表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1141/1371

1141:女神さまの影響。

 プランターに植えた黄色い花の種は怒涛の勢いで繁殖し、庭師の小父さまが頭を抱えていた。一応、辺境伯領の大木の精霊さんに話を聞いてみると『そのような力は付与していないのですが……ナイさんの力が偉大なのですねえ』と感心していた。どうすれば良いのかと私が問えば精霊さんは頑張って引っこ抜くしかないと仰った。

 そうしてどうにかプランターの黄色い花地獄は解決したのだが、副団長さまが精霊さん作の品ということで嬉々として回収している。大丈夫か心配だけれど魔術師団の隊舎が花塗れになっても問題はあるまいと私は知らないフリをしていた。


 十二月に入り、随分と寒くなってきている。アルバトロス王国は大陸の南に位置しているので外で凍死したりすることはないけれど寒いものは寒い。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち三頭の毛が羨ましいなと自室で窓際に椅子を置いて陽向ぼっこをしている。


 昼ご飯を終えて一段落しているため自由時間となっている。ジークとリンは子爵邸の庭で鍛錬を行っている。テオも参加しているのだが、やはり鍛えている年数が違うため、テオの方がそっくり兄妹より先にへばってしまうそうだ。まだまだジークとリンのような騎士になるには時間が必要かなと、そっくり兄妹がいるであろう場所に視線を向けた。雨が最近降っていないので空気は乾燥していそうである。

 

 西の女神さまはアリアさまのご実家であるフライハイト男爵領とロザリンデさまのご実家のリヒター侯爵領にも興味を示しており、話を聞いたアリアさまとロザリンデさまは女神さまが自身のご実家に視察にくるかもしれないと驚いていた。


 アリアさまはどうしようと困惑していたものの、西の女神さまにどこを案内すれば良いのか迷っていたので本当に強心臓を持っている。ロザリンデさまは困惑しながら実家に連絡を入れると言い残して、扉の縁にぶつかっていた。

 ロザリンデさまは常識外のことが起こるとテンパり易いなと、私は慌てて彼女の下に駆け寄って傷が付かないようにと治癒を施しておいた。まあ、私が女神さまの視察に同行しなくても大丈夫そうかなと、窓の外に向けていた視線を部屋の中へと戻す。


 『気持ち良いねえ』


 「気持ち良いよね。寝てしまいそう」


 私の膝の上で丸くなっているクロが声を上げ、私はクロの方へと顔を向ける。足元にはヴァナルと雪さんたちに毛玉ちゃんたちものんびりと絨毯の床に転がり、尻尾をぱたぱたとさせている。


 『良いんじゃない?』


 「そうだねえ……」

 

 クロが私のやる気のない返事を聞いたせいか、くわっと口を開いて大あくびをした。ふうと息を吐いたクロは身体を丸くして、私の膝の上で寝る態勢に入った。今まで忙しかったのだから、こんな日があっても良いかと私も惰眠を貪ろうと目を閉じるのだった。


 ◇


 ミナーヴァ子爵邸の隅にある訓練場では、今日も護衛の騎士たちが鍛錬を怠るまいと皆が汗を掻いている。俺もその中の一人であり、妹のジークリンデも一緒にきていた。広いとは言い難い訓練場ではあるが、貴族の屋敷に施設があるだけでも有難かった。それはアストライアー侯爵に雇われている護衛の皆も同じことで誰も文句など口にしない。騎士見習いとして雇われたテオも訓練をしており、声を出しながら木剣を振っていた。

 いつも俺とリンと一緒にいる小さな竜のアズとネルは訓練の邪魔になると理解して、訓練場の側にある木の枝で二頭仲良く並んでこちらを見ている。

 ふいに周りの皆が動きを止めて、出入口の方へと視線を向けている。誰かと思えばフソウのフウマとハットリのご老人だ。彼らは諜報員の教育を施すためにナイに雇われているのだが、キチンと役目を果たしてきたのだろうか。妹のリンも不思議そうな顔で彼らを見ているのだが、彼女の目の奥では違うことを考えていそうだった。


