1125:ひとまず。
私の前世がどんなものだったのか、そして今世はどう生きてきたのか詳しく教えて欲しいとテラさまと西の女神さまと南の女神さまに聞かれたため全てを語ることになる。前世も今世も親がいないことを語れば不憫そうな視線を向けられるが、前も今も特に不幸とは考えていない。
もちろん親がいた方が未成年の間は恩恵を強く受けるが、恩恵どころか不幸な目にしか合っていない子も知っている。親ガチャとか言われていたけれど全く以てその通りで、レア度の低い親を引いたなら離れた方が正解である。言い方はアレだけど。
少々荒んでいた前世と最底辺として生まれた今世の人生を語っていると、三女神さまの顔の変化が面白かった。貧民街時代の話をしていると神妙な顔をして聞いているし、貧民街から仲間と共に救われたことをほっとしていたし、聖女になって職を得て安定した生活を送っていることに安堵してくれている。
王立学院に入ってから第二王子殿下の起こした婚約破棄事件を話せば『馬鹿なことをするものねえ』『良く分からない』『無謀な……』と普通の反応をくれる。長期休暇の話になれば『竜の浄化を成功させるなんて末恐ろしい子』『ナイには感謝』『人間なのにすげえよな』と感心していた。そして私が稼いだお金を盗られたことを語れば『どこの世界でも聖職者って汚れているのね。マトモな人間が可哀そう』『横取りは感心しない』『よく聖王国を破壊しなかったな』と零す。
他にも細々とした話をしていると、一つのエピソードを語る度に三柱さまがそれぞれ感想をくれるのだが、次にアガレス帝国の話になる。
「凄いわね。私の世界に干渉できる術があるなんて。まあ失敗しているから、ドンマイって感じだけれど」
テラさまの声に西の女神さまが『ドンマイ』の言葉の意味を聞き始めた。日本であればスポーツの場面では、失敗を気にせず次に行こうというポジティブな意味合いだけれど、本場の国アメリカでは私は気にしないわという全く意味の違うものになる。
どちらの意味合いが強いのか考えると、テラさまは後者を差しているのだろう。召喚儀式を取り仕切ったアガレスの元第一皇子殿下は失脚しているし、賛同した他の皇子さまもほとんど王族籍を失っている。召喚儀式が失敗したのはアガレス帝国の魔術師の質が低かったので、副団長さまと猫背さんが関わっていれば成功していたのではないだろうか。
そうして北大陸のミズガルズの話に、共和国の話、南大陸の話になって黒い女魔術師の話になり、そこで出会った某王族さま方の話になれば南の女神さまはうっと気まずそうな顔になる。事の顛末を話し終えれば西の女神さまが南の女神さまをジーっと見つめて、暫くしてから口を開く。
「そんな話は聞いていない」
西の女神さまには南の女神さまから私が攻撃を受けたと教えていなかった。引き籠もりが解消されて彼女が部屋から出てきた時には、私の腕はもう治っていたのだから。
「だって姉御は引き籠もってただろう。あとあたしの容姿を馬鹿にした連中がナイの側にいたから誤射しちまったんだ。あたしの力じゃ治せなかったから親父殿を頼ったし、姉御が部屋に閉じ籠っていたのが解消されたんだから良いじゃねえか。いや、痛い思いをさせたナイには悪いけどよ」
南の女神さまの言葉に私がうんうんと頷いていると、テラさまが南の女神さまに『成長しないものねえ……』と小さく零している。どうやら南の女神さまが今以上に身長が伸びることがなさそうである。
「……なにも言えない。でも私より南の妹の方がナイと仲が良さそう。なんで?」
西の女神さまがこてんと首を傾げると、テラさまが困った子ねえみたいな顔になってなにも言わずに南の女神さまに視線を向けた。私は南の女神さまと特別に仲が良いとは思っていないし、西の女神さまにも南の女神さまにも普通に接しているのだが。確かに南の女神さまの方が調子が軽い方なので喋り易いけれど。
「なんでって言われても……なあ、ナイ」
「南の女神さまと西の女神さまとの扱いを変えてはいないはずですが」
こればかりは西の女神さまの感情によるものだから、彼女自身がどうにかするしかない。私も西の女神さまとお話する機会を増やしてみようと考えていると、ナイは甘いなと南の女神さまから無言の視線が飛んでくる。
「クロもナイと仲良しだし……ナイもクロと仲良しだ。羨ましい」
西の女神さまの言葉にぴくりと耳を動かした毛玉ちゃんたち三頭が床から立ち上がって彼女の下へ歩いて行く。椅子の側にちょこんとお尻を付けて座り、脚を動かして西の女神さまに触れる。
その様子を見たテラさまは賢い仔ねえと感心して、毛玉ちゃんたちにちょいちょいと指を動かしておいでと誘う。テラさまのお誘いに気付いた毛玉ちゃんたち三頭はこてんと顔を傾げて、暫く考えたあとまた立ち上がってテラさまの下へと歩いて行った。
構ってくれるのかと毛玉ちゃんたち三頭が首を傾げると、テラさまがにこりと笑ってそれぞれをもしゃり始める。テラさまの手はまさしくゴッドハンドのようで、毛玉ちゃんたち三頭はとろんと顔をだらしなくして、こてんと床に寝そべった。
「羨ましいって思うだけじゃ駄目よ。仲良くなりたいって言うなら、積極的に動かないと。恋愛ゲームでもなにもしなければ、友情エンドで終わるでしょう?」
テラさまが毛玉ちゃんたちを撫でながら西の女神さまに『こうやるのよ!』と言いたげだった。しかし恋愛ゲームなんてないこの世界の女神さまに今のアドバイスは二柱さまに理解できるのか。
