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1142:静かな冬の午後。

 十二月中旬。昼下がりの午後に、南の女神さまがひょっこり神の島からアルバトロス王都のミナーヴァ子爵邸に戻ってきた。


 最初、南の女神さまは正門から入ることを考えていたそうだが、確実に騒ぎになると考えて子爵邸の中庭へと転移したそうだ。確かに南の女神さまが正門から入ろうと試みれば門兵を務める騎士の方が腰を抜かすだろう。

 貴族の屋敷で護衛を務める方が腑抜けていると噂される可能性があるし、南の女神さまが気を使ってくれて良かったと彼女をお迎えした玄関ホールで私が安堵の息を吐いていると西の女神さまが姿を現した。どうやら南の女神さまが戻ってきたことに気付いたようで、図書室から出てきたようだ。

 

 「おかえり」


 西の女神さまがへらりと笑って南の女神さまに声を掛けた。南の女神さまも西の女神さまを見て、にっと笑い片手を上げた。なんだかんだ言いつつ、神さま姉妹は仲が良いよねと様子を見守っていると南の女神さまが私に視線を向けた。


 「おう、姉御。ただいま。ナイの家の飯が恋しくなったから、また一、二週間くらい世話になる。確か、年の瀬と忙しいよな?」


 南の女神さまが私に許可を問うているけれど、駄目ですと否定したら神さまの島へ戻ってくれるのだろうか。でも子爵邸の料理が美味しくて恋しいと願ってくれるのは素直に嬉しいし、お喋りできる方が増えるのは良いことだろう。


 「親父殿がアガレス帝国から貰った酒を甚く気に入っていたぞ。できれば追加で欲しいとも言っていたんだが……飲み過ぎると性質が悪いからな。酒を送る数は誤魔化してくれ」


 呆れながら溜息を吐いた南の女神さまはグイーさまがアガレス産のお酒を甚く気に入ってくれたことを教えてくれた。とりあえずウーノさまに連絡を取ってみると私は南の女神さまに伝えると、玄関ホールに集まっていた皆さまは解散となる。

 それぞれのお仕事に戻って行くのだが私の執務は終えているし、なにをしようかと頭を捻る。南の女神さまは庭に出て、エル一家とジャドさん一家とポポカさんたち一族と遊んでくると言い残して姿を消している。夕飯が楽しみだと言い残していたから、本当に子爵邸の食事が気に入ったようだ。なんだか頻繁に食事にきそうだなという心配はさておいて、側に控えていたジークとリンの顔を見上げれば、二人は小さく顔を右側に傾げる。


 「なにをしようか?」


 「そういえば黄色い花は大丈夫なのか?」


 「庭師の小父さんの悲鳴がまた聞こえてくるかもしれない……」


 ジークとリンが少し困ったような顔をして、大木の精霊さんから頂いた黄色い花の種について言及した。プランターに植えた黄色い花の種はすくすくと育ち一週間程度で開花したのだが……一株の苗が付けた花の数が半端ない量になっていたのだ。

 そして繁殖力も強かったようでプランターに植えていた花が枯れ、ポトリと種を落とせば地面からまた生えてくる。頭を抱えた庭師の小父さまに相談されて、私たちは仕方ないと地面に落ちた種を回収し、プランターはブロックを敷き詰めた上に置くように対策を取った。


 ちなみに副団長さまの研究結果はまだ提出されていない。首を長くして待っているのだけれど、流石に研究となると時間が掛かるようである。

 ブロック敷き詰めで解決できるか分からないけれど、精霊さんに話を伝えると気落ちしそうなためまだ言えていない。ただやはり花の匂いは子爵邸で働く皆さまに好評で、特に女性陣から人気が出ていた。


 「母さんの件もあったから。ナイ、彼を気に掛けて欲しい」


 『精霊も悪気はないんだけれど、力が強過ぎちゃったのかもしれないねえ~』


 西の女神さまが声を上げ、私の肩の上にいるクロも声を上げた。確かに庭師の小父さまには災難続きだった気がする。庭が全壊したことはないが、大事に育てている草木が蔑ろにされるのは心を痛めてしまうだろう。人手が足りないならお弟子さんを雇うのもアリか。これは庭師の小父さまの後進を育てるやる気次第だからあとで相談してみよう。


