1120:鋼鉄の胃はどこに。
――アルバトロス王は羨ましい。
時々西大陸の各国の王が集まる会が開催される――王が集まる国の担当になれば警備などの手配が凄く大変――のだが、先日その場でぽつぽつと私に投げられた言葉だった。少し遠回しな言い様であったが、私は直ぐに西の女神さまがアルバトロス王国に滞在なされていることを言っていると分かった。
私は私でアルバトロス王として堂々と『貴国に女神さまが降臨なされた際はご満足いただける対応ができるのですな。それは良いことだ。女神さまは諸国を巡ることを希望しているのだから』と口にすると微妙な顔になる王が殆どだった。
アルバトロス王国のアストライアー侯爵の下に西の女神さまが滞在しているのは羨ましいが、実際に接待をする時はどう対応すれば良いのか分からないのだろう。彼らの頭の中では凄く資金が飛んでいくというイメージがあるようだった。
だが実際の西の女神さまはアストライアー侯爵が所持するミナーヴァ子爵邸で静かに過ごしている。
魔術師団の者たちから西の女神さまが彼らに魔術講義を開いたと報告で上がっていたが、我が国の戦力や技術が上がるのであれば問題ない。ヴァレンシュタイン副団長を筆頭にした魔術好きな者たちが暴走しないか心配なだけだ。
アストライアー侯爵の伝手を使ってフソウ国と亜人連合国へと見学に行って、少々忙しそうであるが今の所平和そのものである。西の女神さまがアストライアー侯爵家に訪れた際、また幻獣や魔獣が増え、他の女神さま方も滞在するのではという心配を多大にしていたのだが気配はないので一安心している所だった。
今回の各国の王が集まっていた内容を軽く説明しようと、私はアルバトロス上層部の者たちを会議室に集めていた。訪れているのは内務卿、外務卿、宰相と宰相補佐に、近衛騎士団団長、騎士団団長、軍を統括している叔父上であるハイゼンベルグ公爵にアルバトロス王国の要衝を護る家の者たちだ。そして辺境の護りを担うヴァイセンベルク辺境伯だ。
残りの者は彼らの補佐役である。私は会議室に最後に入り、上座に座ればさっそく声が上がる。付き合いも長く、謁見場のような形式は必要なく特に問題はなかった。
「陛下、各国の反応は如何でしたかな?」
不敵な顔で叔父上が私に問い掛けた。おそらく分かっていて彼は聞いているのだろう。周りの者たちも気になるようで、叔父上から私へと視線を移している。
「やはり女神さまの話題を多く振られたな。女神さまは諸国巡りをしたいようだと伝えれば黙り込んだ」
「それは、それは。しかし、アストライアー侯爵が四女神さまと創造神さまと一緒にアガレスに出掛けていると知れば彼らはどんな顔をするのやら」
叔父上の声に会議に集まった者たちが渇いた声を上げる。今、アストライアー侯爵は四女神さまと創造神さまが一緒にアガレス帝国に赴いている。一応、アガレス帝国のウーノ皇帝陛下には女神さまの好物とアストライアー侯爵の好物を伝えておいたのだが、食事事情の違う国に教えても意味は薄かったかもしれない。
ただ、皇宮に勤める料理人の腕は確かなものだ。アルバトロス王国の料理本を大量に送っているので、直ぐに再現できるはず。アストライアー侯爵曰く、アガレス料理は辛いと聞いている。辛い料理が女神さまの口に合うのかが問題だなと私が天井を見上げると、ふっと叔父上が息を吐いた音が聞こえた。
「聖王国は?」
「なにも言ってこなかった。おそらく教皇から止められていたのだろう」
聖王国の教皇もやってきていたし、お付きの者たちも一緒だった。教皇が我々に無礼な態度を取ることはないのだが、周りの者たちがどんな態度になるのか想像は容易かった。しかし私を見ながらなにか言いたそうな顔をしていたので、女神さまについて聞き出したかったのだろう。
私と教皇の会話を遮ってしまえば、各国の王に良い印象を与えられないどころか、また締め付けが強くなると理解していたようだ。あと会合の場でいつもと違うことは……。
