1177:重たい話になるのかな。
――どうして世界は乙女ゲームを模しているのか。
原因がテラさまだと分かったけれど深いところの理解が足りておらず、こうして神さまの島で説明会を開いて頂いた。私は件の乙女ゲームをプレイしていないので、ジークとソフィーアさまとセレスティアさまがゲームの登場人物なんて実感はなく不思議な感じである。
とはいえヒロインちゃんのようなゲームのキャラクターに転生して浮足立つ人がこれから出てくるかもしれない。エーリヒさまとフィーネさまも危惧していることだし、二人が知るゲーム以外に新作や外伝作品の発売があるのかどうかも聞きたいと仰っていた。
「説明が難しいのですが私たちの置かれている状況を把握して頂きたいので、先ずは聞いて頂ければと」
エーリヒさまの一人称が戻っていた。真面目な顔をしている彼の隣では神妙な表情のフィーネさまが座している。更に隣に私が座り、三人の前にはグイーさまとテラさまが座している。
二柱さまとも真剣な顔で話を聞いてくれているし、周りにいるヴァルトルーデさまとジルケさまと北と東の女神さまも同様だった。そして私たちと一緒にきているジークとリンにソフィーアさまとセレスティアさまもである。副団長さまと猫背さんは興味が凄くありますよという表情になりながら護衛を務めてくれている。
「おっけ。私は理解できるけれど、グイーたちは良く分からないでしょうからね。私が説明すると事を凄く単純化させるから、君たちの説明の方がみんなに分かり易いかもしれないね」
「テラ。肝心なことを凄く軽く流す癖、直ってないのか……ぬ、すまん。話を続けてくれ」
ぱちんと片目を瞑ったテラさまが軽い調子で言葉を放てば、グイーさまと四女神さまが呆れ顔になっていた。テラさまは奔放そうな方なのでグイーさま家族は振り回されていそうだと想像できてしまう。
今回の私は話を聞く側に回るだろうと、エーリヒさまがゲームについて語り始めることを待っている。一応、ゲームがなにかはテラさまがグイーさまたちに軽く説明してくれており、どんなものかは理解してくれているはず。
「では。テラさまがとある乙女ゲームのキャラを見たいと、グイーさまに頼んで舞台を再現できるように情報を渡した、と」
エーリヒさまが少しだけ不思議そうに声を上げた。確かにゲームの情報を渡しただけで乙女ゲームを再現できるなんて、神さまは凄い存在である。
「うん。好きな乙女ゲームのシリーズがあったんだけれど、三作目のクソゲ……シナリオの駄目さとかいろいろと頭にくることがあって。ちょっとグイーに頼んで再現できるように星の時間の流れに組み込んで貰ったの」
「テラの頼みだし、おとめげーむ? 通りになる可能性は低いぞと伝えて再現しようと試みたな。懐かしい」
テラさまが乙女ゲームに苦言を呈したのだが、どうして言い淀み、言い直したのだろうか。まあ良いかと私は聞く態勢を崩さない。
「私たちが一度死んだ十九年前に、ですか?」
エーリヒさまの発言でテラさまがやっべと言いたげな顔になる。もう済んだことだし、転生したことに対して私はどうとも考えていない。
フィーネさまは大丈夫かと彼女の顔を見れば真剣な眼差しで、エーリヒさまとテラさまとグイーさまの間に視線を彷徨わせている。その姿は一言一句聞き逃さないという意志がアリアリと感じられた。
今回の件、話の主導を握るべき本当の人物はフィーネさまなのだろう。
神さまの島に赴く前に誰がグイーさまとテラさまに質問を投げるかと三人で協議していた。私は乙女ゲームについて詳しくないからと早々に辞退をし、エーリヒさまとフィーネさまどちらかが質問を投げるかとなった。
そうしてフィーネさまは彼女が質問をすればまた感情的になって、話の筋が逸れてしまうと語ったのだ。前回、フィーネさまが泣きださなければもっと詳しく世界について聞けていたかもと反省しているらしい。ならばとエーリヒさまがゲームについて質問することになり、私とフィーネさまが気になっていることを彼に託したのだ。
「いや、いつの頃だったか。娘たちが誕生した頃だった気がする」
むむむと考えているグイーさまが記憶を掘り出してくれたようである。四女神さまが誕生した頃となれば億単位の時間ではなかろうかと私は四女神さまを見る。するとヴァルトルーデさまとジルケさまが前を向けと無言で圧を放っていた。なにか理由があるかもしれないしと私は前に向き直る。
