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1166:権太くんは無事か。

 ――権太くんのお母さんを祀っている社の近くに辿り着く。


 ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんの背中から降りて、私たち一行は森の中を歩いていた。きょろきょろと権太くんがいないかと辺りを見渡すものの、彼の姿は確認できないでいる。松風の通訳を担ってくれているヴァナルと雪さんたち――森の中を歩くため普段のサイズに戻っている――曰く『動いちゃ駄目ってゴンタに伝えている』『多分、動かないはずです』『しかし権太ですからねえ』『心配です』と教えてくれている。


 案内役の松風が先頭を小走りで歩き早く来てと言いたげに後ろを振り返るのだが、人間の足では草木が生い茂る場所を歩くのは少々難儀していた。獣道すらないようだし、完全に人間の出入りはないようである。そうなると権太くんを襲った者は人間でない可能性がでてくる。ならば、気性の荒い熊にでも襲われたのだろうか。なににせよ権太くんの容態が心配だと、松風の後ろを必死に歩く。


 一応、松風の後ろに雪さんたちが歩いて、続いてジークとリンが歩いて仮の道を作ってくれているものの、やはり歩き辛いことには変わりない。最後尾にはなにかあっては危険だとヴァナルが歩いてくれている。なにが襲ってきても問題なく対処できる面子だろうし、ヴァルトルーデさまとジルケさまもいらっしゃる。凄い面子だなと感心していると、松風が何度か軽く咆えてもう直ぐだと教えてくれた。


 『無事だと良いけれど』


 私の肩の上でクロが心配そうな声を上げる。確かに無事でいて欲しいと願っているけれど、口に出されると不安に駆られてしまう。大巫女さまとフソウの皆さまも心配そうな顔をしているので、権太くんは朝廷と幕府の皆さまの間で馴染んていたようである。

 悪戯好きで迷惑を掛けているものの、彼の見た目の愛らしさから憎むことはできなかったようだ。おそらく妖狐の仔という産まれも関係しているのだろうけれど、朝廷と幕府の皆さまから勝ち取ったものは権太くんが自分で手に入れたものだ。権太くんが築き上げた物を壊したくないなと前を向いて、草むらを分け進めば権太くんと早風の姿が見えた。


 『……あ』


 ぺたんと地面に座り込んだ権太くんと心配そうに彼を見ている早風の姿を見て、私は安堵の息を吐き口を開いた。


 「権太くん、大丈夫!?」


 私がいの一番に声を上げると、ぴくんと権太くんが片耳を揺らす。尻尾は痛みに耐えているのか全く動かしていない。普段であれば三本の尻尾がゆらゆらと動いているというのに。

 早風に怪我はないようだとチラリと横目で確認して私は権太くんの下へとしゃがみ込んだ。単衣の着物から覗く肌を覗けば、肌の色が青くなっている部分があった……殴る蹴るの暴行を受けた人の怪我にそっくりだと、暴力沙汰を起こして怪我を負った男性が教会に駆け込んだ時のことを思い出す。


 『平気や! なんできたんや!?』


 権太くんは喋ることができるので一安心である。彼の着物の合わせの部分から二匹の仔狐が私たちの顔を覗き込んでいた。不安そうに打ち震えているのだが、一体どうしたのだろうか。あとできちんと話を聞かなければと私は小さく息を吐いてから、権太くんの疑問に答える。

 

 「松風が権太くんを心配して、急いで朝廷に駆け込んできたから。みんなも権太くんが怪我を負ったって聞いて、ヴァナルと雪さんたちの背に乗ってここにきたんだ……って可愛い仔たちだね」


 『べ、別に大した怪我やあらへんし!』


 権太くんは声を荒げるが、喋り終えたあとに胸を手で抑えた。もしかして折れていると心配が募るけれど、勝手に治癒魔術を施す訳にはいかないと先に説明しておく。


 「でも、青痣がいろんな所にできているし、下手したら骨が折れている所があるかもしれない。今は痛くないかもしれないけれど、あとで痛くなることもあるから、きちんと治そう?」