 「ジークフリードさん、手合わせをお願いできんかの?」


 フウマのご老体がハットリのご老体と並んで俺を見上げながら問うてきた。フソウ出身故に彼らの背はアルバトロス王国の者と比べると凄く低い。しかしリーチの差がかなりあるというのに、彼らは軽い身のこなしで俺の剣を寸での所で避けることもあれば、小刀と呼ばれる片刃の剣で受け流される。アルバトロス王国の騎士や周辺国の騎士とは違う体捌きと剣術のため、俺としても手合わせは望むところである。しかし。


 「私は構いませんが、諜報員の教育はもうよろしいのですか」


 俺は彼らに疑問を投げた。ナイから命じられたことを終えていないのであれば、俺は彼らと悠長に手合わせなどできない。本来の業務に戻れと厳しく言わねばならぬだろう。俺の心配を他所にフウマとハットリのご老体はカラカラと笑いながら口を開いた。


 「今日の授業はきっちりと終えましたぞ」


 「動かねば身体が鈍りますからな」


 腰を曲げて後ろに手を回しながら好々爺然とした姿の彼らであるが、諜報教育を受けている者から話を聞けば割と厳しい授業が行われているそうだ。敵地に潜入して情報を得るということは、己の命と引き換えになることもあると伝え敵に捕まれば舌を噛めとご老体二人は教えているようである。

 確かに正論であるが、ナイが聞けば微妙な顔をして命を粗末にするなと厳命しそうなのだが、これから先どうなっていくのか。一先ず彼らの言を聞き届けようと、俺は手合わせをお願いしますと頭を下げるのだった。


 ――一時間後。


 俺と妹はフウマとハットリのご老体の相手を務めていたのだが、彼らは本当に現役を引退しているのだろうか。彼らが手合わせの最中に飛ばす殺気は本物で、不味いと感じる場面が多々あった。

 フソウのニンジャという職業は幼少期から専門的な鍛錬を積み、己の身体と五感を研ぎ澄ませてきたようである。リンも攻めあぐねている時があり、勝ちを取るのに苦心していた。

 

 「手合わせ、ありがとうございました」


 「ありがとうございます」


 俺とリンがフソウとハットリのご老体に頭を下げれば、彼ら二人も俺たちに頭を下げた。


 「良い運動になりましたわい」


 「ええ。こう死と隣り合わせの感覚を味わえるのは其方らくらいですからな」


 ご老体がまたにやりと笑って汗を手拭いで拭きながら訓練場をあとにする。俺たちの手合わせを真剣に見ながら、動きを追っていた者もいたので頭の中でトレーニングをしていたのだろう。無駄になっていないようで良かったと安堵していると、テオが真面目な顔をして俺の前に立った。


 「ジークフリードさん、俺とも手合わせをお願いします!」


 直立不動になったテオが俺に向けて腹に力を入れた声を上げる。まだ時間はあるし先程見ていた木剣の振り方に助言を送りたかったので、丁度良いだろうと俺が頷こうとすればリンが一歩前に出る。


 「テオ、私としよう」


 「え?」


 唐突なリンの態度にテオが目を丸く見開いた。妹の行動に珍しいこともあるものだと俺は小さく笑みを浮かべる。テオは俺ばかり相手をしても意味はないだろうし、偶にはリンとも手合わせをさせても問題あるまい。受けて良いのか判断に困っている彼に俺は遠慮は必要ないと伝えれば、テオがリンに丁寧に頭を下げる。


 「よろしくお願いします!」


 「ん」


 テオよりリンの方が問題があるように感じてしまう。どうにも妹は言葉を紡ぐことを苦手としているようで、身内と認めている相手以外には更に口下手になっている。もう少し喋っても良いのにと目を細めるが、俺自身もあまり喋る方ではない。

 やはり双子故にどこかしら似てしまうようである。そうして俺が審判役を務めることになるのだが……テオとリンの試合は秒で終わってしまい、何度か対戦を続けるもののテオの全敗となってしまう。


 「リン、もう少し手加減をするか、隙を作ってくれ」


 テオが場を去り少し時間を経て俺はリンに声を掛けた。実力差があるのは当然だし、テオはまだ見習いの立場である。リンもテオ以外の誰かに手解きする機会はあるだろうから、今のままでは不味い気がした。


