1126:嵐が去ったあとで。
――テラさまはグイーさま以上に奔放な方というのが私が抱いた印象だった。
テラさまが立っていた場所を見ていると、クロとヴァナルが心配そうに私に声を掛けてくれ意識がはっとする。私はぼーっとしている暇はないと顔を前に向けると西と南の女神さまが苦笑いを浮かべていた。
「母さんはいつもあの調子」
「まあ、親父殿と北と東の姉御と話をして気が済めば、母上殿が管理している星に戻るだろ」
はあと軽く息を吐く二柱さま方に私も深く息を吐く。ジークとリンは大丈夫かなと無意識でヴァナルの頭を撫でながら、私はそっくり兄妹に顔を向けた。二人もふうと長い息を吐いて緊張から解放されたようだった。
西と南の女神さまがいらっしゃるけれど、二柱さまに関してはジークとリンは慣れてしまったのかもしれない。私と一緒にいることで必然的に女神さまとも過ごす時間が長くなっているのだから。
「ナイ、報告はどうするつもりだ?」
「西と南の女神さまが問題ないなら、今起こっていたことを普通に報告するつもり」
ジークの声に私が答えると西の女神さまと南の女神さまは問題ないと頷いてくれた。なら、今起こったことは包み隠さずアルバトロス上層部へ報告することになる。テラさまを引き留めて陛下とお会いして欲しいと願い出る方が良かったのかもしれないが、私が神さまの行動を阻害するなんてできやしない。
そりゃ無理難題や無茶なことをやろうとすれば、必死になって止めなければならないけれど、神さまの島に行ってくるという希望を止めるのは難しい事柄だろう。報告書をアルバトロス王国に上げれば、なんだか白い目で見られそうだなと私は小さく息を吐く。
銀髪くんがどうなったのかも気になるけれど、南の女神さまが気を使ってくれていたから聞かない方が無難だ。聞くに堪えない方法でテラさまが銀髪くんを処分したとなれば、報告書を上げることが嫌になるかもしれないから知らないままで良いのだろう。知らなければ報告のしようはない。地球怖い……と思われるのもちょっと嫌だという気持ちもあるし。
「分かった。なら今の話は俺たちもそのまま報告に上げる」
「うん。確認ありがとう」
ジークが小さく笑い私も笑えば、リンが何故か私の後ろに回って肩に腕を乗せて抱き着いてきた。なにか思うことがあったのだろうかとリンの顔を見上げると、変な神さまがまた増えたと言いたげにしている。
口に出していないから良いけれどバレると不敬になるから気を付けようねと言いたいが、神さま方全員、気にしなさそうである。一先ず、残っていたお茶とお茶菓子を食べきってテラさまは帰ったと屋敷の皆さまに通達して、アルバトロス王国上層部とフィーネさまとエーリヒさまに報告書と手紙を出すのだった。
――翌日。
午前はいつもどおりに執務の時間である。ソフィーアさまとセレスティアさまと家宰さまに護衛として壁際にジークとリンが控えて、床にはヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち三頭が寝転がっていた。
「まさか私たちが留守の間に、また別の神さまが子爵邸を訪れるとは……」
「ナイの功績がまた増えましたわねえ」
「本当に凄いことですよ、ご当主さま」
ソフィーアさまとセレスティアさまと家宰さまが少しだけ顔を引き攣らせながら私を見て、しみじみと声を上げる。昨日のことは西の女神さまがテラさまと交信をして、テラさまの気が向いたからこちらの星へときただけである。
私の功績と言われてしまうとなにか違う気がするし、テラさまを呼んだ西の女神さまの功績だろう。でもテラさまと会話を交わした人間として、周りからは評価されているようである。昨夜、ジークとリンと私で書き上げた報告書は、先程お三方の校閲を受けてアルバトロス上層部に提出している。早ければお昼過ぎ、遅くても夜には城から返事がくるはずだ。どんな返事がくるのやらと少しだけ身構えている最中だ。
執務を終え、これから先の予定を部屋の中で皆さまと情報を共有する。大体の予定は私の頭の中に入っているけれど、細かいスケジュールはソフィーアさまと家宰さまに任せているから、直近の細かい予定を確認するためでもあった。
「二日後はハイゼンベルグ領だな。祖父が珍しく領地に戻っているから、なにがあるのかと領民が身構えているよ。あとギド殿下も同行したいと申し出ているが、大丈夫か?」
ソフィーアさまの言葉に私は少し驚いた。ギド殿下はリーム王国で過ごしているのかと思えば、ソフィーアさまとの婚姻を果たしたあとを考えてハイゼンベルグ領で代官さまたちから、領地運営の手解きを受けているそうだ。
いつの間にとそんなことになっていたのかは知らないけれど、着々とソフィーアさまとギド殿下の婚姻話は進んでいるようである。お二人の仲も進展していると良いのだが、部外者が口を出すわけにはいかないと私はぐっと堪える。
「公爵閣下の許可が降りているなら私は構いません。西の女神さまも変な人はいないはずと信頼なさってくれているので、特に問題はないかと」
私はソフィーアさまに素直な気持ちを答えた。そもそも公爵さまの領地にお邪魔するのだから、警備や同行メンバーに口を出せるはずもない。西の女神さまの案内役を担うのは公爵さまと次期公爵さま――ようするにソフィーアさまのお父上――とご家族の皆さまが総出となる。
