1154:顔見せ。
東屋からフィーネさまとエーリヒさまが戻ってきたと聞き、お二人と子爵邸の廊下で合流する。西の女神さまと南の女神さまも一緒だし、今はヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち三頭も一緒である。
毛玉ちゃんたちは元の姿に戻っており、気が向けば人化して私や子爵邸の皆さまに構ってとじゃれついているのだが、今は真面目な話をしていると空気を読んでいた。彼女たちは本当に賢くなったなあと感心しながらユーリの部屋へと赴いて、乳母さんと偶々部屋にいたアンファンと挨拶を交わし遊んでいたユーリを抱き上げる。
「ユーリ、今日は部屋の外に出てみようね~」
私はユーリを抱き上げてお尻の下に腕を回すと、彼女は安定するように私の肩に手を添えた。抱っこにも慣れてきたなと笑っていると、初対面であるフィーネさまが笑っている。なんだろうと私が首を傾げるとフィーネさまはくすくす笑っているのだが、先程泣いてしまった気持ちはエーリヒさまによって解消されたのだろうか。一先ず、彼女の気分は持ち直しているようでなによりである。
「ナイさまにどことなく似てますね」
フィーネさまはユーリの顔を覗きながら声を上げた。うーん。確かに異母妹だから血は繋がっているので似ているかもしれないが、ユーリの方がきっと美人さんになりそうだ。
今だって、お目眼はクリクリで鼻筋も通っている上に唇も薄い。手足は幼さゆえにぷっくりしているけれど、成長すれば骨格に適切な肉と脂肪が付くはず。あとは運動と食事に気を付ければ肥満になることはあるまい。肥満になってしまったらユーリと一緒にダイエットだなあと遠い未来を考えていれば、部屋にいる方全員に笑われていた。
「まだまだ目が離せない時期ですね」
エーリヒさまもユーリを見ながら目を細めているのだが、いやらしい目で見ているのならば遠慮なくぶっとばさせて頂きます……は、冗談だけれど妙な野郎がユーリを狙うなら本当に遠慮なくいかせて頂く。
妙なことを考えているとユーリが私のアホ毛に目を付けて、手を伸ばして掴もうとしていた。まだ小さいユーリの腕は私のアホ毛を掴むことができずに、むーと頬を膨らませている。そうして私の頬をぺちんと叩く。
「何故……」
『遊べないからじゃない? ボクもユーリにぺちんって良くされているし、深い意味はない気がするよ~』
私が渋い顔をしながらユーリを見つめていると、クロが面白そうな声色で答えてくれた。ユーリにぺちんされるからと、ジークの肩の上に逃げているクロに言われたくない。
不本意だと叫びたいのを我慢して別館に行こうとすれば、凄く真面目な顔を浮かべて西の女神さまが私に向かって両手を伸ばしている。彼女の足が少し震えているから無理をしなくても良いのではと言いたくなるが、西の女神さまの挑戦を断るわけにはいかないと私はユーリを差し出す。
南の女神さまとジークとリンが心配そうに、フィーネさまとエーリヒさまが首を傾げながら黙って見守っている。私は西の女神さまの緊張がユーリに伝わらないか心配だった。
西の女神さまの生白い腕がユーリの脇に入って、きょとんと抱かれそうになっている彼女が女神さまの方へと顔を向ける。うっと一瞬だけ西の女神さまの表情が変わるものの、気を取り直したのかいつもの表情に戻ってユーリを抱き上げた。お尻に腕を添えれば、ユーリは抱かれることに慣れているのか手を女神さまの肩へと伸ばして身体を安定させようとしてる。
「…………抱けた」
西の女神さまがユーリを抱いてドヤ顔になっている。最初はユーリに対して緊張でガチガチになっていたけれど、慣れてくれて本当に良かった。ユーリも女神さま方の圧に臆することはないので、きっと魔力量が高いのだろう。将来、彼女はどんな道に進むのか楽しみだと小さく笑っていると、南の女神さまが片手を腰に当てた。
「良かったな、姉御。怖くて今まで抱けなかったんだよ。女神なのに情けね……なんでもない」
ふうと南の女神さまが息を吐いて、フィーネさまとエーリヒさまに状況を説明してくれるのだが、最後まで言い切ることはなかった。西の女神さまが鋭い眼光で南の女神さまを見下ろしている。睨まれた南の女神さまはすすすと一回り小さくなっている気がする。怒っているのか、窘めているのか分からない西の女神さまにユーリが両手で西の女神さまの頬を挟んで『あうー』となにか訴えた。
「ぺちんされた。嬉しい……腕、冷たい」
ユーリの行動にへらりと笑う西の女神さまだが、粗相をしてしまったらしい。フィーネさまとエーリヒさまは西の女神さまは大丈夫かとアワアワし始め、南の女神さまは赤子のしたことだと笑っている。
