1124:偶然。
――貴女は私の世界の人間じゃない?
私が転生者ということを隠すつもりはないけれど、まさかなにも言っていないのに気づかれるとは驚きである。地球を司る女神さまだし難なく見抜けるのかもしれないが、本当に何故露見したと言いたくなるのをぐっと堪えた。さて、転生者だと暴露をするには良いタイミングかどうかは分からないが、神さまに嘘を吐くなんてできないなと私はテラさまの質問に頷いた。さて、彼女たち女神さま方はどうでるのだろうか。
「あら、まあ」
テラさまがきょとんとした顔で呑気な声を上げる。なにを言われるのかと身構えていた私は彼女の反応の薄さに肩透かしを食らった。いや、怒られたり悲観されるのも勘弁だから、今の反応が一番良いのかもしれないけれど。
ジークとリンは私の過去の話に静かに耳を傾けている。クロとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんも私の話を聞いていた。ロゼさんは床を転がってヴァナルの頭の上に乗って、じっとしている。毛玉ちゃんたち三頭は雪さんたちに今は静かにと言われて床に伏せて丸くなっていた。どうやら遊べないのがつまらなくて、じっと耐えるしかないようである。早く話を終わらせた方が良いかなと私は前を向いた。
「ナイは母さんの星にいた人間ってこと?」
「そんなこともあるんだな」
西の女神さまと南の女神さまがじっと私の顔を見ていた。私の顔に食べ残しなんてついていないはず。大丈夫と自分を納得させて私はテラさまを見る。
「どうして分かったのですか?」
「そりゃ自分が管理している星のことは手に取るように分かる……って言えれば良かったんだけれどねーまあ、八〇億とか人間がいる世界を全て管理しろなんて言われても無理な話だわ」
私の疑問にテラさまが肩を竦めながら答えてくれた。確かに地球は人間の数が凄く多いので、全てを把握すれば例え神さまでも頭がパンクしそうである。肩を竦めたテラさまは何故私のことを地球出身だと分かったか理由を語り始めてくれる。西の女神さまのように世界各国をふらふらしながら毎日気ままに過ごしているらしい。
宗教は自分の下に別の神さまを産み出して信仰を集めているから、街中にテラさまがいても誰も気づかないとのこと。もちろん力を抑えていることが前提なのだとか。
そうして最近は日本に滞在しているようだ。日本独特の文化にも慣れて快適に暮らしているらしい。ゴミが街中に落ちていなくて割と綺麗で、テラさまが困っていると不器用な英語で手助けしましょうかと問い掛けてくれる。
公共交通機関は時間通りに動いているので予定が立てやすいし、タクシーの運転手は無暗にクラクションを鳴らさない。そして食べ物が美味しく、調理方法が様々ある所も気に入っている理由の一つで、フグを食べる文化はクレイジーだと仰った。私からすれば知識を習得して免許を持っている方がフグを捌いているので食べることを躊躇わないけれど、テラさま的には怖いようである。戻ってバイト代が貯まれば、評判の良いお店に行ってみたいらしい。
そんな日々を送る中、とある日の夕方に自転車に乗ってコンビニを目指していたテラさまはとある事故に遭遇したとのこと。仕事帰りや学校帰りの人たちでごった返していた路線バスに、超高級クロスカントリー車が対向車線を逸脱して正面衝突したところを見たそうだ。ノーブレーキで突っ込んだクロスカントリー車はバスとぶつかった反動で歩道へと吹っ飛んで行き、偶々歩いていた女性を巻き込んでしまった。
「バスに乗っていた男女二名が亡くなって、クロスカントリー車に乗っていた男女も死んでる。歩道を歩いていた女の子も死んだけれど、朝のニュースで身元が分からないって報道してた」
テラさまは目を細めながら状況を教えてくれる。私の死に際は、仕事帰りに歩道を歩いていたらなにか衝撃を受けたことだけは覚えている。痛みもなにもなかったような気もすれば、凄く痛かったような気もして記憶が曖昧だけれども。
テラさまは不運にもクロスカントリー車に潰されてしまった私の姿を見てしまったとか。事故を受けて他の車から運転手が降り、救助活動を始めた所を見届けてコンビニに向かったようである。食欲が湧かなくてチューハイ三本とおつまみを買ってアパートに戻ったそうだ。
「ペチャンコになってた貴女を見て、バス事故で死んだ人間をグイーの世界に魂だけ送ったのよ。翌日、また現場を通れば四つの魂もフラフラしていたから、次の人生を楽しめるようにってね。なんとなくだけれど覚えているし、魂の形もなんとなく覚えていたみたい」
どんな感情か分かり辛い表情のテラさまが私に視線を向けて目を細める。なんだか事故を直接見てしまったことにより、テラさまはなにか思うことがあるようだった。でも世界には交通事故より悲惨なことは沢山起こっている。
特に気に病む要素が見つからないのだが、彼女の話を鑑みるに事故で亡くなった方が転生していることになる。もしかしてエーリヒさまとフィーネさまも同じ事故に巻き込まれて、こちらの世界へと魂のお引越しをしてしまったのだろうか。そうなればヒロインちゃんと銀髪くんも同じになるが今は知る術がない。
なんだかお通夜状態の空気になっていることに気付いたテラさまが、後ろ手でぼりぼりと頭を掻いた。
「いやー……日本のカルチャーが楽しいから、アパートを借りてバイトしながらゲーム三昧しているわ。今の日本は外国人が随分と増えて、私の容姿を気にしない人間が多くなっているから」