 「それは兄さんに任せる。私は彼にとって超えられない壁でいれば良い」


 リンが俺に向かって良いことを言ったみたいな顔を浮かべるのだが、俺は自身の顔が渋くなるのが分かった。俺がいなくなれば彼女はどうするつもりなのか……と口にしようとして止めた。

 多分俺たち兄妹はナイの護衛を一生務めることになる。もし俺たちが先に死んでしまっても魂だけは彼女の側にいる。きっと妹も同じ気持ちなのだろう。将来の伴侶を得なくて良いのかと心配になるが、俺も人のことをとやかく言える立場ではないのだ。

 

 「テオがリンより強くなった時は見ものだな」


 「ナイの専属護衛の役は誰にも譲らない」


 俺が肩を竦めると、リンが真面目な顔をして言い放つ。確かにナイの専属護衛役を誰かに引き渡すつもりはないが、ナイが俺たち以外を指名する日がくるのかと考えればこないと断言できてしまう。

 だが己の気持ちを自覚していると、護衛以外の所でもナイの役に立ちたい……いろいろと動いてはいるものの、なかなか上手くことが運ばないなと苦笑いになっていると、訓練場の出入り口で警備隊長が俺とリンに視線を向けていた。


 「ジークフリード、ジークリンデ。警備の時間割を確認してくれ!」

 

 俺たちの名を呼んだ彼は子爵邸の警備を統括している者である。ナイが外出する場合、俺たちは当然として誰を護衛に宛てるか毎回頭を捻っているそうだ。西の女神さまが子爵邸に滞在するとなり屋敷の警備を疎かにしてはいけないと、更に頭を悩ませているようである。

 西の女神さまに護衛は必要ないだろうが体裁を整えておかなければ、なにかあった時に責められるのはナイである。それは避けなければと俺と妹は彼の後ろを歩いて、護衛の者たちがいる建屋の中に入るのだった。

 同じ建屋内には託児所も併設されているので、子供の笑い声が聞こえてくる。サフィールは子供相手に仕事を頑張っているのだろうと小さく笑っていれば、部屋の前に辿り着いていた。そうして警備長が部屋へと入り、俺と妹も一緒に部屋へと入る。質素な部屋であるが、置いている調度品は良いものを使っていた。警備長は机の上の紙を手に取って、俺たちの前に差し出す。


 「少し先の話だが、フソウ行きの面子も書き出しておいた。確認しておいてくれ」


 彼の手から俺は紙を受け取って視線を落とした。この先、二ヶ月の仮予定と年明けにフソウに赴く護衛の者を決めたようである。


 「ご当主さまの側にいれば、退屈はしないと皆言っているな」


 警備長が苦笑いを浮かべながら声を上げる。確かにナイの側に控えていれば退屈な日はほとんどないだろう。貧民街時代の経験で大抵のことは受け流せるようになっていたのは良かったことの一つである。目の前の彼と雑談を交わしながら、紙に視線を落としたままで俺は字を読み進めていった。特に問題はないとリンに俺が持っていた紙を手渡せば、彼女もつらつらと目を通し始めた


 「西の女神さまがアルバトロス王国内の領地を見学していると聞いて、貴族の方々はソワソワしているようなんだ」


 「何故ですか?」


 彼の言葉に俺は疑問で返す。確かに西の女神さまはハイゼンベルグ公爵領、ヴァイセンベルク辺境伯領の見学を行い、フライハイト男爵領とリヒター侯爵領にも興味を示している。

 ナイが所領としている地にも赴くと仰っていたが、十二月はゆっくりするとナイが決めたため予定が伸びていた。西の女神さまが他の領地に興味を示す、というかナイが紹介できる場所しか行かない気がするのだが……どうなのだろうか。


 「一応、俺だってアストライアー侯爵家の一員だからご当主さまが案内できる場所しか行き辛いってのは知ってるけどな。だが、話を聞いてしまうと期待するってのが人間ってものだろう」