 私の言葉に後ろで大巫女さまがうんうんと頷いているようである。フソウの面々も『強がらずとも良いのに』と少し呆れた雰囲気を醸し出していた。とりあえず権太くんは無事と分かったから、取れる態度なのだろう。


 『…………』


 無言を貫く権太くんに松風と早風が鼻先を彼の顔に当てて心配そうにしている。本当に仲が良いので、彼らの関係を壊すようなことにはなって欲しくない。椿ちゃんと楓ちゃんと桜ちゃんも権太くんの側で心配そうにしている。

 いつもであれば飛び掛かってペロペロ攻撃をしているのに、今日の彼女たちは凄く大人しい。無言のままの権太くんに困っている私の横に雪さんたちが立つ。


 『権太、意地を張っていないで治して頂きましょう』


 『怪我を治して、状況を教えてください』


 『場合によってはわたくしたちが動きます』


 雪さんたちからゴゴゴという圧を受けている気がする。ヴァルトルーデさまとジルケさまからも感じるが、頑張って抑えてくれているようだった。一応、介入する気はないようだけれど権太くんが怪我を負った理由が酷ければ、北の女神さまを()ぶと仰っていた。

 強制的に召喚された北の女神さまが困るのではと私が聞けば、神さまの島でのんびり過ごしているから問題ないとのこと。


 雪さんたちが言い終えると、大きな前脚を差し出して権太くんにちょこんと触れる。


 『痛いやんけ!! ……っは!』


 権太くん、痛みを我慢しているのがバレバレだよと私は苦笑いになる。さて、雪さんたちが治そうと仰ってくれたので、勝手に術を掛けてしまっても良いだろう。一先ず大巫女さまに治癒は可能かと聞いてみると、権太くんの方が力が強いので術を施しても効果が薄いとのこと。

 ならばと私は権太くんの前に右手を差し出し、三節の治癒魔術を詠唱した。一応、怪我に対応している術なので、暫くすれば青痣は消えるし、折れた骨もくっついているはず。暫くの間動き回らないで欲しいけれど、外で暮らしている権太くんには無理な話かもしれない。


 『痛いのがのうなった』


 術を掛け終えると権太くんが不思議そうな顔を浮かべて、手をグーパーグーパーと動かして胸の辺りをすりすりと自分で擦っていた。権太くんのお腹の位置にいる仔狐二匹がびくっと身体を固まらせると『脅したつもりはないねん。悪いなあ』と語りかけた。

 仔狐二匹は権太くんの言葉を理解しているのか、ピッと耳を立てて権太くんから離れようとしない。よほど権太くんのお腹が気持ち良いのかと私は苦笑いを浮かべる。


 「良かったです。でも暫くは激しく動いては駄目ですからね」


 『……頑張ってみるわな』


 ふうと息を吐いた権太くんが胸元を開いて、二匹の子狐をお腹の上から降ろした。仔狐たちはこてんと首を傾げているので、今の状況を読み込めていないようである。権太くんはどうするつもりかとみんなが黙って見守っているれば、権太くんは仔狐に優しい視線を向けた。


 『ほら、どこにでも行きや。悪い奴に捕まったらアカンで』


 彼の言葉にぺこぺこと頭を下げた子狐たちが暗い森の中へと消えていく。


 「大丈夫なの?」


 私は草むらの中に入って行った仔狐二匹が心配になって、権太くんに聞いてみる。仔狐たちを権太くんが助けたのは同族だからだろう。しかし権太くんは尻尾が三本も生えている妖狐だ。彼に怪我を負わせるなんてどんな者なのだろうか。権太くんより確実に強いはずだし、まだ森の中にいるなら危ない気がする。


 『ん。巣に帰るだけやろ。心配いらへんわ。それに自然の中で生きとるなら弱いもんから死ぬんは当然や』


 「じゃあ、どうして権太くんは彼らを助けたの?」


 自然の摂理に従うべきというならば、権太くんはどうして仔狐二匹を助けたのだろうか。

 

