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――深く考えると禿げそうなので、一先ず竜の卵さんを預かることにした。あとは卵さんが孵った時に考えよう。
ヴァイセンベルク辺境伯領の大木の下で竜の方たちとエルとジョセとルカとジアにヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち三頭が混ざって、凄い光景を作り出していた。異種が混ざり込む機会はなかなかないらしく、セレスティアさまとお母上であるアルティアさまが恍惚の表情を浮かべている。
あまりにもヤベー顔になると辺境伯さまの足蹴りが彼女にヒットして通常のご尊顔に戻っていた。凄く特徴的な家族だなあと感心しながら、私たちは大木の根元に座り込んで子爵邸の料理人さんに作って頂いた軽食をロゼさんに取り出して貰って、簡単なピクニックを開催している。
レジャーシートの代わりに厚手の布を敷いて座り、バスケットの中を開けばサンドイッチが大量に入っている。辺境伯家の皆さまや護衛の方が交代で食べられるようにと用意してきたので本当に量が多い。
中身は至ってシンプルなハムとチーズを挟んでいるものや、生ハムとチーズとアボガドを挟んでいるもの、キュウリだけとか、カリカリベーコンとか、アルバトロス王国のお貴族さまが良く食べるというラインナップだ。
少し変わり処はタマゴサンドだろうか。私が提案してなんちゃってマヨネーズとゆで卵を潰して混ぜてサンドイッチにしたものである。あとイチゴサンドにキウイやブドウなどのフルーツサンドもお願いしてみた。
料理人の皆さまは私から話を聞いて怪訝な顔をしていたが、作って食べてみると美味しいことが判明して嬉々として作ってくれたのだ。生クリームは十分にあるので、他の家でも流行らないかなと考えている。とんでもなフルーツサンドができ上れば食べてみたいし、他のサンドイッチも新しく生まれるなら食べてみたい。
用意ができたのでサンドイッチを食べようとなり、竜の方たちやエル一家とヴァナル一家と遊んでいる面々……主に西の女神さまは放っておいて良いだろう。
腰を下ろしている面々は南の女神さまと辺境伯さまと辺境伯夫人であるアルティアさまとソフィーアさまとセレスティアさまと私である。ジークとリンは護衛に就いているし、クロとアズとネルは竜の方たちの下でなにやら遊んでいるので飽きれば戻ってくる。
「すげえ量を作って貰ったな」
「護衛の方たちの分もと考えていたら、結構な量になってしまいました」
南の女神さまがバスケットの中身を覗き込んで私に視線を向けた。消費できなくはないので大丈夫なはず。私のお腹の空き具合は九割くらいだし結構な量を食べれる自信がある。南の女神さまも私と似た体格の割には食べるので、量が多い方が良いだろうに。私の言葉に南の女神さまが息を吐いて私を見ているようで少し違う所を見ていた。
「ま、美味いから文句ねえんだが……なんでナイはそんな恰好してんだ」
呆れた顔の南の女神さまは私の後ろにいる大木の精霊さんを見ていたのだ。何故か私は精霊さんの膝の上に乗せられて腕をお腹に回されて逃げられないため、彼女の膝上でじっとしているしかない。
「精霊さんに聞いてください」
恥ずかしいから止めて欲しいけれど精霊さん的に私から離れると、彼女の髪が勝手に私の手首に巻き付くのだ。それの方がホラーなので私は彼女の膝上に大人しく乗っておくという選択が生まれるわけで。
リンが微妙な視線を精霊さんに向けているけれど、少し前に貴女はナイさんといつも一緒にいるのだから良いではないですかと精霊さんからマジなトーンで言われてしまっていた。リンもリンで思う所があるのか、微妙な視線を送るだけに留めていた。