 クロも大木の精霊さんの力が存外に強かっただけで、悪意はなかったと言いたいようである。精霊さんは自身の力の加減を掴み切れていないようだ。私も自分の力を制御できていない所があるので、精霊さんを責めるのは筋違いだし好意でくれた種である。なにか効能がないか調べて貰っているのは失礼かもしれない……。


 やはり種の件を副団長さまに調べて貰っていることを精霊さんに伝えるのはもう少しあとにしておこうと決めて、ユーリの部屋へ行こうとなった。玄関ホールを抜けて廊下を歩いていると、私の後ろにはジークとリンではなく西の女神さまがいて、更にその後ろにそっくり兄妹が歩を進めている。


 「女神さま?」


 私が後ろを振り返り女神さまを見上げると、彼女はこてんと首を傾げる。


 「女神さまもユーリの部屋に?」


 「うん。慣れないといけないから」


 どうやら西の女神さまもユーリと会いたいらしい。会いたいというよりは、今後西大陸を闊歩する予定だから小さい子に慣れておきたいという気持ちが強いようである。以前、かちんこちんに固まっていた西の女神さまはユーリに対して少しだけ慣れている。

 ユーリはユーリで西の女神さまを意に介さず、自分のやりたいことをしているのだから本当にユーリは将来大物に育ちそうだ。西の女神さまも小さい子に対する苦手意識が消えると良いのだが……長い時間拗らせていたから少々難儀しそうである。


 「慣れました?」


 「……まだ少し苦手」


 私が後ろを振り返りながら会話していることに気付いた西の女神さまが隣に並ぶ。転倒する危険は減ったけれど、身長差があるのは変わりないので首は上げなければならない。


 「ゆっくり慣れていきましょう」


 首を上げるのはそっくり兄妹で慣れているから良いけれど、西の女神さまが慣れるのはいつになるのやらと前を向く。そうして辿り着いたユーリの部屋の前に立ち、ノックをすれば乳母さんが出迎えてくれる。

 西の女神さまが同席することに一瞬驚いていたものの、一度や二度ではないので乳母さんは普通に対応してくれる。慣れは偉大だなと感心しながらユーリの部屋の中へと進むと、床の上で遊んでいたユーリが訪問者に気付いて、ハイハイしながらこちらへ歩み寄っていた。


 「ユーリ、お昼ご飯は食べた? そろそろオネムの時間かなあ……仏頂面になってるよ~」


 私がユーリの下にしゃがみ込むと、クロがジークの方へと飛んで行った。私がユーリを抱き抱えると、彼女の興味は確実にクロに向く。ユーリにぺちんと顔を両手で挟まれたり、脚をにぎにぎされるものだからクロも西の女神さま同様にユーリを苦手としていた。

 クロの場合は万が一ユーリを傷付けてしまう可能性があると分かっているからのような気もするけれど。件のユーリはご飯を終えて人心地が付いたのか少し不機嫌な様子であった。お昼寝の時間がそろそろ近づいているから仕方ない。そのまま寝落ちできるか、なにかの拍子に機嫌を更に悪くして大泣きしてからの寝落ちになるのかは賭けだろう。私が両腕をユーリに差し出すと、遊びの邪魔をするなと彼女に手を払われてしまった。

 

 「ありゃ。フラれた」


 私の声にジークとリンが仕方ないと言いたげな顔をしている。西の女神さまはどうしてだろうと首を傾げていた。どうやらユーリは私たちが部屋にやってきたことが気になったけれど、相手にはして欲しくなかったようである。

 これで抱き上げると大泣きコースは確実なので、床に散らかっている玩具を拾おうと私は少し移動して、部屋の真ん中に立つ。ユーリがさきほどまで遊んでいた場所には積み木やぬいぐるみが転がっている。その中にグイーさまが媒介としていたクマのぬいぐるみも一緒に転がっていた。散らばった積み木を少し片づけて、転がっているぬいぐるみをいくつか拾い上げる。


