1121:戻った邸で。
――アガレス帝国からアルバトロス王国へ無事に戻ってきた。
グイーさまにアルバトロス王国とアガレス帝国と亜人連合国の繁栄を私が願ったと、アルバトロス上層部に報告すると創星神さまに対してなにやってんの――本当はもの凄く遠回しな言い方――とお返事が戻ってきた。そして私が持っている領地を案じなさいとも記されていたのだ。
確かに創星神さまに願うことではないかもしれないが、グイーさまが願ってくれるかどうかなんて分からないのでプラシーボ効果くらいしか御利益はなさそうである。そもそも私に欲しい物がないかと聞かれてもほぼ手に入れているし、お金となればグイーさまは金のインゴットを創造して渡してくれる。
創星神さまが作ったインゴットなんて物を貰った日には、聖王国が血涙を流しながら私を見ていそうなので嫌だ。そんな理由もあって、凄く抽象的な願いをグイーさまにお願いしたわけである。でも、確かにアストライアー侯爵家とミナーヴァ子爵家の領地繁栄を願っておけば良かったと後悔しなくもない。
西の女神さまは捕らえた銀髪くんをテラさまに処断をお願いするようで、子爵邸に戻ってきた日から外に出て空を見上げることが多くなっている。宇宙人と交信しているみたいで、少し面白いなと思ったのは私だけの秘密だ。
お昼過ぎ、私は自室で窓際に立って空を見上げている女神さまを見下ろしている。彼女の回りにはエルとジョセとルカとジアにジャドさんが興味深そうに眺めているし、妖精さんたちも女神さまの回りでわちゃわちゃと騒がしそうにしている。
前触れもなく現れた女神さまに驚いた庭師の小父さまが、トレードマークの麦わら帽子を落としてしまった所を見てしまった。ジアが麦わら帽子を食んで庭師の小父さまに渡し、エルとジョセがなにやら心配そうに声を掛け、ルカは唇を器用に動かして変顔を披露していた。ジャドさんは愉快な彼らを微笑ましそうに見て、女神さまに視線を戻していた。
私は三日ほど前に買い付けた天然石を首からぶら下げている西の女神さまの胸元に視線を向ける。ちなみにアリアさまとロザリンデさまに頼まれていた天然石は私が用意したお土産――お菓子――と一緒に渡しておいた。
「女神さまが身に着けた天然石……魔石化してない? しかも一回り大きくなっていない?」
『うん。魔石になってるねえ。流石、女神さまだねえ。ナイより早かった』
私の声にクロが答えてくれるのだが、比較対象がおかしい気がする。せめて副団長さま辺りと比べてくださいと言いたくなるが、彼も彼で妙な領域にいる方である。副団長さまと比べられるのも微妙だなと私は目を細めた。
「姉御だからなあ。無意識に力が漏れてんだよ」
南の女神さまが私のベッドでゴロゴロ転がり本を読みながらクロの言葉を補足する。どうやら買い付けた天然石は無事に西の女神さまの影響を受け、魔石になったようである。ずっと首からぶら下げていればアガレス帝国の巨大魔石のように大きくなるのだろうか。
「そういえば南の女神さま」
「ん?」
本から視線を外した南の女神さまが私に視線を向ける。ちなみにいつも一緒にいるジークとリンは訓練に行くと言って、子爵邸の隅にある訓練場に赴いていた。私の肩の上に乗っているクロも南の女神さまに不思議そうな視線を送っているので、聞くなら今だろうと私は口を開く。
「普通に滞在なされていますけれど、どういう風の吹き回しですか?」
「姉御がいるからあたしがいても、この家の連中は驚かないしな。すげえ楽だし飯が上手い」
確かに屋敷で働く皆さまは西の女神さまより南の女神さまに驚いている姿を見る機会は少ない気がする。出身大陸の女神さまの圧を強く感じるようで、南大陸を司る南の女神さまの方が子爵邸の皆さまにはとっつき易いらしいのだ。