「あと、ヤーバン王が初参加していてな。周りから浮いていたから、会議の心得を伝えておいたが彼女には必要なかったかもしれぬ」
そう。最近、代替わりしたヤーバン王が初参加していたのだ。各国の王はどうしてあのような野蛮な者がという視線を彼女に向けていた。確かに恰好は蛮族――それでもマシになったそうだ――そのものかもしれないが、先代ヤーバン王から玉座を奪った傑物である。
他国の王の懐疑な視線を全く気にしないまま、彼女は私を見つけて良い顔で声を掛けてきた。問われたことは良い土壌を作ることに腐心しているとか、民が飢えないようにすればどう立ち回れば良いのかという己の国を憂う事柄だった。
「若いが、若い故に前だけを向いている者です。彼女であれば問題なくヤーバンを統治しましょう」
叔父上が生やした髭を撫でている。彼であればヤーバンが牙を向けば、面白い受けて立つと言って勝利をもぎ取ってくるだろうが。だがヤーバン王国がアルバトロス王国に攻めてくることはない。いくつか国を経由しなければ辿り着けないこと、アストライアー侯爵の下にはグリフォンが居候しているのでヤーバンは我々を狙わない。それならばと私は口を開いた。
「ああ。農業関係で問い合わせを受けることもあるだろう。公開して良い情報は伝えてやってくれ。ヤーバンが落ちれば周りの国も困るしな」
ヤーバン王国が滅びて棄民や流民で溢れれば周辺国は困るだろうし、流れに流れ着いてアルバトロス王国へ辿り着く者がいるかもしれない。
「承知致しました。妙な王はいらっしゃいませんでしたか?」
「見た感じでは。とはいえ老獪な者もいるから、いつなにが起こるかは分からぬ。障壁も破られる可能性もあれば、聖女や魔力を注げる者がいなくなることもあろう。軍と騎士団は常に有事に備えよ」
武力を持っていれば他国へ侵略するのは簡単だが、戦争を始めれば終わらせることが難しいとも言われているし、事後処理もかなり手間が掛かるものである。どこかに争いの種火を残しているかもしれないのだから、戦争は外交努力によってなるべく避けたいものである。
「承知致しました」
「もちろんでございます」
「行けと言われれば、いつでも出征できますぞ、陛下」
近衛騎士団長と騎士団長と軍を司っている叔父上が私に返事をくれるのだが、叔父上だけ威勢が良いのはどうしてだろうか。頼もしい限りだが、無茶をしないで欲しいと私はアルバトロス王として願い、逞しい胃を取り戻したいと切に願うのだった。
◇
アガレス帝国の天然石を取り扱っているお店から私たちが馬車へと戻ると、座席に鎮座していたクマのぬいぐるみから圧が漏れていた。馬車に入って座席に座るなり、クマのぬいぐるみがカタカタと揺れている。
『どうして起こしてくれなかったんだ! 儂、ぷんぷんじゃぞ!!』
クマのぬいぐるみから発する声に怒気が含まれているものの、言葉使いが面白おかしいことになっていて本気でグイーさまが怒っているのか微妙な所だ。
「親父殿、ぐっすり寝てただろ。西の姉御が揺さぶっても起きなかったじゃねえか」
「うん。父さん、完全に寝てた」
南の女神さまと西の女神さまが薄目でクマのぬいぐるみに視線を向けているのだが、グイーさまが寝ていたことが悪いと一蹴している。グイーさまの威厳がゼロだけれど、家族だしこれで良いのだろうか。
神さま一家の内情を知ってしまい微妙な心境に陥りそうなので、私はクロに視線を向けるとクロがふるふると首を振って手出しできないと言っている。
『ナイ! ナイ、娘が儂を蔑ろにする! どうにかしてくれ!』
「文化が熟成すると男性の立場が弱くなる傾向があるので、神さまの島は文化的なのかと」
女性の社会進出が進めば男性の立場が同じになることもある。もちろん適材適所だろうし、いろいろと見定めなければならないこともあるが。
大陸を司る神さまは女性の方が都合が良かったから四姉妹になったのではないかと推測している。これを聞いたグイーさまが新たな大陸をと男神さまを誕生させれば、凄いことになりそうだ。私としては大陸が増えるなら、竜のお方が移動できるだろうし良いこと尽くめだけれども。四女神さまは新大陸が誕生するとなれば、どう考えるのだろう。