どうやらテラさまは相当に日本が気に入っているようである。世界に手を出している様子はなく、ただ単純に日本文化を体験することが楽しいようだ。神さまがアルバイトをしているなんて信じられないけれど、生活をしなきゃいけないからお金は必要だ。
そうなると在留資格とか必要になりそうだが、偽装とか凄く簡単にできてしまいそうだった。正規の手順を踏んでいないことに複雑な心境に陥ってしまうが、相手は神さまである。なんでもできるだろうし、病気にはならないから医療保険は必要ない。
ただ日々の生活を楽しむお金だけは必要だし、グイーさまのように金塊を創造するわけでもなく、アルバイトで日銭を稼いでいるなら文句は言えないかと私はテラさまの顔を見上げる。
「えっと、私が死んだタイミングとこちらの世界の時間の進み方は同じなのですか?」
私が死んでから地球の方は何年が経っているのか興味が沸いてきた。何百年も時間が進んでいると聞いてしまえば、郷愁が吹っ飛んでしまいそうだ。私が地球の話を持ち出したためなのかジークとリンが微妙な顔になっている。
そっくり兄妹のことを考えないまま、好奇心が勝って聞いてしまったことに少し苦いものが心の中に広がった。私が向こうに未練はないと言っても二人にとっては未知のものである。不安になるのは仕方ないのかもしれない。
「そんなに変わらないわね。ほぼ同じと考えて貰って差し支えないけれど、どうしたの?」
「いえ、今の日本や世界はどうなっているのかなと、少し気になっただけです」
もう向こうの話は止めようと笑みを作ってテラさまに向ける。クロもこてんと首を傾げて私の顔を覗き込んでいるし、ヴァナルと雪さんたちも私に真面目な視線を向けていた。ロゼさんはヴァナルの頭の上でうねうねと揺れている。
どこもいかないよと口にしないまま私が彼らに視線を向ければ、クロが顔を寄せ、ヴァナルが前片脚を私の膝の上に乗せて、ロゼさんはヴァナルの頭から軽く跳ねて私の膝の上に乗った。毛玉ちゃんたち三頭はなにかあったのかと、顔を上げてこちらを見始める。
「行ってみるって言ってあげたいけれど、誰かを連れていくのは相当に頑張らなきゃいけないから」
肩を竦めながら、直で魂を送った子に会うなんて全く考えていなかったとテラさまが零せば、西の女神さまと南の女神さまが溜息を吐いた。
「母さん、そっちから何人くらい送っているの?」
「問題はねえけど、気にはなるな」
二柱さまは魂が送られてくることは良いけれど、大陸を管理監督をしているから転生者がいる状況を把握しておきたいようだった。私も何人くらい地球からの転生者がいるのか分からないので知りたい内容だった。
銀髪くんとか共和国のあの人や勇者さまのような方ばかりではないだろうけれど、どうにも転生者の皆さまはヒャッハーしちゃう確率が高い気がする。私もトラブルばかり巻き起こしているので、他人から見ればヒャッハーしている側かもしれないけれど。
「そんなに送っていないわよ。私が不憫な人生を送ったなと感じた人間しか手を出していないもの。一〇〇も届いていないんじゃない? あと魂を送って時間が経っている人間もいるでしょうし、人間に生まれ変われなかった可能性もあるんだもの」
転生の条件はこちらの世界で魂が抜けてしまった赤子の中に入るというのが基本らしい。もし仮に条件の合う赤子がいなければ、人間ではない存在へと変わるようである。一応、生き抜きやすい生き物を選んでいるようなので、探せば竜のお方やエルフの方に転生している人間がいるかもしれないとのこと。
とはいえ竜やエルフの方々は魂と肉体が強いから、凄く稀なケースだろうとテラさまが仮定していた。久しぶりの親子の再会のためなのか、テラさまと西の女神さまと南の女神さまが話し込み始めた。
私は聞き専に徹しようと少し冷めた紅茶を啜る。そうしてチョコレートに手を伸ばせば、口の中に砂糖の味が広がっていく。もう少し甘さを抑えた品はないのか気になるので、共和国の研修生たちに聞いてみよう。
彼女たちは女の子なので向こうの流行に敏感だし、食べ物関係の情報も割と持っている。彼女たちは年が明けて春になれば共和国に戻る。研修も問題なく進んでいるが、魔力量の差やセンスの差で実力が綺麗に分かれているそうだ。薬学も学んでいるので無駄にはならないはずと頭の中で考えていると、ふいに三女神さまの声が耳に届く。どうやらゲームに寄って感性が変わったテラさまの話になっているようだ。
「前はさ、グイーみたいなむきむきの男の人がカッコ良いって言っていたけれど……日本の文化に浸ると、ヒョロヒョロでも優しい男なら良いなーって考えるようになったわ。恐るべし日本文化……!」
なんだかテラさまの性癖が凄く変わったようであるが、ムキムキマッチョのグイーさまから趣味趣向が細身の男性でも受け付けるようになったようだ。確かに海外の男性は筋肉を鍛える風潮があるので、骨格も確りしているためがっちりとした大柄な男性が多い。
細いヒョロヒョロの男性は所謂根暗とかオタクに分類されて、陽の気が強い方たちから蔑まれていると聞いたことがある。その点を踏まえるとグイーさまの肉体は勝ち組になるのに、テラさまの癖の変化でグイーさまに対しての気持ちが下がっている危険がありそうな。
「母上殿、親父殿の前で言うなよ」
「あら、どうして?」
「親父殿が泣くぞ」
「……彼の泣いている姿を見たくないから言わないでおくわ」
南の女神さまが真面目な顔でテラさまに告げる。西の女神さまは特になにも仰るつもりはないようで、チョコレートを手に取って幸せそうに食べている。神さま一家は大丈夫かなと心配しつつ、私はテラさまにこれからどうするのかを聞いてみようと意を決するのだった。






