1176:お話しできるかな。
テラさまとの面会は神さまの島に赴くことになったのだけれど、そうなった経緯に随分と周囲の皆さまには驚かれてしまった。グイーさまはテラさまがこちらの世界にきてくれるため超ご機嫌――北大陸の北端では青いオーロラが最近良く現れて、凄く綺麗だと観光客に人気らしい――なのだそうだ。
北と東の女神さまも楽しみにしていると、日程を調整してくれたジルケさまから教えて頂いている。西の女神さまであるヴァルトルーデさまも久方振りに戻るし、グイーさまが話が終わったらまたバーベキューをしたいとのことなので、ロゼさんには大量の食材を預けている。
前回より人数は少なくなってしまうものの、テラさまがいらっしゃるなら大丈夫だろう。地球のバーベキューに敵うかどうか心配だが、美味しい品が多いし鰻をこっそりロゼさんに持って頂いているので楽しみである。
そうしてヴァルトルーデさまとジルケさまの転移で移動をして、一瞬で神さまの島へと辿り着いた。北大陸の大陸鉄道に乗ってゆっくりと移動しても風情があって良いものだけれど、今回は大事な話となるので一気に移動を選択した。
大陸鉄道の話を聞いたヴァルトルーデさまが乗りたそうにしていたから、いつか彼女は北大陸も視察の場所に選ぶ可能性があった。
神さまの島は相変わらず北大陸の北端の位置より更に北の位置にあるというのに、随分と暖かい気候である。グイーさまの屋敷にまで向かう道程には、見たことのない草木が生えていて目に新鮮だ。飛んでいる虫も珍しい形をしていたり、色合いの綺麗な蝶がたくさん飛んでいる。グイーさまの趣味にしては随分と美しい配色のような気がした。
今回のメンバーはフィーネさまとエーリヒさまと私である。護衛役としてジークとリンに側仕えのソフィーアさまとセレスティアさまにアストライアー侯爵家の護衛の方々と聖王国のフィーネさまを護衛している方々だ。
信仰心の高いウルスラさまには申し訳ないけれど、子爵領の領主邸新築祝いパーティーで我慢して欲しい。一応、誰彼に聞かせられる話ではないと編成は最小限の人数にしておいたのだ。
ということは、アルバトロス王国最強の魔術師である副団長さまが一緒なのは明白で、猫背さんもルンルンで護衛役に勤しんでいる。副団長さまは理解できるけれど、戦力という意味では猫背さんは平場の魔術師団の方と同レベルと聞いていた。猫背さんは戦力というよりも副団長さまと一緒に神さまの島を目に焼き付けて、研究対象にするために選ばれたのかと割と失礼なことを考えてしまっていた。
一行はグイーさまの屋敷に辿り着く。門扉を潜って玄関前まで歩いて行けば、正面の扉が勢い良く開いてグイーさまが私たちを出迎えてくれる。
「ナイ! みんな! 直接会うのは三度目だな! 人間なら、久しぶりと表現する方が良いのかの?」
彼が言い終えると同時にテラさまも姿を現して、ひらひらと私たちに向けて手を振っていた。私たちが軽く頭を下げたことを認めて、テラさまはグイーさまの方へと顔を向ける。
「グイー。随分とナイを気に入っているのねえ」
肩を竦めるテラさまにグイーさまが豪快に笑う。私の目に映っている光景は本当に美女と野獣という表現がピッタリで、なんとなくお似合いの夫婦である。少し遅れて屋敷の中から北と東の女神さまが姿を現した。二柱さまは少し呆れた様子でグイーさまとテラさまへ視線を投げていた。
「娘の引き籠もりを解消してくれたからな! それに他の皆も面白い人間が揃っているぞ!」
グイーさまがヴァルトルーデさまに一瞬視線を向け直ぐにテラさまへと戻した。ヴァルトルーデさまは少し恥ずかしそうに照れていて、彼女のそんな姿は初めてみたかもしれない。
「強制的に引き摺り出すこともできたでしょうに」
「最後の手段じゃよ」
テラさまが片目を瞑って両肩を竦める。やはりグイーさまは強制的にヴァルトルーデさまを部屋から出すこともできたようだが、彼女を無理矢理部屋から出した所でなにか意味はあったのだろうか。終わったことだし、今は地球の乙女ゲームの謎を解き明かそうと私は首を軽く振る。
「東屋に行こう。部屋の中より外の方が良いだろう」
グイーさまの声に誰も反対する方はおらず、そのままお屋敷の東屋へと移動する。グイーさまが他の方にお茶を淹れて欲しいと頼んでいる所にテラさまが呼び止めた。
「あ。あっちからいろいろと持ってきているの。安物だけれど気に入っているから、みんな飲み食いしながら喋りましょ!」
そう言ったテラさまの胸の谷間――テラさまの本日の衣装は薄着なので谷間が見えている――から、スーパーで売っている緑茶と缶入りの粉末レモンティーが現れ、これまた日本の有名菓子メーカーのポテトチップスやクッキーにチョコレート菓子がたくさん出てきた。
久しぶりに見た懐かしい商品に私が目を輝かせていると、フィーネさまとエーリヒさまも目を輝かせながら商品を見ている。ジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまに護衛の方々と副団長さまと猫背さんは懐疑な表情を浮かべて見ている。確かに包装はアルミの袋やプラスチックの包装である。中を開けて個包装している所まで見れば『どうしてそこまで?』と心の中で考えていそうである。――一先ず。
「お心遣い、ありがとうございます」
「郷愁に駆られて落ち込んじゃうことも考えたけれど、娘とナイから聞いた話から大丈夫かなーって。二人に余計なことだったらゴメンね」
