1135:移動は転移。
ラウ男爵は面白い試みだしミナーヴァ子爵領との交流は望むところであるという返事がジークを経て戻ってきた。失敗することもあるし、急にラウ男爵領の方たちが増えてもこまるし、逆にラウ男爵領でミナーヴァ子爵領の人たちが増えても問題だろうと数は絞るそうだ。
ミナーヴァ子爵領での婚活パーティーが成功したなら、ラウ男爵領でも行ってみようとなっている。それならば子爵領から人を向かわせることにしようとなり、話を聞きつけた領地の皆さまの間で話題になっているとか。
領民の方たちにとって他領に赴くということはちょっとした海外旅行のような感覚らしい。生まれた村から一歩も出ずに一生を終える方もいるので、盛り上がるのは仕方ないが、時間を経て失敗する可能性もあるのだから慎重に進めなければ。
「ナイ。久方ぶりにヴァイセンベルク辺境伯領へと向かいますが、領都の街にも出掛けてみてくださいませ」
セレスティアさまが子爵邸の執務室で自信満々に言い切った。数日後にはロゼさんの転移で辺境伯領に赴くのだが、彼女はどうして急にそんなことを言い出したのか。
セレスティアさまの隣に座しているソフィーアさまが『直球すぎる願望だな……』と少々呆れているが、口に出してまで突っ込む気はないらしい。家宰さまもいつものセレスティアさまであると判断して、対応は私に任せてくれるようである。
「よろしいのですか? 私たちが出歩くと路上封鎖されますし、領都の方たちがご迷惑を被る可能性が高くなりますよ?」
一先ず私は真っ当な理由を述べてみる。有難いことだが、辺境伯領の経済を停滞させていないだろうか。貴族として行動するなら、屋敷に商人を呼び寄せるのがセオリーである。確かにお出掛けするのは楽しいので、アガレス帝国ではウーノさまに無理を言ってお出掛けしているけれど。
「一時は損をしておりましょう。ですが長期的に見れば、女神さま方とナイが見学した場所となり価値が生まれましょう。悪くない話なのでございます」
ハイゼンベルグ公爵家は遠慮したが辺境伯閣下に任せておけば、言い出せぬままだからセレスティアさまが先に私と女神さまへ伝えておくとのことである。なかなか剛毅な発言であるが、西の女神さまは喜ぶだろう。
お店の方々は凄く緊張して気絶しそうだが、腕輪と西の女神さまの努力のお陰で神圧の抑制はできている。ならば返事は一択だと私はセレスティアさまときちんと視線を合わせる。
「ではよろしくお願いいたします。ただ急なことですし無理と判断されれば直ぐに撤収したり、取り止めになっても大丈夫ですから」
私は遠回しに無理はしないでくださいねと言い出しっぺの彼女に伝えておく。聡い方だから直ぐに気付いてくれるだろうと私が笑えば、セレスティアさまが確りと頷いてくれた。これで少しは西の女神さまの圧に耐えられない方が出ても問題はなくなるだろう。辺境伯領への視察も無事に終わると嬉しいのだが……と私が願っていれば、ソフィーアさまが口を開いた。
「しかし、またナイは突飛なことを思いついたものだな」
「婚活パーティーのことですか?」
ソフィーアさまが片眉を上げながら苦笑していた。突飛な提案を多々出したつもりはないのだが、ソフィーアさま的に今回のことは珍しい案件と認識しているようである。私が転生者であることは執務室の中にいる皆さまは知っているため『前』のことを話しても問題ないが、外ではあまり口にしない方が良さげだ。
「ああ。まさか平民に貴族のようなことをさせるとは考えもしなかったし、ラウ男爵を巻き込むとはな」
「強制的に婚姻するよりはマシかなあと。ラウ男爵さまの件はジークの提案なので、私だけだと話が広がらなかったでしょうね。あと前だと一般的なことでしたから。成立するのは難しいですし、お付き合いの期間もありますからね」