「……いや、好きにすりゃ良いけどよ。食いにくくねえか、ソレ」
南の女神さま、ナイスな意見ですと言いたくなるのを堪えて私は後ろに振り向いて精霊さんの顔を見る。
『おや、駄目でしょうか』
精霊さんは顔色一つ変えずに南の女神さまへと言い放った。そうして南の女神さまは小さく溜息を吐く。
「それはナイに聞いてくれ」
「下ろして頂けると嬉しいです」
南の女神さまから私に会話のバトンを渡されたこともあり、遠慮なく精霊さんに伝えてみようと意を決した。
『残念です。せっかくナイさんがきてくださったというのに』
精霊さんは残念な表情をアリアリと浮かべて私を膝上から降ろしてくれた。そうしてすぐさまゼロ距離で私の隣に移動すれば、私の左手首に彼女の髪が伸びてきた。なんとなくだけれど魔力を吸われているような気がする。
でも問題ない範囲だし、竜のお方や精霊さんに魔獣の方々には魔力は生命の素だと知っているので口には出さない。流石に気絶するほど吸収されると困るけれど、私に気付かれないようにと制御しているので倒れることはなかった。
南の女神さまと精霊さんにどれが食べたいですかと聞いてみれば、全種類と言い放つ黒髪黒目のお方と動物が関わるものは避けたいと仰る方に私は苦笑いを浮かべる。南の女神さまは適当に食べるとして、動物性のものは避けたいとなるとかなり難しい。水分がパンに沁み込まないようにとバターやマーガリンを塗っている。
一緒に食べれないのは寂しいのでどうにかしたいが……あ、そうだ。足りない場合は直ぐに追加で作れるようにと別口で料理長さんからパンと材料だけ手渡されていた。ロゼさんに預けているので、別のバスケットをロゼさんの身体から吐き出して貰う。またバスケットを開ければ、パン包丁と硬めのパンと具材が沢山入っている。
「精霊さんの好みのお野菜はどれでしょう? それともご自分で作られますか?」
『ナイさんにお任せ致します。ナイさんが自ら作ってくださるとは感激です』
私が問いかけると精霊さんはへにゃりと笑う。凄い美人さんが笑うと破壊力があるなと感心しながら、私はバスケットの中に視線を移して精霊さんにはどれが良いかと考える。もう少しお野菜を多めに持ってくれば良かったなと少し後悔していると、精霊さんがある個所に指を差した。
「どうしてマンドラゴラもどきが…………いつの間に?」
バスケットの端っこに鎮座しているマンドラゴラもどきを精霊さんは食べたいようである。
「あー……食べて欲しかったんじゃねえか? 一応、食い物だしな。若干精霊とか妖精に近い存在だけどよ」
南の女神さまが後ろ手で頭を掻きながら状況を説明してくれるのだが、マンドラゴラもどきがバスケットの中に勝手に入った理由までは分からなかった……しかし。
「そうなると共食いでは……」
『精霊が精霊を取り込んで強くなるのは普通ですよ。まあ妙な輩を食べ過ぎると闇に落ちることがありますけれど』
私の心配に精霊さんがにこりと笑って教えてくれる。どうやら精霊さんの世界では共食いは異常なことではないらしい。となればお婆さまもある程度精霊さんたちを取り込んできたのだろうか。精霊さん文化にケチをつける気はないけれど凄い世界だなと目を細めて、濡れタオルで手を拭いた私はパンにマンドラゴラもどきを挟み込み紙ナプキンで一部を覆った。
「どうぞ」
『ありがとうございます。ナイさんが自ら作ってくださったこと凄く嬉しいです』
私がサンドイッチを差し出せば精霊さんが凄く綺麗な笑みを浮かべる。マンドラゴラもどきをそのまま挟み込んで欲しいというリクエストだったので、凄くシュールな絵面だけれど。
