1145:新年早々フソウへ。
年が明けた。日付が変わると魔術師さんたちによるお祝いの花火が上がり、王都は一気に新年ムードに入る。とはいえ仕事休みが十日もある……なんてことはなく新年二日目から、働かなければならないという世知辛い仕様となっていた。
西の女神さまと南の女神さまも子爵邸で年越しを迎えている。数日前に私が神さまの島に戻らなくても良いのかと問えば、二柱さまはあちらに戻ってもやることがないし、子爵邸にいた方が暇を潰せると放言してくださった。
一応、子爵邸の皆さまには数日間のお休みを設けて、邸の運営に支障がないようなシフトを組んで頂き代わる代わる休みを取って貰っているため、屋敷内は少し寂しい雰囲気が漂っている。あと数日過ごせば通常に戻るだろうと、子爵邸のバルコニーから庭を眺めていた。
テラさまが御降臨なされた場所は庭師の小父さまの手により修復が成されたが、不思議なことに草木の育ちが良いと聞いている。テラさまにそんな力があるんだなと私が感心していると、西の女神さまが私もできるよとアピールしていた。
そしてやってみようかと小さく首を傾げながら私に問うので、聖域指定されて大騒ぎになるので止めてくださいと申すと微妙な顔になっている。やるなら是非聖王国でお願いしますと更に告げると西の女神さまは更に微妙な表情をしていたが、結局なんだったのだろう。
ま、新しい年も始まったから、みんなが一年、幸せに楽しく過ごせますようにと願うだけである。
初出勤してきた方には今年もよろしくお願いしますと挨拶を交わしつつ、ジークとリンと一緒に執務室へと向かう。年末の最終日と年始一日目は執務はお休みとさせて頂き今日から私も初仕事だ。
「今年こそ、なにも起こらずに平和に過ごしたいなあ。領地運営に力を入れたいけれど、トラブルが起こるとそっちに掛かり切りになっちゃうし……」
私が後ろを振り向きながらそっくり兄妹の顔を見れば、ジークとリンはふっと笑う。
「今年は屋敷の移動があるからな。なにもなければ良いが」
「でも、毛玉たちのフソウ移住も始まるから結局ナイは忙しい」
確かに王都の子爵邸から侯爵邸に移ることになるし、今年から所謂社交のオフシーズンは領地で過ごすことになる。初めてのことだから、上手く采配できるのか、屋敷の環境に慣れることができるのか気になることが沢山あった。
一番は赤子であるユーリが環境の変化に驚いて体調不良を起こさないかを気にしておかなければ。託児所の子供たちもヴァナル一家とエル一家とジャドさん一家も慣れてくれると良いのだが。こればかりは引っ越しをした時しか分からないので、今から気を揉んでも仕方ない。
三日後にはフソウに立ち、毛玉ちゃんたち三頭を帝さまとナガノブさまに預けてくる。先に松風と早風がいるし、権太くんもいるから、楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんが寂しがることはないはず。
フソウからの手紙では相変わらず、権太くんが悪戯を敢行して怒られているようだ。そして松風と早風は喋れないながらも、フソウの皆さまと打ち解けているらしい。リンに名前を呼ばれた毛玉ちゃんたち三頭は『どうしたの?』と彼女を見つめながら廊下を歩いている。
「フソウに久ぶりに赴くから楽しみ。早風と松風は大きくなっているかなあ」
『どうだろうねえ。元気なことには違いないんだろうけれど』
私の声に今度はクロが答えてくれる。元気がないならフソウから素早く連絡が届くようになっている。なにも知らせが入らないということは松風と早風は元気に過ごしているということだ。
三人と一頭で話しながら歩いていると執務室に辿り着いた。一応、二度ノックの音を鳴らし扉のノブに手を掛けて、私たちは部屋の中へと進む。
「明けましておめでとうございます。ご当主さま」
「ナイ、明けましておめでとう」
「明けましておめでとうございますわ、ナイ」
