1132:馬産地。
――赤っ恥を掻いた気がする。
とはいえご意見番さまの話を亜人連合国で語りつくしていた時にクロのことを笑っていた記憶があるので、公爵さまに黙っていてくださいとは言えないまま、私の恥ずかしい過去が御開帳された訳である。
ジークとリンは大体のことを把握しているので新鮮味はなかったかもしれないが、公爵さまから語られたこともあったので私の後ろで傾注していた。ソフィーアさまとセレスティアさまは興味津々で公爵さまの話を聞いていたし、公爵家の皆さまも公爵さまと私の関係が気になっていたようで真剣に聞いていたのだ。
そして西の女神さまは気になる所を公爵さまに突っ込んでいたし、公爵さまも女神さまに問われたとなれば嘘偽りなく伝えなければならない。最後の方は南の女神さままで突っ込みを入れ始め、公爵さまは懇切丁寧に私の過去を話していた。
公爵家で出されたお料理は凄く美味しかったけれど私の過去の話を開示されたことで、美味しかった食事の味がどこかに消えてしまった。凄く残念だが、ようやく食堂から移動して客室に戻ってきていた。
ジークとリンも一緒だけれど、この後は彼らの食事を摂る番であり、セレスティアさまも護衛を務めてくれていたので彼女もそっくり兄妹と一緒に摂るそうだ。私は客室の椅子に深く腰を掛け、頭を背凭れに預けて天井を見上げた。
「羞恥プレイだった……」
あまりにも恥ずかしかったのでなにも考えずに言葉を発してしまう。ジークとリンとセレスティアさまに、クロとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんが首を傾げた。毛玉ちゃんたち三頭は私の言葉を気にしていないようで、三頭でじゃれ合っている。天井も凄く職人さんの手が込んでいるなあと目を細めれば、そっくり兄妹の気配を感じた。
「そうか?」
「公爵さまから話を聞いたのは初めてだから新鮮」
ジークとリンが小さく笑いながら答えてくれ、彼らの横にいるセレスティアさまがふふふと笑って口を開く。
「わたくしはナイの昔話を沢山聞けたことは有難いですわ。仕える主に相応しいか判断できますもの」
言葉を言い終えた彼女は鉄扇をぱっと開いて口元を隠す。セレスティアさまは目を細めながら私を見ているけれど、果たして私は彼女にとって仕える価値のある主人なのかは微妙な所だ。
彼女の大好きな幻獣や魔獣に出会いたいという願いは叶っているものの、トラブルが多いので他家の側仕えの方より仕事が多くなっている。侯爵家当主の側仕えだし、お給金は弾んでいるものの……やはりトラブルに巻き込まれたり事件が起こると仕事は確実に増えるよなあと私は天井から視線をみんなの方へと戻した。
「恥ずかしいので、他言は無用でお願いします」
「もちろん、勝手に吹聴など致しませんわ」
私がセレスティアさまにお願いすれば彼女は快く答えてくれる。ジークとリンは今更だし、そっくり兄妹と付き合いのある方を私が知っているので問題はない。そうして何故かまた私に宛がわれた客室にいる西の女神さまと南の女神さまに視線を向けると、片方の柱さまは凄く興味を持った瞳で私を見る。
「ナイの小さい頃の話、面白かった。貧民街時代のことも聞きたいけれど……」
西の女神さまが珍しく言葉に詰まっていた。興味はあれど、聞いて良いのか微妙なことで判断が下せないようである。私のことを考えてくれているから彼女は言い淀んだに違いない。
「あまり良い話はありませんよ。聞いても面白くはないかと」
私は貧民街時代の話を聞かれれば都合の悪い所は隠すか、暈すかして語るだけである。とはいえ、荒んだ環境だったから聞くに堪えない話もあるわけで。西の女神さまがどんな話に拒否を示すのか分からないため、私は誤魔化すような言葉を吐いた。
「姉御、無理に聞くもんじゃねーし、ナイが気が向いた時に話してくれんだろ」
南の女神さまが片眉を上げながら、西の女神さまを諭してくれる。貧民街で死んでしまった仲間が、新たな生をどこかで受けているなら嬉しいことはない。だが、女神さまも私の過去話を聞くのは我慢しているのだから、失ってしまった仲間がどうなっているのかと聞くのも失礼だろう。
まあ、そのうち聞けるかもしれないと考えて、ジークとリンとセレスティアさまが食事を摂りに行く後ろ姿を見送った。彼らと入れ替わりでソフィーアさまと侯爵家の護衛の方が数名やってきた。
ソフィーアさまはいつも通りだが、護衛の方は女神さまに対して緊張しているようである。取って喰われやしないし、普通にしていれば彼女たちの怒りを買うことはない。チビとか口走れば、そりゃ青天の霹靂が落ちるかもしれないが……って、今は夜だった。怒髪天が落ちるだろうけれど、流石にそんな失礼な方を雇っているはずはないので大丈夫だ。
「ソフィーア。ご飯、美味しかった」
「美味かったから、明日も期待してる」
西の女神さまと南の女神さまが良い顔で、部屋に入ったソフィーアさまに声を掛けた。二柱さまから声を掛けられて彼女は少し驚くものの、直ぐに顔を柔らかくする。
「気に入って頂き、感謝いたします。料理長たちも喜びましょう」
ソフィーアさまが小さく頭を下げているが、私もなにか伝えた方が良いのだろうか。公爵さまには凄く美味しかったと伝えているのだが、ソフィーアさまに再度伝える形になるから避けた方が良いような気もする。
