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1147:鰻重。

 南の女神さまの正体が女神さまと知った権太くんは布団の上に寝かされている。気絶しているだけだからそのうち目覚めるだろうと、私たち一行は少し早いお昼ご飯を頂くことになった。


 しずしずと運ばれて目の前に置かれた漆塗りの重箱の中身は鰻重だと知っている。たらりと口の中に涎が満ちるのを感じながら帝さまが声を上げるのをソワソワしながら私は待っているのだが、肩の上に乗っているクロはそんなにお腹が空いているんだねえと呑気に声を出していた。

 ヴァナルと雪さんたちは帝さまの横で、久しぶりに会った松風と早風と話し込んでいた。椿ちゃんと楓ちゃんと桜ちゃんも久しぶりに会って、一回り大きくなっている松風と早風にワンプロしようと誘っている。仲が良いなと目を細めれば、帝さまが頂きましょうと声を漸く上げて、ナガノブさま方と私たちも手を合わせた。


 「いただきます」


 手を合わせていつもの言葉を紡いで、漆塗りの重箱の蓋を開ける。大ぶりの身にはてらてらと光る甘ダレがしっかりと施され、敷き詰められているであろうお米さまが見えなかった。

 凄く贅沢だなとお箸を持ち上げ、鰻の身を割いていく。ホロホロと入る箸先に感動しながら、鼻腔を通る甘いタレの匂いを確りと嗅いでごくりと息を呑んだ。そうして鰻の身と銀シャリさんを箸で持ち上げて大きな一口を頬張った。


 「――っ!」


 美味しい。前世で食べた安物の鰻とは全く違い脂っこさを感じない。皮の部分もネチネチしていないし身も臭くなかった。本当に良い鰻を使っていること、銀シャリの絶妙な炊き加減、適量のタレに山椒の辛さが本当に良い仕事をしている。

 美味しい、美味しいと食べ進めて、半分ほど平らげた時にふと気付いた。漆塗りの器に私の指紋が付いて汚してしまったのだが、鰻もお高いが漆塗りの重箱も高級品ではなかろうか。ハンカチで指紋を拭き取りたい気持ちに駆られるが、妙なことをすれば漆に傷が付いてしまう。ここは素直に指紋が付いてしまうことを諦めようと決意をして、西の女神さまと南の女神さまは鰻重を楽しんでいるだろうかと私は視線を向ける。


 どうやら西の女神さまも気に入っているようで無言で食べ進めていた。ただ、お箸の扱いがまだ苦手なようでスプーンを借りて食べている。少し滑稽だけれど、美味しく食べられるならばスプーンを使用してご飯を食べた方がきっと良いはず。

 南の女神さまも同様に箸ではなく、スプーンを借りて食べていた。彼女は皮と身の間にある脂身が少し苦手かもしれないと仰っているが、問題ないレベルのようでその部分以外は美味しいと食べ進めている。やはり鰻とタレと銀シャリさんの三重奏は偉大だった。

 

 そういえば鰻は背開きなのか腹開きなのかと気になったものの、食べることが専門の素人には見た目だけで判断できなかった。


 お吸い物もさっぱりとしているし、お漬物もカリカリとしていて歯応えが楽しい。まだお腹に入る余裕はあるけれど、私のお腹は満たされている。それならば。


 「ごちそうさまでした」


 と、手を合わせて賄い番の方と食材と場を提供してくれた帝さまとナガノブさまに感謝を捧げて箸を置く。ジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまもあとで同じものを頂けるそうだ。口に合うと良いなあと願っていると、西の女神さまと南の女神さまも食べ終えたようである。持っていたスプーンを置いて、満足そうな顔になっていた。