 『食べるんじゃなくて、遊びでアイツらを殺そうとしとった奴がおんねん。見てられんかったから助けに入ったんやけど……』


 権太くんは仔狐が無残に殺されようとしていた所を森の中で見てしまい、彼らを庇うために身を挺したようだ。仔狐二匹を逃がしてから権太くんも逃げるという戦法を取りたかったのだが、複数で取り囲まれていたため庇うことしかできなかった、と。

 権太くんと遊ぼうと偶然、社の近くにきていた松風と早風が取り囲まれている彼らに出会い助けに入ってくれたとのこと。そうして早風は見張り役で権太くんの下に残り、松風はドエの街を目指して走って傷だらけの権太くんを助けて欲しいとお願いしに行ったようだ。一先ず、偶然がいろいろと重なったなと息を吐くが、小さい命を無駄に奪おうとしたのは一体誰なのだろう。


 権太くんに普通の人間が殴る蹴るの暴行できるはずはない。おそらく魔力を放出すれば、すっとんで逃げていくはずだから。むうと犯人は誰だと考え込んでいると、魔力制御の指輪にまた皹が入る。ジークとリンが落ち着けと私の肩を軽く叩いて、クロが『犯人を見つけよう』と顔をすりすりと擦り付けた。

 ソフィーアさまとセレスティアさまも怒ってくれているものの、私が魔術具に皹を入れてしまったことには呆れている。ヴァルトルーデさまとジルケさまは黙って私たちの様子を眺めているので、なにを考えているのか分からない。


 『……アイツらより怖いで?』


 「……酷い」


 権太くんが私の顔を見上げながら呆れた顔になっている。どうにも犯人は誰だと意識すると、私の身体の中で魔力が勝手に巡っているようだ。魔術具の指輪に皹が入ったのは、余剰魔力の排出が追いついていないためだろうか。魔術具の指輪に入った皹は一先ず置いておき、詳しい話を聞きたいともう一度願い出る。


 『なら社に行こや。そっちの方が話しやすいで。母ちゃんにも会って欲しいしな』


 権太くんのお誘いに一同が頷く。彼が言った通り、お母さまに手を合わせておきたいので丁度良い。


 『早よ行くで!』


 『ゴンタ、乗る』


 森の外に指を指している権太くんにヴァナルが声を掛けた。声を掛けられた権太くんは言葉の意味が咀嚼できなかったようで、不思議そうな顔をしていた。雪さんたちがヴァナルの横に並んで権太くんに顔を寄せるのだが、顔が三つ並んでいるせいか威圧感が凄い。


 『癒えた傷が悪化しても問題でしょう』


 『番さまに乗せて貰いなさい』


 『少し羨ましいですね』


 なんだかんだ言いつつも、雪さんたちは権太くんに甘いような気がする。彼とは百年近く付き合いがあるようだから当然かもしれないが。雪さんが権太くんの着物を首を食んで、ゆっくりとヴァナルの背中に落とした。

 ヴァナルの背中に乗せられた権太くんはきょろきょろと周りを見渡して、少し恥ずかしそうな顔になっている。とりあえず移動しようと、私たち一行は権太くんのお母さまを祀る社を目指して歩き始めるのだった。

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― 新着の感想 ―
 権太君に普通の人間が かな?  ナイさん、また装備を壊して・・・出費が。  副団長様達が今度こそ耐えられる物をと意地を見せるのでしょうか?
2025/01/04 20:59 名無 権兵衛
溢れる魔力を魔物達に吸われても吸われてもまだまだ増えるって…さすがに怖くなってきましたね。ナイじゃなかったら世界を手に入れてる頃でしょう。 亡き銀髪君みたいなアホに膨大な魔力なんてあったら使わずにはい…
さて犯人の正体は!? 動物だと狩りの練習で獲物で遊んだり殺すやり方を学ぶとは言うけどな、でも身体中に青痣となると殴る蹴るかな。そうなると人か猿やヒト型の魔物?
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