いろいろと手探りではあるものの、上手くいけば他の方も試してみれば良いだろう。婚活パーティが貴族のような側面を持っているのか分からないけれど……年に数回小規模で行えれば良いなと考えている。他の領地の方を迎え入れられるメリットはやはり血統を濃くしないという意味合いが強い。恐らく他領の方がこちらにくれば文化の違いは必ずあるだろうし、揉める原因とならなければ良いのだが。
「普通は年頃の男性か女性を宛がって終わりですものねえ。ソフィーアさんが驚くのも致し方ないかと。わたくしは良い案だと考えますが」
「セレスティア。私はナイの意見を否定したつもりはないぞ」
「あら、ごめんあそばせ。そう感じたならばソフィーアさんに謝罪しますわ」
とまあ憎まれ口を叩き始めたお二人を見て私が肩を竦めると、家宰さまが肩を竦め、ジークとリンはいつものことだと壁際で見て見ぬふりをしているのだった。
――三日後。ロゼさんの転移でヴァイセンベルク辺境伯領領都に飛んだ。
ロゼさんも流石に女神さま二柱を一緒に転移はできなかったので、西の女神さまと南の女神さまは単独で転移して頂いている。私の気配を追えば良いので、行ったことのない土地でも大丈夫とのことである。
転移をして暫く経つと、西と南の女神さまの姿がぼんやりと視界に映り、どんどんと姿形がはっきりとしてくる。神さまの転移と人間の転移は少し違うみたいだなと感心していると、二柱さまは完全に転移を終えたようである。
転移した場所は辺境伯領領都にある領主邸の庭である。普通なら『何者だ! 出会え、出会え!』となって領主邸の護衛の方々に囲まれるのがオチだ。そこはセレスティアさまがご一緒しているし、西と南の女神さまが一緒であること、転移しますねと連絡していることで避けられる。某ご隠居さまのように悪事を働く代官や商人の屋敷に勝手に侵入して、ばったばったと狼藉者を倒していくのは爽快だろうなと全く違うことを考えていると、辺境伯家の皆さまがお出迎えをしてくれる。
「西の女神さま、南の女神さま、そしてアストライアー侯爵。ようこそ、ヴァイセンベルク辺境伯領へ!」
少し硬い表情の辺境伯さまが両手を少し上げながら私たちを迎え入れてくれる。セレスティアさまがもう少し領主としての威厳があっても良いのではとぼやいているが、女神さまが二柱も同道しているのだから仕方ないのではなかろうか。
どうにも私は女神さまに対しての考えがバグっているようで、他の方から見れば私の信仰心は凄く薄くて女神さま方と平然と話していることが信じられないらしい。話を聞いた私はそんなことでと思うのだが、カルヴァイン枢機卿さまが向ける女神さまへの態度を見ていると確かにと頷く他ない。
でもずっと緊張しっぱなしというのは正直しんどいし、仲良くなれるのであれば神さまでも宇宙人でも距離を詰めた方が得策である。幽霊はノーサンキューだけれど。
「よろしく」
「おう。暫くの間、世話になる」
「辺境伯閣下、お話を受け入れてくださり感謝致します」
西の女神さまと南の女神さまと私の順で辺境伯さまと挨拶を交わす。第一段階は乗り越えたと言って良いだろう。下手をすれば辺境伯家の皆さまはもっと緊張していた可能性があるのだが、特に問題はなかったのだから。西の女神さまも圧を抑えるコツを身に着けているようだし、私もきちんと魔力操作ができるように頑張らないとと気合を入れ直す。
「では、当初の予定通り大樹の下へ?」
「はい。ロゼさんの転移で向かおうかと」
辺境伯さまの声に私が答えると、彼が少し緊張しているような雰囲気を醸し出した。辺境伯さまの後ろに控えている奥方さま、ようするにセレスティアさまのお母さまのアルティアさまが『確りしてください』と言いたげだった。
なんだかクルーガー伯爵家も恐妻の気があるけれど、辺境伯家も恐妻とまではいかないが女性の方が強そうである。ご当主さまを慮らねばならないから口には出していないけれど。