 「美味しかった。ありがとう」


 「苦手な所を差し引いても十分美味かった。ありがとな」


 西の女神さまと南の女神さまが帝さまとナガノブさまに礼を告げ、女神さま方から声を掛けられたお二人がぴしっと背を伸ばす。


 「気に入ってくださったようで安心いたしました」


 「鰻はフソウで年中ご用意できます。また食べたくなれば気軽にお越しください。ナイもいつでもきてくれ」


 彼らの声に二柱さまは嬉しそうに頷いているのだが、北大陸を管轄している北の女神さまを差し置いていて良いのだろうか。まあ、そのうち北の女神さまもフソウに顔を出しそうである。そうなるとミズガルズ神聖大帝国の立場がない気もするが、聖王国のように彼らも北の女神さまに翻弄されることになるのかもしれない。


 「ありがとうございます。あと今回、楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんを預けるにあたり、エルフの皆さまが織った反物をご用意しました」


 私が後ろを振り向くと、ソフィーアさまとセレスティアさまが反物を用意してくれる。彼女たちから反物を受け取って、私は帝さまとナガノブさまの前へと差し出した。

 エルフの方が織ったと言ったものの、妖精さんも協力してくれている品なので極上反物となる。毛玉ちゃんたち三頭が気に入ってくれると良いのだが、もし彼女たちが服を着てくれなければ大変なことになる。

 女性陣は良いとして、流石に男性の目に毛玉ちゃんたちの素肌を晒すわけにはいかない。一応、上から被るだけで良いワンピースも用意しているのでフソウの方に着用の仕方を伝える予定である。色は女の子らしく明るい色をチョイスしておいたのだが、毛玉ちゃんたち三頭は気に入ってくれるだろうか。


 「松風と早風と権太くんにも用意しているので、ご使用頂ければ嬉しく思います」


 あと松風と早風も人化するかもしれないと、渋めの色の反物も用意しておいた。彼らに贈ったならば権太くんにもとなって反物は多めに持参していた。毛玉ちゃんたちみんなが私が彼らの名を呼んだので、立ち上がって反物の前にきて匂いを嗅いでいる。すんすんすんと必死に匂を嗅ぎ取っているけれど、なにか感じるものはあるのだろうか。


 「気を使って頂いて申し訳ありません。ナイ」


 「かたじけない」


 帝さまとナガノブさまが私に向かって小さく頭を下げる。気にしないで欲しいけれど相手にも立場があるので致し方ない。桜ちゃんが積み上げた反物を鼻先で突けば、畳の上にころころと反物が転がっていく。

 楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんが転がった反物を追いかけると、鼻先で帝さまの方へと器用に反物を転がしていく。どうしたのだろうと黙って見守っていると、反物が帝さまの膝に当たって毛玉ちゃんたちの方へと戻って行く。戻った反物の前に毛玉ちゃんたちがそれぞれが座りばっふんばっふんと尻尾を振っていた。


 「おや、楓と椿と桜はこの色が良いのですね」


 「早速、仕立屋を呼びませんとな」


 帝さまとナガノブさまが顔を見合わせて笑う。どうやら毛玉ちゃんたち三頭は気に入った色の反物を自分たちで選んだようである。松風と早風は興味がないのか、反物の前でじっとしているだけだった。


 「松風と早風は気に入った色はないの?」


 私が彼らに声を掛けると、松風と早風は鼻先で反物を並べている入れ物を鼻先で前に押し出す。私の前に松風と早風用の反物が差し出されたので、色を選んで欲しいということだろうか。二頭は私を見上げて顔を傾げながら尻尾を畳の上で左右に振っている。私は渋めの色が並んだ反物に手を伸ばした。

 

 「松風と早風って名前だから、濃い緑色と青色かな……松風と早風はこれで良い?」


 なんとなく名前のイメージから受ける色を選んでみたのだが、松風と早風はイマイチ分かっていないようである。そういえば動物の目はカラーで見えないと聞いたことがあるような。

 その話が本当なら色を選ぶのは難しいし、頓着しない理由も理解できるけれど……楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんは確りと自分で好みの色を選んでいた。良く分からないなと苦笑いを浮かべると、松風と早風が私の選んだ反物を浅く食んで帝さまとナガノブさまの前に持って行った。