 警備長の言葉から推測するに、貴族社会では西の女神さまが方々に足を向けている情報を得ているようである。確かにそれなら期待したくなるのが人の心なのだろうか。

 俺は貴族としての欲が薄いのか、ラウ男爵閣下にもう少し欲張っても良いのではと苦笑いを向けられた過去があった。確かに俺も法衣の男爵位持ちで、貴族の一員であるが家を大きくさせたいという願いはなかった。

 

 「妙なことを考える貴族がいなければ良いんだけれどなあ。あと聖王国が大丈夫なのか心配だ」


 警備長が微妙な顔をしながら言い放った。貴族が西の女神さまに勝手に接触すれば、彼女の気分次第ではないだろうか。西の女神さまはナイを気に入っているようだから、ナイを介さない紹介や接触は嫌な顔を浮かべそうである。

 西の女神さまであれば一睨みして頂ければ、ほとんどの厄介事は解決しそうだと苦笑いになる。しかし……確かに聖王国の立場がどんどん悪い方向へ流れていっているのではなかろうか。西の女神さまが聖王国という教会総本山に赴かないのは異常な事態だ。ただし、教会は人間側が勝手に作り上げたものという真実を知っていると、西の女神さまが聖王国に見向きもしない理由が分ってしまう。

 

 「確かに由々しき事態ですね……」


 俺は彼に本当のことを告げるわけにもいかず、警備長に同意の言葉を述べるに留めるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力量歴代最強な~ 2024.09.05 第三巻発売!

魔力量歴代最強な転生聖女さま~ 第三巻 好評発売中!
画像をクリックして頂くと集英社さんの公式HPに飛びます!

【アマゾンさん】
【hontoさん】
【楽天ブックスさん】
【紀伊国屋書店さん】
【7netさん】
【e-honさん】
【書泉さん:書泉・芳林堂書店限定SSペーパー】
【書泉さん:[書泉限定有償特典アクリルコースター 660円(税込)付・[書泉・芳林堂書店限定SSペーパー付】
【Amazon Kindle】

控えめ令嬢が婚約白紙を受けた次の日に新たな婚約を結んだ話 2025/04/14 第一巻発売!

控えめ令嬢が婚約白紙を受けた次の日に新たな婚約を結んだ話1 2025/04/14発売!
画像をクリックして頂くとコミックブリーゼさんの公式HPに飛びます!



【旧Twitter感想キャンペーン開催!! 内容を確認して、ご応募頂ければ幸いです】

【YoutubeにてショートPV作成してくださいました! 是非、ご覧ください!】

【書泉さん:フェア開催中! 抽選で第一巻イラストの色校プレゼント! ~2025.05.13まで】

⇓各所リンク
【アマゾンさん】
【hontoさん】
【楽天ブックスさん】
【紀伊国屋書店さん】
【7netさん】
【e-honさん】
【bookwalkerさん】
【書泉さん:書泉限定特典ペーパー/こみらの!限定特典「イラストカード」/共通ペーパー】
【駿河屋さん:駿河屋限定オリジナルブロマイド付き】
【ゲーマーズさん:描き下ろしブロマイド付き】
【こみらの! さん:イラストカード付き】
【メロンブックス/フロマージュブックスさん:描き下ろしイラストカード】
【コミックシーモアさん:描き下ろしデジタルイラスト】
【Renta!さん:描き下ろしデジタルイラスト】
― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 なるほど、畑の妖精さんが、大木の精霊さんの種の受け取りを拒否したのは、〝黄色い花の大繁殖〟が予見できたからですかね。畑の妖精さんにとって子爵邸の畑がナイさんの食欲を満たす…
と言うか人如きが神の予定を期待するとか烏滸がましいんですけど、常に平民にでかい顔してる様な貴族には言っても無駄かも( ˙꒳˙ )フム… 取り敢えず懸念が現実味を帯びないと良いですね? でないとマジで…
更新お疲れ様です。 大樹の精霊さんに貰った種は、庭師のおじ様が植えたプランターからはみ出す旺盛な繁殖力を示した模様w 良い香りのする可愛らしい黄色の花も、庭を覆い尽くす勢いで繁殖をされては・・・(─…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