「母上殿、訳の分からねえモノで説明しないでくれ」
「母さんはチキュウの文化に馴染み過ぎ」
南の女神さまと西の女神さまから抗議の声が上がる。やはり恋愛ゲームのような感情値を稼いで相手の気を引き留めろ、というゲームの意味は分かり辛い。もう少し咀嚼した例えをとテラさまに私が視線を向ければ説明面倒という顔になっていた。
「ま、ようするに相手と距離を詰めたいなら自分で行かなきゃねってことよ」
テラさまが軽い調子で仰るが、今の説明だと物理で距離を詰めると勘違いする可能性もあるのでは。そんなこんなしていると、西の女神さまが私の場所の隣にきて、肩が引っ付くくらいの位置に座り直した。西の女神さまはなんだか満足そうな顔をしている。クロも一緒だから余計に嬉しいようだった。
「ぶっ!」
「姉御、母上殿が言いたいのは相手と距離を詰めるんじゃなくて、会話や行動で姉御の気持ちを相手に示せってことだろ……」
テラさまが息を吹きだし、南の女神さまが呆れた声を上げてアドバイスに補足をした。西の女神さまはテラさまと南の女神さまを見てむっとした顔になっている。
「人間と仲良くなるのは難しい」
「頑張りなさいな。思考することは悪く無いことよ。あ、でもナイの迷惑になるかもしれないから、自分の考えはきちんと伝えなさいね」
あとナイも娘には遠慮はいらないからとテラさまが言い放つのだが、流石に女神さまに偉そうに物を言えない。とはいえ許可をくれたことは有難いし、女神さま方と話をし易くなった気もしなくはない。そうしてテラさまが私に続きを話してとお願いされるのだが、南大陸の件と神さまの島に向かって西の女神さまの引き籠もり解消を手伝ったことを言えば話すネタがなくなった。
「なるほどねえ。それにしたってナイは随分と派手な人生を送っているのね。変な子というより面白い子だわ。それに、よくグイーが造った星の文化レベルに慣れたわねえ。合わない人間はとことん駄目でしょ」
テラさまが面白そうな顔をしているのだが、私は変な奴で面白い人間でもあるようだ。確かに三年間でやらかしたことと、貧民街時代や見習い聖女時代は沢山の方に迷惑を掛けてきた。まあ、今思えば随分と懐かしい記憶となっている。終わってしまえば、凄く難しくて苦労したことも笑って受け入れられている。この星の文化レベルに馴染めたのは偏にこれに尽きるだろうと私は口を開く。
「最初が生きるか死ぬかの環境だったので、汚いなんて気にしている暇はなかったですね。お貴族さまの家に生まれていれば、もしかしたら王都の街に出るのが苦手だったかもしれません」
エーリヒさまとフィーネさまはお貴族さまの家に生まれたから、最初に環境に馴染むのは難しかったのではないだろうか。人間同士の関係性も結構面倒だし、顔見世として挨拶回りをしなければならなかったはずである。しかも伯爵位と七大聖家出身だから多くの方と関わってきただろう。本人たちから直接聞いていないので私の想像に過ぎないが、私たちには私たちの、彼らには彼らの苦労があったはず。
「十八歳で侯爵位を持っていることも凄いよねえ」
テラさまが私を見ながらしみじみと言い、南の女神さまを見た。どうやら背が低いのにと言いたいらしい。
「魔力量がモノをいう世界ですから。他の方より成り上がる機会を多く頂いているだけです」
私は魔力量が多かったことと運が良かっただけだと伝える。事件に巻き込まれていなければ成り上がっていなかっただろうし、副団長さまに魔力制御や増やし方を教わっていなければご意見番さまの浄化儀式は成功しなかった可能性もある。
もしくは成功したとしても力尽きていたかもしれないのだ。改めて振り返れば、本当に奇跡のような歩だと実感できる。そして今尚、テラさまという地球の最高神さまと話をしているのだから。
「そうかしら?」
ふふふとテラさまが笑えば南の女神さまが溜息を吐いて、西の女神さまは彼女たちが何故そんな態度なのか分からなかったようである。
「ま、良いでしょう。ナイ、お茶ありがとね。流石、お貴族さまのお屋敷だ。味は良く分からなかったけれど、高級だなってのは分かったわ。今まで体験できなかったし有難いことね」
テラさまが膝を叩いて椅子から立ち上がる。私も彼女に倣えば、西と南の女神さまも立ちあがった。
「いえ、あまりお構いできず申し訳ありませんでした」
「貴女以外にも転生者がいるのは知っているから、ナイの知人だったら紹介して頂戴な。まあ、西大陸に固まって転生しているなんてないでしょうから難しいか」
テラさまの声にいますよ、とは言えなかった。テラさまに話すのであればエーリヒさまとフィーネさまに許可を取ってからである。銀髪君とヒロインちゃんもいるけれど、二人のことは言わない方が良さそうだ。
また彼女と会う機会があって、話の流れに乗れば銀髪くんとヒロインちゃんのことは伝えれば良いだろう。それに勇者さまと共和国の彼のこともある。なににせよ、テラさまと出会ったことで次がありそうだとなんとなく感じる。
「さて。二人の娘と久し振りに会えたことだし、西の娘の希望は聞き届けた。ちょっとグイーの島に行って話をしてから帰るわね」
ぱちんとウインクをしたテラさまが一瞬で消えた。えっと私が驚いていると南の女神さまは母上殿はフットワークが軽いと呆れ、西の女神さまはいつもの母さんだと小さく笑っている。仲が良くて羨ましいなと私が目を細めていると、お茶のお代わりが欲しいと西の女神さまに要求されるのだった。