『話題、逸らされてない?』
クマのぬいぐるみから抜けているグイーさまの声が聞こえた。少し私が誤魔化そうとしたのがグイーさまにバレている。グイーさまの雰囲気が小さくなるような気がしていると、南の女神さまが私を見た。
「そういうものなのか?」
「おそらくは。ヤーバン王国は女性が玉座に就いていますし、変革が早くなるのではないでしょうか。あ、グイーさまどこか見たいお店はありますか? 高級店なら行けるかと」
前世の地球の歴史を知っている身とすれば、近代化すれば女性の地位は必ず上がるだろう。魔術や魔法がある世界なので、女性も冒険者になったり治癒師を務めている方もいるので社会進出はある程度しているものの、全体的に見れば女性の立場はまだまだ弱い。いつになったら改善されるのかと考えながら、グイーさまに問いかけると納まっていた彼の圧がぐっと増えた。
『酒!』
クマのぬいぐるみから嬉しそうな声が上がれば、西と南の女神さまが呆れた視線を向けている。
「……」
「…………」
二柱さまから割と圧が漏れ出しているような……と気にしていると馬車がガクンと揺れる。窓に視線を向けるとジークとリンが寄ってきて、急に馬車を引く馬が止まってしまったと教えてくれた。
もしかしたら女神さまが圧を発したので驚いたのかもと、そっくり兄妹に告げる。移動はゆっくりで良いから一先ず、お酒を取り扱っている店に赴きたいことを伝えれば分かったと声が返ってくるのだった。そうして私はクマのぬいぐるみに視線を向けて、小さく息を吐いた。ちなみに圧は収まったものの、二柱さまは黙ったままである
「買うのは良いですが、お酒が届いたあと飲み過ぎないようにしてくださいね」
『娘たちが儂に対して厳しくないか? ナイは優しいな』
クマのぬいぐるみからこちらを伺うような声が届く。グイーさまの声に西と南の女神さまが盛大な溜息を吐いた。しかしグイーさまはお酒に酔わないというのに、何故女神さま方は彼に呆れているのだろう。やはり家族だから父親であるグイーさまのことを気にしているのかもしれない。私は……部外者だ。
「私はグイーさまの家族ではないですから。他人だからこそ、気軽に言えるのかもしれません」
グイーさまの都合の良い言葉を伝えられるのは、コレに尽きるような気がする。もし私がグイーさまの家族であればお酒の飲み過ぎを心配するはず。厳しいのは家族だからだろうと、西と南の女神さまを見れば肩を竦めていた。結局、グイーさまがお酒を嗜むことに文句はあれど、女神さま方は止める気はないようだった。
『そうか?』
「きっとそうです。あと飲み過ぎないでくださいね。アガレス帝国からもお酒を頂くでしょう?」
『結局ナイも手厳しい!』
つぶらな瞳で言われても威厳とか全くないし、お酒の話題なのでなんだか締まらないなあと私は苦笑いになれば高級酒店に辿り着く。天然石でのお店の時のようにずらりと店員さんが並び、女神さまの存在に驚いている方や、私が何故クマのぬいぐるみを抱えているのか不思議そうな視線を向けている方もいた。
そうしてグイーさまが気になるお酒を購入すれば『代金は』と気になさるので、私は気にしないで欲しいと告げる。それでもグイーさまが気にしているので、それならばアルバトロス王国とアガレス帝国と亜人連合国の繁栄を願ってくださいと伝えておいた。御利益があるかどうかは分からないけれど、創星神たるグイーさまならば効果は高そうだ。本当はフソウやリームもお願いしたかったけれど、今回の件に関わっていないので口にしなかった。
『ナイが言った国なら自力でどうにでもなりそうだがなあ……まあ、良いか』
と私の腕の中にいるクマのぬいぐるみがぽつりと呟く。グイーさまが願ってくれるのかは分からないが、今の言葉だけでも十分だと笑みを浮かべて馬車の中へ戻り皇宮を目指すのだった。