私たちを見ていた辺境伯さまとアルティアさまが驚いた顔をしているが、ソフィーアさまとセレスティアさまはお二方に『いつものこと』と仰っていた。いつものことではないと私は否定したいが、否定しても白い目で見られるだけである。さっさと美味しいサンドイッチさんを食べようと、皆さまに勧めて私も食べたいサンドイッチを手に取って一口齧ってみた。
「美味しい」
「あー……美味いな。屋敷で出される料理も美味いが、こういう単純なのも良い」
『美味しいです』
私と南の女神さまと精霊さんが一口頬張るなり声を上げる。やはり子爵邸の料理長さんたちが作った物は美味しいと目を細めていると、辺境伯さまとアルティアさまも美味しかったのか二口目、三口目を食べ進めていた。気に入って頂けたなら良かったが、タマゴサンドは誰も手に取っていなかった。それならばと私は一つ目のサンドイッチを食べ終えて、二つ目に手を伸ばすべきはタマゴサンドだと決める。
「美味いのか……?」
南の女神さまが凄い顔をして私を見ている。残すのが嫌で彼女はタマゴサンドという未知のものに手を伸ばさなかったのだろうか。それなら味見してみますかと問えば、南の女神さまは少しくれと言って口を開く。
私は女神さまの口元を目指してタマゴサンドを持って行けば、割と大きめの一口を彼女は齧り取る。結構な量が消えてしまったぞと女神さまが食べた部分に視線を向けた。あと二口分くらいしか残っていないと私が口を尖らせていると、南の女神さまがごくりと嚥下する。
「色味が凄いけど美味いな、これ」
それは良かった私は南の女神さまを見て安心する。アルバトロス王国に住む鶏さんの卵は黄味の色が日本のものより薄かった。おそらく餌の関係で色味が薄いのかなと考えているのだが味に問題はない。
ただやはり生で食べるとお腹を壊すと言われているので、生卵は食べたことはなかった。いつかは卵かけご飯を賞味したいと考えていると口の中の唾液が増してくる。
南の女神さまがタマゴサンドが美味しいと告げたなら、他の面々も次に手を伸ばすのはタマゴサンドであった。どうやら口に合ったようで残さず食べてくれている。良かったと私は笑って、カリカリベーコンと卵焼きを挟んだバケットに手を伸ばす。
これまた美味しいと一つ食べ切り、次のサンドイッチに手を伸ばす。お腹が膨れてきたので締めにしようと、最後はフルーツサンドに手を伸ばした。イチゴさんと島バナナさんが入っており、果物自体が甘いためクリームは控え目の甘さに調整してくれている。
アルティアさまが気に入ったのか作り方を教えて欲しいと請われたため、セレスティアさまにレシピを預けておきますと伝えれば彼女は満足そうな顔をしていた。
ひとしきり食べて落ち着くと、竜の方たちはまだみんなで遊んでいる。元気だなあと目を細めていると、セレスティアさまが身体をくねくねさせてなにやら妙な表情になっている。
「ここにジャドさまとアシュとアスターにイルとイヴが加われば、どんなに幸せな光景だったか……想像するだけで胸が張り裂けてしまいそうです……」
彼女の頭の中では幸せな光景が広がっているらしい。現実になれば身体をくねくねするだけでは留まりそうにない。くねくねしているセレスティアさまにソフィーアさまが呆れた視線を向けていた。
「いや……張り裂けるものじゃない気がするが」
ソフィーアさまの突っ込みを無視したままのセレスティアさまは幸せそうに竜の方たちを見続けている。そしてアルティアさまも幸せそうな顔をして身体をゆらゆらさせていた。どうやらセレスティアさまの魔獣と幻獣好きはアルティアさまから譲り受けたものらしい。ゆらゆら揺れているアルティアさまに辺境伯さまが彼女の肩を揺らして正気に戻れと無言で訴えていた。
でもまあ、ジャドさん一家もいつか辺境伯領の大木にきて欲しいなと私が精霊さんを見ると、彼女はいつでも歓迎しますと目を細めるのだった。