 私がごそごそしていると西の女神さまは部屋の扉の側で固まったままだ。


 大丈夫かと心配になるけれど、ユーリは動かない女神さまを置き物と認識しているようだった。女神さまは女神さまでユーリが気になるけれど、手を出す勇気はないらしい。

 不機嫌なユーリを抱き上げて貰って大泣きして貰うという荒治療も考えたが、更に苦手意識が悪化しそうなため暫く置き物でいて頂こうと片づけを続ける。ジークとリンは邪魔をしては駄目だと壁際に控えているので、護衛として部屋に滞在するようだった。


 「あ、船を漕ぎ始めた」


 ユーリが床の上でこっくりこっくりと顔を上下させている。ユーリは半目になりながら、ちょこちょこと歩いて女神さまの足下に辿り着く。そうして彼女は女神さまの足に寄りかかって寝息を立て始める。

 乳母の方とジークとリンと私はユーリの行動を見て唖然としていた。まさか西の女神さまの足を背凭れ替わりにして寝入るとは……ユーリはなにが起こっても動じない子に育ちそうである。公爵さまと凄く気が合いそうだなあと考えて直ぐに首を振り、私は乳母の方を見る。


 「アンファンの様子は如何ですか?」


 一先ず、状況は落ち着いたのでアンファンの最近の様子は如何なものかとなったのだ。乳母の方は急な話題の逸らしに驚きつつも、答えようと口を開く。


 「ユーリさまの面倒を良くみていますよ。サフィールさんが小さい子に対してのアドバイスを送っているようで、同年代の子よりも知識が豊富な気がします」


 どうやら順調にアンファンの教育も進み、周りの方のフォローもきちんと入っているようである。アンファンはもう私の心配は必要なさそうだなと小さく笑った。とはいえユーリの側仕えを目指すならば、いろいろと学ばなければいけないことが沢山ある。

 数年後、アンファンはアルバトロス王立学院の普通科を目指しても良さそうだと候補のひとつに入れておく。侍女見習い学校でも良さそうだが、アンファン次第だろうか。

 

 「ナイ、どうすれば良い?」


 西の女神さまが小さくか細い声を上げた。どうやらユーリを起こしてはいけないと考えてのことだったようである。ユーリは一度寝入ると目覚めるまでぐっすり眠るタイプだ。

 だから少し部屋の中でお喋りしようとも起きないのだが、女神さまはユーリが目覚めるのは可哀そうだと判断してくれたようだ。私は玩具を綺麗に仕舞って、ぬいぐるみは所定の位置に戻して女神さまの下へ行く。


 「ユーリの目が覚めるのは数時間後ですね」


 「良かった。一年寝てるとかだと流石にキツイ。起きるまで待ってるね」


 いやいや。時間単位がおかしいですし、ユーリが一年も寝るのは異常である。私が苦笑いを浮かべながらユーリを抱き上げると、寝て脱力している分いつもより重い。抱き上げてもすこーと寝ているユーリに苦笑いをして、女神さまの方へとユーリを向けた。

 西の女神さまはおずおずと手を差し出して彼女のもちもちの頬を撫でた。気持ち良いですよねえと言いたいのをぐっと堪えて、女神さまとユーリのふれあいを見守る。眠っている所しか触れないなんてちょっとおかしいけれど、まあ西の女神さまが赤子に少しでも慣れるのならばと、もう少しだけユーリの部屋で過ごそうと決めるのだった。

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― 新着の感想 ―
庭師さんの悲劇は本当に涙なしでは聞けない程ですし、今後も気に掛けてあげると良い気がします(苦笑) 西の女神様もユーリに慣れる兆候が若干見られますし、少しでも良いから前進して欲しいですね? もしかした…
『やはり種の件を精霊さんに伝えるのはもう少しあとにしておこうと決めて』のシーン。 前話で『一応、辺境伯領の大木の精霊さんに話を聞いてみると『そのような力は付与していないのですが……ナイさんの力が偉大…
更新お疲れ様です。 庭師おじ様、ミナーヴァ子爵邸の庭は一種の聖域なので、復活も早いから頑張って! アストライアー侯爵邸の方の庭の事もあるし、おじ様に弟子をとって貰うのも良いと思いますw 肝の据わって…
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