南の女神さまを恐れていない子爵邸の面々を見て、西の女神さまが少しショックを受けていた。どうやら西の女神さまは子爵邸の皆さまともいろいろと話をしたいようで、南の女神さまが子爵邸内で打ち解けていることを気になさっている。西の女神さまは副団長さまと猫背さんが作ってくれた魔術具を外して、圧を抑える練習をしている。いつか普通に話せる日がくると良いのだが、どれくらいの時間が掛かるやら。
しかしまあ、西の女神さまが滞在しているだけでも大騒ぎだというのに、南の女神さままでミナーヴァ子爵邸に滞在するとは。北と東の女神さまはお酒をグイーさまに届けると神さまの島に戻られた。グイーさまが介していたクマのぬいぐるみもユーリの部屋に戻ったし、いつも通りの日々を送るだろうと考えていた私の見通しが甘かったようである。
「神さまの島で料理の上手い方に作って貰えば良いじゃないですか」
私の声を聞いた南の女神さまが寝ていたベッドから勢いよく身体を起こして、胡坐を掻きながらこちらに視線を向けた。スカートの中身が見えなかったのは神技なのだろうか。
「あっちは毎日同じ内容の飯だし、それが普通だ。ナイの屋敷みたいに日替わりで変わるなんて、すげえ贅沢だぞ」
片腕を膝に乗せた南の女神さまが顎を乗せ、むーと神妙な顔になる。
『ボクは竜だから気に入った果物が毎日出されると嬉しいけれど、神さまは違うんだね』
「クロはそれで良いかもしれねえが、あたしはつまんねえな」
クロは南の女神さまの格好に苦笑いを浮かべつつ、クロの考えを提示した。確かにクロは同じ果物が連続で出されても文句を言わず、黙々と美味しそうに食べていた。私も同じ果物を出されるので美味しいのは知っているけれど、毎日続くと飽きてしまう。
『そうなんだ。ナイは?』
「食べれるだけ幸せだけれど、今の状況なら毎日同じメニューが続くとちょっと飽きちゃうかな」
私は貧民街時代を思い浮かべて苦笑いになる。本当に生活が貧民街時代から教会宿舎、そしてお貴族さま生活となって変わったから、貧民街時代に戻れと言われてしまえば渋面になるはずだ。
仲間がいればどんなことでも乗り越えられると言い切るが、今は今でクロにロゼさんにヴァナルに雪さんと夜さんと華さんに、毛玉ちゃんたち三頭とエルとジョセとルカとジアにジャドさんにグリ坊さんたちとポポカたちに、お猫さまもジルヴァラさんもいる。
ユーリにアンファンに子爵邸の皆さまにと……上げればキリがないほど私が踏ん張って守らなければならない人が増えている。なので頑張って毎日いろいろなご飯のメニューを食べれるようにしなければ。私の声を聞いた南の女神さまが肩を竦めて、にっと笑った。
「ま、一週間くらい世話になる。あと島の飯が飽きたらこっちにきても良いか?」
「事前に連絡をくださるなら構いません。流石に急だと屋敷の者が困るので」
私は良いけれど、子爵邸の皆さまが困るから事前に連絡をくれる方が助かる。南の女神さまならばキチンと連絡を寄越してから子爵邸にきてくれるはず。
「分かった。そうする……と言いたいが、今の状態だとナイが教会に行かなけりゃならねえからな」
そう言って南の女神さまは首から下げている天然石――多分魔石化している――をひょいと空に放つ。私は弧を描く天然石を両手でキャッチすると南の女神さまがふふんと笑った。
「丁度良かった。姉御ほどじゃねえが、あたしが貰った分も魔石になったからな。繋がり易いようにって願っておいたから、用事がある時はその魔石からあたしの声が聞こえるはずだ」
南の女神さまにもアガレス帝国で買い付けた天然石を渡しておいた。興味深そうに見ていたから、どれが良いですかと私が聞けば彼女が指を指して選んだわけだけれど。
まさか数日前に渡した品が私の手元に戻ってくるとは思わなかったし、天然石が通信機の役割を果たすようになった。本当に女神さまは規格外であるが、いろいろと困ることもあるようなと私は口を開く。