当の西の女神さまも気にしていないようで私は西の女神さまからユーリを預かり、乳母さんとアンファンの手を借りておしめを取り換える。ユーリはすっきりしたのか、きゃっきゃと騒ぎながら西の女神さまに不敬を働いたことなど全く気にしていない。
一先ず、西の女神さまの濡れてしまった腕をどうにかしなければ。別館にいる皆さまを待たせてしまうけれど、事情を知れば咎められることはない。
私は西の女神さまの方へと向き直れば、彼女は濡れた腕をじっと見て面白そうに笑っている。怒っていないようで安心だけれど、赤子の粗相を被って喜んでいるのもどうなのだろう……いや、気にするな私と言い聞かせて口を開く。
「西の女神さま、魔術で乾かしても良いですか? それとも着替えますか?」
「ん、平気だよ」
私の声に西の女神さまが不思議な声を上げると、湿っていた服が綺麗に乾いて元に戻っていた。
「女神さまも、対処できるんですね」
「神だからね」
私が感心しながら女神さまの腕が乾いていく所を見ていれば、西の女神さまはきっちりと耳で拾ってドヤ顔になっていた。一応、私でも乾かせたけれど、きっと女神さまの術の方が綺麗になるだろう。
周りの皆さまがやれやれという顔になり、子爵邸の日常に慣れていないフィーネさまとエーリヒさまは女神さまの扱いに驚いている。ふと、速攻で水分を飛ばしたことは凄いのだが、水分はどこに行ったのかと疑問に感じる。私の場合は乾燥させたが正解なので、揮発させただけである。女神さまの術は蒸発させたのか、どこかへ転移させたのか……なににしろ神さまの術や魔法に魔術は本当に不思議である。
「行きましょうか」
私が声を上げると西の女神さまと南の女神さまが目を細めた。
「お茶菓子、なにが出るか楽しみ」
「あたしもだ。いろいろ揃っているしな」
二柱さまはもしかして子爵邸で出されるお菓子が目的で滞在しているのだろうか。出さなくなれば違う所へ行ってくれるのかと頭に浮かぶのだが、先に何故出ないと文句が上がりそうである。
西の女神さまと南の女神さまの様子にまたフィーネさまとエーリヒさまが驚くものの、そのうち慣れるだろうと放置しておいた。そうして私たち一行は敷地内にある別館へと移動する。
庭に出るとエル一家と視線が合って手を振れば、ルカが自慢の六枚翼を広げて嘶きを上げている。元気だなあと目を細めていると、ジアがルカのお尻を突いて黙れと言っているようだった。そんな彼らの姿を横目で見つつ、別館の玄関を開けてホールへと進めば入ったことのない方たちが顔を上げて辺りを見渡す。
「別館も雰囲気がありますね」
フィーネさまが私に視線を向けるのだが、建築関係はさっぱりのため趣があるのかどうか良く分からない。元々、お貴族さまの小さなお屋敷を解体して再建築したものなので傷んでいる所もある。
ぽつぽつ職人さんに直して貰っているけれど、まだ手が入っていない所もある。もう直ぐ引っ越ししてしまうため、子爵邸に訪れる機会が減ってしまう。とはいえ本邸も聖女さま方に開放するなら、割と多くの方に居場所を提供できるとは考えている。まあどうなるか分からないけれど。
「移築したもので、結構な年数が経っているようです」
私は抱っこしているユーリを抱え直してフィーネさまに視線を向けた。建築に興味があるのかフィーネさまはしきりに周りを見渡している。エーリヒさまも同様で別館のホールを見上げていた。
女神さま方は偶にこちらに遊びに行っているので、もう勝手知ったるなんとやら状態だ。早く行こうと言いたげにしているけれど、興味を向けている二人を阻害する気はないようだった。
「って、すみません。みんなを待たせては申し訳ないですね」
「行きましょうか」
はっとしたフィーネさまが私に小さく頭を下げる。そうして別館の談話室へと向かえば、アリアさまとロザリンデさまとアリサさまとウルスラさまが席から立って軽く礼を執った。
ウルスラさまが凄く目を真ん丸にしているのは二柱の女神さまが一緒だからだろう。緊張し過ぎなければ良いがと心配しつつ部屋の中へと進んで、部屋で待機している侍女の方にお茶を用意して欲しいとお願いする。
「ユーリちゃん! 外に出て良かったのですか?」
「屋敷の外は難しいですが、一歳を過ぎたので中であれば移動しても良いかなと。あと皆さんに顔見せをと考えてユーリを連れてきました。小さい子が苦手な方はいますか?」