中へと入るなり声が上がる。いつものメンバーなのだが、二日会わなかっただけでなんだか新鮮な気持ちだ。ジークとリンは壁際に控え、いつもなら執務机の椅子に腰を下ろす所で私は口を開いた。
「家宰さま、ソフィーアさま、セレスティアさま、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します」
挨拶を終えて私は椅子に腰を下ろせば、家宰さまがにこりと笑って書類の束を執務机に置いた。新年だからか、いつもより少し書類の束が多い。真っ先に片付けるべき書類を家宰さまに教えて貰って、今年初めての執務に取り掛かるのだった。
ぺらりと書類の一番上を取って内容を良く確認しながら、私のサインを入れてアストライアー侯爵家の印章を押していく。いつも通りの仕事なので特に悩むことはなく進み、一時間後には書類仕事を終えていた。家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまも問題なく仕事を終えているようで、優秀な方が侯爵家を支えてくれているので仕事面で私が困ることはない。
「あ、そういえば……」
「どうした、ナイ?」
私が声を上げると、ソフィーアさまが小さく首を傾げ、セレスティアさまと家宰さまが私の顔を見る。
「お見合いの計画はどうなりましたか?」
「きちんと進めておりますよ。ラウ男爵閣下も関わっておりますので、相手方との日程の調整に入っております」
少し前に計画した子爵領のとある村の名主の方から請われた件である。お嫁さん探しに困っているので、子爵領領都の未婚の女性陣とお見合いをしてみようとなり私が大枠を考えて、家宰さまが細かな調整を行ってくれていた。
どうやら問題なく計画は進み、あとは開催するだけの段階に入っているそうだ。村の未婚の男性数名と子爵領領都の未婚の女性とラウ男爵領から数名の未婚の女性が参加することになっている。村の様子を知って欲しいので村の見学にも赴くようになっていた。
「私たちがいない間になにをと言いたいが……確かに村内での婚姻が続けば問題が生じるだろうな」
「しかしナイが命じれば良いだけのものを、わざわざと言いたくなりますわねえ……」
なるほどなと頷くソフィーアさまと、微妙な顔をしているセレスティアさまで反応の違いが現れていた。確かに私が命じれば家宰さまから領地へ指示が飛び、未婚の女性を困っている村の男性の下へと嫁いでくれる。
でも夫婦の相性が悪ければ問題だし子供も不幸に陥ると説明すれば、お二人は気持ちは理解できるけれど私が手間を割く必要があるのかと不思議そうな顔になっていた。
「手間ですが、夫婦仲が悪いと最悪ですからね」
「貴族の間でもままあることだからな」
「なるほど、そういうことでしたか。貴族であれば我慢せよと言いますが、民に強制するのは違いますものね」
私の答えにお二人が納得してくれていた。ソフィーアさまとセレスティアさまの同意が得られたならば、計画は更に進みやすくなるだろうと家宰さまと私が一緒に考えていたことを告げる。
そんなこんなで時間が過ぎていき、フソウへと赴く日がやってきた。いつも通り、超大型竜の方、緑竜さんの背の上に乗ってフソウを目指す。ロゼさんがフソウまでの転移を担いたそうな雰囲気を醸し出しているけれど無茶はして欲しくない。
移動をロゼさんに任せきりになれば、亜人連合国の竜の方たちがしょんぼりしそうなのだ。ロゼさんにはアルバトロス王国国内を移動する際に転移をお願いすると伝えているが、さてはてロゼさんはいつまで我慢できるのか。
フソウのドエの街の外に降り立つと、今日は迎えの方が先に待ってくれていた。今回も九条さまが顔を出しているので、アストライアー侯爵家のお出迎え係になっているのかもしれない。緑竜さんにまたお願いしますと頭を下げて、私は九条さまへと振り返る。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