せめてハイゼンベルグ公爵家の料理人の皆さまにお礼の気持ちを直接伝えることができればと悩んだ末に、一つの答えが導き出された。ドワーフ職人さんが鍛えた調理道具を贈るのは駄目だろうか。
あ、でも公爵家の料理人さんに贈ったならば、移動初日にお世話になった子爵家の料理人さんにも渡さなければならなくなる。そうなると子爵家当主さまとの関係よりも子爵家の料理人さんの方と仲を深めたいと言っているようなものなので、それは駄目だと結局没案となってしまった。うーん……レシピ集を贈るのも失礼だろうし、宿泊中に出される食事を残さず食べることが一番大事かなあとなるのだった。
――翌朝。
公爵さまとアストライアー侯爵家の面子はハイゼンベルグ公爵領領都を出て放牧場へと向かえば、目の前にはだだっ広い平原がある。所々に高低差があって、まっ平な土地ではないけれど運動には丁度良さそうだった。放牧地だというのに視界に見える範囲に馬の姿は見当たらない。
牧場を管理している方が指笛を凄い勢いで鳴らして暫く待っていれば、蹄の音が複数聞こえてきた。そうしてまた少し時間が経てば、こちらへとやってくる馬の姿が見えてくる。先頭を走るのは馬体の立派な黒馬のようだ。その黒馬の後ろに他の馬さんたちが軽快なギャロップを披露しながら、私たちを目指していた……って。
「ルカ、なにしているの……しかも西の女神さままで一緒……」
私は先頭の黒馬に翼が生えているのを認識して、ようやく黒馬の正体がルカだと気付いた。同行しているエルとジョセに私が顔を向けると、彼らは目を細めて困ったような顔を披露する。
セレスティアさまはルカが先頭を走って、他の馬たちを導いていることに痛く感動なさっているようだ。確かにルカが一頭だけ先を行き、他の三十頭ほどの馬さんたちは確りとルカと距離を取って彼のあとをついてきているシーンは凄く迫力がある。
「昨日から、放牧場の馬たちと仲良くしているそうだ」
案内役の公爵さまが腕を組みながらにっと笑う。特に問題はないようで、ルカの行動が面白いから彼は放置を決め込んでいたようだ。
「いつの間に」
ふうと私が息を吐けば、ジョセとルカが私と公爵さまの間に立って首を下げた。
『群れのリーダー気どりですねえ。ルカが皆さまにご迷惑をお掛けして誠に申し訳ありません』
『ええ、本当に。元気は良いのですが、ご迷惑を掛けることになろうとは』
どうやら昨日、エルとジョセは公爵領の馬さんたちと仲良くなって、いろいろと話し込んでいたようである。調子が悪いと訴えている馬さんたちの状況やどこが痛いとか、もっと厩舎を快適にして欲しいとか、馬さんたちの要望を聞いて公爵家の方に伝えたらしい。
ジョセは牝馬の皆さまから人気の牡馬を聞いており、その話も公爵家の方へ伝えたとのこと。強い仔が産まれる可能性が高く、モテる牡馬は丁寧な仕事をしてくれるそうだ。なにがとは言わないけれど。
「気にしないでください。昨日から貴殿らには調子の悪い馬の話を聞いて頂き、我々も助かっております」
公爵さまはご機嫌な様子でエルとジョセに感謝を伝える。病気の馬さんや怪我を負っている馬さんの状態を知れたことは幸運だったようで、強い仔を産むために繁殖にも力を入れているから嬉しかったようである。話をしていると、馬さんの一団が随分と近くに寄ってきた。ルカの背の上には西の女神さまが乗っており、楽しそうな顔をしている。
「西の女神さまとルカは楽しそうだね……」
いつの間に私たちとはぐれていたのだろう。気付かなかったので転移をしたのか、ルカと一緒にこっそり抜け出したのか。しかし、鞍も付けずに良く落ちないなと感心していると、南の女神さまが頭を後ろ手で掻きながら溜息を吐く。
「……すまねえ。姉御も楽しかったみたいでな」
どうやらルカに乗って遊びたかったらしい。せっかく広い場所にきたのだからとルカの背に乗って、私たちに気付かれないように集団の輪の中から抜け出したとのこと。
女神さまなので朝飯前の行動なのだろうが、吃驚するので行動を起こす際には一言欲しいものである。あとで西の女神さまに伝えなければと頭に刻み込めば、ルカが目の前までやってきて嘶きを上げる。他の馬さんたちもルカに倣って一斉に立ち止まり嘶いた。三十頭近くが一斉に啼く姿は凄い音量があるし、サラブレット種より更に大きな種だから迫力も凄い。
「ナイ、楽しいよ! 乗らないの?」
西の女神さまが良い顔をして私に問いかけるのだが、騎乗スキルのない私はジークかリンに乗せて貰うしか術がない。鞍もないから結構大変なのではと目を細めていると、公爵さまが私の顔を覗き込む。
「ナイ。ナイも貴族だから馬に乗れても良いのではないか?」
腕を組んだ公爵さまが私に問い掛けた。
「それは……そうですけれど……今、このタイミングでですか?」
有難い心遣いであるが、今更乗馬の練習をしても意味があるのだろうか。でも、鞍を付けてなら一人で乗れるようになってみたいかもしれない。前世で乗馬はお金持ちの特権だったけれど、今の状況だとハードルが下がっている。
エルとジョセとジアが微妙な雰囲気を醸し出しているのだが、きっと自分たちが乗せてあげるのにと言いたいのだろう。多分、公爵家の皆さまが喜んで乗ってくれるだろうから、今回は彼らを乗せて欲しい。
「乗り方ならワシが教えるぞ。ソフィーアも問題なく教えられる」
またにっと笑う公爵さまに、それではお願いしますと私は頭を下げるのだった。






