1172:銀シャリさまの後光。
フソウの出島の越後屋さんのお店から鰻重の持ち帰りをしたのだが、クレイグとサフィールにも食して貰ったところタレが美味いと唸っていた。確かにタレは美味しいのだが、タレの旨味を演出してくれる銀シャリさまの後光には気付いてくれない。
流石に完璧な味の理解は難しいかと苦笑いを浮かべるものの、ヴァルトルーデさまもジルケさまも美味しいと唸ってくれていた。ジークとリンにソフィーアさまとセレスティアさまと家宰さまも食して貰って、美味しいとお言葉を頂いている。
鰻はアルバトロス王国でも獲れるのだが、見た目の問題なのか好まれてはいない。食べる物に困った末に川で獲って食べるというのがアルバトロス王国、もとい西大陸での鰻さんの立ち位置だった。
子爵邸の皆さまにもお土産をと鰻重ではなくひつまぶしを越後屋さんに用意して頂いている。武士の方や国外の貴族を相手にしているので、屋敷で働いている者たちにもと私が伝えると越後屋さんの理解は早かった。
鰻さんの質を落とした買いやすい価格と教えてくれたので、一応子爵邸で働いている方たちの分と託児所の子供たちの分を用意して貰ったのだ。好みもあるだろうし、慣れない国外の料理なので興味がある方だけ食べてくださいねと伝えている。果たして何人の方が気に入ってくれるのだろうかと少し楽しみにしている。
保存の問題はロゼさんに預ければ、冷めることも腐ることもないので凄く有難い。聖王国に滞在しているフィーネさまとエーリヒさまにはアストライアー侯爵家の使いの方とロゼさんと一緒に赴いて頂いた。彼らの感想も楽しみにしているのだが、鰻重を届けて二日経っているのでお手紙がそろそろ届くはずである。
肌寒い日がまだまだ続いて、季節は二月を迎えている。よくよく考えれば来月には子爵邸から侯爵邸に引っ越すし、今年から領地にも長期滞在することになっていた。
朝起きて着替えと食事を済ませてから執務室へと向かう。いつも通りの面子で仕事を捌こうと私が自席に腰を下ろせば、執務机の前に家宰さまが立つ。ソフィーアさまとセレスティアさまと壁際に控えているジークとリンがなにかあったかと一瞬身構えるが、彼の表情は切羽詰まっていないので他愛のない話題のはずである。
「ご当主さま、フソウの土産として頂いた『ヒツマブシ』は皆に好評でした」
家宰さまがにこりと笑みを携えて、お土産として子爵邸の皆さまに渡したひつまぶしは人気だったようである。ただやはり見慣れない代物なので、中身を確認して食べるのを止めた方もいれば、鰻の触感が苦手だと箸を止めた方もいるそうだ。
食べなかった方を責めるつもりはなく、美味しいと言って頂いた方々が残ったひつまぶしを有難く平らげたと教えてくれたので私的になにも問題はない。私は家宰さまの顔を見上げて口を開く。
「それは良かったです」
次は一種類だけではなく、なにか違う消えもの系のお土産をいくつか用意した方が良さそうだ。せっかく買ってきたのだし、残念と感じた方には別の品があっても良さそうである。
「しかし、ご当主さま。出かける度にお土産を頂くのは有難いのですが、ご負担になっておりませんか?」
「特には。他国に出掛けた際に買い付けることが楽しいですし、美味しい品を探すのも楽しいですよ。自分だけ美味しい物を食べるのは気が引けますし、数は少ないかもしれませんがみんなでお裾分けです」
片眉を上げた家宰さまに私も片眉を上げて笑う。屋敷で働く方たちに出掛けた先のお土産を買ってくるお貴族さまはかなり珍しいそうである。私は出張で出掛けた際に職場の方々にお土産をという文化が根付いている所にいたから普通のことと捉えているけれど、屋敷の皆さまは嬉しいけれど貰って良いのかなと首を傾げているらしい。
有給制度やボーナスに託児所に、お野菜さん持ち帰り制度やお弁当制度を敷いているため、それだけでも有難いのにお土産まで頂いてしまい……と子爵邸で働く方々は感じているそうだ。