「あ~……時間については結構簡単に渡れちゃうから、グイーの記憶に残っている私は最近の私なのかもしれないわねえ」
「え、ちょ! 初めて聞いたぞ!」
テラさまの声にグイーさまも四女神さまもぎょっとした顔になる。もしかしてグイーさまは時間を超越することが難しいのだろうか。そういうことであれば彼らがテラさまの言葉に驚いているのも納得できた。
「ごめん、ごめん。星と星の移動を試みた時、目標にした時間軸からズレることがあって。出会った頃のグイーも好きだし、会えたから良いかってなってその時のグイーにゲームの情報を渡したの」
「うー……複雑な気分だが、テラにお願いされて悪い気はしなかったからなあ。過去の儂に嫉妬しそう」
「ま、私であることに変わりはないもの。そう心配しなさんなって。禿げるわよ?」
少し項垂れているグイーさまにテラさまがカラカラと笑いながら彼の背を叩いている。グイーさまはテラさまの態度に怒りもせず頭を両手で抑えた。
「止めて。テラが言うと本当に禿そう」
神さまも人間と同じで禿げたくないようである。むーと唸っているグイーさまの頭の天辺にグイーさま一家の女性陣の視線が刺さっていた。
「す、すみません。今の話を整理すると、テラさまはある程度、好きな時間に行くことができる。平行世界が存在している。乙女ゲームの情報は時間を渡ったテラさまにより、グイーさまの星では何億年も前から構築されてきた、と」
「合っているわ。個人的なやり取りは明かせないけれどね」
エーリヒさまが小さく手を挙げて話を纏めてくれるのだが、テラさまの言葉は全てではないようである。確かに個人のやり取りがあったならば明かせないことはあるのだろう。
こうして私たちの話に神さま方が付き合ってくれているだけでも奇跡だし、フィーネさまの心残りも解決しようとしてくれている。有難いことだと感謝しつつ、私たち以外にも銀髪くんとヒロインちゃんという転生者がいたこと。勇者さまと共和国の勘違いくんも日本からの転生者であることを明かした。エーリヒさまが。
「え、君たち以外に送った人間がいるけれど、妙な奴は選んでないんだけれどねー……どうしてだろ?」
テラさまがお茶をズズズズズと飲み干した。啜る文化はこちらの世界には馴染みがないため、微妙な雰囲気を醸し出している方が数名いる。
「待て、待て、待て、待て。待ってくれ! それだと儂の意思を無視しているではないか! 儂はテラが送ってきたからこそ受け入れたのだぞ!?」
グイーさまが『はあ!?』と納得をしていない声を上げると、テラさまが溜息を一つ吐いた。確かにグイーさまが今いる星は管理しているのだから、他の神さまからの介入なんて受け入れないだろう。
グイーさまより強い神さまがしれっと送り込んだのだろうかと、私はフィーネさまとエーリヒさまの顔を見る。お二人も頭の中でいろいろとパターンを考えているようで、新たな可能性に難しい顔になっていた。
「だよね。誰かがグイーの星に介入してる?」
「お前さん、モテるからなあ。気付かぬうちに他の神から嫉妬やらやっかみやら受けているんじゃ……」
グイーさまの話によればテラさまは神さま界隈で男女問わずモテているらしい。あっけらかんとしたテラさまの性格は神さま界で珍しいらしく、眩しく映るのだって。
テラさまに求婚している男神さまが沢山いたけれど、グイーさまが最後に彼女の心を射止めたようだ。女神さまの告白も受けていたと知った四女神さまは『母さん凄い』『母上さまは美人ですもの』『そのうえ嫉妬深くないですから』『世の中色んな奴がいるしな』と口々に声を上げている。
「えー……これでも私、グイー一筋なんだけれどなあ。それに私じゃなくてグイーの気を引きたい奴がいるのかも?」
「まさかあ!」
「最近の神の世界の主流は線の細いカッコいい男神だけれど、グイーみたいな筋骨隆々な男神が好きっている女神もいるでしょうしねえ。分からないわよ~」
「いやあ、そんなことは」
グイーさまがデレっとした顔になると、言い出しっぺのテラさまがむっとした顔になる。するとゴンと足下で音が鳴り、グイーさまの顔色が青くなっていく。痛いと小声が耳に届いた気がするが触れない方が良いのだろう。
「ま、私がグイーに頼んで乙女ゲームの世界を構築して貰ったのは本当。随分前のグイーにお願いして、状況が整えば乙女ゲームの舞台に似ている場が用意できるだろうって言ってた。だから今がその時なのでしょうね。まあ私が送った魂で随分とシナリオが変わっちゃったみたいだけれど」