緑竜さんが空へと飛び立つ風を受けながら、九条さまと挨拶を交わす。以前、お会いした時と変わりはないようで一安心だ。毛玉ちゃんたち三頭も九条さまの前にちょこんとお尻を地面に付けて、ばっさばさと尻尾を動かしている。どうやら私と一緒に九条さまに『よろしく』と言いたいらしい。
「アストライアー侯爵閣下、お久しぶりでございます。待っていたと言ってもほんの数十分ほどです。お気になさら……ず?」
九条さまの言葉尻が言い淀み、私の後ろで暇そうにしている西の女神さまの隣にいる南の女神さまへと視線を向けていた。あれ、フソウに行きますねと事前連絡をした時に南の女神さまと西の女神さまも一緒だと伝えたはず。
まさか九条さまに知らせが入っていなかったのかと疑うが、うっかり報告を書き損じる私じゃあるまいしナガノブさまならきちんと伝えるはずである。南の女神さまは九条さまが驚いていることに気付いて、後ろ手で頭を掻きながら私の横にならんだ。
「悪いな。姉御も行きたいつーからナイに付いてきたんだ。邪魔するつもりはねえから、ナイと姉御に同行することは許してくれ」
「あ、姉御ですか」
南の女神さまに対して九条さまが絞り出すような声を上げる。あ、そうか。九条さまは神さま家族の関係性なんて知らないから困惑しているようだ。私は西と南の女神さまに家族構成を少し話して良いか許可を取って、九条さまに何故南の女神さまが西の女神さまを『姉御』と呼んでいるのかを伝えた。
姉妹であることに驚きつつも事態が呑み込めて少し安堵した様子を見せている。あと西の女神さまの雰囲気が以前より丸くなっているとか。九条さまが口にした瞬間、西の女神さまがドヤ顔を披露し南の女神さまが自慢することじゃないと突っ込みを入れていた。しょぼんとする西の女神さまに南の女神さまは慌ててフォローを入れ、なかなか立ち直れない西の女神さまにクロも加勢してどうにかなった。
「家族、なのですなあ」
九条さまが女神さま二柱の姿を見て妙に感心しているけれど、女神さまの扱いがこんなので良いのだろうか。フソウは八百万の神を信仰しているためなのか、女神さまに対して過度な扱いをしていない気がする。敬ってくれているけれど大陸の皆さまよりも少しだけ接し方が柔らかいというか……まあ、とりあえずドエ城に向かおうとなり、私たち一行は籠に乗り込んでいつも通りドエの街中を通る。
「甘くて良い匂いがしたんだが、アレはなんだ?」
ドエ城に辿り着き籠を降りた南の女神さまが開口一番に私に向けた言葉だった。
「おそらく鰻じゃないかなと」
私も匂いを感じ取っていたので南の女神さまが気になっていたことは教えられる。鰻はフソウで馴染みのある食べ物らしく路上で販売していたようだ。確か鰻の旬は寒い時期なので、フソウだと年中美味しい食べ物となるのだろう。
鰻重食べたいなと口の中を涎で満たしながら私が南の女神さまと話していると、西の女神さまも興味が沸いたようである。鰻のビジュアルを見ると引きそうだなと苦笑いを浮かべていると、ナガノブさまが姿を現し会話を耳にしたのか不思議そうな顔を浮かべていた。
「ナイは鰻が食べたいのか?」
「いえ、南の女神さまが興味を引いたようです。でも本心を言って良いのなら私も食べたいです」
挨拶もそこそこにナガノブさまが会話に加わる。前回の訪問でナガノブさまは西の女神さまに慣れたのか敬いつつも普通の態度である。南の女神さまにも驚いていたけれど事前連絡のお陰か、緊張しつつも過度な態度を取っていない。
この辺りは流石だなと感心しつつ、何故かナガノブさまが鰻談議に加わって銀シャリと開いた鰻と脂と甘ダレの相性は凄く良いものだと会話に花開く。
「食べ物の話で盛り上がっているな」
「ナイらしいですわ」
私の後ろに控えていたソフィーアさまとセレスティアさまが感心しているのか、呆れているのか分からないが、言い出しっぺは南の女神さまだと凄く言いたかった。