「働く気力が下がれば、子爵邸の維持管理の質も落ちてしまいます。皆さまのやる気を捻出するための飴だと捉えてくだされば良いかなと」
私の言葉に家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまが小さく息を吐いた。おそらく私の態度は甘いと言いたいのだろうけれど、悪いことではないためなにも言えないようである。
高級品は買っていないし、本当にお土産用のお菓子を買い付けているだけなので気にしないで欲しい。まあ私がご当主さまを務める時間が長くなれば、屋敷で働く方々には定着しているだろう。
「あ、料理長さま方はなんと?」
「彼らも美味しかったと。ただウナギを綺麗に捌くには、少し時間が必要だと言っておりましたね」
今度の家宰さまは真面目な顔になっている。目の前の彼は、屋敷の主人に提供する料理に不備があれば問題だと捉えているようだ。私的には美味しければ見た目はある程度許容できるが、家宰さまと料理長さんや調理場の方々的には許せないようである。
それならまたフソウに赴いた時に捌いていない鰻を買ってこようと決める。そういえばアルバトロス王国産の鰻は美味しいのだろうか。少し気になるし話題に丁度良いかと私は口を開いた。
「そういえばアルバトロス王国の鰻って見たことありますか?」
私の疑問に家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまが首を捻る。
「私は見たことがありませんね」
「私もないな」
「非常食ですので、食うに困らぬ限りは獲らない代物ですものねえ」
やはりアルバトロス王国での鰻の立ち位置は確立されてはおらず、食材としてスルーされているようだった。
「どこかで買えると良いのですが……」
「子爵領の川にならいるんじゃないか?」
私の疑問にソフィーアさまが答えてくれる。確かに子爵領には川が流れているし、侯爵領にも大きい川が存在している。もしかして獲れるかもと考えて私は次にやるべきことを口にした。
「じゃあ鰻取り用の仕掛けをフソウで買って設置してみましょうか」
「構わないが、設置は領の者に任せておけ」
「当主自ら罠を仕掛けるなどあり得ませんもの」
私の提案に肩を竦めるソフィーアさまとセレスティアさまの隣で家宰さまも小さく笑っていた。どうやら私の食い意地が張り過ぎていることが面白かったようである。そうして本日の執務に取り掛かる。一応、第二回目のなんちゃってお見合いパーティーを企画しており、また独身者を募ってカップル成立を狙う予定だ。
今度は領内だけの村々からの募集となるのだが、一回目の効果は出ているようである。顔見知りが他の村にいるという状況は彼らにとって良いものだったらしい。人手が足りない場合は合同で狩りに出て、獲物を獲るということを始めたようだ。女性陣も手織りの布の模様のデザインを教え合ったりして、新たな交流が生まれているとのこと。
ただ狩りの場合は獲物の分け前で揉めそうなので、その辺りのルールは確りと決めて欲しいとお願いしておく。争いに発展すれば事態を納めないといけないのは私だから、状況が酷くなる前に手を打っておかないと。
もう一つ。副団長さま方に調査をお願いしていた、辺境伯領の大木の精霊さんがくださった種の調査が終わったとのことである。
私の屋敷では凄い勢いで育つのは、やはり私の魔力が起因しているらしい。精霊さんが私に向けて創り出してくれた種のため、反応が凄く激しくなるのではと副団長さまの報告書に記されている。他にも匂いが良いので香水にすれば人気が出るだろうと提案を受けている。蜂さんに花粉を取って貰えば、質の良い蜂蜜も獲れるだろうとのこと。
