
「さ、戻りましょ。長く話していると怪しまれるわ」
テラさまが私たちの肩を抱いたまま、くるりと身体をみんながいる方へと回す。エーリヒさまの顔が若干赤いのはテラさまの胸が当たっているからだろうか。ちなみに私は頭の上で極上の柔らかさを感じ取っている。
元の場所へ戻れば、みんなが不思議そうな顔をしてテラさまとエーリヒさまと私を見ている。ノシノシとグイーさまが数歩歩いて、私たちの前で腕を組んだ。
「三人でなにを話していたんだ?」
「んふふ。秘密ー」
グイーさまはテラさまがにこりと笑ったことに気圧されているようだった。それ以上聞いてはならないと察したようで、片手を後ろに回して頭をボリボリ掻いている。そんな彼にテラさまは微笑みを浮かべれば、顔を真っ赤にグイーさまは染めるのだった。
そうしてテラさまは今度はフィーネさまの下へと歩いて行く。フィーネさまはテラさまが側に寄ると全く考えていなかったようで、目を丸く見開いて驚きながら背を伸ばしていた。
「フィーネ。申し訳ないけれど暫く時間を貰うわね。戻って君のご家族のことをちゃんと調べるから」
「いえ、ありがとうございます! そして我が儘を申して申し訳ございません。よろしくお願い致します!」
「ん。女の子は笑顔が一番!」
頭を下げたフィーネさまは元に戻してテラさまを見上げている。テラさまは綺麗に笑っているフィーネさまを見て両手を腰に当てて、にかっと笑っていた。彼女の心残りが解決しそうで良かったと安堵していると、グイーさまがエーリヒさまと私の隣に立って見下ろしている。
「儂はナイたちの他に転生者がいないか調べておくかの。多分、分かるだろ。多分」
グイーさま、最後の台詞は言わなくても良いのではと私は目を細め、エーリヒさまは乾いた笑いを漏らしていた。でもなにか分かるならば有難いし、妙な人がいるならば先に危険の芽を摘めることになるはず。
四女神さまも大丈夫なのか心配しているのだが、もしかしてグイーさまが探すのではなく四女神さまが探すのだろうか。そう考えると彼女たちの表情はグイーさまに対する心配ではなく、面倒な仕事を振るなと言いたい顔に見えてくる。
「迷惑を掛ける奴がいたら教えてね、グイー。元地球出身者だったら責任を持って預かるし」
テラさまがグイーさまに軽く声を掛け妙な魂は送ったつもりはないのになあとぼやいていた。今回、テラさまと話したことで転生者関連に心配は必要なくなるだろうか。
とはいえテラさまが地球で気になる魂を見つければ、グイーさまの世界に送ることは止めないようである。逆にこちらの世界で気になる魂を見つけたら、地球に送るかもという約束をテラさまと四女神さまが結んでいた。
文明の発展度合に驚きそうだけれど、地球は広くて文化レベルもかなり異なる地域があるから一様には言えないか。異世界転移だと元の世界に対しての未練が凄くありそうだけれど、異世界転生ならば元の世界への未練は薄いはず。フィーネさまのように大切な人が自身の死に囚われていないかと気になるけれど、結局……ご家族も自分自身も心を切り替えて前を向いて生きていくしかないのだから。
「じゃあ戻ろうか」
「はい。よろしくお願いします」
話が纏まればヴァルトルーデさまが私に声を掛けた。流石は西の女神さまである。結構な人数とクロたちがいても平気な顔をして長距離転移を行えるのだから。南の女神さまであるジルケさまも転移をできるけれど、中継地点が欲しいと言っていた。そのジルケさまが私の方へと寄ってきて口を開く。
「あたしはナイの家の飯が恋しくなったら、また行くなー」
「じゃあ、わたくしたちもおチビちゃんと一緒に行きましょう」
「そうですわね。ナイの家のお料理は美味しいですもの」
ジルケさまのあとに北と東の女神さまが軽い調子で凄いことを言い放った。でも断ることもできないし、なんだかんだで四女神さまが揃ってあーだこーだと言っている姿を見るのは面白い。
お屋敷の皆さまは凄く大慌てになるけれど、そのうち慣れてくれるはず。ヴァルトルーデさまとジルケさまが子爵邸に滞在していることは通常運転となっており、お世話係の増員を家宰さまにお願いしている所だ。また四女神さまが揃う日がくるのが決定だなと私が苦笑いを零していると、ヴァルトルーデさまが妙な気配を発していた。
「……むぅ」
仕舞には唸っているけれど大丈夫だろうか。私が彼女の顔を見上げると、なんでもないと首を振られてしまう。一体なんだったのかと首を傾げると、グイーさまとテラさまは小さく笑いながらこちらを見ている。
「帰ろう、ナイ」
「あ、はい。帰りましょう」
ヴァルトルーデさまが先程と同じことを言ったけれど意味が違うような気がするし、テラさまは彼女の声を聞いて『ぶっ!』と吹き出していた。私は私でつい帰ろうと言ってしまったのだが、あれ?
ヴァルトルーデさまの家は目の前にあるのに『帰ろう』というのはおかしいような。もしかして以前『暫く世話になる』と言ったヴァルトルーデさまの言葉は随分と長い期間を差しているのではなかろうか。あれ、おかしいなと悩んでいるとヴァルトルーデさまの神力に覆われて、一瞬で子爵邸の庭の端っこに戻っているのだった。