「それだと私が身に着けていない場合の時は?」
預かった天然石を身に着けることはないから、部屋に飾っておくしかないのだ。もし仮に私が出掛けていた際に南の女神さまが連絡を寄越してきたらどうするのだろう。留守にしていたら怒られないかと気になって聞いてみたのだ。
「ん? 大丈夫だろ。なんとなくナイが魔石の側にいるって分る」
南の女神さまの声に私とクロが適当だなあと呆れてしまう。しかしなんとなく私が天然石の側にいるかいないかが分かるって凄いことではなかろうか。
「ナイは魔力が漏れているからな。分かり易いんだよ。だから屋敷に幻獣や魔獣が住み着いてんだろうし」
ふふんとまた笑っている南の女神さまは、ごろりとベッドに寝転がって話は終わりと言わんばかりだった。私も私で話すことがないならば良いかとクロへと顔を向ければ、顔をすりすりと擦り付けてなにやら楽しそうにしている。
しかしまあ、西の女神さまが子爵邸にいらっしゃってからというもの、いろいろな所に飛び回っている。時間ができればハイゼンベルグ公爵領とヴァイセンベルク辺境伯領の視察に赴くし、アストライアー侯爵領とミナーヴァ子爵領にも西の女神さまは興味があるそうだ。
他にもアリアさまとロザリンデさまのご実家も行ってみたいと仰っていたので、そちらの案内は彼女たちに任せようかと考えている。無理そうなら、私も行くので予定を合わせますと伝えているのでお二人からそのうちなにかアクションがあるはずだ。
窓際に置いている椅子から立ち上がり、私はソファーに移動をして本を読もうとした時だった。――大きな音が一度鳴り、窓のガラスが響いて揺れる。
「どわっ! なんだ!?」
南の女神さまがベッドから身体を勢いよく起こしてきょろきょろと周りを見ながら声を上げた。
「一体何が!?」
私もなにが起こったとキョロキョロと顔を動かして、窓の外を見ようとする。
――私の庭がぁああああああ!!
と、麦わら帽子がトレードマークの庭師の小父さまの声が屋敷の中にまで届く。同じ台詞を前にも聞いた気がするという気持ちは無視をして、私は窓の側に立つのだった。
◇
どうやら母さんに私の声が届いたようだ。彼の最後を邪魔した男をどんな目に合わせれば後悔と反省をするだろうかと、母さんに話を聞くためにナイの家の庭で母さんが管理している星との波長を合わせていた。
父さんならもう少し楽に行えたかもしれないが、まあ母さんに届いたようだから良いだろう。私の目の前に佇む、凄く覇気のある圧を出している母さんに私が視線を向ければ、にっと彼女は歯を見せながら笑った。
「なんだか可愛い娘に呼ばれた気がするからきてみたんだけれど……ここはどこ? 島じゃないわね」
「ナイの家」
「相変わらず貴女は端的に答えすぎよ。ないって誰?」
私が母さんの疑問に答えると肩を竦めて疑問を疑問で返した。
「あそこの窓から顔を出してる子」
私が屋敷の二階から顔を覗かせているナイに視線を向けると、母さんも二階の窓を見上げた。
「あら、可愛い子ねえ。けれど……ん? んー? なんだか変な感じがする子ね」
「ナイは変な子だけれど、本当に変じゃないよ、母さん」
首を傾げる母さんに私は変な子だけれど、そんなに変な子ではないと伝えておく。ナイは時々妙な行動に出たり言ったりしたりするけれど基本は普通の子だ。ただちょっと他の人間より言動がズレている時があるだけで。
「はいはい。で、どうして珍しく私を呼んだの? というか少し痩せていない? グイーは貴女にちゃんとご飯を食べさせているの? 力が弱くなっていない?」
「質問が多いよ」
「仕方ないじゃない。可愛い娘に久しぶりに会ったんだもの」
むっと膨れる母さんの顔を見ていれば、南の妹とナイと家の人間がこちらへと駆けてくるのだった。