1148:フソウから帰国して。
権太くんと私は、悪戯はしないという約束を取り付けて、彼をアルバトロス王国に遊びに連れて行くと交わした。あと他国の友人――フィーネさまたち――をフソウに連れてきても良いのかと確認を取り、帝さまとナガノブさまから了承を頂いている
鰻重美味しかったと心を満たしてフソウからアルバトロス王国王都にある子爵邸に戻っている。特に問題なく毛玉ちゃんたちはフソウに残ってくれて、いつものメンバーで『また来るからね』と別れを告げていた。
雪さんと夜さんと華さん曰く、松風と早風はフソウに永住する決意はできているそうだ。仲良くなった権太くんを一頭にするのは気が引ける――権太くんは二頭の気持ちを知らない――そうである。松風と早風はヴァナルと似て優しい仔に育ったようだ。楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんはどこに住むのか迷っているようで、フソウとアルバトロス王国以外の場所に移り住む可能性も十分ある。
別れは寂しいけれど、毛玉ちゃんたちが大人になって成長した証拠だ。まだ先は分からないし、彼らには弟や妹が増える可能性だってある。未来が楽しみだと私は執務室で書類を捌きながら考え事をしていると、寒さに当てられたのか気落ちしている方がいる。
「はあ……カエデとツバキとサクラの可愛い姿が見えないのは寂しいですわ。ナイの側で尻尾を振っていた姿はとても良いものでしたのに」
セレスティアさまのぼやき声にソフィーアさまが呆れ、家宰さまが苦笑し、ジークとリンは壁際でいつものことだとしれっとした顔のまま微動だにしない。私も彼女の態度はいつものことだから問題にしていないけれど、律儀に彼女の声に答えてくれる者がいるわけで。
『セレスティア、寂しいのは分かるけれど元気だして?』
クロが私の肩の上で彼女に声を掛けると、ヴァナルも床からのそりと起き上がりセレスティアさまの隣に座って顔を覗きこんでいる。雪さんたちは『あらあらまあまあ』という雰囲気で見守るだけに徹するようだった。
「クロさま。お声掛けは嬉しいのですが、やはりあの仔たちが居なければ子爵邸内は静かになります……ジャドさまとエルさんとジョセさんもわたくしを気に掛けてくれて嬉しい限りですけれど……やはり寂しいのですわ」
セレスティアさまがクロの声に答えるとドリル髪がしょぼんと垂れた。ソフィーアさまと家宰さまが彼女の髪の仕組みはどうなっているのかと首を傾げているのだが、多分魔力的要素で気分の上下で動くようである。
少し前、西の女神さまと南の女神さまがセレスティアさまの髪が動く瞬間を目撃して、あんな器用なことができるんだと凄く感心していた。どうやらセレスティアさまの髪の状態は神さまでも表現が難しいようである。
『ジャドたちは外で過ごしているから……小さい竜を呼んでみるって言いたいけれど、お屋敷の中だと大きいもんねえ』
クロが私の肩の上でこてんこてんと首を傾げながら悩ましそうに考えている。そういえばクロとアズとネルと同じ体格の仔竜さんを見たことがない。小さくても一メートル以上の体長を有している。尻尾も長くてお屋敷の中で過ごすには少々手狭だから、彼らが子爵邸に遊びにきたとしても外で過ごすことになる。
『大きい竜だと騒ぎになっちゃうし。難しいねえ』
「ご心配、ありがとうございます。セレスティア、滂沱の涙で枕を濡らしながら耐え抜いてみせますわ」
クロが長い尻尾でぱしぱし私の背中を叩いて悩んでいると、セレスティアさまが少々泣きそうな顔をして冗談――に聞こえないのが彼女らしい――を飛ばした。あまり要領の得ない彼女の言葉にクロは『重症だねえ』と私の耳元で呟いた。
まあ、以前も毛玉ちゃんたちがフソウで過ごしていた時の彼女は今と同じ様子だったから、そのうち慣れていくだろうと話題を変えるため私は口を開く。
「家宰さま、子爵領での顔見世会の準備が整ったと聞きましたが」
私が家宰さまに問うたことは、子爵領で婚活パーティーを開こうと計画していたことである。農繁期に入ると、領地の皆さまは忙しくなるため冬季に行う方が都合が良かった。大枠は私が取り決めをしたけれど細かな調整は家宰さまにお願いしており、日程が決まったと小耳に挟んだのだ。
「はい。ラウ男爵にもご協力を頂き、年頃の独身男女をミナーヴァ子爵領にある広場に参集するようにと手配しております」
家宰さまがにこりと笑い、日程や集まる人数にラウ男爵領から訪れる人数を教えてくれた。お試しで開催するだけだし上手くいくか分からないけれど、私が強制指名して婚姻を果たすよりは良いはずだ。
「上手くことが運べば良いが」
「やってみないことには分かりませんわよ、ソフィーアさん」
ソフィーアさまが私がわざわざ手間を掛けて行う理由を知っているためか、少しだけ心配そうな顔になりながら婚活パーティーの成功を願ってくれる。そしてセレスティアさまは寂しさから少し復活したのか、ソフィーアさまに突っ込みを入れていた。本当にどうなるのか分からないので成功すれば良いなと願いつつ日々が過ぎ、婚活パーティー当日となったのである。
――ミナーヴァ子爵領領都。
毛玉ちゃんたち三頭がいない日々に寂しさを覚えながら婚活パーティー当日がやってきた。ハイゼンベルグ公爵さまが私が企画を立てたと知り、領地の者よりも己の婚約者を気にしなさいとチクリと釘を差されてしまった。