 「松風と早風はこの色が良いのですね。ふふふ。きっと職人の者たちが良い着物を仕立ててくれましょう」


 帝さまの声にナガノブさまがうんうんと頷いているのだが、松風と早風は良く分かっていないようである。二頭の姿に雪さんと夜さんと華さんが面白そうな雰囲気を醸し出していた。

 私が雪さんたちに毛玉ちゃんたちはどんな色が似合うのか聞いてみると、おもむろに立ち上がって余っている反物からいくつか選んでくれる。そうして私たちは毛玉ちゃんたちがフソウで二週間ほど過ごすことを決め、また毛玉ちゃんたちを迎えに行きますと話を終えると廊下からどたどたと足音が聞こえてきた。


 『なんで起こしてくれへんかったんや……! ご飯、食べ損ねたやん!』


 不貞腐れた顔をした権太くんが障子を勢いよく開けて部屋に入ろうとするのだが、南の女神さまに気付いて『うっ』と一瞬怯んだ。どうやら、いつもの態度で接して良いのか判断に困っているようである。帝さまとナガノブさまはお客人、というか女神さまが同席しているので大事にはしたくないようで微妙な顔になっていた。そして空気を読んでくれた南の女神さまがにっと笑って権太くんに顔を向ける。


 「狐の餓鬼んちょは起きたのか。また驚いて気絶すんなよー」


 南の女神さまが軽い口調で権太くんを嗜める、というよりも揶揄っている。権太くんは南の女神さまの前に座って、ばふばふと三本の尻尾を動かしながら腕を組んだ。


 『もう驚かへんし! オイラが驚いたんは女神さまって知らんかったからや! 知ってもうたら驚かへん! あとオイラ、餓鬼じゃない。権太いう名前があんねん!』


 彼の言葉に南の女神さまが余裕の表情を浮かべた。


 「権太、よろしくな」


 くつくつと笑う南の女神さまに権太くんがぷーと頬を膨らませていた。帝さまが権太くんに女神さまに失礼な態度を取るべきではないと窘め、ナガノブさまも同意している。

 注意されたことで権太くんの耳がぺしょっと前に下がった。彼の姿を見た南の女神さまは『あまり言ってやるな』という視線を帝さまとナガノブさまに向け、権太くんにはもう少し大人になれと告げている。むーと拗ねているような、怒っているような良く分からない権太くんに、松風と早風が彼の膝に脚を置いてじっと見上げていた。


 『……松風、早風が頑張るならオイラも頑張る!』


 権太くんが松風と早風を見ながら、良く分からない宣言を出した。なんとなくだけれど、もう少し落ち着こうと努力するつもりのようだ。

 なんだか男の仔の成長は早いなあと感心していると、楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんが権太くんに向かってぴゅーと走り出した。そうして権太くんの身体にのしかかる三頭は前と後ろと横から襲い掛かる。


 『オイラを舐めんといて! どうしてオイラばっかり舐めるんや!』


 権太くんが手を伸ばして助けを求めているけれど、松風と早風は楽しそうと言いたげにじっと見ているだけである。ヴァナルと雪さんたちも見ているだけで助けようとはしない。帝さまとナガノブさまも同様で見守っているだけだ。そうして南の女神さまと西の女神さまが権太くんの方へと顔を向けた。


 「反応が大きいからだろ」


 「揶揄われているね」


 南の女神さまは権太くんに呆れ顔を向け、西の女神さまは面白そうに笑っている。偶にはこんなこともあるのだろうと私も笑って、フソウでの時間が過ぎて行くのだった。

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― 新着の感想 ―
すかいらーく系で鰻食べれますよねー。宅配でも めっちゃ高いから注文しませんがw
更新お疲れ様です。 関東が腹開きで、関西が背開きといいますね。店の主人の出身地や拘りでも変わるらしいですが (^^) 南の女神様は白焼きの方が好みかもしれませんね。白焼きを塩や柚子胡椒、わさび醤油で…
割と地球産の食べ物に飢えてるフィーネちゃん拗ねそう・・・地味に新年のあいさつもしてないし
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