テラさまの言葉にエーリヒさまとフィーネさまと私が『うっ』となる。テラさまは乙女ゲームの舞台で登場人物が動いている様を見たかったようであるが、乙女ゲームのシナリオは影も形もないようになっている。
ジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまは今の話を聞いてなにか思う所はないのだろうかと、私が後ろを振り向けば四人は『気にしなくて良い』と軽く首を振る。
多分、以前にゲームの舞台と酷似していて、乙女ゲームの世界かもと説明しておいたことが功を奏したようだ。もし情報を彼らに開示していなければ、凄く驚いて取り乱していた可能性もあるから本当に伝えておいて良かった。
「気にしなくて良いわ。そういうこともあるのでしょうし、全く同じ世界なんてつまらないもの。私は動いている本物が見れて満足しているしね」
あとは各々、自分の生き方に後悔がないように振舞いなさいなとテラさまが告げる。なにを勝手なと怒る人もいるかもしれないが、テラさまがいなければジークとリンとクレイグとサフィールに会えていない。
フィーネさまとエーリヒさまも今いる世界に大事なモノがあるはずだ。だからこそテラさまに文句は言わず、ただ元の世界にいる家族や友人がどうなっているのかと気にしただけだった。そりゃ地球に行けるなら行ってみたい気もするけれど無理なら諦める他ない。
「とりあえず私はフィーネの家族について調べてくるわね。他に変な介入がありそうなら止めておくし、ソイツぶん殴っておくから!」
テラさまがパチンとウインクをするのだが、神さま同士の喧嘩って宇宙規模で大変なことになりそうだ。大丈夫だろうかと心配していると、その辺りは配慮するわよとテラさまが言い切った。
「あ、あの……」
「どったの、エーリヒ?」
「あ、いえ。なんでもありません。私の気の勘違いでしょうし」
恐縮気味にエーリヒさまが声を上げてテラさまが返事をくれる。でも結局エーリヒさまはなにも言わないまま、話を終えてしまった。どうしたのだろうと首を傾げていると、テラさまも首を傾げつつ深くは突っ込むまいと判断したようである。
「んん? ま、それならいっか。あ、そだ。前は言い出せなかったんだけれど……――ジークフリードがいるわ! ハインツも!! ソフィーアとセレスティアもいるし、本物よ、本物!! って、フィーネもじゃない!!」
テラさまがガバッと席を立ち後ろに控えていたジークと副団長さまとソフィーアさまとセレスティアさまの方へと向かいマジマジと顔を見ている。彼女は彼らに触れたそうに手をワキワキさせているが、嫌がられると考えているのか我慢していた。
でも元地球出身のフィーネさまには遠慮が必要ないのか、テラさまは両腕を伸ばしてフィーネさまをぎゅっと抱きしめた。抱きしめられたフィーネさまはなにが起こったのかと理解できておらず、あっけに取られている。
「うわー! 若い! 眩しい! 羨ましいなあ……!」
うふふーと少し鼻息を荒くしたテラさまはむぎゅむぎゅとフィーネさまを抱き留める腕に力を入れている。フィーネさまは大丈夫かなと見守っていると、グイーさまが驚いた顔になっていた。
「え? 儂じゃ駄目? そりゃ儂は男じゃし……女子には敵わぬけれど」
「ほら、私たちの関係ってマンネリ化しているじゃない。刺激が欲しいもの」
グイーさまにテラさまはフィーネさまを抱きしめたまま答えた。まさしく一刀両断というか、鋭い刃がグイーさまの心に刺さるものである。
「……ぬう」
「残念。それに、グイーには女の子の柔らかさは再現できないわ。ねー? って、あれ? フィーネ、ちょ! 大丈夫!?」
白目を剥きかけているフィーネさまの頬をテラさかがぺしぺし叩いていると、はっとしたフィーネさまがきょろきょろと周りを見渡した。この場にいる全員がテラさまに白い目を向けているような気がする。
「一瞬、三途の川が見えた気がします」
「ご、ごめん……!」
フィーネさまはテラさまに生きているので大丈夫ですと答え、テラさまはご家族のこときちんと調べてくるからと約束を交わしていた。フィーネさまの心残りは解消しそうかなあとなり、話は終わりだからバーベキューをしようとロゼさんから食材や道具を取り出して貰い準備を始めるのだった。