私がテラさまに頭を下げると、苦笑いを浮かべた彼女がフィーネさまとエーリヒさまに視線を向ける。もしかして彼らと円滑に話をするためか緊張を取り除くために、テラさまは持参してくれたのか。
なににせよ、世界の謎が解き明かされることを願おう。話はフィーネさまとエーリヒさまに丸投げという情けない形だけれど。
「い、いえ! 凄く懐かしいですし、日本のお菓子とお茶は久しぶりです!」
「ええ。食すのが凄く楽しみです」
フィーネさまとエーリヒさまが伸ばしていた背をさらに伸ばしてテラさまへと返事をすれば、神さま方がお二人を見て笑っている。嘲笑ではなく、微笑ましそうに見ているから、たんとお食べと考えているのかもしれない。
「よろしくね~」
「畏まりました」
テラさまが他の方に軽い調子で語り掛けると、その方は恭しく頭を下げてお茶とお菓子を受け取って屋敷の方へと下がって行く。きちんとお茶を淹れてくれるようで安心だ。
グイーさまなら創造すれば良いかと言い出しそうだけれど、こういう所はちゃんと淹れたお茶やお菓子を出してくれる。彼からすればお酒を飲みたい所だろうけれど、真面目な話なのでお茶を飲むらしい。お茶とお菓子が届かぬまま、テラさまがこほんと一度咳払いをした。
「で、私に聞きたいことって?」
本当は私が答えることかもしれないが、今日の主役はフィーネさまとエーリヒさまだとグイーさま方には伝えて貰っている。なので私はどうぞという意味を込めて、お二人に視線を向けた。
ごくりと息を呑んだような気もするが、フィーネさまとエーリヒさまは二人で視線を合わせて頷き、男性であるエーリヒさまが先に口を開いた。
「この度はこのような場を設けて頂き感謝致します」
「気にしなくて良いわ。私が気軽に君たちの魂をグイーの世界に送ったことも関係しているしね。もし転生したことが余計なことだって言うなら怒っても良いのよ」
エーリヒさまの口上にテラさまが肩を竦めた。少し申し訳なさそうな顔をしたテラさまだけれども私は感謝していた。転生して間もない頃は大変だったけれど、今は大事な人や物がたくさんあるし、守らなければならないことも増えた。
意味をあまり感じていなかった前回の人生よりも日々が充実しているのだから。ふとフィーネさまとエーリヒさまはどうなのかと彼らに顔を向ける。他の方も心配しているようで彼らに視線が集まっていた。
「生まれ変わった頃は便利だった日本に未練がありましたが、でも俺は事故で死んでしまった。だから次を頂けたことに感謝しています。それに今、楽しいですから」
エーリヒさまが穏やかに告げた。彼はきちんとした場なのに『私』という言葉を用いていない。もしかして自分の意見を伝えるためにワザと『俺』という人称を使ったのだろうか。一度そう考えると、それしかないような気がしてならない。
「……私は正直、後悔している所があります。家族と友人に別れを告げられなかったことは残してきたみんなに申し訳なくて。私がいなくなって、私に囚われて前に進めていなければどうしようって」
フィーネさまが眉を八の字にしながら、顔を下げ手元を見ながら声を絞り出している。テラさまもグイーさまも四女神さまも彼女の声を聞き逃さないようにと黙って聞いていた。
「私なんかが神さま方にこんなことを言ってしまえば不敬になるかもしれませんが……お願いです!」
がばっと顔を上げたフィーネさまがテラさまとグイーさまに視線を投げた。
「家族や大切な友人が私のことを引き摺っていないかだけは知りたいのです! 会えなくても、せめて彼らの状況を……!」
普段より大きな声量でフィーネさまが言葉を紡ぐ。以前のみんなの前で泣いた彼女は転生自体に納得していなかった気もするが、少し時間が経って落ち着きを取り戻せたようだ。元の世界への未練は立ち切れていないかもしれないけれど、フィーネさまは確りとした表情で目の前の方々を見据えている。
確かに大切なご家族がフィーネさまの死に囚われたまま生活しているとなれば、どうにかしたいと考えるのが普通なのだろう。
「娘たちから聞いた話だと貴女は少し危なっかしいかもって考えていたけれど……今の君なら大丈夫かな。でも君たちがいた時間とグイーの世界の時間の流れが同じとは限らない」
テラさまが真面目な顔を浮かべて答えてくれる。テラさまのできうる範囲で調べてくれるそうだが、少し時間が掛かるとのこと。最悪の場合も考えて欲しいとテラさまがフィーネさまに伝えていたので、地球とグイーさまの星との時間が同じ流れではない可能性もある。
「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!!」
フィーネさまがテラさまの言葉で顔を明るくする。時間の流れや別の地球だったらどうするのかと悩むが、テラさまであればいろいろと理由を付けてフィーネさまを納得させてくれそうである。
彼女の心が軽くなるなら良いことなのだろう。今日は乙女ゲームの世界の舞台がどうしてグイーさまの世界に流れたのかをエーリヒさまが問い質すために神さまの島にやってきたのだ。フィーネさまを気遣いつつ、エーリヒさまが口を開く。
「では本題に」
彼の声にグイーさまとテラさまが頷く。ヴァルトルーデさまとジルケさまと北と東の女神さまは東屋を囲う縁に腰掛けて立ったまま話を聞くようだ。お茶が用意されてそれぞれの前へと置かれ緑茶の良い匂いが漂ってくる。ティーカップに入っていることに違和感を覚えるけれど、今は気にする時ではない。
さて、どんな話が飛び出てくるのかと背をまっすぐに伸ばして私はエーリヒさまとテラさまの顔を見つめるのだった。