魔術師団では代を経るごとに大木の精霊さんのお花は成長速度が鈍化しているそうだ。私に関わる土地以外なら普通の成長速度を保ってくれそうなので、欲しい方には差し上げても良いのかもしれない。
この話は要相談だけれど、せっかく辺境伯領の大木の精霊さんから頂いた種である。なにかに使えると良いのだけれどと頭の中で考えていると、執務室にノックの音が二度響く。
珍しくリンが対応してくれると、侍女頭さまがやってきたそうだ。緊急ではないものの、早めに私に知らせた方が良いだろうとのことらしい。侍女頭さまが執務室の中へと足を踏み入れると、トレイを両の手で持ち上には二通の手紙が置いてあった。
「ご当主さま、ベナンター準男爵さまと聖王国の大聖女さまからお手紙が届いております」
侍女頭さまが恭しく礼を執り、二通の手紙が乗った四角いトレイを差し出してくれる。家宰さまが彼女から受け取ってくれて、私の下へと届けてくれた。
「ありがとうございます」
「いえ。ご入用の際は遠慮なくお申し付けくださいませ」
家宰さまから私が手紙を受け取れば、侍女頭さんはそそくさと執務室から出て行った。侍女頭さまが雑務を引き受けるのは珍しいので、他の侍女の方は女神さまのお相手を務めているのだろうか。
とりあえず届いた手紙を今確認しても問題ないかとお三方に聞けば、構わないと返事が戻ってくる。家宰さまがペーパーナイフを用いて手紙を開封してくれた。中身は取り出さず、そのまま私に二通の手紙を渡してくれる。
フィーネさまから頂いた手紙からは良い匂いが漂っていた。甘過ぎない香りは丁度良い塩梅の強さである。女性らしい振る舞いは私に似合わないので手紙に香りをつけたりしないが、気を使ってやるべきなのだろうか。
報告書には必要ないし、手紙を出した時に香りを付けていれば『なにが起こったんだ!?』と私からの手紙を受け取った方が挙動不審になっていそうだ。やはり柄ではないなと小さく息を吐き、先にフィーネさまからの手紙に目を通す。
鰻重はロゼさんのお陰で十分温かさを保っており、鰻の焼き加減にタレの量にご飯の量は適切でとても美味しかったと記されている。アリアさまとウルスラさまにも好評で、鰻がこんなに美味しい食べ物だなんてと驚いていたらしい。
私が直接聖王国へと赴かなかったことを残念に捉えている方々がいるそうで、教皇猊下方が落ち込んでいる方たちを嗜めているそうだ。どうやら私が動けば女神さま方も一緒に移動をしていると噂が流れており、フィーネさまの下へ私の使者がきたことで、女神さまと顔合わせできるかもと期待に胸を膨らませていた方がいるようである。
なんだかなあと私が小さく息を吐けば、家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまが気遣う表情になっている。フィーネさまの手紙の内容を軽くお三方に告げれば『ああ、そういうことか』と少し呆れていた。西の女神さまが聖王国に赴く日はくるのだろうか。なににしても安易に私が向かうのは控えた方が良さそうだった。
そしてエーリヒさまの手紙にも目を通せば、鰻重が美味しかったことと、聖王国では女神さまに会いたいと願う聖王国上層部の方が日に日に増えていると記されていた。
少し前、お泊り会を開催したのは失敗だっただろうか。女神さまと会ったとフィーネさまとアリサさまとウルスラさまは聖王国の方々に問われるだろうし、面倒なことになっていなければ良いのだが。
私がエーリヒさまからの手紙の内容を簡単に告げれば、お三方は次に聖王国がなにかやらかせば西の女神さまが直々に向かうのではと唸っている。
確かに聖王国の皆さまにはヴァルトルーデさまからの有難い一言を頂いた方が、真っ当な聖職者になれそうだと考えてしまうのは致し方ないのだろうか。どうかフィーネさまとアリアさまとウルスラさまに、教皇猊下とマトモな聖王国の方々は健やかに過ごせますようにと願うしかない私だった。