アリアさまが驚きつつユーリを部屋の外に出して良かったのかと私に問うた。流石に屋敷の外には連れて行けないけれど、敷地内ならばそろそろ良いのではなかろうか。陽に当たらなけられば骨が弱くなりそうだし、人慣れもして欲しい。
初めて外に出たユーリは周りをきょろきょろと眺めつつ、見知った顔には興味を示している。アリアさまとロザリンデさまは時折ユーリの相手を務めてくれていたので、本人はケロリとしているけれど、初対面のアリサさまとウルスラさまには誰と頭の上に疑問符を浮かべているようだ。まあ、それはフィーネさまとエーリヒさまにも同様だったから仕方ない。初対面の方が少しばかり多いのでユーリが受け入れられるか心配だったけれど、今の所平気なようだ。
「私は大丈夫です。ナイさまの妹さんですか?」
「……」
「はい。いろいろとあって異母妹となりますが、私と血が繋がっています」
アリサさまとウルスラさまにならばユーリの事情を伝えても問題ないだろう。しかし、ウルスラさまが無反応なのだが大丈夫だろうか。そんな彼女に気付いたフィーネさまとアリサさまが苦笑いを浮かべて、彼女の側に立つ。
ウルスラさまがお二人に気付いてはっとした顔になり、西の女神さまと南の女神さまへ視線を向けた。やはり信仰心が高い方には女神さまという存在は特別なようである。とりあえず、様子を見守った方が良さそうだと私は後ろに下がれば、アリアさまとロザリンデさまもなにかを感じ取って後ろに下がってくれた。
「あ……あの……西の女神さまにお聞きしたいことがあります。不躾で申し訳ないのですが宜しいでしょうか?」
ウルスラさまが緊張した面持ちで西の女神さまと視線を合わせる。女神さまと視線を合わせられるウルスラさまは凄い。
「なに?」
西の女神さまが短く声を返すのだが、ウルスラさまは女神さまの短い返事に臆していない。南の女神さまは西の女神さまに対して『もう少し言葉を発してくれ』と言いたそうだけれど。
「私には女神さまから授かった聖痕があります。他の方より魔力を多く頂くことができ感謝しておりますが……どうして私に聖痕を与えて下さったのでしょうか?」
ウルスラさまがド直球な質問を西の女神さまへと投げた。聖痕は完全ランダムと聞いている身としては、その質問は止めようと言いたくなる。
フィーネさまも聖痕がランダム付与されると知っているため、まだ精神面が弱い所があるウルスラさまには黙っていた。参ったなあという気持ちと、ウルスラさまにとって丁度良い機会かもしれないという気持ちがせめぎ合う。
「聖痕は不特定に与えられるもの。でも君が私の力を受けた意味はきっとどこかにあるはず」
西の女神さまが真実を告げ少し補足をしていた。凄く昔に困っていた人間が多かったから、女神さまの力を授かった者がランダムに出現して人々を助けていたこと。時代を経て力は落ちてしまったけれど、時折聖痕持ちが西大陸に生まれ落ちることもウルスラさまに伝えていた。
女神さまの言葉にウルスラさまが力強く頷いているけれど、そんな言い方をすればウルスラさまは過労死してしまいそうである。あちゃーと頭を抱えているフィーネさまに私も同意したくなったし、アリサさまもヤベという表情になっていた。
「でも、君は限界まで誰かを助けようとしそうだから、無茶をしないで」
「う……は、はい!」
西の女神さまの言葉にウルスラさまは思い当たることがあるのかギクリと顔を崩している。彼女は自覚していたのかと新たな発見をしていると、西の女神さまとウルスラさまは話を終えたようだった。そうしてウルスラさまが私の方へと向き直り頭を下げたのだが、なにかあったっけ。
「ナイさま、先程は失礼致しました……」
ウルスラさまが申し訳ない表情を浮かべて、赤子は苦手かの問いをスルーされていたことに気付いた。特に気にしていないし、ウルスラさまの心が軽くなったなら良いことである。
「いえ。ウルスラさまが無茶をすることはフィーネさまから聞き及んでいます。ウルスラさまを心配してしまう方が沢山いらっしゃいますし、気を付けましょう」
私はウルスラさまに偉そうなことを言っているけれど、散々過去に無茶をしたことがあるので少々後ろめたい言葉だった。現にジークとリンが『ナイが言うな』という表情になっている。微妙な空気が流れていると侍女の方が扉をノックしていた。ジークが取り次いでくれて、お茶が用意できたと教えてくれる。彼の声に即座に反応したのは二柱の女神さまだ。
「ナイ。お茶がきた」
「美味い菓子があると良いな、姉御」
早くと二柱さまに急かされ、侍女の方にお茶の用意をお願いする。そうして女性比率が多めの茶話会が始まるのだった。