確かに婚約者もいない侯爵家当主となれば、当主本人が相当難のある人物と周りから評されていそうである。ただ私は三年間で成り上がった身のため、陛下とアルバトロス上層部の皆さまから婚約者や結婚については見逃されている節がある。
今は自分のことは棚の上に置いて、もう直ぐ開催される婚活パーティーである。
当主の私がいれば領地の若者の皆さまが緊張するだろうと、旧領主邸でお留守番という形を取っている。西の女神さまも興味があったようだけれど、女神さまがいると私よりきっと皆さまが腰を抜かしてしまう。
そのため彼女も現地見学は遠慮を頂いて、私と一緒に子爵領の領主邸で報告待ちとなっていた。南の女神さまも同席しているのだが、西の女神さまより興味がなさそうである。ソフィーアさまとセレスティアさまも子爵邸のお屋敷で報告を待っている状態で、現地の指揮は村の名主の方と領都のお偉いさんの部下の方が行っていた。あまり高貴な人間がいては、話が弾まないという気遣いだった。
「しかしまあ、ナイは良くこんなことを思いつくな」
南の女神さまが緑茶を飲んで羊羹を口の中へと放り込む。フソウから結構な量を買い付けたのに、南の女神さまが羊羹を気に入ったらしく消費量がガツンと上がっている。確かに美味しいけれど、女神さまの外見と相反している渋さだなと私は目を細めながら口を開く。
「正確に言ってしまうと私の政策ではないです。元の場所だと、普通に男女の逢瀬を手引きする会があるんです。独身率が高くて公的機関が開催することもありますしね」
私の声にふーんと南の女神さまが納得したのかしていないのか、良く分からない返事をくれた。西の女神さまは檸檬を入れた紅茶を一口飲んで、私と視線を合わせる。
「どうして夫婦にならない人間が多くなるの?」
西の女神さまの疑問に私は答える。文明や文化が成熟したことにより、男性も女性も働きに出ていること。生活費や教育費が上がっていること。他にも様々な要因があり、一つ解決したところで上手くことが運ぶことはないのだろう。領主として解決しろと言われれば超難しい問題である……強権を発動させればできないことはないが、やりたくない。
「そうなっちゃうんだね……なんだか少し寂しいかも」
西の女神さまは文化の成熟を見届けることより、人や生き物が生きて子を成し一生を終える様を見ている方が良いようだ。南の女神さまも仕方ねえよなあという意見で、大陸文化の流れをどうこうするつもりはないようである。
二柱さまの姿を見ていると、星が生まれ生物が誕生し、生き物や人間が多く生き文明が成熟した様を見ていただろうテラさまは凄い方なのだろう。考え方、捉え方次第でメンタルを病んでしまいそうだ。
そんなこんなで、子爵領領都の旧領主邸で女神さま方と話していると時間が随分過ぎており、扉を二度ノックする音が聞こえた。部屋に控えてくれていたそっくり兄妹のうちジークが対応してくれると、ソフィーアさまとセレスティアさまが姿を現す。
「ナイ。無事に顔見世会が終わったようだ」
「二組ほど、気が合った男女がいたそうですわ」
お二人からの報告によると、要望を受けていた村から男性が四名ほど領都まで赴き、領都内とラウ男爵領からきた女性が十名ほどいたようである。そうして始まった顔見世会なのだが、男性側の自己紹介から始まり村の特産物の紹介やら、一年を通しての仕事内容に女性側に求めていることを告げて頂いている。
女性側は気になる男性の下にいき話をする形を取っていただいた。どうなるか分からなかったけれど、二組のカップルが成立したならば良い結果だろうか。
「ラウ男爵領から訪れた女性たちは?」
「既に帰路に付いているな。ナイの要望通り、手土産を渡しておいた」
「領から出ることが先ずないですものねえ。物凄く顔を輝かせていたそうですわ」
私の疑問にソフィーアさまとセレスティアさまが答えてくれる。ラウ男爵領の女性陣にはお土産を渡すようにとお願いしていた。数日分の塩や小麦という生活必需品であるが、妙な品を渡すよりも喜ばれるとのことで家宰さまがチョイスしてくれた。
今のアルバトロス王国の平民の皆さまは、農作業に従事している方が多数を占めているため自領から出る機会は限りなく少ない。ラウ男爵領からミナーヴァ子爵領を訪ねてくれた女性陣はちょっとした冒険だっただろう。残念ながら今回男性と意気投合することはなかったが、好評だったなら次回も開催しようとなるだろう。
「婚姻に至ると良いのですが」
私の声に西の女神さまが一つ頷き、南の女神さまがそう上手くいくのかと首を傾げていた。ソフィーアさまとセレスティアさまはなるようになる、というよりも婚姻するだろうと予想を立てているようだ。
今回は村名主の方が相談を持ち掛け私が企画したものだから、領主の面子を潰さないように取り計らうだろうと。強制的に婚姻を結んだならば、今回計画した意味が薄れてしまうのだが致し方ないのだろうか。
「新しい試みだったから、上手くいったかどうかは少し先にならないと分からないだろうな」
「試した価値はあったのでは。なにもせぬまま、強制的に婚姻させることも可能だったのですから」
ソフィーアさまとセレスティアさまが顔を見合わせながら肩を竦めた。確かに私が無理矢理独身の男女を婚姻させよと命じることもできたのだから、今回成立した男女二組には幸せになって欲しいと願うのだった。