「西の女神さま、南の女神さま、アストライアー侯爵。実は……この話を大樹の下で暮らしている竜のお方に話をすれば、迎えに上がると申されましてな。竜の背に乗っての移動でも良いだろうか?」
「転移より嬉しい」
西の女神さまの言葉でロゼさんがぷりんとしていた真ん丸ボディーをぺしょんと凹ませる。器用なことをしているけれど、ロゼさんの感情が分かるので有難い。
「あたしはどっちでも構わねえ」
「問題ありません。ロゼさんに負担を掛けたくはないですし有難いことです」
私はぺしょんとなっているロゼさんを抱き抱えて真ん丸ボディーを撫でれば、少し機嫌が戻ったのかロゼさんボディーに張りが出てきた。辺境伯さまは私たちに確認を終えれば護衛の方に頷いて、命を下された方たちはいそいそと動いて狼煙を上げる。暫く待っていると大樹のある方角から竜のお方が凄い速さで飛んでくる。大きい竜の方の後ろには小さな竜の方たちもいて結構壮観な光景になっていた。
「領の方たちが驚きませんか?」
素直な疑問を私は辺境伯さまへと投げてみる。移動するために身体の大きな竜の方が二頭に小型の竜の方が数頭飛んでいるのだが、三年前であればかなり騒ぎになったはず。
「いえ。子育てを一段落させた竜の方たちと領の者たちが交流を持ち始めたので、最近は快く迎え入れてくれています。辺境伯領の者たちと縁がある竜のお方は色や角の形に身体の大きさで個体識別をして覚えてくれています」
大木の下から移動できない竜の方たちは分からないけれど、慣れていなければ辺境伯領の方に覚えられている竜のお方が暫くは付き添ってくれるらしい。力仕事を手伝えば報酬として果物やお肉を得ている小型の竜の方たちもいるそうだ。
亜人連合国の代表であるディアンさまからも許可は得ているため問題はなく、人手が足りない時に竜のお方の存在は凄く重宝されているとか。どうやら共生できているようだし、辺境伯領の皆さまと仲良くできているのなら安心である。
「ふふふ。ナイが機会を齎してくれたのです。良いことですわ!」
セレスティアさまも機嫌良く鉄扇を広げて口元を隠しているのだが、いつもより鼻が高くなっている気がする。幻獣好きな彼女であれば簡単なことかもしれないなと納得して、辺境伯領の庭に小型の竜の方が数頭降り立つ。
どうやら大型の竜の方は辺境伯領領主邸の空の上を旋回したままでいるようである。そして小型の竜の方が大型の竜の方の背に降り立って私たちを運んでくれるようだ。
てってってと小型の竜の方たちが私たちの下へとやってくる。まずはクロと挨拶をするようで鼻先をちょこんと合わせていた。アズとネルにも挨拶をするようなのだが、流石にジークとリンの肩の位置には顔が届かないようで困った顔になる。ジークとリンはアズとネルに合図を送り、腕に移るようにと彼らの前に差し出した。アズとネルは嬉しそうにジークとリンの腕へ移動して、小型の竜の方たちと鼻タッチをして挨拶を終える。
『聖女さま、久しぶり……?』
『凄い人がいる!?』
『誰だろう?』
『なんだか気配が凄いよ?』
小型の竜の方たちが揃って首を右側に傾げれば、見事に姿がシンクロしていた。可愛いなあと私が目を細めると『ぐほっ!』『ぐはっ!』という声が背後から耳に届く。誰だと後ろを振り向きたいけれど、なんとなく察しがついてなにも考えないようにしておく。
そうして西の女神さまと南の女神さまだよと説明を小型の竜の方たちに説明すれば『凄い人!』『偉い人!』『敬う!』『仲良しになる!』と元気に声を上げている。西の女神さまも南の女神さまも小型の竜の方たちの無邪気さに呆れながらも悪い気はしていないようだ。
「じゃあ、上までよろしくお願いします」
『乗って!』
『二人か三人くらいなら余裕!』
『早く行こう!』
『みんな待ってるの!』
元気で無邪気な小型の竜の方に私たちは笑みを浮かべて、二度ほど往復して大型の竜の方の背に乗り込むのだった。