西の女神さまは同行メンバーの話を聞いた時に『多いなあ』と零していたけれど、最近、お貴族さまの方針に慣れてきたのか直ぐに『仕方ないのかな』と事情を呑み込んでいてくれた。南の女神さまも一緒に同行するつもりらしく、次に向かう予定のヴァイセンベルク辺境伯領にも一緒にくるそうだ。それが終われば神さまの島に戻ると教えてくれている。
「すまないな」
ソフィーアさまが謝ることではないのだが、私が迷惑を被っていると考えているらしい。トラブルに巻き込まれた訳ではないし、アルバトロス上層部や公爵さまと辺境伯さまとアリアさまとロザリンデさまのご実家と調整役として手紙を出しまくっているだけである。
トラブルを切り抜けることに慣れてしまった所為か、こうした調整役を担うことが不慣れで時間が掛かることもあるけれど、勉強の一環だと私は割り切っていた。
「ハイゼンベルグ公爵領の視察を終えれば、次はヴァイセンベルク領ですわね。西の女神さまと南の女神さまをご歓待できるとは本当に幸せなことでございます」
セレスティアさまが鉄扇を勢い良く開きながら目を細めた。確かに女神さまが訪れた領として、社交界で騒ぎになるのだろう。ソフィーアさまは彼女を見ながら『セレスティアの胆力は羨ましいな』とぼやいている。
家宰さまも少し呆れた様子で彼女を見ていた。セレスティアさまは女神さまが訪れたことで、辺境伯領の大木周辺が大きく変化することを望んでいるのだろう。更に竜のお方や魔獣と幻獣が増えれば、彼女には理想郷と成り得るのだから。子爵邸も理想郷に近いそうだが、自領地ではないので少々複雑らしい。
「あ、マルクスさまも護衛として連れて参りますわ。少しは役に立つはずですもの」
セレスティアさまは言葉にしなかったものの、マルクスさまに肉壁になれと言っているのではなかろうか。でも女神さまの護衛を担ったとあれば、騎士団で大きい顔をできるかもしれない。
出世のためかなと私が小さく首を傾げると、セレスティアさまがくすくすと笑っている。ソフィーアさまの婚約者の扱いとセレスティアさまの婚約者の扱いが全く違う。まあ、お互いが納得しているのであればどんな夫婦関係だろうと口出しは野暮である。黙って見守り、彼女たちが大変な目に合うならアストライアー侯爵家として手を差し伸べよう。
そうして女神さまのお出掛けプランの相談をしていれば、直ぐにハイゼンベルグ公爵領へと向かう日になっていた。転移魔術師を雇って公爵領に直接赴くプランを考えていたのだが、女神さまに移動手段をいくつか提示すると馬車移動を所望された次第である。
私は楽しいので構わないが、ソフィーアさまとセレスティアさまとジークとリンには申し訳ない選択となっている。女神さまが二柱いらっしゃるので、護衛の捻出も考えに考えなければならず頭を悩ませたことだろう。馬車移動をすることになったので、陛下から近衛騎士団の実力者と魔術師団から副団長さまを借り受けることができたから当初より移動人数は少なくなっている。
「馬車でお出掛けするのは久しぶりですね」
子爵邸の馬車回しで私が声を上げるとソフィーアさまが視線を合わせてくれる。ロゼさんの転移と竜のお方の背中に乗って移動が多かったから、本当に馬車移動は久しぶりだった。今回のメンバーは言い出しっぺの西の女神さまと南の女神さまとアストライアー侯爵家一行と魔術師団副団長さまと近衛騎士団の方数名である。その中にはギド殿下も待機しており、道中の護衛を担ってくれるそうだ。
子爵邸で皆さまが集まると少し狭いけれど、長距離移動となるので仕方ない。エルとジョセとルカとジアも興味があるので一緒にくるそうだ。途中、車を引く馬が疲れれば替わってくれるらしいけれど……どうなるのやら。
「辺境伯領より近いが領地が広いからな……領境と領都まで馬車で一日掛かる」
ハイゼンベルグ領には馬車で五日の距離である。確かに領境と領都まで馬車で一日掛かるなんて凄い距離だった。とはいえアストライアー侯爵領も同じようなものだけれど。
「一度赴けばロゼさんの転移で向かえるので、今回だけになりそうです」
私が返事をするとソフィーアさまは苦笑いを浮かべる。
「本当にロゼは凄いな」
本当にロゼさんは凄いけれど、流石に女神さまも一緒に転移はできないだろう。どうにも魔力量が多かったり、力が強い方がいるとロゼさんは『重い』と言って一緒に転移をすることを拒否するのだ。
『ロゼは凄い! マスターのスライムだから!』
「そうか」
地面でぴょんぴょん跳ねるロゼさんを見下ろすソフィーアさまは小さく笑っている。セレスティアさまは主張の激しいスライムですわと零しているし、ロゼさんに対して抱く気持ちは様々なようだ。馬車に乗って移動を始めようと私が促すと、ソフィーアさまとセレスティアさまは二台目の馬車に乗り込もうとしていた。その姿を見た西の女神さまがお二人を引き留める。
「妹とナイは小さいから、三人並んでも平気。みんなで一緒に乗ってお喋りをしよう」
西の女神さまが機嫌良くそう仰れば、ソフィーアさまとセレスティアさまはマジかみたいな表情を浮かべている。それよりも問題発言を西の女神さまはしており、抗議をしたい気持ちをぐっと堪えた。
「……姉御、小さい言うな! 傷つくだろ!」
南の女神さまが私の気持ちを一緒に代弁してくれる。彼女の主張を聞き届けた西の女神さまはこてんと首を傾げた。
「可愛いのに」
「はあ……身長の高い奴にはあたしらの気持ちが分かんねえんだよ」
小さく呟いた西の女神さまに南の女神さまが盛大な溜息を吐くのだが、私たちの背が伸びることはない。身長について考えていると悲しくなるので馬車に乗ろうと私が促せば、女性陣五人がいそいそと乗り込むのだった。






